八雲家流の修行には格闘術も入っている設定です。
なおこの話に修行内容の描写はありません。終了後からの始まりです。
これは橙がある程度成長したことで頃合いだと判断した藍と修行を始めて間もない頃の小話。(四~五歳くらい)
八雲家の地下にて。
道着姿の橙は自身の短い手足を大きく広げた大の字で寝転がり、息を荒げながら天井を漂う照明代わりの狐火を見つめていた。
少し離れた先に藍は真面目な表情で腕を組んで立っており、彼女もまた道着に身を包み、静かに橙を見下ろしている。
「……はぁッ……はぁッ……」
本日の修行内容は、午前に文字と数字の勉強をした後に午後からの格闘術の鍛錬。
現在の時刻は十六時三十分。
鍛錬開始から十三時から四時間半。
みっちり扱かれたのだろう。乱れた息は一向に落ち着かず、気力不足のようで狐火へ向ける視線は一ミリも動いていない。
今の橙のグロッキーな姿を見ているだけで、藍の容赦の無さが見て取れる。
普段はいろいろと橙に甘い藍だが、こと修行においては心を鬼にして厳しく接するようにしているのだ。
この時の橙はまだ紫の昔話の一つとして聞いた程度で、本物の“鬼”を見たことはなかった。
だが、橙は思う。
入浴時に聞かせてくれた紫の話の中に出てきた鬼よりも修行時の藍の方が理不尽なまでに容赦がなく、そして凄く恐ろしい……と。
ほぼ全身に負わされた絶妙にキツくて苦しいダメージを噛み締めながら、きっとそうに違いないと痛みと疲労で動かせない口の代わりに心の中で呟いた。
「もうこんな時間か。夕餉の支度もしなければならないし、今日はここまでにしよう。橙、立てるか?」
「……はぁッ……はぁッ……た、たてなぃ……で、しゅ……」
「うーん、少しやり過ぎたかな……仕方ない。今日は抱っこして連れてってあげよう」
ぷるぷると震える愛らしい式の姿に口角を引き上げながら、藍は一度しゃがみ込み、そっと橙を抱き上げた。
修行時は橙に鬼とまで恐れられる藍だが、修行が終われば普段の優しい九尾の狐に戻るのである。
「よいしょ、っと」
落とさないように、かと言って苦しくはないように、橙を想いやる絶妙な力加減で抱っこして立ち上がる。
(ぁ……藍しゃまのにおいだ……えへへ。橙、藍しゃまのにおいスキぃ……)
藍に抱き上げられた橙は落ちないよう藍の道着を掴む。
その際にふわっと漂ってくる主の芳しい匂いに安心し、更に密着して藍の豊満な胸に頭部を軽く埋める。
当然ながらまだ幼い橙に下心などはない。
なのでこれはただ無意識に甘えているだけである。
「ッ……ふふ♪」
橙の甘える行為に気付いた藍は特に咎めることもなく、むしろ頬をこれでもかと緩め、九本の金毛の尾を左右に激しく揺らしながら優しく橙の頭を撫でた。
(今日
藍が厳しい鬼となるのは修行の時だけ。
既に普段の母性本能全開で愛しい式を甘やかす九尾の狐に戻った今宵もまた、橙のために腕によりをかけて夕食づくりに励むのであった。
藍様は橙の将来のために厳しくできるお方。
ただ我慢した分甘やかしちゃったりします。
かつてのお仲間の饕餮尤魔さんが二度見してドン引きするくらい表情ゆるっゆるで甘やかします。
ちなみにこの作品内の紫様も藍様には劣りますが橙に甘い感じで今後書くつもりですので、原作準拠の紫様が見たい読者様はこれ以上読むのは止めておいた方がいいかもです。
以上、ここまで読んでくださりありがとうございました!