里の研究施設の一室、里の歴史や術についての資料がまとめて保管されている書庫の一室にカカシはいた。
施設にある書庫の中でも、禁術や特殊な術が記された巻物等も保管されており、火影のヒルゼンの許可なしでは入れない部屋の一つである。
カカシは目で背表紙をたどり、今回使われた穢土転生の術について手がかりとなる物はないかを探していく。
端の本棚から流し見ていたのだが、背表紙の簡単なタイトルだけでは判別はつきにくく、ヒルゼンから穢土転生の術が開発されたおおよその年代を聞いていたためその辺りの時代の資料を集中的に漁ることにした。
一番下の棚にあるファイルを取ろうとしゃがんだ際、カカシは腰に下げていたポーチがズレてしまい片手で支える。カカシはふと、ポーチに触れた瞬間中に入っている一冊の本の存在を思い出した。
(そういえば持ってきてたんだっけな。タジマさん、この間のもそろそろ読み終わる頃カナ)
小さなポーチの中には、イチャパラシリーズの最新刊が入っていた。それもタジマことマダラに渡すためのものである。
(今日も来るだろうし、その時に渡せばいいか)
どっこいしょと分厚いファイルを引っ張り出すと立ち上がり中を広げる。
すると書庫の扉が勢いよく開かれ、急いできたのか少し額に汗を滲ませたガイが現れカカシの名を呼んだ。
カカシは本棚の列から抜け、ガイに顔を出すと何事かと尋ねた。
「カカシィ! ここにいたか!」
「何どうしたのガイ。そんなに慌てて」
「火影様から緊急招集だ。上に今すぐ来いと」
「火影様が?」
「……カカシは知ってたのか?」
「何が?」
「タジマ、だ」
「タジマさん? がどうしたのよ」
「マダラだ」
「え?」
「うちはマダラだったようなんだ、カカシ」
「え、いや、いやいやガイ、だったようなんだって何よ。そもそもうちはマダラっていつの人だと思ってるの。どんな人か知ってる?」
「知らん」
「知らないのに焦って来たの⁉」
カカシはナルトと同居しているタジマがうちは一族であり、そのことを周囲に隠していることは知っている。だがそれがどうすれば彼がうちはマダラであるという噂が立つというのか。
中忍試験の日、穢土転生体とはいえ歴代火影を相手に遅れも取らなかったことから、ただの下忍ではないことは確かなのだが、タジマが現れてから何か異常があったかと言うとそうでもない。
初代火影相手に幻術を掛けられる忍も滅多にいないだろうが、大蛇丸に操られていたにしては柱間は支配による影響は少なかったといえよう。幾分か幻術にかけやすい状況だったのだ。
「あとカカシ」
「今度は何?」
「大蛇丸が脱走したそうだ。すでに追手は手配済みだが、里内に逃走を手引したやつがいる可能性がある」
「そっちのほうが重要そうだけど。了解、ひとまず火影様のところに行くぞ」
大蛇丸を逃したことも情報としては大きいが、大蛇丸については既に対処されているのであれば、状況を整理するよりもまずは言われた通りヒルゼンの元に向かうのが先決だ。
カカシは資料を元の位置に戻すと、ガイの後を追いヒルゼンの元を目指した。
カカシがガイと共に書庫を出る少し前のこと。
同じ研究施設内にマダラはいた。
「どこかの馬鹿がうっかり口を滑らせたと聞いてな」
マダラの声に、扉間に見下ろされ膝を抱えて小さくなっていた柱間はビクリと肩を震わせた。
研究所内の一室に、マダラは柱間と扉間、そしてヒルゼンと共にいた。
団子屋に来たナルト達と一休みしていると突如駆け込んできた監視役の男に連れ出されたマダラは、急ぎ足で火影のいるこの部屋に連れてこられたのだ。
柱間と扉間はマダラとヒルゼンの向かいにおり、部屋の中央を囲うようにして張られている結界の中にいる。
扉間が柱間を見下ろしながら、マダラに向かい口を開いた。
「周囲にサルが手配した忍以外はおらん。マダラ、単刀直入に聞くがなぜ木ノ葉にいる」
「幻術の中でも散々説明したはずだが。俺は知らん」
「知らん、だと? あの日は合わせてやったが、ワシらがそれで納得できるとでも思っているのか」
「そんな事言われても、知らん物は知らん」
「あの幻術といい……サルにも聞いたが、下忍になったのは本当か。仮にも族長だったお前が、町中で団子を焼いているだと?」
「マダラ、団子屋始めたんぞ?」
「兄者はまだ喋るな」
「……ぉぅ」
一度顔を上げた柱間は、扉間に諌められ再びぎゅっと膝を抱え込んだ。
マダラは自身の知る柱間よりも幾分か年を経ている柱間に哀れみのような目を向けると、すぐに扉間に視線を戻した。
ヒルゼンが咳払いをし、この場にいる者の視線を集める。
「二代目様。マダラですが、ある日突然里に現れたのは事実でございまする。我々も始めの頃はすぐに元の時代に戻るだろうと踏んでおりましたが」
「気づいたら二、三年経ってやがった」
「気づいたら、だと? 戻る努力くらいはせぬかお前は」
「俺は何もするなと言うのを守っていただけだが。なあ、三代目」
マダラは目線だけをヒルゼンに動かしたが、ヒルゼンは動じず真っ直ぐに扉間を見据えている。
「サルよ、マダラが戻る手立てはあるのか」
「それがございませぬ。元の時代に戻す為の術の研究を進めたくとも、マダラの存在を公にすれば、里は混乱に見舞われることでしょうぞ」
「たしかにの猿飛……ああ、オレはなんてことを……」
「で、柱間が見せられた俺の写真は何だったんだ」
「お主の忍者登録証じゃよ。ほれ、これじゃ」
ヒルゼンが懐から折りたたんだ用紙を一枚取り出すとマダラに手渡した。
折り皺のついた紙を、マダラは素早く広げると中を見る。
中身は忍者登録証のコピーであり、名前や住所の他に、下忍になった際に撮影したマダラの写真が貼られている。
「そのまんまマダラだったからの。つい昔の写真かと思ってしまってな! なあ扉間、お前もこれだけ見たらいつの写真かわかるものか!」
「兄者! マダラに関する物は処分したであろうが!」
「! ……そう……だったぞ」
「よく火影が務まったな柱間」
木ノ葉の未来は明るかったのか暗かったのか。
マダラは目を閉じ過去の出来事を思い返した。書類の山を積み上げているにも関わらず執務室を抜け出しては扉間に回収される柱間、酒を飲もうといきなり訪問してきた柱間に誘われるがまま丘の上で飲み交わしていたらいきなり現れた扉間に飲む暇があるなら残りの仕事を片付けろと連れ去られる柱間、同盟を結びたいと書状を寄越した一族に相談することなく二つ返事で了承しようとする柱間を止める扉間。
(……よくここまで里が持ったもんだ)
マダラは眉を寄せ、ガミガミと柱間を叱っている扉間を見遣った。ここまで里が発展を遂げたのも、二代目の火影を継いだ扉間の裁量あってのものだろう。いくら柱間が忍の神と謳われようとも、政を一人でこなせたかというとかなりお人好しな部分もあり心配な面は多々あった。
「三代目、俺を呼んだのはコイツらと世間話をさせる為じゃないだろう?」
「うむ。お二人が大蛇丸の制御下にない今しかない。マダラ、ワシはお前に自身のことを調べさせんかった。それはなぜか分かるか」
「俺がこの里で歴史を繰り返すとでも思ったか? ナルトを……いや、九尾を使ってな」
「……この数年お主を見ておったが、聞いていたうちはマダラの話とはかけ離れておる。まあ口は悪いがの」
「一言余計だ」
ヒルゼンは一歩前に踏み出すと、かつて師であった扉間を見上げた。
「二代目様、お話しいただいたように、マダラがかつて行方が知れなくなったことがないというのであれば……」
「サルの好きにせい。聞くかどうかは、そこのマダラ次第だ」
ヒルゼンと扉間の視線がマダラに向けられる。
見定められるかのような細められた視線に動じず、マダラは腕を組むと見返した。
ヒルゼンの口が開く。
「今、里の忍の中でお主が『うちはマダラ』であるという噂が出回っておる」
「ああ」
「ワシや二代目様が一度お主を疑っていた者らに説明はしたが、納得したかどうかはわからぬところじゃ。お主には調べさせぬようにはして来たが……ある程度の情報は共有しておきたいと思うておる」
ヒルゼンの言葉の後を、いつのまにか気分が沈みきっていた所から回復した柱間が話を引き継いだ。
「マダラ。昔の……お前にとっては未来に起こるかも知れなかった話をしようぞ」