仮面ライダー GENESIS CHRONICLE 作:式神ニマ
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幸いな事にアレステリスの住民達の中に、大きな怪我を負った者は少しいたが、死者は出なかった。だが、村のどこかにまだ怪我をして動けない者もいる可能性がある。という訳で、マヤとゼオラの2人か屋敷の裏手にある河辺まで探索に出ていた。
「聞いたか?襲撃してきた奴ら、『ジャファー族』ではないか、とハイル達が言っていたそうだ」
「ジャファー族?ダレソレ?」
「トンプソール人だと言う以外に、私も詳しい事は……。彼らに関してはお前の方が詳しくないのか?」
シドニアとアネスタの国境付近に暮らしているリンクスだが、そのルーツ自体は確かにトンプソールに近い……のだが、なにぶんマヤが生まれる前の事だ。彼女自身もそこまでトンプソールの民族史に明るい訳でもない。
こういうのは彼女の方が詳しいのだが……と、考えた所で「そう言えば!」とマヤが思い出した様に叫んだ。
「この大変な時にアイリィはどこに行ってるの⁉そう言えば、今朝から見なかったけど?」
アイリス・ルナレス。マヤたちの仲間の1人であり、自分達の実質的なリーダーの様な少女だ。いつもならこういう時、その聡明な頭脳と豊富な知識でベラベラと語りだしている筈なのだが……。
「アイリィなら……ここら辺でしか手に入らない珍しい植物があるって噂を聞いて、採取に出かけたぞ。新しい霊薬の調合に使えるかも知れないから……って」
「…良かったの?1人で行かせちゃって、下手したらまたデブリーターの奴らに……」
「そう思ったんだが……もうパラディンじゃない自分を追う事はしないだろうって言うからさ……。連絡用のジャイロシェルフィーも持たせてるし、大丈夫だろう」
そんなもんかね、とマヤは頭を捻る。それにしても、昔だったらもう少し過保護に振る舞っていただろうに、今のゼオラはやけにあっけらかんとしている。かつて主と従者という関係だった2人だが、紆余曲折を経てその関係を解消し、良い友人関係へと落ち着いた様だった。
何にせよ、仲良きことは美しきかな……と、ダイロクを展開して周囲の状況を探り始めると———河の中に何者かの心音を捉えた。集中して視力の感度を上げると、河面の岩場に1人の影が引っ掛かっているのは見えた。
「ゼオラ、あれ!」
「任せろ」
ゼオラが河に飛び込み、人影を岸辺へと引っ張ってきた。それはまだ10代の少年の様に見えた。歳の頃はマヤと同じか、それより下に見える。何よりも黒地の肌と粗い革製の衣服には特徴がある。
「トンプソール人……だね?」
「襲撃者の仲間か?」
「ううん、違うと思う。衣服と目尻に付ける特徴的な刻印……『サンドラ族』の子だと思う」
トンプソールの歴史に疎い2人でも、その名は流石に知っている。ドランバルド内での武族連合の実質的な代表である『族柱会議』の一柱。天の神『サンドレア』を信仰する、トンプソール最強部族の1つである。
「族柱の一族か……。それがどうしてこんな所に?」
「さぁ……?でも怪我は大した事ないけど、衰弱が酷いね……。今回の事件と何か関係してるかもしれないし、一旦お屋敷に連れて行こう」
簡単な治療だけ済ませ、デュランダール家の屋敷へと少年を搬送する。意識はないが、息遣いはしっかりしている。荒い呼吸音は、まるで何かに怯えている様にマヤには思えた。
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一方その頃、アレステリスの西端にある湖水地方。そこに1人の少女の姿があった。
彫刻の様に端正な顔立ちを彩る、銀色の髪と紫色の瞳。濃いピンク色のケープに覆われた細身の身体のあちこちには簡素な造りの鎧を纏っている。周囲の幻想的な光景とも併せて、まるで妖精の騎士という佇まいである。
少女——アイリス・ルナレスは湖の淵に生えている赤紫色の花を手に取った。
「ゴジアカイの花……。可愛い見た目だけど、確か肉体の増強剤に使えないかって研究されてるのよね……。コレも少し摘んで帰ろうか……」
誰にともなく呟き、肩から下げた鞄を開ける……が、中は既に朝から採取した植物や石材で一杯になっていた。空のライドラッグ瓶も使い切ってしまったので、錬真術で収納する事も出来ない。
「ん~~~………仕方ないか……。…ん、あれは……?」
アイリスの視線の先に、人影があった。この濃霧の中でも旅で鍛えられたアイリスの視力は高い。よく見ると、木々の合間に隠れて丸太小屋も1軒建っている様だった。
こんな所に……?と、思う。周囲を天然の岩山や密林に覆われた隠れ里であるアレステリスは、確かに石壁がなくともなくともデブリスの襲撃を受けにくい土地柄である。だが、いつ襲撃があってもいいように人々は大体密集して暮らしている。こんな奥で生活しているなど、よっぽどの変わり者か世捨て人くらい……。
不意に、その人物がこちらに気付いた様だった。年齢は恐らく40代半ば程、男性にしては小柄でやや額が広い……。アイリスはハッとした。その顔に見覚えがあったからだ。
男は驚いた様に家の中に駆け込み、そのまま扉を閉めた。アイリスは「ま、待って下さい!」と弾かれた様に駆け出し、ドアノブに手をかける。が、施錠されているのかビクともしない。
「あのっ、人違いでしたら申し訳ないのですが………ドクター・フランハイム!錬真術師のテオドール・フランハイム教授ではありませんか?」
2,3度ドアをノックしてみるが、返事はない。扉の向こうで息を潜めている様だった。窓はあるが、カーテンが掛かっており外からは覗けない。第一、他者の家にそんな事をする訳にもいかない。仕方がないか……と、やや後ろ髪を引かれる思いでその場を後にしようとするが、不意に扉がゆっくりと開いた。
さっきの男——間違いなくフランハイムが、扉の影から用心深げにこちらを覗いていた。
「…君は、私を知っているのかね?」
「あ、はい。子どもの頃、アネスタで一度お会いした事があります」
アイリスが子どもの頃、親戚の結婚式に招かれて一度だけ神聖アネスタ皇国へと行った事がある。その招待客の中に彼がいるのを見たのだった。
「…そうか。…君は錬真術師……いや、神聖騎士かね?」
「え?」
「錬真力が高い者はある種独特の気配……オーラの様なものを纏っているのが見えるんだ。君の錬真力は相当高いらしいな……」
「…い、いえ……。私はパラディンでは……」
アイリスが僅かに顔を曇らせて首を振る。だがフランハイムは興味はなさそうに「…そうか」とだけ返答した。
「…まぁ、入りなさい。茶くらいは出そう」
「はい……」
フランハイムに誘われてアイリスが薄暗い家の中へと足を踏み入れた。如何にも男の1人暮らしといった風情の家内には、無数の本や紙資料、フラスコや大鍋といった道具が雑然と置かれている。だが、どこか草いきれや薬の臭いが充満する様子は、アイリスにとっても馴染みの深い、錬真術師の研究室のものだった。
「あの……教授の研究所は、読ませて頂きました。…とても興味深い内容だったと思います」
「そうか……。だが、それを知って尚、私に声をかけたのなら君は相当な変わり者だな……。私の研究テーマが何であるかは知ってるだろう?」
「…はい。『ホムンクルス』に関する研究……ですよね?」
『ホムンクルス』。
それは錬真術の研究において、1つの到達点とされる『生命の創造』———人工的に作られた生命体の事だ。フラスコの中に女性の胎内を再現し、その中で人工的に人間を作り出す事が可能なのではないか……。子どもの頃に読んだ書籍にはその様に書かれていた。
万物を創造する錬真術の世界においては目指すべき領域の1つであると主張される一方で、『生命を人工的に創造する』という行為は神及び人間への冒涜だとされ、酷く嫌悪する者もいると聞く。
「その通り。では、忌憚のない意見を君に訊こう。…人工的な生命創造の是非について」
アイリスの前に紅茶を差し出しつつ、フランハイムが尋ねる。アイリスは数瞬の黙考の内に口を開いた。
「…生命の人工的な創造については……錬真術師としては興味に絶えません。ですが……個人の倫理観としてはちょっと……」
「…まぁ、それが普通の反応だろうな」
「ですが!生命の創造……とまでは行かずとも、その過程で得られるもの……生体分野の研究には大きな意義がある様に思います。例えば、デブリス病の克服や欠損部位の修復……そうした領域への応用も含めれば、大きな可能性を秘めているのではないかと」
お世辞でもなく本心だ。1人の女としては生命の創造を人為的に為す……と言うのは、ハッキリ言って容認し難い感覚を持ってしまう。だが、デブリスとそれが齎す病が蔓延るこの世の中でそれらをどう克服するかというのは、喫緊の課題でもある。それでも、そう言った分野の研究が遅々として進まないのは、人の中に厳然とした生体研究の恐れがあるからではないか、とアイリスには思える。
「…誰もがそういう風に考えてくれれば、やりやすかったのだけれどね……」
フランハイムが紅茶を1口含み、苦笑した。
「私の研究分野も正しくそこだった。デブリス病に負けぬ強い肉体の創造……若しくは後天的な肉体の強化。ホムンクルスの研究は人間がデブリスに打ち克つ為の唯一の道……そう信じてきたが……まぁ、結果はこの通りだ」
「え……?」
「錬真術師の職をね、追われてしまったんだよ。貴様の研究は倫理に悖る……と、そう決めつけられてしまった」
「…そう、でしたか……」
それでこんな辺境に1人で暮らしていたのか……と、思う。昔に会った時と比べても、フランハイムの顔色は相当悪く、あまりまともな生活を送っている様には見えない。アイリスの胸中にやりきれなさが去来する……が、その瞬間、フランハイムの目に言い知れない強い光が宿ったのが見えた。
「…まぁ、それもあって私は思ったのだ。全ての者を平等に救う事など出来はしない。私が仕えるべきだったのは、愚かしい神聖教会でもなければ、無知な民衆でもない。…ただ、私の才能を生かしてくれる者だけだとね……」
「…フランハイム教授?」
「間もなく新世界の扉が開く。私とホムンクルス達の力を示せる世界が、ね。…君にも協力して貰うぞ、アイリス・ルナレス」
フランハイムの口元がニヤリと歪む。そこに感じた果てしない狂気の色に、アイリスはマズい……!と、席を蹴って立ち上がるが……それは果たせなかった。転瞬、頭の芯がクラリと揺らぎ、立っていられない程の眠気が彼女を襲った。
「…眠り薬……?一体、どこから———?」
「紅茶の中だよ。君は用心して飲まなかった様だが……それは吸引によっても効果を発揮する。残念だったね……」
哀れそうにこちらを睥睨するフランハイムの顔、それが意識が途切れる瞬間に見た最後の光景だった。力なく床に倒れ込んだアイリスを無感動に見やると、フランハイムが白衣の内側から何か黒い箱状の道具を取り出し、口元に当てた。
「…ジェネシスか?私だ。錬真力の高い人間を確保したよ。クラスSSだ。きっと君の……いや、我々の千年王国の創造に役立つ筈だ」
何者かに話しかけているフランハイムは、しかし気付かなかった。アイリスの鞄の中からゴソゴソと這い出した羅針盤型の道具———貝型眷族通心器『ジャイロシェルフィー』が、外へと飛び出していった事を……。
〈設定メモ〉
◇アイリス・ルナレス
・本作のヒロイン。18歳、女。レイトがこの世界で最初に会った少女であり、彼がディライトとして戦う事になったのも、彼女がきっかけ。
・性格は生真面目で心優しいが、デブリスにも怯まない勇敢さも持つ。
・剣術と錬真術に長け、豊富な知識でディライト達の戦いを支える。
◇マヤ・フォルコ
・本作のヒロインの1人。15歳、女。リンクスという少数民族の出であり、頭に『ダイロク器官』というケモノ耳の様な器官を生やしている(ただし、耳というと怒る)。
・アイリス以上に卓越した錬真術師であり、自律型眷族『ツールド・ファミリア』を操る事ができる。
・かつてレイトに助けられた事があり、それ以来、彼に好意を抱いている。空白となっている彼の記憶の鍵を握る少女でもある。
◇ゼオラ・ユピター
・本作のヒロインの1人。18歳、女。元パニディエラ家(アイリスの本名)に仕えていた近侍であり、彼女とは昔から主従の関係にあった(今は解消済み)。
・剣術・体術などに於いてはアイリス以上の実力者。だが、デブリスとの戦いは少し苦手。