楽しい現代異世界化計画 作:カンピロバクター卍
母の死に顔が脳裏をよぎる。
ぐちゃぐちゃに破壊された顔面と、俺の手に張り付いた肉片。
それも《修復の異能》で全てなかったことになったが……しかし、確かに俺は母を殺したのだ。俺の心に染みついたこの罪の意識も、忘却の異能で消し去ることは可能であろう。だが、俺が覚えたこの罪を、消すのは俺の心が許さなかった。
家から飛び出してもう一か月になる。
今、俺は一人山奥で仙人のように暮らしている。仙人のように霞を食べて暮らしているわけではないが、創造した《不食の異能》によって飲まず食わずでも死なないようになっているから、仙人のようなものだった。
《創造の権能》は異能を作り出すだけでなく、それ単体でもかなり自由度の高い力だ。例えばナイフを生成するのはお手の物で、水も、火も、概念だって自由自在に創造することが出来る。
もちろん、片手間に生物を創造することも可能だった。
それは山暮らしを始めて15日目の朝のことだった。
趣味で園芸でもやってみようかと思い立った俺は、にゅにゅにゅとウドの種を生成して適当な地面に撒いてみた。
(この時点で生命創造というある種のタブーを破っていたことに俺は気づくことはなかった。だって、植物の種を生命としてカウントするほど植物に感情移入したことがなかったんだ。)
しかしいくら待てども芽が出ないので、創造のエネルギーを種を植えたあたりにチョロチョロと流してみた。
そしたら女の子が生えてきた。
いや、女の子なのだろうか。人間ではないし、そう、言うならば人型をした植物の雌みたいなもの……であろうか。その30センチ程度の人型を地面から引き抜いてみると、やはり小さな女の子にしか見えないのであるが、いったいこれは何なのか。俺の創造のエネルギーを吸って、存在自体がアセンションしてしまったのだろうか……。
ともかく、俺はそこで自分が殺人に次ぐ第二の禁忌に触れてしまったことを理解した。
理解したが、しかし産まれてしまったものはしかたない。俺はそのウドの精霊のような女の子のような何かに『ウドリア』と名付けて観察することにした。
観察し始めてわかったが、ウドリアの知能はどうやら俺と同等にはあるらしい。俺の言葉から日本語を学習したのか、誕生から三日後にはたどたどしいながらも言葉をしゃべるようにまでなっていた。
「パパ、パパ」
などとウドリアは俺を呼ぶが、しかし俺は彼女の父なのだろうか。無から生み出したウドの種であったウドリアに、生物学上親と呼べるウドはない。そもそも、ウドの種を模しているだけでDNA鑑定に出したらすごく不気味な結果が吐き出される可能性もある。そうなるとウドリアの父と呼べるのは創造者である俺だけなのだが……俺が父?
親を殺し、その罪悪感から逃れるためにこんな山奥に隠れ潜む俺が?
馬鹿を言うなよ、俺が親であっていいものか。
……しかし、ウドリアはまだ子供で、親を欲していて、そして親は俺で、それを否定できるのか?俺は。子供には親が必要なんだ、わかれよ。わかれよ俺。
だから俺はウドリアの父親であるべしと自身を定義し、ウドリアの命が潰えるその日まで見守り続けようと誓った。
そしてそれから今に至るのだが……その、なんていうのか。
ウドリアが増殖してしまった。
俺の与えたエネルギーが膨大すぎたのか、ウドリアは自身を分割して増殖したのである。
そうやって増殖したウドリアたちはさらにそこからネズミ算式に増殖し、俺の暮らす山を一気に埋め尽くして繁栄の限りを尽くしていた。
おいおい、これは……。
俺の創ったウドリアは、単為生殖可能な人型有知性植物とでも言うべき存在であった。
新たなる異能、《解析の異能》を駆使して彼女の身体構造を調べつくしたので間違いはないだろう。
このままの増殖スピードでは、そう遠くないうちに人里にまでその生息域を広げるだろうことは明白であった。ウドリア一族とはウドリアの子供と孫の代までしか顔を合わせたことがなく、最早俺の制御下から離れつつある。この状態では、人里に降りないよう言い含めるなど不可能な話だった。
いろいろと考えた末、俺はウドリア族の自由意志を尊重することにした。
どこで何をしようと構わない。俺がそれを咎めることも、止めることもしない。
しかし、せめてもの親心として俺は新たに作った《下賜の異能》を用い、ウドリア族の全個体に《光楯の異能》を与えることとした。
これは光楯類に似た非実体の光る障壁を展開する異能である。この異能にかかれば核爆発級の衝撃も防ぎきることが出来るだろう。仮に人間や野生動物に襲われても安心だ。
「創造の権能によって命ず――すべての異能は、子孫に受け継がれる」
そして最後に、法則の書き換え……というよりは、書き足し。
これによって、生物に刻まれた異能は交配によって子孫に引き継がれるようになった。つまりは異能は生物的特徴の一つとなったわけである。ウドリア族は未来永劫《光楯の異能》を使い続けるであろう。
ひとしきり《光楯の異能》を与えつくした後、山中の掘っ立て小屋でお茶を啜っていたウドリアに俺は尋ねた。
「ウドリア、お前も引っ越したりするのかい?」
最初のウドリア、唯一種族の名を冠する彼女は、浅黄色の髪を揺らして「んー」と唸った後、こう答えた。
「なんでパパの側から離れるの?」
なるほど。
そうか。
なら、好きなだけここに居ると良いよ。
――ここは君の家で、俺は君のパパなのだから。
●
家を飛び出して半年。
もう、母の死に様を思い出すことも少なくなった。思い出したとしても、それを心苦しく思うことももうない。俺は自分を許すことにし、俺に権能を与えた理不尽存在のことについても許すことにしたのだ。
あの上位存在の目的は今もって不明だが、あれ以来一切の干渉を図ってこないし、視線も気配も感じない。
俺が思うに、あれは通り魔的犯行だったのだ。俺に権能を与えたことで満足し、次の犠牲者でも探して何処かを彷徨っているのであろう。
少なくとも地球上に気配は感じないから、居場所には皆目見当もつかない。《探知の異能》で隈なく探した結果だから、確かだ。
あれからウドリア族は山の麓の街まで生息域を広げたようで、巷では新種のUMAとして噂になっていた。
曰く浅黄色の頭髪を持った小人で、捕まえようとすると何か光るものに阻まれる……のだとか。俺の与えた《光楯の異能》は順調に動作しているようである。
しかし、やはり人間は好奇心に弱い生き物だ。
コミュニケーションを図ろうとするよりも、捕獲を優先するとは。異能を与えておいてよかったよ。
まあ、いい。
ウドリア族たちがどれだけ噂になろうと、彼女らに害を与えることなど出来やしないのだから、このまま放置しておいていいだろう。
俺は俺で、我が愛しの掘っ立て小屋の中で「寂しい寂しい」と喚くワガママ姫のお相手をしなくちゃね。
「子供たち、巣立ちすぎ!」
すくすく育って小学生ほどの身長になったウドリアは、ふくれっ面でそう叫んだ。
彼女の子供たちはそれぞれに縄張りを作って群れをこさえると、ウドリアの元に顔を出すことが稀になっていた。親としては子供が新天地でよろしくやっていることを喜ぶべきなのだろうが、ウドリアは納得いかないらしかった。
「もっと頻繁に顔出してよ!ママを構ってよ!」
「そんなに寂しいなら何処かの群れに身を寄せればいいのに……」
「それはダメ!パパが一人になっちゃう!」
俺のことなんて気にしなくてもいいのになぁ。
「じゃあ……ウドリア、お前に妹を作ってあげようか?」
ウドリアがびくっと肩を震わせ、驚いた顔でこちらを見る。
「え、ほんとに?パパ、新しい子どもつくるの?」
「ああ。ただし、お前の妹っていうよりは……うーん、友達かな。お前の話し相手、遊び相手。そういう存在にしようと思ってる」
「友達……?」
「お前が寂しいって言うから、ちょっとした気晴らしにね」
そう言って、俺は掌に創造のエネルギーを集める。今回のテーマは“温和で力強く、ウドリアと相性のいい存在”。ウドリアが人型植物なら、今度は小動物っぽい感じにしてみるか。言語理解能力と思考力は高めで、戦闘能力も高めにしておこう。友達兼ボディーガードってな具合で。
知識も俺のものを転写して、誕生してすぐに会話ができるよう調整しておこう。
粘土を手捻りで成型するかの様に、手を添えながら光を変形させてゆく。そして光が弾け、ふわりと生まれ落ちたのは――
「おお……デッカイけもみみ……?」
尻尾を揺らしながら、目をパチパチさせる茶色い毛玉のような少女。体長は60㎝ほど、ウドリアの半分ほどの身長だ。猫のような耳がピンと立ち、表情はややぽやんとしている。
「かわいいー!この子、なまえ、なまえなに?」
「ん……そうだな。猫っぽくてふわふわだから……『ニャフー』とか?」
「ニャフー!いい名前!」
ウドリアがニャフーを抱えて、その小さなほっぺをスリスリと撫で回している。ニャフーは生まれたばかりで何が何やらと言った様子だ。されるがまま、ぺちぺちとウドリアの頬を触り返していて、なかなか微笑ましい光景である。
……そして、俺はふと我に返る。
待てよ。
俺は、今また新種族を創造したんだよな。なんの躊躇もなく。以前は「第二の禁忌」だなんてビビッてたのに、今や娘におもちゃを与える感覚でやっている。
「……なんか、慣れてきちゃったな」
苦笑いが零れた。あの時は震えながらウドリアを抱き上げたというのに、今や軽いノリで猫耳っ娘まで生み出す始末だ。倫理とか禁忌とか、俺の中でどんどん薄れていってる気がする。
だけどまあ……。
ウドリアが笑っているなら、今はそれでいいだろう。
この小さな楽園のなかで、俺が創った命たちが平和に遊んでいるのだから。