原作よりちょっと強い橙の小話集   作:望月エト

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 橙(40)と霊夢(5)、あと茜(3)で遊ぶ話と博麗の巫女の仕事の話。


幼い博麗の巫女

 

〈表〉

 

 博麗神社。

 それは幻想郷の東、此処と外の世界を隔てている博麗大結界の境目に位置している年季の入った神社。

 周辺は境界の役割がある森で囲まれているため、自然が豊かな上に空気も澄んでいる。

 だがその役割の都合上、神社は辺境にあるので境内や其処に通じる道にも人気は感じられない。

 そんな現在は薄寂しい博麗神社だが、本日は境内から聞こえてくる幼く愛らしい笑い声が神社中に響いていた。

 

「まて~ッ」

「あはは! おにさんこちら~♪」

 

 境内に敷かれた石畳の上を早歩きの茜が目の前を駆ける霊夢を追いかける。

 今この二人が行っているのはシンプルな鬼ごっこ。

 茜は足が長いため歩幅が大きいので彼女の早歩きは五歳の霊夢の駆け足と釣り合っており、また精神年齢も近いので二人は心の底から楽しんでいた。

 

「つーかーまーえー、たッ!」

「わッ! つかまっちゃった! えへへ♪」

「あはは♪」

「——ただいま~」

 

 茜が後ろから霊夢を抱き上げて捕まえて揃って笑みを浮かべていると、神社に張られた結界を一部解いて少し疲れた様子の橙が境内に入ってきた。

 

「あ! おかえりなさい、橙さま!」

「おかえり、橙!」

 

 橙の帰還に茜は霊夢を抱っこしたまま駆け寄り、二人揃って無邪気な笑顔と元気な声で出迎えた。

 生まれたばかりの頃は人間を絶対に貪り食らうと荒れていた茜だが、橙の異能に加えて八雲流の心身両方の修行を重ねてすっかり穏やかに過ごせるようになっているのである。

 

「! 橙さま、頬に血が……」

 

 霊夢を地面に下ろして橙に改めて向き合った茜は橙の左頬に酸化した血が付着していることに気付く。

 血の色が青みがかっているので血の主は妖怪だ。

 実は先程まで橙は博麗神社周辺に湧いた、まだ幼いながらも高い霊力を有する霊夢を狙う低級の妖怪や妖獣を撃退していたのだ。

 次代の博麗の巫女の育成は本来ならば先代の巫女の役目なのだが、彼女は持病によって早世してしまい現在は紫がその任を継いで行っている。

 ただ本日は幻想郷の賢者たちの集会で紫は霊夢の面倒を見ることができない。

 藍も紫の付き添いで集会に出ているので主たちの代理として橙とついでに茜が任された、と言うのが博麗神社に二人がいる経緯である。

 橙も茜も藍と共に紫の紹介で霊夢とは何度か会って遊んでいるので任されたことに不満は無く、また

 

「え? あ、ホントだ。戻って来る前に洗浄札を使えばよかった。えーっと、ハンカチ、ハンカチ……」

「茜が拭きます」

「お、ありがとー」

「ねぇねぇ、もう『やること』はおわったんでしょ? なら、橙もいっしょにあそぼ!」

「いいよ。何しよっか」

「うーん……あ、紫がくれたボールで遊びたい!」

「じゃあ、そうしよっか。茜は疲れてない? まだ遊べそう?」

「大丈夫です!」

 

 霊夢の面倒を見る役目を代わりに任されたと言っても、今日の橙と茜に紫から任されていることは修行の相手ではなく霊夢の息抜きの相手。

 なので、橙も茜も霊夢がやりたいことは否定せずにとことん付き合うつもりなのである。

 最初から遊んでいる茜は置いておいて、橙は妖術と共に必死に勉強している結界術の実践も既にできているので後は心置きなく遊ぶだけなのだ。

 

「霊夢、いっくよ~。えーいッ」

「おっとと……とれた! 次は橙に……えいッ!」

 

 茜からゴムボールを抱え込む形で受け取った霊夢はそのまま橙に向かって両手で投球……霊力でボールに強化を加えて。

 

「えッ!? ちょ、霊夢ッ!? ッ……ぅッ!!?

 

 意図せず霊夢が放った破魔のボールに対し、橙は驚愕に顔を歪めながらも一瞬で受け取る姿勢を整え、それと同時に両手に妖力を纏う。

 そして、低速ながらも妖怪には劇薬のような退魔のボールを必死の形相で受け止めた。

 

「あ、あっぶなかったぁぁ……」

 

 ジュウゥゥ……という音を上げながら軽く焦げた手の平の痛みに耐えながら橙は安堵の息を吐く。

 まだたった五歳とは言え、霊夢は歴代の中でもトップクラスの霊力の質の持ち主。

 それは橙が素早く纏った妖力の衣を蒸発させて彼女の手の平を軽く焼いたのだった。

 

「すぅ……はぁ……霊夢ー、次からは霊力を込めるのは止めてねー?」

「えへへ。ごめんね?」

 

 橙に窘められた霊夢はてへっと笑みを漏らしながら軽く謝罪を述べた。

 

「またやりそうだなぁ……茜ー、いくよー」

「うん!」

 

 反省していない霊夢の笑顔を見て忘れた頃にまた破魔のボールがくるだろうと思いながら橙は茜に向けて投球する。

 そこから暫くの間、橙たちは三角キャッチボールを霊夢が飽きるまで続けた。

 その後は屋内で花札やトランプで遊んだり、一緒におやつを食べたり、昼寝をしたりして子供たちの穏やかな時間は過ぎていった。

 

 

――――

―――

――

 

 

〈裏〉

 

 橙と茜、霊夢の三人が一緒に過ごした時間から数時間後。

 時刻は、草木も眠る丑三つ時。

 橙は博麗神社の仄暗い本殿にて、霊夢が博麗の巫女としての責務を全うする様子を傷と霊札が目立つ柱にもたれ掛かりながら見守っていた。

 

グルゥゥゥゥッッ!!

「……」

 

 大幣(おおぬさ)もといお祓い棒を手に持って佇む霊夢の前で獣のような唸り声をあげるのは、橙の妖術で拘束されたボロ衣姿の人間の女だった。

 その女の目は白目と黒目が反転しており、人間のモノとは思えないほどに鋭く禍々しい。

 長く伸びたボサボサの髪を地面に広がる毛先から頭上へ順に見ていくと、頭頂部から歪な獣の耳が生えていることに気付く。

 この女は元々は里の人間だったのだが、里の外で見た妖怪の力に魅了された末に魔道へ自ら堕ちた妖怪になりかけの人間崩れなのだ。

 低俗な妖魔本でも読んだのか、女はどうやら低級の妖獣を殺してその臓物を食らったようで、妖力に耐え切れずに自我が崩壊してしまったのだろう。

 人里で暴れる前に数日前から女のことを里の猫たちを使って監視していた橙によって密かに捕縛し、霊夢が昼寝をしているうちに本堂の中に運び込んだのだった。

 

(ほんと、馬鹿な人間だなー……里の人間が妖怪化するのは幻想郷のルールの中でも一、二位くらいで破っちゃいけない決まりなのに)

 

 心の中で女を嘲りながら橙は女に向けていた視線を霊夢へ向ける

 博麗の巫女の仕事は異変解決や妖怪退治、祈祷など意外と多い。

 霊夢が今から行わなければならないのはその中でも一番辛いであろうと橙が思う、妖怪化した人間の処分。

 紫との修行の中で妖怪を退治したことはある。

 だが、妖怪化した人間を屠るのは今夜が初めて。

 これも博麗の巫女としての通過儀礼であり、霊夢は今宵、齢五にして人を殺める。

 

「ふぅ……もういけるわ。術といて」

 

 暫くの間、女と見つめ合っていた霊夢だったが覚悟を決めたようで、深く息を吐いた後に橙に妖術を解くように促す。

 

「うん。じゃあ、解くよ……開錠」

 

 霊夢の言葉を聞いた橙は少し間を開けてから女の動きを封じていた妖術を解いた。

 

シャアァッ!!

 

 妖術が解かれると同時に女は手を刀状に変化させ、禍々しい妖力を噴き出しながら霊夢へ斬り掛かる。

 

「ケヒ——ッ!?」

 

 だが、女は霊夢を斬ることは出来ず、切断したと思ったのは素早く回避したことで生まれた霊夢の幻影だった。

 

「はぁッ!」

 

 覚られずに回避に成功した霊夢は女の背後に回り、霊力を纏わせたお祓い棒を女の後頭部へ思いっ切り叩き付ける。

 

グギャアァァァァッッ!?!?

 

 お祓いのための神聖な道具を博麗の巫女の強大な霊力によって強化を施して振るう。

 それは昼間のボールとは比べ物にならない破魔の一撃。

 大妖怪でもただでは済まないであろうその攻撃は妖怪に成りかけの人間擬きの頭部を不細工な耳を巻き込んで凹ませ、本堂を震わせるほどの絶叫を吐き出せた。

 

グゥゥ……ゥ……

「……」

ひィッ!?

 

 歪んだ頭を抱えながら蹲って苦しむ女の元に霊夢が歩み寄ると、顔を少しだけ上げた女は霊夢の小さな足を見ただけで悲鳴を上げてしまう。

 そして、痛みよりも恐怖が勝ったのか霊夢に尻を向けて四つん這いになって逃亡を図る。

 

「にげるな」

「ッ!?」

 

 ノロノロと逃げ出した女を飛び越え眼前に降り立った霊夢はお祓い棒を突き出して強制的に制止する。

 

「グゥゥッ……」

「べつに、わたしのことはうらんでもいいわ……さようなら」

グギャッ!?

 

 自身に怯えつつも睨む異形の目を見た霊夢はほんの僅かに憐憫を含んだ声で別れの挨拶を口にすると、両手で握ったお祓い棒を四つん這いの女に向けて振り下ろし、歪んでしまった命を両断したのだった。

 

「…………ん……」

 

 縦に両断された女の亡骸を見下ろしながら霊夢は頬に付いた返り血を大きな袖で拭い、続けてお祓い棒を振るって付着していた血を床へ振り落とす。

 その一連の動きまでを見届けた橙は柱から背中を離し、ゆっくりとした歩みで霊夢へ駆け寄って声を掛ける。

 

「霊夢、お疲れさ——」

「ちぇんッ」

 

 橙の労いの言葉は霊夢が勢い良く振り返って抱き着いてきたことで途切れてしまった。

 急に抱き着かれて驚いた橙だったが、特に文句をいうことはなく自身の慎ましい胸に顔を埋める霊夢の頭を撫で始める。

 

「お疲れ様……疲れた?」

 

 橙は頭を撫でるのを続けながら改めて霊夢へ労いの言葉を送る。

 

「つかれてない」

「じゃあ、辛い?」

「……ううん。へーきよ。わたしは博麗霊夢(博麗の巫女)、だもん」

「そっか」

 

 霊夢の言葉に対して橙は特に追及することなく、ただ霊夢がもういいと言うまで頭を撫で続ける。

 そして、数十分後。

 

「……ん」

 

 橙の長い愛撫にようやく満足したのか、霊夢はゆっくりと橙の胸から顔を離した。

 

「お、もういいの?」

「うん」

「じゃあ、戻ろっか。流石にもう遅いし、お風呂入って寝よう。茜にお湯を沸かしてもらってるから、すぐ入れると思うよ」

「うん……橙。て、つないでもいい?」

「ふふ。いいよー。はい、ギュー!」

「えへへ……ギューッ」

 

 会話の末に笑みを浮かべながら橙と霊夢は手を繋ぎ、そのまま楽し気な雰囲気で歩み出す。

 そして、出入り口から先に霊夢を外に出すと同時に橙は懐から一枚の赤い札を取り出し、それを床に転がる女の亡骸に向けて放つ。

 橙はその行動を終えると自身もまた外に出て、預かっていた鍵で本堂の戸を施錠してしまう。

 施錠を終えたタイミングで赤い札は目標に到達し、札の端が骸に触れる。

 それ同時に札は炎と化して着火すると、徐々に火力が上がっていき瞬く間に女の遺体を火葬してしまったのだった。

 札によって生まれた炎は女の遺灰すらも燃やし尽くしたが、本堂を焼くことも焦がすこともなく、ただ対象だけを焼却し終えると静かに虚空へ消え去った。

 橙と霊夢も、堕ちた人間の亡骸も消え去った本堂は再び闇で満たされるのだった。

 

 

 




 今話は霊夢と遊ぶ緩い話と、血生臭い博麗の巫女の仕事の裏表の二話でした。
 面倒を見ている頻度が高い紫や藍よりも精神年齢が近い橙や茜の方に懐いているのが霊夢ちゃん(5歳)。
 赤ちゃんだったあの橙がお姉ちゃんしてる姿には藍しゃまも大感動してます。
 たぶんこの霊夢は魔理沙とはもう会ってます。
 この作品では、ある程度まで成長してからは八雲家は霊夢との接触を断って妖々夢かその前後で再会という流れの予定です。

 ここまで読んでくれてありがとうございました!
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