仮面ライダー GENESIS CHRONICLE 作:式神ニマ
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「———い、だいじょ………か?お………っかりし———」
耳元で、なんだか騒々しい声が聞こえる。だが、その声に引っ張られる様に深淵の底に沈んでいたアイリスの意識が急浮上した。倒れた時の習い性で、意識が覚醒し切る前に、全感覚器官を持って周囲の状況を自動的に確認する。
床の感触は……石畳の様な、冷たい感触がする。
体の状況……どこにも痛みはない。怪我はしていない様だ。
そして先程からずっと聞こえてくる、かまびすしい声の主……は、直ぐに分かった。アイリスの視界一杯に、少し目つきの悪い青年の顔が広がっていた。
「あ、起きた。お~い、大丈夫か?」
「…誰?どういう状況……?」
「俺が知るかよ。いきなり掻っ攫われて、こんなトコに押し込めやがって……」
「攫われ……そうだ。私、フランハイムに……」
頭がズキズキとするのは、気を失う前に吸引させられたという眠り薬の影響だろう。まだ僅かに重い体を引き起こして、周囲を見渡す。傍らの青年の他には、数十人の人間達がやはりこちらを心配そうに覗いていた。
「トンプソール人?」
「ああ。サンドラって名乗ってた。全員、ジェネシスって奴に攫われて来たんだとさ。アンタもか?」
アイリスは首を振った。ジェネシスという名前に聞き覚えはない。だが、状況から察するにフランハイムに気絶させられた後、ここに連れ攫われて来たのだろう。アイリスが気絶する直前、彼が新世界の扉が開くなどと言っていた。何を企んでいるのかは知らないが、今は状況の整理が必要だ。
頭を整理する様に深呼吸した後、アイリスは目の前の男に向き直った。
「取り敢えず……私は、アイリス・ルナレスと言います。今の状況について……詳しく教えて貰えませんか?分かる範囲で結構ですので」
「お、おう。…俺は万丈龍我だ。3日くらい前からここの人達と一緒に閉じ込められてんだけどよ……アイツらがなに目的なのかはサッパリ分かんねぇ……」
アイツら?と尋ねかけた瞬間、部屋の唯一の鉄扉が乱暴に開かれ、槍を携えた大柄な男達がズカズカと踏み込んできた。肌の色からやはりトンプソール人だと分かるが、服装や施された装飾から部屋にいた人々とは別の種族だろうと推定できる。
「食事だぞゴミどもっ‼さっさと食え‼」
男の1人が横柄に叫ぶと、床に袋を叩きつけた。中から固そうなパンが数十個ほど転がり出してくる。どうやら拾えと言っているらしい。人を牛馬の様に扱うその態度に龍我がカチンと来たのか、拳を上げて進み出ようとしたが、アイリスが制する。人数では勝っていても、彼らの全員が頑丈そうな鎧と武器を手に持っている。下手に事を荒立てるのは危険だ。
しかし、アイリスが問い質そうとする前に1人の女性が「いい加減にしてよっ‼」と声を荒げて抗議した。
「アンタ達一体……何が目的なのよ⁉村の他の人達はどこに連れて行ったの⁉」
トンプソール人らしい気性の荒さで女性が男に掴みかかろうとする……が、男は躊躇う事なく女性を床にはたき倒した。
「ごちゃごちゃとうるせぇよ。テメェらは俺らに負けた、隷属民だろうが。大人しく出番が来るのを待ってりゃいいんだよ」
「アンタらに負けた覚えはないわ!あのジェネシスって仮面男にでしょうが!」
「おんなじ事だぜ!ジェネシス様は俺らの王だからなぁっ‼」
そう言って男が再び女に蹴りを入れた。女性の口から蛙が踏み潰された様な悲鳴が飛び出し、周囲の人々が怯えた様にざわついた。
「おい。あんまり手荒な真似はするなって、フランハイムから言われてるだろうが」
「ケッ!ジェネシス様ならともかくあんなもやし男の言う事なんざ知るかよ。
「…
アイリスの問いに男が「ハッ!当たり前だろうが‼」と嘲笑った。
「知りたきゃ教えてやるぜ。ここにいる連中は少しは錬真力が高い奴らさ!後はほぼゴミカスみてぇなモンだったから、砦作りにこき使われてるとこだろうぜ?」
「ふざけないで。ドランバルドの法律で隷属民は禁止されている筈でしょう?」
「テメェらブランクスと腰抜けの族柱どもが作った法律なんざ、知らねぇんだよ!敗北した負け犬どもを奴隷にしようが、人体実験の材料にしようが俺らの勝手な———」
「……っ!テメェらぁっ!いい加減にしやがれっ‼」
度重なる暴挙に、遂に堪忍袋の緒が切れた龍我が飛び出し、先頭の男を殴りつけた。鮮やかな程に見事なブロー。身の丈2ハンズ近い大男がきりきり舞いしながら吹き飛ばされる光景は、見ていてなかなかに圧巻だった。
「テメェっ……‼」
「ああもうっ‼」
色めきだった男達が武器を抜き放ち、龍我に迫ろうとするが、その前にアイリスの蹴りが炸裂した。事が起こってしまった以上は仕方がない。可能な限り、囚われた人々を庇いながら戦うしかないだろう。倒れた男から槍を奪い取り、牽制する様に構える。男達の数は10名にも満たないし、龍我もかなり腕が立つ様だ。やれない事はないはず……と、手に力を込めた刹那、男達の間を縫って白い影がアイリス達の眼前に現れた。その姿を捉える間もなく、人影が素早く龍我を蹴り飛ばした。
「ぐあっ‼」
「龍我さ——⁈」
心配する暇も与えられずに、今度はアイリスの体が吹き飛ばされる。何とか受け身は取ったものの、急所を強かに蹴りつけられ、指も動かせない程のダメージに体が支配された。 何とか顔を上げると、この世の者とは思えない程に色白の少女とテオドール・フランハイムが立っているのが見えた。
「やれやれ……少しは大人しくしていられないのかね、君は」
「フランハイム教授……!これは一体……一体どういうつもりなんですかっ⁉」
「説明した筈だ。私とホムンクルス達の力を示せる世界を作り出す……。その為に、この旧態依然とした世界を破壊する必要があるのだ」
フランハイムの目に去来する感情。それは怒りであり、哀切であり、同時に酷い虚無感の様に思えた。ホムンクルスという今の世界の倫理観では否定された研究を成し遂げる為に、ここの人々を苦しめているというのだろうか。アイリスは絶句する思いで、「そんな事の為に……?」と絞り出した。
「そんな事?人類の大いなる繁栄の為の研究だ。君はそれを否定する気か?」
「当たり前です!人々の叡智であらねばいけない錬真術でこんな事を……!大体、ホムンクルスなんて絵空事の為に———!」
「…絵空事か……。残念だったな、成果はすでに出ているのさ。この娘がそうだ」
そう言ってフランハイムは目の前の少女を指し示した。色素が抜け落ちた様な髪と肌色、血の様な真紅の双眸、そして先程みせたあの尋常でない力と身体能力。絶句するアイリスを見やり、フランハイムが満足そうに笑った。
「まさか……!完成させていたのですか……?」
「そうだ。身体能力・知性に優れ、デブリス病にも高い耐性を持つ、優れた新しい人類だよ。だが、今の世界ではこの娘たちには居場所がない。その為の千年王国だ。逆らえば容赦はしない」
男達が下賤な笑みを浮かべて、脅す様に槍を構える。それは周囲のサンドラ族達に向けられている。この男達だけなら蹴散らして抜け出せない事もないが、サンドラの人々を守りながら、しかもあのホムンクルスの少女と戦うのは困難だ。悔しいが、今は引き下がるしかない。
不意に、少女が何かの気配を察知した様に周囲を見渡した。
「マスター。襲撃部隊が戻った様です」
「なんだ、お前も姉妹の気配を感知できるのか、ベリリ?」
「はい。ナイトラ程ではありませんが」
そうか、と頷き、フランハイムと男達が部屋を後にした。出ていく際に、ガチリと大きな錠が閉まる音が何度も響いた。ダメ元で扉を押してみたが、やはりビクともしない。例えここにいる全員で押してみたとしてもダメだろう。悔し紛れにアイリスが扉を叩いた。
フランハイムと男達が何を企んでいるのかはまるで分からない。だが、今の世界を破壊しようとするなど、明らかにまともな事ではないだろう。何としても止めなければいけない。
「なんとか……なんとかしてここを出ないと……」
「って言ってもよ……ここどこぶん殴ってもメチャクチャ硬くてさ。破れる気がしねぇ……」
龍我が傷だらけの手の甲を見せて言う。だが普通、パンチで壁を破ろうなどと発想するだろうか?そしてどうやら本当に実行しちゃったらしい。アイリスは呆れた様に龍我の顔を見返した。
「せめて何か道具があればいいんだけど……」
アイリスは今の自分の格好を見下ろす。身に着けているのは新調したオフショルダータイプの鎧下『バナディアンメイル』とミニスカートのみ。どちらも薄手に見えて金属を織り込ませている為、見た目以上に頑丈だがここではあまり意味がない。流石に錬結炉やウェイビングローブといった装備は奪われてしまった様だ。
食器の隅に置かれていた水差しの瓶を手に取った。せめて何か錬真術の素材になりそうなモノがあれば……。そう考えた時にフッと閃くものがった。
「あ、そうだ……」
アイリスが徐にバナディアンメイルから僅かに覗く胸元に手を入れ、谷間から1つの花を取り出した。鞄や薬瓶が一杯になってしまったので、咄嗟にここに入れておいたのだ。少し潰れているが、効果としては問題ないだろう。…龍我を始め、男性陣が一斉に目を逸らしたが、この際気にしない事にする。
「な、なんだよソレ?」
「ゴジアカイの花。身体能力を上げるドーピング剤に使えないかと研究されてるんです」
見た目こそ可憐な赤紫色の花だが、痛みを消すほどの強い幻覚作用を生む成分が含まれている。そこでその毒性を無効にしつつ、身体能力の活性剤として使えないか……という研究がされているという話を聞いた事がある。
「一か八かの賭けですけど……それを作って、壁を壊します」
「そんな事できんのかよ?」
「出来るか、じゃなくて、やるのが錬真術師ってものです。皆さん、他に何か素材になりそうなものを持っていませんか?」
このゴジアカイだけでは目当ての薬を調合する事はできない。この場にあるものなんて限られるかもしれないが……とは思ったが、サンドラの人々の間からポツポツと手が上がり始めた。
「コレなんてどうだろうねぇ……?」
「緋翠石ですね……。使えるかもしれません。ありがとうございます」
「サマクの実なんてどうだ?俺たちが酒を造るのに使うんだが……錬真術には酒が必要だろう?」
「はい。助かります」
「私は、大鷲の羽くらいしか持ってないんだけど……」
「そんな事ないわ。宝物をありがとう。必ず役立てる」
「お~い、コレも使えね?」
龍我が取り出したのは、赤と銀色の袋を取り出した。見た事もない素材で作られていて、やはり表面には見た事ない文字が浮かんでいる。中を開けると、そこには茶色の粉がビッシリと詰まっていた。
「……なにこれ?」
「プロテインだろ。これだけは取り上げられなかったからさ。てか、知らねぇの?」
「知りません。主成分は?」
「え~と……乳清タンパクとマルトデキストリン?食塩、ミネラル、イヌリン……あぁっ!兎に角何でもかんでもだよ!」
「…まぁ、体には良さそうですね」
何だかよく分からないが、栄養豊富なのは確かそうだ。錬真術の研究に於いては先ず、様々な材料を揃える事が大事だ。後はその材料・成分を考慮してひたすら完成形を目指す……という、ひたすら根気と閃きの作業だ。
これがマヤだったら、きっと直ぐにでも完成形を閃くのだろうが、残念ながらアイリスの腕前はそこまでではない。だが、今はこの場にいる人々の運命がかかっている。例えパラディンになれなかったとしても、そんな自分を選んでくれた人がいる。その時から……否、ずっと彼に恥じない自分でありたいと願い続けて来た。ならば、頭を止めている暇はない。
渡された素材の山を見つめ、アイリスは髪留めを外すと、それで壁に材料の成分を分析して書き殴っていく。目指すべき完成形をイメージし、そこに辿り着く為の道筋を探す。数秒もしない内に、アイリスは周囲の音も耳に入らない程の集中状態に入っていった。
「スゲェ……。…なんか、戦兎みたいな奴だな……」
そんな少女の後姿を見つめながら、龍我は彼の相棒の背中を思い出していた。
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ミドルガ連峰のジャファーの拠点。その門を潜って1人の少女が戻ってきた。アレステリスにて、レイト達と戦ったあのホムンクルスの少女である。如何に屈強なホムンクルスであろうとも、傷を負いながらここまで撤退するのは相当に至難だっただろう。その顔にはハッキリと疲労の色が出ていた。
「ボーラン、戻ったのか⁉ナイトラはどうした?」
「マスター……申し訳ありません。ディライトどもを仕留め損ねた挙句、ナイトラは奴らの手に落ちてしまいました……」
「なんだとっ⁈」
フランハイムが驚愕する。ホムンクルス達はその身体能力に加えて、人間では想像もつかない様な学習能力を秘めている。だからこそ、事前に仮面ライダー共の戦闘データを全て学習させ、それを上回れる様に調節したと言うのに……。つくづく忌々しい連中だ、と歯噛みした瞬間、こちらに向き合っていたボーランの顔が青くなったのが分かった。振り返ると、そこに大仰な仮面を被った男が立っていた。その腰には、あの仮面ライダージェネシスと同じベルトが燦然と輝いていた。
「仮面ライダーなどに敗れるとは……自慢のホムンクルスとやらもあまり役には立たん様だな?」
「そんな事はない。それより君の提供した情報に不備があったのではないのか、コルテス?」
「私の責任だと言いたいのか、フランハイム?」
コルテスと呼ばれた男の手が腰のベルトへと伸びると、それを見たホムンクルスの少女達がフランハイムを守る様に立ち塞がった。両者の間に触れれば爆ぜそうな程の緊張感が広がる……が、先にコルテスが手を降ろした。仮面に包まれており分からないが、その顔には愉悦の様な表情が浮かんでいる気がする。
「私の力を知りながらも立ち塞がるとは……随分と従順な飼い犬の様だな」
「当然だ。その様に調整してある。これほど優秀な兵隊が他にいるかね?」
「確かにな。…だが、命じられた任務をこなせなかったというのであれば……このままという訳にはいかんなぁ……」
転瞬、コルテスの手が輝き、光の剣が出現した。火花が散る刃が水平に振るわれると、ボーランの体が切り裂かれた。驚愕するフランハイムの顔を相も変わらぬ無感動な表情で見つめ、ボーランの全身が炎に包まれ、消滅した。悲鳴1つ上げない、静かな最期だった。
「コルテス……!貴様ぁっ……‼」
「また作れば良かろう。いくらでも替えがきく……優秀な駒とはそうあるべきだ。この原始世界のサルどもの様にな。貴様もそれを分かって、我が計画に参加したのであろうが?」
コルテスの仮面を睨めつけつつも、確かにとフランハイムは内心で頷く。胸中に去来するのは、倫理などという古臭い価値観を振りかざし、自分と自分の研究を闇に葬り去ったアネスタの貴族どもだ。自分を異端視するや否や、長年の忠節すらも無碍にして国から追い出し、自分を——この娘たちの未来すらも閉ざそうとしたあの連中に報復する為に、この男の手を取ったのだ。
今に見ていろよ、と。研究者としての誇りも、目先の感情も全て投げ捨てて、フランハイムの目がコルテスを通り越して、この世界そのものを睨み据えた。
〈設定メモ〉
◇パラディン
・かつて勇者ディライトに仕え、その特殊な力の一部を与えられたと言われる7人の騎士。霊薬の使用なしに7つのエレメントを自在に操る事が出来たとされる。
・現在もその力は残っており、錬真力の高い者にその力は受け継がれると言われている。
攫われた龍牙とアイリスが合流しました。なるべく面白い掛け合いになる様に書いてみましたが如何だったでしょうか。少しこの2人のコンビ関係が続きますので、お楽しみに。
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それでは。