原作よりちょっと強い橙の小話集   作:望月エト

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 タイトル通り、橙が紫様に修行を見てもらう小話。
 策略とかややこしいこと皆無の紫様が楽しく橙の修行に付き合う家族団欒のような一時のお話です。


紫様とのタノシイ修行

 

 普段は藍の教えの下で行われる橙の修行だが、何回かに一回は紫が時間を作って相手をしてくれることがある。

 勉強は符術用の札の書き方や数学などを懇切丁寧に教えてくれるし、戦闘訓練でもわざわざ道着に着替えてから体術や妖術を一から十までしっかりと教えてくれる。

 紫は千年を軽く超える年月を生きている大妖怪。

 そして本人の実力はさることながら、九尾の狐である藍を一人前の式にまで育て上げた実績もある育成のプロ。

 とても教えるのが上手いのだ。

 

「——遅いッ」

「へぶッ!?」

 

 長く綺麗な足で放たれた横薙ぎの脚刀が小さな橙の腹部に当たり、そのまま橙をくの字にして吹き飛ばす。

 紫は教えるのが上手い。

 ただ、一つだけマイナス点を挙げるとするのなら、かつての幻想溢れる魑魅魍魎たちの全盛期の日本で名を轟かせていたためか、賢者様は教育に関しては肉体派なのである。

 一応、ちゃんとした言葉での説明は事前にされる。

 しかし、すぐに組手が行われて一方的にボコボコにされるので結局は肉体言語のようなものなのだ。

 藍も修行に関しては容赦がないが、紫は藍以上に容赦がない上に一撃の威力も高い。

 

「げほッ、ごほッ……ぉえッ!?」

 

 橙は床に敷かれた畳の上で土下座の姿勢になって咳き込み、涎や鼻水を垂らしながら嘔吐き苦しむ。

——人間だったら即死している威力ッ!

——妖獣じゃなければ死んでたッ!

 腹部に居座るダメージに悶絶する橙は主の主の容赦の無さに戦慄しつつ、蹲ったまま必死に回復に努める。

 

「ほーら。賢者の式の式がそんな風に敵に隙を見せない、のッ!」

 

 ダメージを抑え込むように丸まっている橙へ紫は間合いを一瞬で詰めると、容赦の無い鋭く早い踵落としを無防備な小さい背中に向けて放つ。

 

くぅあぁッ!?

「あら」

 

 背中越しに危険な攻撃の気配を感じた橙はすぐに妖力で脚力を強化し、優美さの欠片もないフォームで前方へ転がって賢者の鋭い踵落としを回避する。

 そのすぐ後に『ドッゴーンッ!!』という豪快な音が地下室中に響き渡った。

 前転の勢いで何とか立ち上がった橙が即座に振り返ってほんのついさっきまでいた場所へ視線を移すと、そこには立派なクレーターが出来上がっていた。

 

「なぁッ!? ゆ、ゆ、紫様ッ!? 私のこと殺す気ですかぁッ!!?」

 

 ワンテンポ遅れていたら童謡の『猫ふんじゃった』が実現してしまっていた事実に対し、橙は痛みを忘れて猫耳と尻尾を立てながら大声で叫んだ。

 紫は彼女の代名詞とも言える“スキマ”や永い年月をかけて修めた多種多様の強大無比な妖術は使用していない。

 素の脚力だけで紫は結界で補強された地下室の床を陥没させてみせた。

——紫様は己の特別な力を使わずとも自分を倒すことができるだろう。

 一瞬でそれを察した橙はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

「避けられたのだから問題ないわ♪」

「んなッ……」

 

 下手したら死ぬ威力のとんでもない一撃を放ってきた側とは思えない軽い言葉に、橙は驚いて文句を言おうとしていた口の動きを止めてしまう。

 

「避け方に品がなかったけれど、察知しているのにみすみす食らう無様を晒さなかったのは良かったわ。ふふふ。小さい頃と比べて随分と打たれ強くなったわね」

 

 紫は口を開けたまま固まっているもののしっかりと間合いを取って構える橙を見つめながら数年前の今よりも幼い橙を思い出す。

 あの頃の橙はまだ幼く修行を始めたばかりということもあり、一撃を食らえば即座にダウンしてしまっていた。

 一撃で終わらずともダメージのせいですぐには動けず、次の一撃をそのまま食らって泣いて吐きながら漏らした日もあった。

 藍はまだ多少は優しかったが、紫は最初から手加減も容赦もなかった。

 そのため紫には恥辱の限りを体験させられた。

 けれども橙は決して挫けず、捻くれることもなく今日まで一日も休むことなく修行の日々を送ってきた。

 妖獣であり、また蟲毒の生存者である橙は生まれつき精神が強かったが、紫の容赦のない修行のおかげで更に精神力も鍛えられたのだろう。

 橙は純粋無垢だ。

 打てば響く。

 乾いたスポンジが水を大量に吸収するように橙は紫や藍が教える知識や技術をスイスイその小さな頭は詰め込んでいく。

 そして、修行の回数を重ねる毎に心が鍛えられた橙の顔つきは紫好みの良いモノになっていった。

 

「うふふ♪ 橙ちゃんの成長が感じられて紫様は嬉しいわ♡」

 

 紫は普段通りのふざけた声色でそう言うと、口角を最大まで引き上げて心の底から楽しそうに笑ってみせる。

 

「うにゃ~~ッ! 紫様はいつもそうやって馬鹿にしてぇッ! もう怒った! 今日こそ絶対一発食らわしますッ!!」

 

 主の主の余裕のある表情を見た橙は開きっぱなしだった口から激昂の鳴き声を上げる。

 舐め切った声を聞いて日頃からボコボコにされている不満が爆発したようで、二尾の毛を逆立てながらできるか分からない、けれど絶対にやってみせると決めたことを宣言する。

 

「あらあら、できるものならやってみなさい?」

ふしゃーッ!!

 

 笑みを絶やさない紫はそのままの態度で挑発し、それを受けた橙は更に激昂して叫びながら紫との間合いを詰めて殴り掛かる。

 幻想郷の賢者とその式の式の修行と言う名の『家族の戯れ』は日が暮れ、夕飯を作り終えた藍が呼びに来るまで続くのだった。

 

 




 紫様に殴り掛かった橙ですが、そのあと避けられてカウンターを食らって久しぶりにゲロを吐いて可愛い顔面を汚しました。

 紫様は面白みのないことはしないので橙との修行は楽しんで行っております。
 橙は蟲毒で一度地獄を見ているという設定なので多少のことでは音を上げません。なので紫様や藍様にボッコボコにされてもへこたれずにいられますし、仮に心が折れても時間を掛けずに独りで立ち直って更にメンタルが強くなって戻ってきます。
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