楽しい現代異世界化計画 作:カンピロバクター卍
その日、名状しがたい存在と出会った。
それは俺に二つの権能を授けると、自由に使えと囁いた。
そして俺は人間性を喪失した。恐るべき超常の存在によって、俺は神の如き存在へとアセンションしてしまったのである。
見た目はただの人間のままだ。何の心得もない人間からは、ただの凡庸な男にしか映らぬであろう。しかし、我が肉体の内には宇宙創成規模のエネルギーが循環している。それが俺にはよくわかる。握りしめたドアノブがひしゃげ、台パンした机が大破したから確かな話だ。人間の出来ることではない。
俺は今錯乱している。
当然の話だ。誰しも人間を強制卒業させられたらそうなる。
しかしいくら錯乱したところで何も解決はしない。その気になれば時は止められそうであるが、しかしその気がなければ無情にも流れてゆくものだ。
そうだ、時間は流れる。
俺は学生で、優等生で、無遅刻無欠席なんだ。こんなことで慌てるわけにはいかない。落ち着け、穏やかに、なれ。
今日は日曜日で、明日は高校に行くんだろうが!
「くそ、頭痛がする。あとやけにゲッソリとする。水、水を飲みたい」
なんなんだあの無責任な超常存在は。ふざけるな。俺の平穏を一瞬にして奪って、何が楽しい!見ているのか?見て笑っている!?いや気のせいだ、錯乱した精神が見せる幻覚にしか過ぎない。俺の網膜は何も不思議なものは捉えていない!
震える手で水をコップに注ぎ、それを飲み干そうとする。が、それは叶わない。体の震えが収まらず、コップの水を全て床にぶちまけてしまったからだ。
「体のコントロールが効かんッ!クソがッ」
床にこぼした水を雑巾で拭き取り、バケツに水を絞り出そうとする。
雑巾が捩じ切れた。
「パワーが溢れる!制御できん!」
これでは日常生活などままなるものか!
このありさまで明日学校に行ってみろ。俺はもとより、周りの人間がタダではすまんだろう。しかしだな、これまでの努力を考えてみろ。勉学に励み、教師の覚えがいいように愛想振りまいて、真面目にやってきたんだ。明日休めばそれもパーだ。いやしかし、登校しても同じ、いやもっと悪いことになるだろうことは容易に想像できた。
●
結局、一週間経っても力の制御に慣れることがなかったので、高校には休学届を出しておいた。いつも優等生をしていたおかげか、特に理由を訊かれることもなく受理された。担任の教師からはひどく心配されたが……まぁ、それはいい。
経歴に傷がつくのもこれで最小限に抑えることが出来たのは喜ばしいことだ。はは、なに、少し引きこもるだけだ。引きこもって、自らの力の制御法を学ばねば……クソ超常存在め、最低限のオプションてものだろこれは。
俺に授けられた、もとい無理やり植え付けられた二つの権能。それは人間の器で扱うものではないのかもしれない。つまり、権能によって肉体を改造し、権能を十全に扱える体にならねば……いやいや早まるな。これ以上人間を辞めるワケにはいかん。これは尊厳の、気分の問題だから。それは最終手段だよクソ。
第一の権能、創造。
第二の権能、破壊。
そしてその二つの権能に付随する無限の異能。
これが俺に与えられた力の正体だ。全てを自由にすることが出来る、正しく神の力。
きっと、望めば今溢れそうなこの力の本流を抑えることは容易だろう。しかしそれは権能の行使にほかならず、俺はそれをするのがひどく恐ろしいのだ。人間を、辞めねばならないから。
力を使え。
力を振るえ。
創造せよ、破壊せよ。
エネルギーが囁く。黙れ、エネルギー風情がッ。
俺は囁きに抗うために、壁に頭を打ち付ける。部屋の壁面に亀裂が走り、崩れ落ちる。親が叫ぶ。五月蠅い。煩い。黙れ。静かにしてくれ。
俺は親を殺した。
《創造の権能》で《修復の異能》を作り、発動する。
親は生き返り、家は元通りだ。
なんだ、なんなんだ。俺は。気が変になりそうだ。人間を一捻りに殺せるこの力を、死んだ人間を容易に蘇らせるこの力を、俺が持っている?
冗談じゃない。
冗談じゃないぞ。
俺は家を出て走り出した。アスファルトが足形に凹む。
俺は創造した異能、《忘却の異能》によって俺を覚える全ての人間から俺を消去した。
もう俺は人間ではなかった。
しかし俺の心は未だに人間で、繊細だった。