赤ん坊だった橙も人間換算で二歳ほどになり、自分で立って歩き、ある程度は考えて行動できるようになったある日。
紫の提案により、橙を幽々子へ紹介するべく八雲家一行は冥界の白玉楼へ赴いていた。
「——ということで、この子が藍の式……つまり私の式の式になった橙ちゃんでーす♪ さ、橙。さっき教えた通りに幽々子たちへご挨拶なさい?」
白玉楼の居間でちゃぶ台を囲んでいた紫は自身の膝の上に乗せていた橙を立たせ、軽く紹介しながら自分でも挨拶をするよう指示を出す。
「はい、ゆかりしゃま! はじめまちて、ちぇんです! らんしゃまのしきで、ばけねこでしゅ! よろしくおねがいします!!」
紫に促された橙は事前に八雲家で教わって練習した通りに挨拶と自己紹介を正面にいる幽々子に対して元気良くしてお辞儀してみせる
覚えた言葉を一言も忘れずに言えて嬉しいのだろう。
下げた頭部にある一対の猫耳がピコピコ動いており、また二本の尻尾も感情の昂りを表すように左右に激しく揺れている。
「やーん、可愛い~ッ! こちらこそよろしく~♪」
所どころ舌足らずな橙の挨拶や幼さからくる素直な体の動きに母性や庇護欲などが刺激された幽々子。
テンション爆上がりで挨拶を返すと同時に頭を上げた橙を優しく抱き寄せ、ギュ~ッと抱き締めた。
「わぷッ!?」
「わー、小さ~い♪ 可愛い~♪」
「んッ……ぷはッ……ゆゆこしゃまもかわいくて、きれいです!」
幽々子の豊かな胸から何とか顔を離すと、自身への『可愛い』という言葉を受けた橙は思ったことを即座に口に出す。
「あらあら。すぐにお世辞も言えるなんて頭の回転も良いのねぇ。ふふ、紫の教育かしら?」
「橙は思ったことをそのまますぐに言葉にしてしまうのよ……あと、別に私の賛辞は全てがお世辞ではないわよ?」
あらぬ誤解がされている気配を感じ、紫は心外だと頬を膨らませながら幽々子へ自身の言葉の真偽を説明する。
そんな子供っぽい態度の紫に対し、幽々子は親友を弄れて満足したのかクスクスと悪戯っ子のような笑みを漏らした。
「ゆゆこしゃま、ほんとうにかわいいよー?」
「ふふ、ありがとう。橙ちゃんは本当に素直ねぇ。少し前までの妖夢を見ているよう……あ、そうだわ。折角だし、妖夢も呼びましょう! 妖忌、呼んできて頂戴?」
橙を抱いたまま愛でながら自身にもいた可愛い身内を思い出し、幽々子は藍と共に人数分のお茶と茶菓子を持って台所から居間に戻ってきた魂魄妖忌へ指示を出す。
「そろそろ鍛錬を終えている頃でしょうし、丁度良いでしょう。了解致しました。暫しお待ち下さい」
主からの急な命令に妖忌は嫌な顔を一切見せることなく了承を返す。
そして、人数分の湯飲みを手に持つお盆からちゃぶ台の上に順に置いた後、共に移動してきた藍へ給仕の引継ぎを頼む。
「藍殿、申し訳ないが茶菓子の配膳を頼みまする」
「はい、承りました」
「では——」
半人半霊の技術だろうか。一言残し、妖忌は風や埃を立たせることもなく老人とは思えない速度で居間を後にしていった。
「相変わらず意味分かんない速さを出すおじいちゃんねぇ」
「すごい! おじーちゃん、いっしゅんできえちゃいました! かっこいい!!」
「あらあら、橙ちゃん受けが良いわ……あれ、妖術とかそういうのじゃなくて普通の体術らしいわよ」
「凄まじいですね。あ、幽々子様、どうぞ」
「お~! 見たことのないお菓子ね! 前に頂いた“けぇき”みたいだけど、外の世界のものかしら?」
「はい。今回は旬の抹茶を使ったロールケーキで御座います」
「ろーるけぇき! とても美味しそうだわ!!」
(あ、幽々子のだけ分厚いわ)
「はい、橙の分」
「ありがとうございましゅ!」
大人組三名と橙が妖忌の体術や茶菓子で盛り上がっている内に五分ほど時間が過ぎたようで、遠くから二人分の足音が居間まで届いて聞こえてくる。
そして三十秒もしないうちに今の襖が開かれ、奥から戻ってきた妖忌と彼に手を引かれた白髪の少女——魂魄妖夢が自身の小さな半霊と共にやって来た。
十歳かそれ以下か。
まだ幼く可愛らしい見た目をしている。
先程まで風呂に入って鍛錬で搔いた汗を流していたようで、よく見ると妖夢の頬は赤く、また半霊からは湯気が立ち昇っている。
「幽々子さま。妖夢、招集に応えやって来ました!」
祖父と共に居間に入室した妖夢はすぐに橙を抱いている幽々子の前に腰を下ろし、招集に応じて来た報告を述べた。
「お風呂に入っていたみたいね。ごめんなさい、急に呼んで」
「いえ、もう上がっていたところでおじいちゃんに呼ばれたので問題ありません。それで、私がここに呼ばれた理由は……」
紫が遊びに来ても自分が呼ばれることは稀なため、本日は何か特別なことでもあるのではないかと妖夢はやや緊張気味に幽々子へ問い掛ける。
「あぁ、それはね。妖夢にもこの子を紹介したかったからなの」
「この子……あ」
幽々子から彼女の膝の上に座る橙へ視線を向ける妖夢。
どうやら緊張していたせいで橙に気付かなったようで、今ようやくその存在に気付いて驚きの声を漏らす。
「……」
「えっと……」
橙は幽々子に抱かれたままロールケーキに向いていた顔を妖夢へ向け、静かに彼女と隣で浮かぶ間近で見るのは初めての半霊を興味深そうに見つめ出す。
「橙、初めて会う人にはどうするんだったかな?」
横に腰を下ろした妖忌にロールケーキが乗った皿を私ながら藍は橙に初対面の人へ挨拶をすることを思い出させる。
「あ! ゆゆこしゃま、ごめんなさい……えっと、はじめまちて、ちぇんです! らんしゃまのしきで、ばけねこでしゅ! よろしくおねがいします!!」
橙は幽々子の膝から立ち上がると、妖夢との距離を詰めて幽々子にしたのと同様の文言で自己紹介と挨拶をして、そのまま頭を下げてお辞儀をする。
「ッ。これはどうも丁寧に……私は魂魄妖夢と申します。今はまだ庭師見習いで、剣術の鍛錬をしている身です。こちらこそよろしくお願い致します」
橙の挨拶とお辞儀に対し、妖夢もまた自己紹介と挨拶をした後に座ったまま頭を垂れて深々とお辞儀をしてみせた。
幽々子や妖忌にきちんと教育されているのだろう。
幼い容姿に反してとても礼儀正しい態度である。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
頭を下げている時間が何秒か分からない橙に対し、気配で橙が頭を下げっぱなしにしていることを察して頭を上げにくい妖夢。
子供組による謎のお辞儀をし合う空間が居間に生まれてしまったのだった。
「ぷッ、あはははッ」
「ふふふふッ」
急に面白いことをし始めた子供たちに、紫と幽々子は思わず吹き出してケラケラと笑い出してしまった。
「あー……橙、もうお辞儀はいいぞ。頭を上げなさい」
「妖夢も頭を上げなさい」
そしてしっかり者の方の保護者二名は共に口角を上げながら子供たちへ頭を上げるように促す。
「はーい」
「は、はい」
「……」
「……」
藍と妖忌の言葉に従って頭を上げた橙と妖夢は再び見つめ合う。
またしても見つめ合う時間が続くのかと思ったその時。
橙が猫耳と二本の尻尾を動かしながら口を開いた。
「ようむ……おねーちゃん?」
「ッ!!?」
その問うような言葉を聞いた瞬間、妖夢の中で何かが炸裂する!
先日まで唯一の子供故に常に子ども扱いされていた妖夢にとって“お姉ちゃん”というステータスを得た衝撃は凄かった。
それに加え、年下で可愛い橙からの『おねーちゃん』呼びは庇護欲を刺激して衝撃の威力を倍以上に強め“妖夢お姉ちゃん”の心を打ち抜いたのだった。
「あぁ、そうね。橙にとって妖夢は歳もそこそこ近いし、お姉ちゃんみたいなものよね」
「あらあら。良い響きじゃない。妖夢お姉ちゃん♪ そうだ。折角だし、貴女たち二人で遊んできなさい?」
微笑ましげに笑みを浮かべる幽々子は妖夢へ新たに子供らしい指示を出すと、紫に習ったのか妖夢へ向けてパチッ可愛くとウィンクしてみせた。
「ッ! ……あ。で、でも、紫様や藍さんはいいのですか?」
自身の主の指示に対し、妖夢は橙と遊びたいとは思いつつも八雲家の保護者たちへいいのか問い掛ける。
「もちろん、いいわ。子供は子供と遊ぶのが一番よ?」
「紫様の言う通り。それに橙も歳の近い知り合いはまだいないからな。妖夢に相手してくれるのならこの子も喜ぶと思う。頼めるかな?」
実は本日の紫と藍は橙を妖夢と合わせて交流を深めさせるために遊びに来たのである。
なので、当然ながら妖夢への問い掛けに拒否の言葉を返すわけはなく、快く妖夢へ橙を任せるのだった。
「はいッ! さ、橙ちゃん、行こっか! まずは白玉楼を案内してあげるね!」
「わーい! らんしゃ、ゆかりしゃま、いってきまーす!」
保護者の許可が出た妖夢は先程までの礼儀正しい口調止め、立ち上がると同時に橙の手を取って走り出す。
橙も急に手を握られて一瞬驚いたものの、すぐに明るい表情で藍と紫に遊んでくる挨拶を送りながら妖夢に連れられて居間を後にする。
「ふふふ」
「ふふふ」
「ふふ」
「ふッ」
バタバタと駆け足で居間から廊下へ出て行った橙と妖夢が見えなくなると、紫と幽々子、藍、そして妖忌たちは自然に顔を見合わせて共に微笑みを交わし合う。
そして、保護者たちは愛おしい子供たちを話のネタに、二人が遊び疲れて戻って来るまでのんびりと談笑して過ごすのだった。
妖忌との自己紹介は白玉楼に来て玄関で既に行ったということで……。
ロスワのおつかいで橙と妖夢が手を繋いで一緒に出掛けているイラスト可愛いですよね! それから思いついた話でした。
最後まで読んでくれてありがとうございました!