人としての自分を捨て、妖魔になることを望んでいる椎奈は自身の過去を語り
彼女の過去を知った夜叉はその凄惨さと蟲髑と出会った経緯を聞き、言葉を失っていた
「私は決めたんです。この身を、人であるこの身を捨てて妖魔になることを」
「…そこまでの覚悟を持っているってのか?」
「はい、旦那さまの傍にいられるのなら私は人を捨てることも厭みません」
夜叉が椎奈の妖魔になることを切望し、折れぬ覚悟を持っていることを理解した
「夜叉さん、知っているなら教えてください。人から妖魔になる方法を」
「…っ」
椎奈の思いを知って夜叉はどうしたらいいのだろうかと心の中で考えていた
「本当に知りたいんだな?」
「はい」
念押しの問いにも椎奈は迷いなく答える
「人が妖魔になる方法、それは……っ?」
彼女のその顔を見て夜叉が口を開こうとした時のことだった
不意に視線を向けると蟲髑が自分の方を見ていることに気づく
【「……ッ」】
「(蟲髑…)」
蟲髑と夜叉、互いに互いを見つめ合うこと数秒が経った
「…悪いな嬢ちゃん。残念ながら力にはなれそうにない」
「えっ?ど、どういうことですか?」
するとその直後、夜叉が力になることはできないと言ってきた
何故そう言うのかと椎奈がその理由を問う
「どうもこうもねぇよ。そんな方法オレは知らないってだけの話しだ」
人が妖魔になる方法を自分は知らないと夜叉は椎奈に告げる
「…そう、ですか」
椎奈は期待を抱いていたにも関わらず、何の成果も得られなかったと知り、がっくりと肩を落としてしまっていた
しょぼんとしている彼女の顔を目にして少し申し訳なさそうな顔を浮かべる夜叉が再度蟲髑のほうに視線を向ける
こちらに視線を向けていた蟲髑が椎奈が方法を聞き出せなかったと分かるや眼を閉じ、その場に佇んでいた
「(…不器用な奴だな。まったく)」
そんな蟲髑を見て夜叉は少し呆れたような表情で彼の方を見ていた
「あ、あの~?」
「「……っ?」」
【「…ッ?」】
話しが息詰まっている中、それを見計ったかのように夕焼が声をかけてきた
「どうした夕焼?」
「すみません話しの途中に、そろそろ日が暮れてしまうので夜叉さんを呼びに来たんです」
夕焼がそうしたのは日が沈みだし、夕方の時刻に差し掛かっていたからだった
「おっと、もうこんな時間か。確かにここらでお開きにした方がいいかもな。分かった」
暗く前に帰るためにも話しを止めにすることを夜叉は決め、その意思を2人に告げる
【「アァ、俺モソレデ構ワナイ。オ前モソレデイイナ?」】
「…はい」
蟲髑もそれに賛同し、椎奈にも是非を問う
椎奈のほうは未だ少し落ち込んでいるようだったが、これ以上の迷惑の事を考え、渋々それを承諾した
「あの、もしよろしければお二人も里に来ませんか?」
「えっ?」
するとその最中、夕焼が2人に里に来ないかと提案をする
「いいのですか?」
「夜の山道は何かと危険ですからね。急ぎでないのならばと…どうでしょうか?」
安全面も考慮に入れた夕焼からの提案に2人は互いに顔を見合わせる
【「イイノカ?椎奈ハトモカク、俺ガ里ニ行クノハ何カト不味イノデハナイカ?」】
人間である椎奈が里に行くのはまだしも妖魔である自分が里に来るのは住民たちを混乱させてしまいかねないと蟲髑は危惧していた
「それならばご安心ください」
【「…っ?」】
だが、その会話の最中に割って入る者の声が聞こえ、蟲髑がそちらに視線を向ける
声のする方を見るとそこには夕焼と一緒に居た青髪の少女が立っていた
「那智さん」
夕焼が少女の名を呼ぶ
【「安心シロトハドウイウ事ダ?」】
那智が言っていたことの真意を問うために蟲髑が訊ねる
「わたくし、こう見えて里の長をしている者でしてね、わたくしが住民たちに事情を伝えておきますからそんなに考えなくてもいいんですよ」
蟲髑の心配を杞憂に終わらせるかのように那智は自分が2人を一晩里に泊めれるようにすることを約束した
【「……ッ」】
「そんな難しい顔をするなよ。考えてもみろ、オレも妖魔だが、里の奴らからは受け入れられてる。結構寛容な奴らばかりなのさ、危害を加えるようなことをしなければな」
未だ腑に落ちない様子を見せる蟲髑に夜叉は自分の立場のことも踏まえて里の者たちがどういう奴らなのかを説明し
悩む必要はないと諭していた
「さぁ、そう言う訳ですからお二人、私たちと一緒に来てください。里にお連れしますから」
「…旦那さま?」
【「コウマデ言ワレテ、ソレヲ断ルトイウノハ流石ニ無粋トイウモノダナ…ヨロシク頼ム」】
さしもの蟲髑もこれ以上断り続けることは相手に対して失礼であると感じたようであり
やや懸念があるものの、夕焼たちの誘いに乗ることにした
こうして椎奈と蟲髑は夕焼たちに連れられ、里で一晩泊まることになった
そうして早一夜明け、日は翌日にへと変わった
「みなさん、昨晩は泊めてくださりありがとうございました」
「そんな、気にしないでください」
「わたくし共としてもおもてなしができて光栄でしたよ」
早朝、里の入り口前にて椎奈たちが出送りに来てくれた夕焼たちと会話を交わしていた
「美味しい料理もご馳走になったりで至れり尽くせりでした。それに里の方たちも優しくて素敵でしたよ」
「そう言っていただけると幸いです」
里にやってきた椎奈たちは最初こそ住民たちから驚かれたものの、那智が有言実行して説得したことでその後は比較的穏便に過ごすことができた
「また縁があったら立ち寄ってください」
「あんたたちの旅の話しもまた聞きたいからな」
「うちの牛乳も飲んでくれると嬉しいです~」
「ありがとうございます」
また会いたいと言ってくれる彼女たちの言葉に椎奈は嬉しさを感じていた
「さてと、そろそろ私たちはお暇させていただきます…って、あら?旦那さまは?」
夕焼たちと会話の最中、不意に蟲髑が夜叉と少し離れたところで話しているのを見る
「旦那さま~!!」
「…っ?」
【「…っ?」】
椎奈が声をかけると2人が彼女に気づき、互いを一瞥するやこちらに向かってきた
「旦那さま、私のほうは準備万端です」
【「アァ、ワカッタ。デハ行クトシヨウ」】
出発の用意ができたことがわかるや蟲髑は頭に被った傘を摘まみながら夕焼たちに一礼すると先に歩き出し始めた
「夜叉さん。いろいろありがとうございました」
「礼なんかいらねぇよ。オレは何もしてねぇんだからよ」
「いいえ、十分に力になってくれました。方法が見つからなかったのは残念でしたが、まだ諦めたわけではありません。いつかきっと方法を見つけて見せますから」
「…そうか、頑張れよ」
自分にお礼を言う椎奈を見て複雑な心境を浮かべる夜叉だったが、彼女に精一杯のエールを送るのだった
【「椎奈、ドウシタ?残ルノカ?」】
「あっ、お待ちください!?で、ではみなさん。お元気で!」
「はい、頑張ってください!」
「…旦那さま、待ってください!?」
別れの挨拶を交わし、椎奈は先を行く蟲髑を追って早足で後をついて行くのだった
里を出て少ししての事、椎奈と蟲髑は山から出るべく、道を歩いていた
「いい方たちでしたね」
【「アァ、ソウダナ」】
「…私の周りにもあんな暖かな方たちがいたら何か変わっていたのでしょうか?」
不意に椎奈はもしもの話しを切りだす
【「今カラデモ遅クハナイト思ウゾ?アノ者達ト一緒ニイレバイイノデハナイカ?」】
「確かに少し前の私ならそれもよしと思ったでしょう。ですが今の私には旦那さまがいます。私は旦那さまと一緒に居たい、だからこそ私は妖魔となってあなたに永劫尽くしたいんです」
【「……ソウカ」】
夕焼たちと暮らす道を提案するも椎奈は蟲髑を選び、人から妖魔になる道を選ぶことを告げる
彼女のその信念を見て蟲髑は複雑な顔を浮かべながら軽く呟いた
「…あら?」
するとその時、椎奈の目にあるものが止まる
「これは…お墓でしょうか?」
椎奈が目にしたのは墓らしきものだった
見た感じちゃんとしたものではなく、周囲のもので作られた手作り感のあるものであった
だが、そこにはちゃんと石に名が刻まれ、花も添えられていた
「これ、夕焼さんたちのところで見ました」
供えられている花に椎奈は見覚えがあり、夕焼たちの家などに飾られていた
「ということはこれは夕焼さんたちの大切な方が眠っているのかもしれませんね……っ」
墓と花からこれが夕焼たちのものであると感じ取った椎奈が両手を合わせて拝んだ
【「……椎奈、ソロソロ行クゾ」】
「あっ、はい」
蟲髑に声をかけられ、椎奈は拝むのを終え、一礼すると再び山を下りるべく道を進んでいくのだった
だが、この時2人は気付かなかった
お祈りをした墓石かた微かな光の粒が浮かび上がったことを