大ムカデ(姫虫百々世)がいるなら大ヤスデがいてもいいのではないでしょうか。
というか妖怪ヤスデとかは普通に妖怪の山とかにいそうですよね。
タイトルのヤスデは格好つけで漢字で書きましたが本文はカタカナです。
ヤスデの鳴き声がこれでいいのか……。
一体のヤスデが妖怪化した。
性別はメス。ヤスデたちの中では大人しい個体だった。
本来ヤスデは益虫であり、勝手に家に上がってあっちこっち走り回るものの、人間や彼らの日常を脅かすことはない。
しかし、見た目が見た目なため人間たちはヤスデへ忌避の感情を示し、視界の隅に入るだけでもあらゆる手を使って処分を行う。
彼女もまた、そんな身勝手な理由で殺されてしまったヤスデの一体だった。
そのヤスデは死後に本人の怨念に加えて、人間たちに殺された数多のヤスデや他の益虫たちの恨み辛みを一身に受け取った存在である。
かくして妖怪・大ヤスデは誕生した。
彼女らの思いは一つ。
自分たちを殺した人間たちへの復讐である。
殺して、食らい尽くす。
かつての餌である小虫のように見つけ次第、取って貪ってやろう。
生前とは比べものにならない巨大な肉体を用いて圧し潰し、出来上がったグチャグチャの挽肉を食らってやる。
それが大ヤスデ流の人間たちへの復讐。
本能のままにそれを決め、その不穏ながらも純粋な思いのままに大ヤスデは己の怨敵が住まう人里へ向かう。
幻想郷のルールの一つに、むやみに人間を襲わない、殺さないというものがある。
賢者たちによって人妖の数は常に管理され、それによって幻想郷のバランスを保っているのだ。
「キシャァァアァッッ!!」
だが、この生まれたばかりの大ヤスデはそんなルールを知らない。
知らないので、臆することなく突き進む。
否、誰かに教えてもらって知ったとしてもそれを理解する知能がないため、仮に知ったとしても彼女は憎たらしい人間たちの巣へ向かって突き進むのだろう。
妖怪・大ヤスデとして生まれた存在意義は人間たちの抹殺。
それを果たすべく彼らは人里へ向けて歩み続けるしかないのだ。
「——はい、ストーップ!」
深夜零時。
人里へ続く道の半ばにある開けた野原。
月の淡い光で照らされたそこへ大ヤスデが足を踏み入れたその瞬間、頭上から幼く明るい声が聞こえてきたと思うと同時に一体の黒猫が彼女の前へ降り立った。
その黒猫には実体がある二本の尻尾に加え、その二本の間から妖力で構築されていると思われる半透明な尾が一本生えており、それぞれがゆらゆらと動いている。
大ヤスデは本能で何かを察したのか、黒猫を前に多足を止めた。
「お、止まった。なんだ。貴女、言葉が通じて……」
「シャァァッッ!!」
「はないみたいね……よっと!」
黒猫は大ヤスデとの意思疎通が不可能だと確認すると、その場で宙返りをして人型へ変化してみせた。
緑色の帽子を被った茶髪のショートヘアーに、リボンが付いた赤と白のワンピース、そして帽子から覗く左の猫耳には金輪のピアスを付けた少女——橙がその場に現れる。
博麗神社の裏手に生える巨大なミズナラの樹よりも大きい大ヤスデとの体格差は人型になっても黒猫時から然程変わらない。
そのため橙は黒猫の時と変わらず見上げたまま口を開く。
「一応言っておくとね、人里は襲っちゃダメだよ。幻想郷にはそういう決まりがあるの。だから、妖怪があそこに手を出すのはここのルールを破ることになっちゃうんだよ!」
「キシャァァアァッッ!!」
「あぅ……全く分かってなさそう……まだ巫女が幼くて実戦に出せないから私たちが対処しないといけないのに……こんな大きいのも相手にしなきゃなんてッ。もぅッ!」
乱暴に叫ぶだけで理解していない大ヤスデ。
そんな彼女に橙は不満を吐き出し、はぁ~……とため息を漏らす。
「仕方ない、か……貴女の恨みとか、人里を襲いたい理由とかよく知らないけど、幻想郷の管理を行う賢者の配下の身として貴女の進行を見て見ぬフリはできない」
説得を諦めた橙は覚悟を決めたのか、懐から取り出した札と手印を用いて野原を囲むドーム状の結界を構築しながら再び大ヤスデを見上げて言葉を紡ぐ。
「幻想郷の賢者の……紫様の命により、人里に仇なす貴女を退治するよ!!」
力強くそう宣言し、橙は両手の爪を伸ばすと同時に体中から妖力を漲らせて大ヤスデに向けて構えを取る。
今宵の橙は主である藍によって特殊な式を付けられている。
それは封印を一段階解くことで扱える妖力量を増やした戦闘用の新たな式。
名を“強化式・三尾覚醒”。
身体強化などに加えて表情を発露させる機能も通常の式と同じく搭載しているため封印は一段階しか解くことができなかった。だが、それでも藍の丁寧な造りによって普通の化け猫とは異なるポテンシャルを発揮できるようになっているのである。
「私の名前は、橙! 化け猫であり、そしてスキマ妖怪の式の式! 覚えられなくても、貴女の命を奪う妖怪の名前くらいは知っておいてよね!!」
構えを取った状態で高らかに名乗った橙は八重歯を見せて笑い、大ヤスデの巨大な頭部へ向ける目に力を込める。
暫くの間、三尾の化け猫と怨嗟を纏う大ヤスデは互いに鋭い視線で睨み合い、野原に生える草花を揺らしていた風が吹き止むと同時に両者は攻撃に出た。
「にゃぁぁぁぁッッ!!」
「キシャァァアァッッ!!」
橙は叫び声と共に爪に貯めていた妖力を引っ掻くような動きで斬撃として放ち、大ヤスデもまた口元に貯めていた妖力を玉状にして放つ。
「ちぇッ」
二体の攻撃は両者の間で相殺して霧散し、それを確認した橙は悔し気に舌打ちを漏らして野原を駆ける。
大ヤスデは生まれたての妖怪だが、同類の怨嗟を糧にして力を付けていて図体と揃って厄介な存在だ。
しかし、幼さ故に強大な力の操作が拙く、自慢の大きな体も俊敏に動ける橙から見たらとても鈍い。
そのため、橙はいとも簡単に大ヤスデの背後を取ることに成功する。そしてすぐさま勢い良く跳躍し、彼女が気づかないうちに空中から攻撃を仕掛ける。
「スキあり! 《鳳凰卵》!」
橙の周りに鳥の卵を模した複数個の魔法陣が展開され、そこから円状に楔弾が大ヤスデに向けて放たれる。
「ガッ!?」
大きな体は楔弾の良い的となり鳳凰卵の楔弾が直撃し、大ヤスデは思わず声を漏らす。
だが外骨格が厚いようで、あまりダメージは入っていないようだ。
「グゥゥ……シャァァアァッッ!!」
「おっとッ」
ダメージがそこまでないとは言え一撃入れられて気が立ったのか、自身の背後にいる邪魔者への反撃として大ヤスデはドが付くほどに太い下半身の薙ぎ払いを繰り出す。
その大きな一撃に対し、橙は宙に浮かんだまま大ヤスデの攻撃に合わせて己の三尾を強く叩きつけることでいなして回避してみせる。
「肉弾戦は私も好きだ、よッ!」
気分が上がって来たのか、橙は楽し気にそう言うと三尾からジェットさながら妖力を噴出して加速し、瞬く間に大ヤスデの背中へ移動する。
そして、移動中に握っていた拳を妖力で強化して加速した勢いそのままに大ヤスデの大きな背に向けて拳打を食らわせる。
「《
超猫拳。
それは化け猫による実戦用のネコパンチ。
名前は橙が付けたものであり、『超』という凄そうな漢字を付けたくなるお年頃故のネーミングである。
名前は大して強そうではないが、橙が放った一撃は大ヤスデにとっては凄まじいモノだった。
「グガァッッ!!?」
楔弾を食らった時よりも声を荒げ、大ヤスデの武骨な顔に苦悶の色が滲み出る。
超猫拳はただの猫パンチではなく、橙の藍や紫によって叩き込まれた精密な妖力操作に加え、内部へ衝撃を流す特殊な打法によって放たれた。
それは堅牢な外骨格を無視して大ヤスデの筋肉や臓腑を直撃し、経験したことのない確かなダメージを彼女に与えたのだ。
「お、効いてる。やった♪ にゃはは~♪」
拳打を打ち終えた橙は今宵一の苦痛の鳴き声を聞き、明るくサディスティックに笑みを漏らす。
そして、硬い外骨格を蹴って触覚を左右に激しく振って痛みを分散させている頭部を飛び越し、再び大ヤスデと対峙する。
「コホンッ……さ、考えられなくても、もう実力差は分かったでしょ? まだ人里を襲うつもりならもっと痛い目に合うよ。だから、もう止めようよ」
橙は咳払いで表情を優しいものに変え、手を広げて攻撃の意思がないことを示しながら大ヤスデを見上げて穏やか口調で話し掛ける。
「シャァァ……」
「幻想郷はね、ルールさえ守れば割となんでも受け入れるんだよ? それに人間が食べたいのなら食べてもいい人間を紫様が用意して与えてくれる。なんなら私が持って行ってあげるよ」
「……」
「あとね、人間を恨むこと自体は別に止めなくてもいいよ。唐傘みたいに人間への感情の折り合いはいずれ付くだろうしね。それに食用の人間ならどう扱っても問題ないし、毎回は無理だけど一年に一回くらいは大人数の人間を貴女にあげれると思う」
「シャァァ、シュラァ」
「う、うーん……理解できてるのかなぁ…………あ、そうだ!」
何かを思いついた橙はポンッと手を叩き、大ヤスデへ笑みを向ける。
「別に退治する必要はないしさ、貴女、私の式にならない? 式を打てば知能が上がって会話ができるようになるよ!」
「?」
「今はまだ未熟だから式を打てないけど、いずれ私も式を持ちたいし、式候補ってことでどうかな? 生まれたてなのに妖力量が凄く多いところとか私と似てるし、なんか貴女とは気が合うような気がしてきたよ!」
「シャ、シャァ?」
「本当はマヨヒガの猫の誰かにしようと考えてたけど、最初の式がヤスデでも二番目の式を猫にすればいいよね! は~、なんで思いつかなかったんだろ。藍様に頼めば会話ができる程度の式は付けてくれるかなぁ」
「シャァァ……」
興奮気味に独り言を漏らす橙に大ヤスデは戸惑い、頭部を下げて視線を合わせて橙の顔を覗き見る。
——コノ猫ノヒトハ我ノタメニ何カ考エテイルノダロウ。
頭では理解できずとも心で好意を感じ、そう思った大ヤスデは静かに橙の言葉に耳を傾ける。
仲間たちの恨み辛みの呪いで満たされた心にポカポカとした温もりが宿る。
「よし。とりあえず、ウチに行こっか! 式云々は兎も角、貴女の面倒を見ることは決めたから藍様と紫様に報告しないとね。藍様にスキマを開いてもらうから待っててね」
「シャルァ」
忌避されて殺された身である彼女は誰かに好かれる喜びを知らない。
知らないが、“はじめて”抱くこの温かさはとても心地良い。
この心地良さずっと感じていたいから橙に付いていこう。
気がつけば大ヤスデの中から人里へ進行する意欲は消え失せており、今は目の前にいる変わった化け猫への興味で満たされていた。
橙が藍と連絡を取るために結界を解除し、どこか変わっていた野原の空気や天から射し込む月の光が元に戻る。
大ヤスデは改めて周囲を確認する。
人間たちへの復讐という狂気に吞まれていたほんの少し前とは世界が変わって見える、ような気がした。
「……」
「ん? ふふ。もうちょっとだけ待っててね」
大ヤスデの視線に気づいた橙は連絡用の札を取り出しながら彼女の硬い頭部を優しく撫でる。
小さな手の温もりは硬い表皮越しでも感じることができた。
生前は気味悪がられて一度も触れられたことのなかった。
そんな彼女は今宵二度目の“はじめて”を受け、分り辛くも表情を喜色に染める。
——橙ニ付イテイコウ。
大ヤスデは本能でソレを決めた。
既に彼女の頭には橙の名は深く刻まれ、拙い知能でも決して忘れることはないだろう。
「あ、藍様。帰宅用のスキマをお願いします。それとお話が……え? 『見てたから大丈夫。考えは後でしっかり聞かせてもらう』……はい、はい。了解しました。それでは」
「?」
「あはは、大丈夫だよ。あ、スキマ開いた。さぁ、行こうか」
「シャァ!」
元気良く返事を返した大ヤスデは促されるがまま虚空に開いた巨大な“スキマ”の中へ入り、橙と共に出口へ向けて歩みを進める。
橙と大ヤスデ。
種族や大きさなどいろいろと異なる二体の妖怪はこれから大きく成長していくのだろう。
それは聡明な賢者も知ることができない、近くはなくともそう遠くはない未来のお話なのである。
橙にコラッ(ネコパンチ)されて黙らされ、自分のためにアレコレ考えてくれる姿に惹かれて仲間堕ちした大ヤスデの小話でした。
本当は大ヤスデは橙によって駆除されるオチの予定でしたが、気づいたら仲間堕ちさせてました。
この話の前にマヨヒガの話を書きたかったのですが、筆が乗らずに今話が仕上がりました。
先代巫女が急逝し、霊夢が幼くまだ博麗の巫女として動けないため代わりに動いていた紫様と藍様は橙の修行の一環として巫女案件の大ヤスデの駆除を命じた。
だが橙は生まれたばかりで本能のままに動いている無垢な大ヤスデベビーに対し「別に殺すことないな」となり仲間堕ちさせてみせたという流れ。
この橙は蟲毒を体験しているので戦うことが大好き。なので良い一撃を食らわせられると嬉しく(ハイに)なってつい笑ってしまうのです。
化け猫ですが、そんな橙の笑みは相手から見たら悪魔の笑みです。
【大ヤスデ】
生まれたばかりの妖怪ヤスデ(♀)。
モデルは、ヤンバルトサカヤスデ。(外来種だけど日本にいるということで……)
名前はまだない。
仲間や他の益虫たちの怨嗟や呪いなんかを一身に引き受けてそれを糧にして巨大化したので『大ヤスデ』です。
→橙の生い立ち(蟲毒)と少し似てます。養殖と天然。
→博麗神社の裏に生える巨大なミズナラの樹よりも大きい。
このシリーズの橙の式候補一号。
スペック
・生まれたばかりとは思えない妖力量。
・硬い外骨格。
・橙には負けたが、図体の割に動きは速く力もかなり強い。
・人化の術はいずれ覚える。
・『~程度の能力』は不明(いつか考えたい)。
―――――――
プチ解説
ヤスデ(馬陸)
・体長2~5㎝
・短い手足、茶黒の縞
・毒性も攻撃性も無い
・害虫を食べる益虫
・その見た目から気味悪がられ、見つけ次第人間たちに殺されてしまう