「チッ、また天の書か」
「あああもう! 四つめだってばよ! 地の書なんて本当にあんのかよ〜」
地面に倒れた忍の懐をまさぐり、取り出した巻物を見てサスケが舌打ちをする。
ナルトがまたかと頭を抱えしゃがむのを、側にいるサクラは口元を引き攣らせながらやり取りを見守っていた。
「おいナルト、さっさと次行くぞ。次はあのフォーメーションだ」
「うーん、だな! いろんなやつ試してこうぜ、サスケ!」
(……なんか二人とも、強くない?)
中忍試験の第二の試験、それは里の近くにある死の森で巻物を奪い合うサバイバルバトルであった。
天と地の巻物がそれぞれ参加チームに配られ、ナルト達の班は天の書を受け取っている。
第二の試験を突破するには、期限である五日後迄に対となる地の書を手に入れなければならなかった。
サクラ達がそうしなければならないのと同時に、地の書を持つ班は天の書を入手する必要があり、班同士の潰し合いが行われている。
いつどこで襲われるかわからず恐る恐るといったサクラの様子とは反対に、始まる前からナルトとサスケはやる気に満ち溢れた顔をしており、サクラはてっきり隠れながら巻物を獲りに行くのを想定していたのだが、そうするのが当たり前かというようにサスケとナルトはズンズンと森の中を歩き他の班を探して行った。
息の合った自然な二人の行動に、サクラの体も釣られてついて行っていたのだが、二人は他の班を見つけると容赦なく巻物を奪いにかかった。
相手方は、まだアカデミーを卒業したばかりの新人だと思いナルトやサスケのことを見下していたが、それをチャンスと受け取ったナルトが下手なフリをして手裏剣を投げ、届かず落ちたそれに向こうがくすくす笑っているうちに、いつのまにか忍び寄っていたサスケが容赦なく敵方の身動きを封じて行った。
相手がサスケに驚いている間にナルトも影分身を駆使しながら迫り動きを封じていき、サクラが呆然としている間に二人はそれはもう手際良く巻物を奪って行った。
二人が任務後によく集まり修行していたのは知っているが、今の動きも全てはあの下忍の男への対策の結果なのだと思うと、サクラは口元が更に引き攣るのを感じるのだった。
ナルトが中忍試験を受けに行ってから数日、まさか一度も家に帰らないとは思わなかったと、マダラは任務帰りにカカシとすれ違うまで知らずにナルトの帰りを待っていた。
カカシはマダラに、今頃皆第二の試験を受けている頃だろうと伝えた。
中忍試験が始まってから、早くも四日。
洗剤が切れそうになっている事に気付いたマダラは買い物に出かけたが、用事を済ませた後ふと団子屋に寄ろうと何故かそっちの方に気が向き、店の前に足を運んだ。
店の前を歩きながら中の様子を伺ってみると、店主が奥から杖を突きながらよろよろと現れた。
あらあらとマダラを見上げる店主は穏やかな口調で昼の挨拶をしたためマダラも同じ言葉を返したが、いつもと違う歩き方にどうしたのか尋ねると、膝を痛めたらしいことがわかった。
「ワタシも歳だからねぇ……今日は本当はおじいさんのお墓に行きたかったんだけど、朝起きたらコレなもんでねぇ……」
毎年命日は花と団子を供えに行っていたようだが、今朝から膝の調子がおかしいらしく長く歩けないとのことだった。
店は開けたようだが、今日は持ち帰り分の販売だけの営業にしてるようだ。
この後は特に用事もなく、日頃世話になっているのもあり、マダラは花を供えるだけならば代わりに行ってくるがと伝えると、店主はいいのかと目を瞬かせると聞き返した。
花は用意してあるのか店の入り口近くの棚にすでに置かれており、店主が痛む膝を抱えながらもマダラが来る直前まで行くかどうかずっと悩んでいたことがわかった。
背負っていくことも出来るとは聞いたが、後日孫と行くから今日はお花だけでも供えられればいいと断られた。
マダラは店主から墓の位置と亡き旦那の名前が書かれたメモ用紙を貰うと、墓地へと向かった。
墓地に向かう道中、マダラは見覚えのある後ろ姿を見つけた。
ナルト達の担当上忍のカカシである。里の外れの方へと向かっているようだが、向こうにあるのは演習場だ。
いつも里で会う時は片手に小説が携えられていたが、今日の彼は真面目な表情でゆったりとした足取りで歩いている。
あまり見ないカカシの様子にマダラは気にはなったものの、ひとまず頭の隅に追いやり、声をかけることなく本来の目的を果たそうと墓地に向かうことにした。
墓地に辿り着くと、メモを頼りにやっと見つけた墓の上に花を置こうした。近くで見ると、墓の上には砂埃が積もりかけているのが見える。
マダラは腰を屈めた状態で止まり持っていた乾布を手に取ると、墓石の表面を軽くなで、汚れを拭き取った。
マダラは墓石に刻まれた年を見て、ほんの数年前まで夫婦二人で団子屋を営んでいたのであろうことを悟った。
綺麗になった墓石の上にそっと花を供える。
店主とその孫が来る頃まで、花は枯れずに咲いているだろうか。
マダラは墓石を一瞥すると、静かにその場を立ち去った。
墓地の入り口に建てられた鳥居をくぐり、敷地外に出る。
カカシとすれ違った道まで戻ると、マダラは彼が向かった方向に顔を向けた。
立ち寄ったことはなかったが、この先には演習場と確か慰霊碑があったはずだ。
ゆっくりと歩みを進めると、時間帯もあるのだろうが、演習場の慰霊碑の辺りにはカカシ以外の人影は見当たらなかった。そもそもあまり人が立ち寄るところではないのかもしれないが。
風で揺れる木の葉の音が辺りに響く。
マダラがカカシの隣まで歩いていくと、慰霊碑を見下ろしていたカカシが少しだけ顔を上げた。
「……どうもタジマさん、貴方も誰かのお参りですか?」
カカシの目だけが、チラリとマダラの方に向けられる。
特に嘘をつく理由もないため、たまたま見かけたから来てみただけだと答えると、カカシは覇気のない声でそうですかと答えた。
カカシの目線がマダラから外され、慰霊碑の一点へと落とされる。
マダラはその視線の先を辿り見下ろすと、よく馴染んだ苗字を見つけた。
この慰霊碑は殉職した忍の名が刻まれているそうだが、刻まれた数は多いというのにその中からすんなりと同族の名前を見つけ出した。
『うちはオビト』
以前カカシと波の国で話をした際に、彼がポツリと呟いた名前だ。
「うちはオビト、か。波の国でその名を言っていたな」
「聞こえてましたか。オビトは、俺の親友です……そういえばタジマさん、確かこの目が誰の物か聞いてましたね」
「……ああ」
「オビトのです。ナルトによく似た性格のやつでしたよ。火影になりたいと言ってて。周りからはうちは一族のくせに落ちこぼれだと言われていたりしましたが」
「それが『うちはオビト』か。ナルトに似てる、か……そうか」
昔から一族の中でも色んな性格の持ち主はいたものだが、監視役達に尋ねたときのうちはへの印象については、今カカシが言ったようなうちはオビトの評価とは真逆であった。
うちはといえばエリート一族だと、監視役の一人はそう語っていた。
サスケも今期ナンバーワンルーキーと言われるだけのセンスの良さはあり、そしてその兄のイタチも話によればかなりの凄腕だ。
かつてヒルゼンの同僚にカガミという男がいたそうだが、彼もまた優秀な忍の一人だったと聞いている。
マダラがじいっと慰霊碑を眺めていると、カカシは言葉を続けた。
「昔は俺もナルト達のように、オビトと同じ班で、フォーマンセルで任務を受けてました。この目は、十二になった頃、上忍に昇格した俺に就任祝いとしてオビトから貰ったものなんです」
「……………………就任祝い?」
マダラは違和感を覚え、カカシの言葉を繰り返した。
聞き間違えたかと思い、マダラはもう一度聞き直した。
「就任祝い?」
「はい。どうやら別の物は用意してなかったみたいで。上忍になって初めての任務でした。その日オビトは写輪眼を開眼し、俺を庇って落石に巻き込まれ……最期に目を残していきました」
聞き間違いでは無かった。
どうして落石に巻き込まれるようなことになったのか、マダラはカカシの話がいつ頃の話かを考え、まだ第三次忍界大戦の只中であったことを思い出した。
子ども達が死なずに済むよう、護るべき者達を護れるようにとそう柱間と願いを語ったあの日から、紆余曲折ありつつも手を取り里を成した後にも戦は起こった。
人の歴史に、争いは切っても切り離せない物らしい。
オビトという少年はカカシを信頼し、カカシならば写輪眼を上手く使ってくれるだろうと自身の目を託したのだろう。
だがしかし写輪眼が上忍の昇格祝いとは。
ナルト達と年も変わらぬ頃から左目に埋まっていたのだとすれば、確かに写輪眼頼りの戦闘スタイルにもなるかと、マダラは波の国でのことを思い返した。
(なるほどな、それで『写輪眼のカカシ』か)
だがカカシのチャクラ量からして、写輪眼を使わない選択肢もあったはずだ。
つい最近まで写輪眼を使うリスクについて気付かなかったということはないだろう。
他里の忍に知れ渡っているほどの二つ名があるということは、写輪眼を使う戦闘スタイルでこれまできたということ。
恨み、妬み、期待、責任、さまざまな目がカカシに向けられたことだろう。
手放す選択肢もあったはずだが、そうしなかったカカシには写輪眼を使わなければいけない理由があるようだ。
なんとなくマダラはカカシの考えに思い至り、イズナの目でもある自身の両目をそっと閉じると、ゆっくり瞼を開けた。
「……写輪眼を使うのは、友への追悼のためか」
「俺は……アイツの分までこの目で世界を見届けたい。これからの景色は、アイツが見るはずだったものだ」
「だからと言ってお前が倒れたら、そいつも浮かばれんだろう。何を重荷に感じているか知らないが、戦場に出れば大人も子どもも関係ない。うちはオビトの命運は、そこまでだっただけの話だ。そいつもお前にそこまでのことを期待して目を託したのではないだろう」
「それでも。……俺はアイツとの約束を果たせなかった」
カカシだけに限らず、この第七班だが一人一人が何かを抱えている。カカシがかなり優秀な忍であることはマダラも熟知しているが、既に重荷を抱えているカカシに、サスケやナルトのことといい里は彼に任せすぎている様にも思えた。
カカシの身の回りのことは、マダラはよく知らない。知っていることは、真昼間から官能小説を片手に里内を歩き、任務では遅刻を繰り返すも反省の色は見せず、雑なところがあるかと思えばそれでいて班員のことはよく見ているという、そんなところだ。
ふとマダラは、カカシの友人らしき人物を一度も見たこともなければ話にも聞いていないことに気が付いた。
オビトは故人だがフォーマンセルならばもう一人班員はいるはずで、そして今のカカシのように担当上忍もいたはずだ。
果たせなかったオビトとの約束とは一体。
「タジマさんにも会わせてみたかったですよ。ナルトによく似てます。タジマさん、そういう人嫌いじゃないでしょ」
「アイツみたいな奴がナルトの他にいると思うと、手が付けられなくなりそうだな」
「確かにナルトが二人いると思うと……あいつ? 里にいらっしゃる方ですか」
「腐れ縁のようなそんな奴だ。今は随分と遠くにいるが」
柱間の顔が脳裏に浮かぶ。
遠くにいるのはマダラと柱間、どちらだろうか。
マダラと柱間の間には時間という壁が立ち塞がっている。
カカシはマダラの言う腐れ縁のような関係の人物が、初代火影となった千手柱間のことだとは露程も思わないだろう。
「明日には第二の試験も終わります。結果がどちらにせよ、アイツら帰ってきますよ」
「はぁ、また騒がしくなるな」
此度の中忍試験、他里の忍が里を出入りしているにも関わらず、里では変わらずに穏やかな日常が過ぎている。
あまりにも穏やかな日々に、何か大きなことが起こる前触れのような不安を覚える。
この平和の均衡がいずれ崩れるような、そんな疑念を抱きながらマダラは慰霊碑に刻まれた名前をじっと見つめ続けた。