⦅忍結界内⦆
「っ…」アセアセ
張りつめた空気の中、紫苑は自分が今どういう状況下に置かれているかを従順熟知しながらもその場に佇むしかできなかった
というのも、そうさせるのは今、紫苑がその手にしている物が原因である
そう、先ほど男?が自分に行きわたらせたあの黒い巻物のことである
あの者はなぜこれを敵であるはずの自分の手にわざわざ行きわたらせたのか
疑問が疑問を呼ぶ状況だった
「どうしたの?何を戸惑っているのかしら?」
そんな紫苑を見かねた男?が声をかける
紫苑はその声に八と我に返り男?のほうを向く
「いいのかしら?もはやあなたに残された道は二つだけだというのに?このまま使わなければあなた、そいつに殺されてしまうのよ。それとももうあきらめて死を選ぶつもりかしら?」
「っ…」アセアセ
男?のその言葉に紫苑は強烈な反応を示すと同時に
巻物を見つめ自分がこの場でどうすべきなのかを模索する
仮にこの巻物を使わないとして「命がけ」を使ったとして
これほどまでに強いこの強敵を前に勝つ望みは限りなく薄い
もはや紫苑が生き残れる可能性があるとすればそれはこの巻物の力を使うことだ
「っ…」
どうすべきかと思いなやむ紫苑の脳裏に雪泉たちの姿が浮かび上がる
自分にとってかけがえのない家族であり、彼女たちがいるその場所は自分が守りぬくべき居場所
だが、この場で自分が死ねば雪泉たちの身に危険が及ぶかもしれない
「みんな…っ!」キリッ
「(っ…身を包む気配が変わった)」
紫苑の目つきが変わったと同時に彼から発せられているであろう気配が変化したことを男?が感じ取った
そして紫苑が巻物を使わんとするように構える
「覚悟を決めたのね」
「あぁ……僕は、戦う!」
大切な人たちのために、この世界を守るために
「ふっ!!」
意を決した紫苑が巻物を前方に突き出した
ブォォォォォ!
刹那巻物から不気味なオーラが漏れ出した
次に紫苑の前方から蓋のようなものが、後方からはその蓋を被せるための棺のようなものが出現する
いったいどういうことかは分からないし、今の紫苑にそんなことを気にする余裕はなく、気にするつもりもないようである
「…忍、転身!」
紫苑がそう叫んだ瞬間
棺が瞬く間に紫苑を閉じ込めてしまった
…ガバッ!
音が鳴るとともに紫苑が閉じ込められてしまった棺がゆっくりと開きだし
中からは大量の黒煙が漏れ出してきた
開き終わった棺が自然消滅し、黒煙も晴れ始めた
そして黒煙の中から現れた紫苑はいつもと様子が違っていた
佐介と学炎祭で戦いで切り落とし、短髪となったはずの髪が再び長髪になっている
さらに透き通るように綺麗な白い肌が日に焼けたかのように褐色化している
おまけに着ているコスチュームも若干変わっていた
「(…ふっ、ようやくね)」ニヤァ
その様子を見ていた男?、否、彼を操る何者かが紫苑がその姿になることを待っていたかのように笑みを浮かべる
「…えっ?ええっ?」アセアセ
暫しの沈黙を経てようやく紫苑が自分の身に起きた異変に気付いた
「こ、これはいったい?」
思いにもよらない突然の変化に紫苑は動揺を隠せない様子だった
「うふっ、なにを驚いているの?」
「っ?」
「驚くことはないわ…それが本当のあなたなんだから」
「本当の…僕?」
自分の変化に驚きを示している紫苑に男?が語りかけた
今のその姿の自分が本当の自分なのだと
男?の言っている言葉の真意が理解できず紫苑は困惑する
「さぁ、見せて頂戴、あなたの真の力を……っ!」パチン
力を示せ、そういうと同時に男?が指をならす
【『ッ……ッ!』】バッ!
「っ!?」
その音を聞いた水の怪物が紫苑に襲い掛かってきた
「っ、はっ!てぇぇい!」ドゴッ!
【『ッ!?』】ビュゥゥゥン!
「……えっ?」
組合の最中、紫苑が水の怪物の腹部に向かって掌底をぶつける
すると水の怪物が凄まじい勢いで飛んでいった
何の変哲もない掌底一発で水の怪物があそこまで吹き飛んだことに紫苑が唖然となる
「すごい……っ?」ワキワキ
これらを目の当たりにし、紫苑は改めて自分の体に起こる変化を感じ取る
変化したのは何もない面ばかりではない、パワーも今までとは段違いになっているのだ
【『ッ…ッッッ!!』】
そんな中、体を再生させた水の怪物が片手を鋭利な刃物にかえて反撃せんと向かってきた
「っ!」
怒り狂った者のごとく暴れ狂うように鋭利な刃物と化した手を振り回す
「ふぅぅぅん!」
負けじと紫苑が力を集中する
「秘伝忍法!」
紫苑が秘伝忍法を発動させようとした時
彼の周囲をまるであの世に吹くかのような風が舞う
「【烈風のソナタ】!!」
そして紫苑が術を発動させた瞬間、彼の周りを待っていたその風が水の怪物めがけて飛んでいった
風が水の怪物の体を切り刻む、しかもそれは先に放ったそれとはまるで別物のように何倍もの威力があった
水の怪物の体が先の攻撃を食らった時以上にボロボロになっていた
【『ッ…ッツツ!?』】ジャバッ…ジャバババ
必死に身を動かそうとするも水の怪物にそんな力はもはや残されてはいなかった
そんな水の怪物の姿を哀れんだ紫苑が近くまで寄った後、そっと手を突き出す
「…終わりだ」
ビュォォォォ!ザバァァァン!
突き出した手から強風が放たれ水の怪物がそれによって完全に消滅した
「……」
勝利を収めた紫苑は何かむなしさを感じた
「っ」パチパチパチパチ
「っ?」
とその時、自分に向けられて鳴り響く拍手の音が
音のするのほうに目を向けると拍手したのは当然あの男?だった
「さすが、さすがだわ!」
相変わらず男?がニヤついた笑みを浮かべる
「さぁ、これでお前の兵は消えた。残るは君だけだ…どうする?」
これ以上やるのかと紫苑は敵意を向けながら尋ねる
「終わりだとでもいいたそうね、でも残念、何にも終わってなんかいないわ」
「強がりを!」
「ふふふ」
負け惜しみを言っているのかと紫苑が突っかかりを入れた直後、男?の両目が光りだし、体から気があふれ出す
やがて気が完全に抜け出ると器として動いていたがまるで抜け殻となったように男はその場に倒れ
彼から抜け出た靄の中からやがて人影が浮かび上がる
「なっ!?…そんな、まさか!」
靄の中の人影の容姿が徐々に見え始めた瞬間、紫苑がわが目を疑った
『「…ふふふ」』
空に浮かぶ靄の中から現れたものの姿、それは雪泉に瓜二つと言っていいほどそっくりな女性だったのだから