原作よりちょっと強い橙の小話集   作:望月エト

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 今話は橙とルーミアの小話です。
 一応、ソフトですが食人描写があるので苦手な方はご注意ください。


宵闇と“お肉”の配給

 

 ある日の昼過ぎ。

 霧の湖近辺の森の中を橙がボストンバッグを肩に掛けて駆けていた。

 草花を搔き分け、木々の上を飛び移り、キョロキョロと周囲を確認しながら目当ての妖怪を捜索する。

 本日の橙は藍の命令で八雲家の業務を手伝っており、その内容は人間の血肉を求める妖怪たちへの人肉配給。彼女が持つボストンバッグには配給用の人肉が納められており、一人分ずつ笹の葉で梱包されている。

 この業務は橙がある程度の実力を身に着けて以降は彼女に任されているのだが、如何せん求める妖怪の数が多い。

 そのため、橙は早朝からずっと幻想郷をあっちこっち飛び回り、また場所によっては今のように走り回っているのだった。

 

「えーっと、森の中にいないならこの辺にいるはず……あ、いた——ルーミア~!」

 

 霧の湖までやって来た橙は濃霧の中で目を凝らして周囲を探索し、湖上を漂う闇の玉を見つけると呼び掛けながら水上をパチャパチャと音を立ててそれに歩み寄る。

 橙の声で闇玉の動きが止まり、闇がゆっくりと霧散すると配給者の一人で宵闇の妖怪ことルーミアが姿を現した。

 

「おー、橙だー。おはよう? あれ、今はこんにちは?」

「橙だよ~。今はもう、こんにちは、だね」

 

 ルーミアの緩い声に合わせて橙も緩い声色で挨拶を交わす。

 宙に浮かぶルーミアに対し、水面に立って友を見上げる橙。外の世界ではお目にかかれない有り得ない光景が湖の中心に生まれていた。

 

「……」

「どうかした?」

「いつ見ても不思議。ふふふ。当たり前のように水面に歩く化け猫なんて橙くらいだよ。お前は本当に化け猫なのかー?」

「これは小手先……いや足だから小足先? まぁ、別にどっちでもいっか。簡単な妖術だよ。猫は水に濡れるのあんまり好きじゃないんだよー」

 

 そんな会話を交わしつつ橙は水上を歩いて、ルーミアはフワ~っと飛びながら陸地へ向けて移動していき、湖畔の一部に霧避けの妖術を施してから共に腰を下ろした。

 

「はい、これ。今月の分。ルーミアなら別に自分でどうにかしてるんだろうけど、申請してあったから一応持ってきたよ」

「お~♪ ありがと!」

 

 橙がボストンバッグから取り出した人肉を受け取ったルーミアは目を輝かせて感謝の言葉を述べる。

 

「で、私もお昼休憩ってことで、一緒に食べよ! 藍様が隠し持ってたお肉を美味しくするスパイスを持ってきたんだ。これ付けて焼こう」

 

 ルーミアが先に食べてしまう前に橙はお昼を共にしようと提案し、余分に持ってきた人肉と一緒に瓶に入ったスパイスをバック取り出してそれをルーミアに見せる。

 

「スパイスー? それ美味しいの?」

「ちょっと舐めてみる?」

「じゃあ少しだけ……ッ! 美味しい! これ絶対お肉に合う! 早く焼こッ!」

 

 このスパイスは藍が外の世界で買ったものだが、どうやらルーミアの好みに合ったようで興奮気味に橙を急かし始める。

 

「うん……って言いたいけど、その前に焼く支度をしないと。えーっと、串は家から持ってきてるから大丈夫……よし。薪は私が拾ってくるから、ルーミア隊員は焚火を囲う石を集めて!」

「了解しました、隊長!」

 

 ちょっとした小芝居を交えた会話をした後、二人はそれぞれ肉を焼く焚火に必要な物を集めに一度その場を離れた。

 

 そして、十数分後。

 

 各々の担当の物を集め終えた橙とルーミアは再び元の場所に戻り、妖術で熾した焚火の前で仲良く肉を串に刺して準備を行っていた。

 

「外の世界は平和なんだけど自殺する人間が増えているみたい」

「へー……ん? 今日の配給肉も自殺者のやつだったりする?」

「いや、これは紫様が外で拉致ってきた生きた人間を藍様と私で捌いた肉だよ」

「ふーん。だから今日の橙は血の匂いがしてるんだ」

「えッ……そんなに臭う?」

「うん。プンプンしてる」

「えー……ちゃんと解体した後に洗浄札で綺麗にしたのに……」

 

 ルーミアに指摘され、橙は腕を鼻に近づけてクンクンと己の匂いを嗅いで確かめる。

 藍が開発した式が剥がれやすい橙用の入浴せずに汚れを落として体を綺麗にする洗浄札は確かに効果を発揮したはず。

 これは身に着けている衣服などにまで作用する高性能の札だ。

 それなのにルーミアは血の匂いがすると言う。

 

「んー……確かに少し鉄臭いかも? バックから移っちゃったのかなぁ」

 

 橙は呟きを漏らしながら横に置いたボストンバッグへ視線を向ける。この中にはまだ数個の人肉が入っている。

 

「まー、妖怪なんだから別に気にしなくてもいいんじゃない? あー、んッ。ん~♪」

 

 臭いを気にする橙へ、自分の分の串刺し作業を終えたルーミアは慰めながら余った人肉を生のまま頬張る。

 

「妖怪と言ってもさ、末端とは言え八雲家の一員だから紫様と藍様の印象にも影響出ちゃうと困るんだよー」

「ふーん。そっかー、賢者サマの家族は大変なんだねぇ。ま、頑張れ~」

 

 気楽そうに、あはは~、と笑うルーミア。

 妖怪の中でも屈指の人食い妖怪のくせにとても可愛い笑顔である。

 

「他人事だと思って……ルーミアは呑気で良いね」

「うん。まぁ、本当に他人事だからね! あはは! 私は野良だから凄く気楽なんだ~♪」

「はぁ……もうこの話は終わり! さ、準備もできたし、焼いて食べよう!」

 

 パンッと手を叩いて半ば強引に切り替え、橙は肉を刺した串を焚火の絶妙に火が当たる距離の地面に突き刺して焼き始める。

 その友の動きに倣い、ルーミアもまた己が用意した肉串を地面に突き刺して焼く作業に入る。

 

 そしてまた数分後。

 

「「いっただっきまーす……んッ! おいし~♪」」

 

 

 絶妙な焼き加減で仕上げた肉串を手にした橙とルーミアは食前の挨拶と共に肉へ齧り付く。

 下処理をしたことによって程良く柔らかい肉は嚙めば嚙むほど口内にじゅわぁ……と肉汁が溢れ出る。そこに藍が隠し持っていたスパイスの旨味が合わさることで肉と油の味わいに深みが増し、腹ペコ妖怪たちの舌と胃に最高の満足感を刻み込む。

 

「すっごい美味しい……これ幾らでも食べれちゃう」

「ほんほ、そりぇ。いっひゃい、たふぇれひゃうお」

「飲み込んでから喋りなよ……って、もう全部食べちゃったの!? はやッ!?」

 

 そんな穏やかなやり取りを交わしながら、化け猫と宵闇の妖の焼肉ランチは緩やかに過ぎていく。

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでしたー」

「はー、食べた食べた。にしても藍様ってば、今までこんな凄いスパイスを隠してたなんて……ズルいッ!」

 

 橙はお腹を擦りながら美味なスパイスの存在を教えずに隠していた己の主への不満を声を大きくして吐露する。

 それはただ呟いたものだった。

 しかし、それに返事をする者が橙の背後へ異空間(スキマ)を通って突然現れた。

 

「おやおや……ズルい、か。確かにお前にソレを教えなかったのは悪かったが、主に対しての物言いとしては少々不敬だな。それに台所の戸棚を荒らしてそのままだったぞ、橙?」

「ッ!?!?」

 

 突如として姿を現した者——藍は目が笑っていないとても良い笑顔で、座ったままの橙を見下ろしながら淡々と話し掛ける。

 橙はまだ振り返っていない。

 否、振り返りたくないのだ。

 背中越しに感じる濃密な妖力と顔に出していない怒りを代わりに発露してゆらゆらと動いている九本の尻尾の気配を感じ、ぶわっと一気に冷や汗が湧き出る。

 怖い。

 とても怖い。

 振り返りたくない。

 だが、振り返って勝手に藍のスパイスを持ち出した謝罪をしなければ主はもっと恐ろしくなってしまう。

 もしかしたら藍の十八番である《九尾ヤクザキック》をお見舞いされるかもしれない。

 最近になってなぜ得意なのか分かったアレは……メチャクチャ痛い。

 岩どころか山を抉る無駄に威力のある前蹴りを受けてピンピンしていられるのは紫や鬼の四天王くらいだ。

 

(に、逃げようかな……)

 

 一瞬、橙の脳裏に逃げる選択肢が思い浮かぶ。

 修行と勉強を重ねてできるようになった強引な封印の一時的解除による五分だけの六尾状態の全力疾走なら、もしかしたら鬼よりも怖い藍を撒けるかもしれない。

 けれど、橙は藍の式。

 仮にその場は逃げれてもその後ずっと逃げ続けるのは困難だろう。

 

(……と言うか、調味料の窃盗で逃げるのも何だか馬鹿らしいよね。よし、土下座して全力で謝ろう!)

 

 藍からの出現からこの考えに至るまで僅か一秒。

 付与された式によって強化された思考能力をフル活用して考えを纏めた橙はスピーディーに振り返っ——。

 

「藍様、ごめんなさ「せいッ!ぃたぁッ!!?

 

 振り返りながら謝罪しつつ土下座の姿勢に入ろうとした橙の脳天に鋭い拳骨が振り落とされた。

 藍の叱りの一撃はかなりの威力だったらしく地面にヒビが入っている。

 外の世界では問題になることだが、八雲家では叱責時はよく暴力が振るわれるのだ。

 

「ぅ……うぅ……」

「うわぁ……痛そう……」

 

 地面に顔を埋めて嗚咽を漏らす橙の姿を見たルーミアはかなり引いた表情で思わず呟きを漏らす。

 

「愛の込もった拳は痛いものだ。それにしても、私の計画通り順調に力を付けて育っているのはいいが、最近の橙は反抗的な行動が多い……これが反抗期なのかしら?」

 

 藍は溜息を吐きながら拳を擦り、ルーミアへ視線を向ける。

 

「騒がしくしてすまないな、ルーミア。これを連れてすぐに去るよ」

「あ、うん……えっと、あの。貴女のスパイス、私も使っちゃったんだけど……」

 

 未だ地面に伏せたままの友の姿を横目にルーミアは自分も共犯だと自ら告白する。

 

「あぁ、別に気にしなくていいよ。どうせこの子は一人で昼食を摂ったとしても勝手に使っていただろうし」

(よ、よかった……)

 

 もしかしたら自分も凄まじい拳骨を食らうかもしれないと思っていたルーミアはそれが杞憂に終わり、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「よいしょっと」

「うぅ……いたぃ……」

「自業自得だ。我慢しなさい……それじゃあまたね、ルーミア」

 

 藍は痛みに悶絶する橙と彼女のボストンバッグを担ぎ上げると、ルーミアへ別れの挨拶を送ってからスキマを開けて立ち去っていく。

 

「うん。またねー」

 

 拳骨の衝撃からすっかり調子を取り戻したルーミアはゆっくりと閉じていくスキマに向かって短い挨拶を返した。

 

「よし、終わり。ん~……私も寝床に帰ってお昼寝でもしようかな」

 

 

 焚火の後処理を終えたルーミアは満腹からくる眠気に従うことを決めてその場からふわ~っと浮かんでそのまま自身の寝床へ向けて飛び去った。

 そして、誰もいなくなった湖の畔は橙の霧避けの術も効果時間が切れたことで解除され、普段通りの濃霧に覆われた姿に戻るのだった。

 




 二次創作では橙はルーミアと仲が良いことが多いのでこの作品でもそうしました。
 今回は出しませんでしたが、チルノやリグルなどとも仲が良いです。
 この作品の橙は水の上を歩けるので、忘れられないように今話でもう一度書いてみました。
 千年前はヤクザ(不良?)だったらしいので、藍様はヤクザキックが得意技にしてみました。
 
 橙は小さい頃から藍様や紫様との修行で容赦無くボッコボコにされているので凄く打たれ強いです。萃香なんかにも“遊ばれて”いるので打たれ強さは年々上がっています。

 ここまで読んでくれてありがとうございました!
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