原作よりちょっと強い橙の小話集   作:望月エト

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 今の話話、二話目。
 今回は鯨吞亭(蚕喰鯨呑亭)に橙を入れてみました。
 マミゾウ&文は出ないです。


鯨呑亭

 

 鯨呑亭。

 それは幻想郷の人里にある居酒屋。

 従業員は店主の親父さんと看板娘である奥野田美宵の二名。

 客層は年配男性が多いが、ここ最近は女性客も増えつつある。

 そしてこの店は親父さんが作る煮物が絶品であり、霊夢や魔理沙を含む老若男女の客たちからの人気が高い。

 これから更に名が知れてより多くの客が此処へ足を運ぶだろう。

 

 だが、これは鯨呑亭の“表の顔”。

 

 表があるのなら裏があるのは当然。

 この鯨呑亭には博麗の巫女も未だ把握していない妖怪……特に強い妖怪たちに関わる“裏の顔”があるのである。

 その名も、蚕喰鯨呑亭。

 それは本来の主であるはずの親父さんは知らない、妖怪同士の交流場として用いられている彼ら専用の居酒屋。

 こちらが設けられたのは最近であり、実は妖怪だった美宵に彼女の住処となった伊吹瓢の持ち主である伊吹萃香、狸の頭領こと二ツ岩マミゾウ、そして夜の鯨呑亭の命名者である射命丸文の計四名が関わって設立に至った。

 日によって集まる数は疎らだが、彼女たちは夜な夜な蚕喰鯨呑亭に集っては酒を吞み交わしながら妖しい話に花を咲かせているのだった。

 

 

—————

————

——

 

 洋酒に住まう酔魔による美宵の昏睡事件から一週間後。(『東方酔蝶華』18~19話)

 すっかり夜が更け、濃い闇に包まれた人里を橙が何かを包んだ風呂敷を片手に歩いていた。

 今宵の橙は紫から“おつかい”を頼まれた身であり、この風呂敷も紫から鯨呑亭へ渡すように指示を受けた物である。

 人里ということもあり橙は猫耳と二本の尻尾を変化の術で隠している。

 橙の足取りに迷いはなく、風呂敷を持つ手とは逆の手に持つ提灯で街道を照らしながら目的地へ向けて歩みを進めていた。

 そして、歩くこと数分。

 表向きはしっかり戸締りがされた鯨呑亭の前に橙は辿り着いた。

 

(開いてる……んだよね? あ、でもヒトの気配がするし、微かに音も聞こえる)

 

 店仕舞いを終えている外見にほんの一瞬だけ不安を抱いた橙だったが、扉越しに聞こえてきた店内の物音や話し声にホッと胸を撫で下し、意識だけで変化の術を解く。

 続けて実は妖術で出現させていた提灯を札に戻すと、それをワンピースのポケットに仕舞い込む。

 一通り身軽になった橙は改めて店の入り口へ視線を向け、空いた手で戸を軽くノックして少し小さめで声を投げ掛ける。

 

「すみませーん……」

 

 声を掛けてから数秒後、扉越しに誰かが歩み寄る気配を感じた橙は戸から半歩だけ離れて待機する。

 

(戸に近づいてきたのはお店の人……えっと、奥野田美宵さんだっけ……たぶんその人だよね。視線感じるなぁ)

 

 戸に付けられた覗き穴から橙のことを確認しているのだろう。

 橙は前方からの視線を感じながら、愛用の緑色の帽子を取って猫耳をより見やすくする。

 

『ッ。~~!』

『―……ーー』

『~!』

 

「お?」

 

 店内から会話が聞こえてきたと思い声を漏らすと同時に、鯨呑亭もとい蚕喰鯨呑亭の戸がようやく開かれ、特徴的な鯨の帽子を被った看板娘が橙を出迎えた。

 

「すみません。お待たせ致しました。いらっしゃいませ!」

「えっと。私、化け猫で、一人なんですけど……入れます?」

「はい、大丈夫ですよ! さ、どうぞお入り下さい」

 

 別に自身の種族を明かす必要はなかったのだが、出迎えられて初めての居酒屋だったことを思い出した橙は少し緊張して思わず口に出してしまったのだった。

 

「——ははッ」

 

 そんな初々しい橙の言葉を耳にした一対の立派な角が生えた唯一の客……萃香が愛用の伊吹瓢を傾けながら笑みを漏らす。

 

「む……って、あ。萃香様だ」

 

 笑われて顔に怒りの色を浮かべかけた橙だったが、視線を移した先にいた見知った顔を見て僅かに芽生えた怒りは霧散し嬉し気に口角を少し引き上げる。

 

「こんばんは」

「あぁ、こんばんは。くくッ。橙も夜中に酒を呑みにくるようになっちゃったか」

「んー。まぁ、それも今日ここに来た理由なんだけど……一番の理由はコレを渡しに来たの」

 

 挨拶を交わした後に萃香の横の席に腰を下ろした橙は会話を続けながら持参した鶯色の風呂敷を机の上に置き、封を解いて中身を萃香とおしぼりを持ってきた美宵に見せる。

 

「ん?」

「え?」

「あ……ちょっと待ってね」

 

 風呂敷の中身とは、五つの笹の葉で包まれた大きめの何かだった。

 橙はいそいそとその中の一つを手に取ると、片手で葉を捲り改めて今夜持ってきたものの正体を二人に見せる。

 

「お!」

「わ、凄い!」

 

 ようやく露わとなった橙が持ってきた中身を見た萃香と美宵は揃って驚きの声を漏らす。

 二重の封を解いて露わになった正体、それは肉。牛肉だった。

 だが、ただの牛肉ではない。

 大きく、分厚く、そして綺麗な霜降り。

 幻想郷では見られない、外の世界でも高級な品であろう豪華な牛肉である。

 これが十以上。

 

「この肉を紫様から鯨呑亭……あ、今は蚕喰鯨呑亭か。これを此方へ。ごめんなさい。これは先日の一件のお詫びの品、だそうです」

 

 橙は紫からの言伝をそのまま伝えると、包み直した肉を風呂敷へ戻して再び封をして立ち上がり、それをおしぼりと交換する形で美宵に手渡す。

 

「そのお肉は萃香様も食べていいって仰っていました……はい、今宵のお仕事おわり! お小遣い貰ったから、美味しいお酒飲むぞ~!」

 

 紫から任された業務を終えるや否や橙は素早く席に戻り、おしぼりで手を拭いた後にお品書きを手に取って何にしようかとウキウキで眺め出した。

 

「ふーん……詫びの品、ねぇ」

「紫って、確かこの間の洋酒の……」

「そうそう。あのかまってちゃん。全く、本人が謝りに来ないのはどうなんだか」

 

 旧友の誠意の無さに怒るよりも先に呆れの感情が出た萃香は溜息を吐き、グイッと勢い良く瓢箪を傾ける。

 

「あ、あはは……でも、こうして凄く良いお肉も頂けたし、謝罪の言葉もこうして……ええっと……」

「んー? あ、そういえば名乗ってなかったっけ。私は橙。紫様……賢者の式の式だよ! 賢者の式は藍様って言って、九尾の狐なの! 私は藍様の式なんだ~」

「は、はぁ……なる、ほど?」

「従者……いや、私は紫様の道具の一つみたいなものだと思ってくれればいいよ。まだ八雲の姓を貰えてないからね!」

「わかり、ました……コホンッ。橙ちゃんから謝罪の言葉を伝えてもらったので、私は大丈夫です。気にしません」

 

 橙のことを何となく理解した美宵は話を戻し、風呂敷を抱き締めて萃香へ紫の謝罪を受け入れて先の一件は手打ちにすると伝える。

 

(私の身内に勝手に手を出されたことについて文句があったんだが……)

「折角だしこのお肉を頂いちゃいましょうか。どんな感じに料理しようかしら♪」

「まぁ、いっか」

 

 被害者がこうして許しを出して清々しい笑顔を浮かべているのだからこれ以上あーだこーだ言うのは止そう。

 萃香はそう考えて今度はゆっくりとした動きで瓢箪を傾けて酒をあおった。

 

「橙ちゃんも食べる?」

「え、いいの! 萃香様……」

「あー? あー……別にいいよ。どうせ橙が食べてもいいようにいっぱい持たせたんだろ」

「やったぁ!」

「最初は普通にそのまま焼こうかな。あ、先にお酒を用意しちゃうけど、どれにする?」

「うーん……この鯨の息吹っていうので。一升でお願いしまーす♪」

「ふふ。はい、承りました。少々お待ちください」

 

 客と店員というよりも年の近い姉妹のような快いやり取りを交わす橙と美宵。

 普段は妖怪の中の強者ばかりが集っているが故にどこか張り詰めたような空気がある蚕喰鯨呑亭だが、そんな二名によって今宵に限りそれが緩和し穏やかな空気と化しているのだった。

 

—————

————

——

 

「そうそう、紫様が『最近、萃香がちっとも来ないわね……』って言って少し寂しがっていたので、たまには遊びに行ってあげてください」

「えー……紫のやつ、マジで構ってほしくて此処に手を出したわけじゃないだろうな……」

「紫様、あー見えて割と寂しがり屋なんですよねぇ。あはは♪」

 

      

 

(ひッ!? な、なにあれ……目? でいっぱいのスキマ……?)

 

 後日、定期的に行われる紫による修行を受けた橙はいつも以上にボッロボロにされるのだった。

 




 【今の小話】で出るキャラはいつか【過去の小話】でそのキャラとの出会いの話を書く……書きたいと思って書いてます。(全員ではないです)
 今話だと萃香。
 萃香相手だと目上なので橙は敬語ですが、美宵にはタメにしました。橙は五十歳くらいで、美宵も妖怪の中では若い方なのかなと思ってそうしました。
 
 酔蝶華でも橙が見たいです。最近お燐が出たのでいずれは橙も……紫様が本格的に出てきたら藍様と一緒に出てきてくれるのでしょうか。

 ここまで読んでくれてありがとうございました!
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