原作よりちょっと強い橙の小話集   作:望月エト

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 一応、オリ設定入りの橙の時空です。
 タイトルは実際にある忍者の水蜘蛛の術のことです。(忍者ハットリくんとか、調べればどういうのか分かると思います)
 


水蜘蛛

 

 元来、猫とは水を嫌う生き物である。

 稀に水に抵抗がない猫も見受けられるが、大体の猫は水に濡れることを忌み嫌う。

 黒猫から化け猫に成った橙はそんな特徴が特に顕著であり、水に対して凄まじい嫌悪感を抱いている。

 そして、橙の水嫌いの影響を濃く受けるのは身内にして主である藍と、彼女の主である紫だった。

 現在では橙の中で折り合いがついて多少は我慢できるようになったのだが、幼少期は凄まじい程に嫌って顔を洗うのですら全速力で逃げ出す程だった。

 

——まぁ、今になってみれば良い思い出か。

 

 一瞬で過ぎたように思える橙の育児期間、その中でも一番大変だった入浴のことを思い出して藍はフッと笑みを漏らす。

 手の掛かる子ほど可愛く愛おしい。

 紫がいつか言っていた言葉だが、それは確かにそうだった。

 昔はいろいろとヤンチャをしたりしていた自分が何だかんだ“式の育成”という名の“子育て”を続けられている。

 それはきっと主である紫の助力や幽々子や妖忌の助言があり、そして何より橙が育て甲斐のある子だからだろう、と藍は改めて思う。

 

「あ、そういえば……」

 

 入浴。育て甲斐。

 この二つのキーワードが引き金となり、昔の記憶を思い返していた藍は橙の秘めたる才能を感じた日の入浴時の記憶を思い出した。

 

—~―~―

 

 それは橙がまだ一歳になるかならないかくらいの頃。

 八雲家の浴室にて。

 四肢を激しく動かして暴れる橙の体をなんとか洗い終え、ようやく湯船に入るというタイミングだった。

 いつものように橙の脇の下を支えて持ち上げた藍が先に浴槽に入り、藍は立った橙の足から入れようとゆっくりと水面に向かって高度を下げていく。

 当然(?)ながら、水嫌いの橙はここでも抵抗を見せる。

 

「やッ! んッ!」

 

 右の足先にお湯が触れた瞬間に勢い良く足を上げ、反対の足が湯に触れたのなら同じ反応をして入らない意思を体現する。

 

「こーら。もう観念しなさい」

 

 もちろん、藍も諦めることなく、橙が足を下に戻すタイミングで再び湯へ向けて下げる。

 そんな動きを五、六回ほど繰り返し、湯冷めを危惧した藍が無理やり入れようと尻尾を使って強引な手を取った、その時だった。

 

「や~ッ!!」

 

 着々と高度が下がっていき藍の本気を感じ取ったのか、橙もまた本気を出して抵抗を更に強めた。

 そんな橙の本気の動きは無意識に妖力を足の裏から噴き出させる。

 

「えッ?」

 

 橙によって目の前で起こった予想外の光景に藍が思わず驚きの声を漏らしてしまう。

 普段は冷静沈着で知られる賢者の式が驚愕してしまった光景。

 それを説明するのはとても簡単で、橙が水面に立っている、それだけだ。

 立っていると言っても藍は両手も尻尾も話していないため自力では立てていないのだが、注目するべき点はそこではない。

 藍がどんなに湯の中へ入れようとしても橙は一ミリも下へ沈まないのだ。

 

「ちぇ、橙……お前何して……いや、まて。これはまさか……」

 

 この不可解な現象に藍は思い当たるモノがあった。

 水蜘蛛。

 それは一応、妖術に分類されるものではあるが、正確に言えば妖力操作で行う技術の一種。

 この妖術の内容は、足裏から放出する妖力を精密にコントロールすることで水面歩行を可能とするというもの。

 簡単にできそうな内容ではあるが、いざやろうとしてみると放出する妖力のコントロールがとても難しく、実用可能の域まで達するのに時間がかかってしまうのだ。

 そもそも大体の妖怪は飛べるので水蜘蛛のような術はあまり周知されていなかったりするのである。

 ちなみに、かつて人間の世に存在した忍者も妖が使っていたそれを真似て同じ名で使っていた歴史もあったりしたりする。

 話を橙に戻そう。

 咄嗟に出た本能による行動なのだろう。

 精密な妖力操作が必要な妖術だが、橙は本能で必要な妖力の放出量を定めて水面に立っているのである。

 

「はぁ~ッ…………橙。お前って奴は、風呂が嫌いだからってお湯に立つやつがあるか。全く……ふふッ」

 

 橙の往生際の悪さに対し呆れ、深くため息を吐く藍。

 だが、それと同時に見せも教えもしてない難しい妖術を本能でやってみせた己の式へ将来性を感じ思わず笑みを零してしまう。

 九尾の狐として賢者の式となる前もなった後も名を上げ続けた。

 千年以上生きる妖獣として、強く聡い大妖怪として、それ相応のプライドがある。

 そんな自分に見合うと思うことができる、将来性があって育て甲斐がありそうな橙と出会えたのはきっと運命なのだろう。

 この愛おしい式はこれからどんな妖怪に成るのだろうか。

 いつか絶対に訪れるであろう、橙が『八雲』の姓を継ぐ日が藍は今から既に楽しみでならない。

 

「それはそれとして、だ。私に抵抗するのは千年早い」

「みゃッ!?」

 

 絶妙なコントロールの妖力放出で水面に立っているのであれば、外部から妖力を放ってコントロールを乱せばいい。

 今は両手と尻尾で橙に触れている状態なので妖力を流し込むのは文字通り赤子の手を捻るようなもである。

 藍によってコントロールを乱された橙は呆気なく水面に立っていられなくなり、自重によって遂に湯船に浸かることになる。

 動じない操作力があれば他者に干渉されても耐え切れることができるのだが、今の橙に意図して妖力を操作することはできないため抵抗できず、後の彼女はただ主との入浴を楽しむしかないのであった。

 

—~―~―

 

「——藍様、見ててくださいね! はッ!」

 

 橙の呼び掛けで藍の意識が過去の記憶から現在へ引き戻される。

 見慣れた八雲家の庭。

 藍は縁側に腰を下ろして庭の中央にいる橙を眺めていた。

 

「ここでぇ……はぁッ!」

「おぉ」

 

 掛け声と共に跳躍した橙は懐から竹筒を取り出して中身の水を足元へ向けて撒くと、宙に生まれた水の塊を蹴って更に高く跳んでみせた。

 

「……っと。どうですか、藍様! 水蜘蛛で宙に浮かぶ水を足場にできるようになったんですよ!」

 

 二段跳躍を終えスタッと着地した藍は見守っていた藍の元まで駆け寄ると、やや興奮気味に感想を求めた。

 

「ふーむ……まぁ、ひとまず褒めておこうかな。風呂に入るのを嫌がって無意識に使った術をしっかり己の意思で扱えるようになった上により高度な技もできるようになっている。しっかり修行を重ねているのが見て取れます」

「ッ、えへへ♪」

 

 素直かつしっかりと褒められ、満面の笑みで喜ぶ橙。

 猫耳と二本の尻尾がそれぞれ激しく動いており、表情では出し切れなかった分の嬉しさを表している。

 

「で……特異な術の修行を頑張った橙ちゃん? 今日の分の勉学はどうしたのかな? 結界学のレポート、まだ貰っていないゾ♡」

「あ」

「……」

「……」

「ごめんにゃさい、藍しゃまッ! 今すぐやって来ます! だからお説教は勘弁してくだいしゃいッ!」

 

 満面の笑みから一転、藍にしがみ付いて全力で嚙み嚙みの謝罪を必死に主へ伝える。

 藍の説教は凄くキツイのだろう。

 先程まで活き活きとしていた猫耳と尻尾は共にへたり込んでしまっている。

 橙は確かに才能があるし、今は扱えていないだけで妖力の総量も多い。

 しかし、年頃と言うこともあるのだろうが、最近は少々反抗的なところが見られるようになってきているのだ。

 

「はぁ……早くマヨヒガへ戻って終わらせてきなさい。お前のことだ。もう半分は終わっているのだろう? 頑張って終わらせてきなさい」

 

 藍はため息を吐きながらマヨヒガへ続くスキマを開いてあげると、今日の分の勉強を早く終わらせて来るよう促す。

 

「はい! いってきまーすッ!」

 

 橙はまだ許されると思ったようで元気良く返事をすると化け猫の並々ならぬ速度でスキマの中へ入っていき、尻尾が完全に入ると同時にスキマが閉じてその場には藍だけが残った。

 と、思ったその時。

 

「——相変わらず橙に甘いわねぇ」

 

 藍の背後に新たなスキマが開き、スキマ能力の本来の持ち主である紫が微笑みながら姿を現した。

 藍はゆっくりと振り返り、主と対面する。

 

「紫様」

「たまにはしっかり怒ってあげなきゃ、橙のためにもならないわよ?」

「分かっております。それに私は先程、レポートを終わらせて来るように言っただけで説教はしないとは言っておりませんから」

 

 藍はそう言うと大きな袖で口元を隠しながら怪しく笑みを漏らす。

 あとで『説教はしないって言ったのに~!?』と泣き喚くであろう己の式を想像しているのだろう。

 

「あらあら。子供を騙すなんて悪い大人ねぇ」

「ふふ。妖狐ですので」

「あら、怖い」

 

 そんな会話を交わしながら藍は紫と一緒に家の中へ戻っていく。

 彼女たちの間には仕事時の厳かな雰囲気とは違う家族らしい親しみやすく温かい雰囲気が生まれている。

 それは数時間後に再び此処へやって来る橙が加わっても変わることはなく、むしろより温もりが増して八雲家は幸せな空間と化すのだった。

 

――――

―――

 

「全くお前はやるべきことはしっかりしないと——」

「藍しゃま、怒らないって言ったのにーッ!?」

 

――――

―――

 

「紫様」

「なぁに、藍」

「やはり、手の掛かる子ほど愛おしいものですね」

「ふふふ。そうでしょう? 貴女もそうだったもの」

「……え!?」

 




 橙は天才肌なので本能で何か凄いことができちゃうんです!

 水蜘蛛の術って実際は水面を歩くのではなくて水蜘蛛と呼ばれる円形の道具を浮き輪のように使って泳いで渡るらしいです。
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