夜叉は椎奈から語られた彼女の目的の内容を聞き、言葉を失っていた
「おっ、おいおい正気かお前?妖魔になりたいだって?」
「はい。わたしは妖魔になる方法を知るために旦那さまとともにここまで来たのです。あなたならその方法を知っているかもしれないと思って」
「……っ」
人から妖魔になる方法を聞きに自分の元に来たと言う話しを夜叉は半信半疑な様子で聞いていた
だが、不意に椎奈に目線を向けてみるとその目は至って真剣であり、本気で妖魔になりたいと言う思いを語っていた
「…っ?」
さらに夜叉は続け様に蟲髑の方を見る
この話題を振られてから一切口を開かず、無言のままこちらを見ていた
「なぁ女、一つ聞いていいか?」
「はい。なんでしょうか?」
「どうしてお前は妖魔になろうとする?人の身でありながらどうしてオレ達と同じ存在になろうとするんだ?」
夜叉は問う、何故椎奈は自ら妖魔になりたいのかを
「…あの子たちを前にしてこんなこと言うのもなんでしょうけど、私は忍というものを憎んでいます」
「――っ!?」
次の瞬間、椎奈の口から語られた言葉に夜叉は唖然とする
ここまで彼女の様子を伺っていた中、夜叉は椎奈がそんな風なことを言うような人物には思えなかったからだ
だが、そんな想像を根底から覆すように椎奈はその言葉を呟いたのだ
「…なぜだ?」
話しを聞いて夜叉はどうしても尋ねずにはいられなかった彼女が何故忍という存在を恨んでいるのかを
「お察しの通り私も元忍のものです。かつて私は善忍として忍務をこなしてきました。影ながらとは言え、人々の平和を守ることができることに喜びを覚えていました」
椎奈は自分が元々は忍であることを明かす、その日々の中で人助けをしていたことを誇りに思っているようだった
嬉しそうにそのことを語る彼女を見て夜叉はますます忍を憎む理由がわからなかった
「…ですが、ある忍務が私の人生を大きく変えてしまったんです」
「ある事件?」
するとそれまで笑みを浮かべていた椎奈の顔が急に沈んでいった
「はい。あれは旦那さまと出会う直前のことでした。その日、私はいつも通りに上から与えられた忍務に満身していました。でもそれが罠だと知ることになることにそう時間はかかりませんでした」
「罠だと?どう言うことだ?」
「…私は世の中の人を助けたいがために与えられた忍務をこなしていきました。その結果、好む好まざるに関わらず私の名はそれなりに上がっていきました。けれどそれを良しと思わぬ輩がいたんです」
忍務をこなしていったことで名が挙がった自分のことを面白く思わない者たちがいると椎奈は語る
「そしてついに鬱憤の弾ったその者たちは目の上のたん瘤だった私を排除することにしたんです」
「排除って…そいつらはお前に何を?」
上層部が排除を目論んだと聞き、夜叉はその真意を問う
「彼らは私に忍務を与えました。忍務の内容は悪さを働く悪忍たちの討伐であり、何も知らなかった私はいつものように忍務を全うするべく全力で事に当たっていました」
椎奈は上から与えられたその忍務を忠実にこなし、悪忍たちを討伐し、捕らえることに成功した
「後は事後報告さえ済ませれば忍務は達成のはずでした。でもそれ自体が彼らの仕掛けた罠だったんです」
悪忍たちを捕らえることができ、気が抜けていた矢先に事件は起こった
「突如として味方と思っていた忍たちが捕らえた悪忍たちを斬り殺し、そしてすかさず私に攻撃を仕掛けてきたんです」
「なんだと?」
不意を突かれてしまった椎奈は抵抗する暇もなく負傷してしまう
「傷を負わされた私は逃げました。追ってくる追手をかいくぐりながら、当てもない森の中を必死に逃げていきました。けれど忍務による疲れや味方と思っていた者たちからの逃亡によって私は徐々に披露していき、ついには体力の限界を迎えてしまいました」
忍務直後の襲撃は彼女を休む暇も与えさせない程に追い詰めていき、結果として逃げる最中に体力の限界が来てしまったのだった
「身は満身創痍、追手はすぐそこ、万事休すという状況の中、私は出会ったんです。そう、”旦那さまに”」
「…っ?」
【「……ッ」】
危うい状況の中で蟲髑と出会ったと告げる椎奈の話しを聞いて夜叉は蟲髑のほうを見る
相変わらず蟲髑のほうは無言のまま腕を組んで佇んでいた
「蟲髑と出会ったって何があったんだよ?」
椎奈のその言葉の意味を知るべく、夜叉が理由を尋ねる
「命からがら森の奥までやってきた私はそこで封印されていた旦那さまと遭遇しました。ですが時を同じくして追手が追い付き、私はとうとう追い詰められてしまったんです」
深部までやってきた椎奈は蟲髑と出会うも、その最中に命を狙う追手たちに追いつかれ、絶体絶命の危機に陥ってしまう
「あの時、私は死を覚悟しながらも藁にも縋る勢いで封印されていた旦那さまに助けを求めるべく手を差し出しました。するとどうしたことか封印が解け、旦那さまが自由の身となったのです」
逆境の中、自分の命の危うさもさることながら長年封印されていた蟲髑のことを不憫に思ったが故にとった行動が結果的に想像を絶する事態を起こした
彼女の手によって目覚めた蟲髑は襲いくる忍たちを蹴散らし、その活躍により椎奈も救われる形となったのだ
【「マサカ、アノヨウナ形デ封印ガ解カレルトハ思ッテモ見ナカッタガナ」】
蟲髑も長年もの間、封印されていた自分が椎奈の偶発的な行動によって解かれ、自由の身になるとは想像もしていなかった
【「結果ハドウアレ、封印ヲ解キ、自由ニナレタ事ニ俺ハ恩義ヲ感ジタ」】
「だから今も一緒にいるってのか?」
【「ナシ崩シ的ニナ」】
助けられた恩義もあって椎奈と共に行動を共にしていることを蟲髑は告げる
「あの時、私は旦那さまの勇ましさに心打たれました。そして心の底からこの人と一緒に居たい、お傍に居たいと思ったんです」
椎奈は蟲髑に助けてもらったことで彼に心を奪われてしまったことを吐露す
「…でも、人間である私がそれを望んでも最後には寿命の弊害が出てしまいます。だからこそ私は決めたんです。この身を、人であるこの身を捨てて妖魔になることを」
「――っ!?」
【「……ッ」】
そして椎奈は再度夜叉に告げる
自分の理想とそのために自ら人間であることを捨てる覚悟であることを