昼下がりのこと、マダラはカカシの家を訪れていた。
写輪眼の使いすぎ疑惑でチャクラ不足に陥ったらしいカカシの見舞いに昨日もナルト達と来ていたが、今日はまた別件である。
マダラがカカシの家に来た理由は、昨日カカシが見せた左目の写輪眼について話をする為であった。
カカシに出迎えられ、居間に通される。
座布団が置かれた座卓の前に二人はゆっくりと腰を下ろした。
カカシはいつもマダラに接する時のような軽い態度ではなく、少しばかり真剣な面持ちで座卓を挟み向かいに座るマダラを静かに見つめる。
妙に重い雰囲気の中、マダラの口が先に開いた。
「……話をする前に、いくつか聞きたいことがある」
「何でしょうか」
「昨日聞いたように、最近お前の身の回りには何もなかったんだな本当に」
「……はい」
「その目を継いだ時、うちはオビトが開眼していた可能性は?」
「いえ、それはないと思います。写輪眼自体開眼したばかりでした。だから、ない、と思います」
「新たに開眼したその目について、過去にうちはの人間から話を聞いた事は」
「いいえ、ありません」
「この件は火影以外に誰かに話しているか?」
「いいえ、火影様とタジマさん以外にはまだ誰にも」
マダラの問いにカカシが答える。
聞かれ方からして、普段とは違うチャクラの練り方をしただけで開眼できる様な代物ではない事はカカシは理解している。
「その目だが、今のお前に扱いこなせるものでは無いのは確かだ。能力はおいおい調べるとするが、その目を使うことのリスクについて予め言っておく必要がある」
「リスク、ですか」
カカシはマダラから語られる今の自身の左目について、一字一句聞き逃すまいと真剣に耳を傾けた。
万華鏡写輪眼と呼ばれる物で、うちは一族の中でも開眼するのは一部の人間だけであること。より強力な瞳術を使える様になるが、同時に目への負荷も大きくなり失明リスクがあると、そして一度視力が下がれば戻らないことも告げられた。
「連発することだけは避けろ。とは言えお前じゃそう何度も使えんだろうが」
「タジマさんは、その、視力は大丈夫なんですか。使ったことあるんですよね、お話ししてる感じでは」
カカシがマダラの目を見て尋ねる。
「俺のは問題ない」
「でもタジマさん今失明するかもって……使う機会があったからこそ、俺にこうやって忠告してるんじゃないですか」
「……ああ。だがお前の心配は杞憂だ。俺の目はもう問題ない。さて、その目が開くきっかけだが」
簡単に言えば、最も親しい者の死を経験するか、またはそれに近い感情を得るような経験をすることだーー。
マダラがそう言うとカカシは布の下で唇をきつく結び、ゆっくりと座卓の木目模様に目を落とした。
親しい者の喪失は、カカシも経験がないわけではない。
だが最近にあったかと言われると、一体いつどこで。
心当たりはと尋ねるマダラに、カカシは冷や汗を垂らしながら弱々しく首を横に振る。
「そうか。左目に鋭い痛みが走ったことは」
「痛み……」
「心当たりがないならここ最近の、いやここ数年の話でもないだろう。もっと前にーーそうだ、慰霊碑の他にお前がよく立ちよる場所があったな。名前はなんだったか……女の名前だった気がしたが」
「!…………リン、か。まてよ、まさかあの時に……?」
「どうした」
「……タジマさん、俺オビトの話ってしましたよね」
「ああ、聞いたな」
幼い頃組んでいたフォーマンセルのチームに、オビトの他にのはらリンという少女がいたのだとカカシは少し声を震わせながら話を始めた。
カカシはどこまで話していいのか悩みながら、結局のところリンが攫われた時のこと、そして彼女が命を落とすことになった日のことを己が知っている限り話した。
マダラは表情を変えず冷静に聞いているふりをしつつ、聞いた話に口が開きそうになるのを堪える。カカシの聞けばいくらでも出てきそうな壮絶な過去によくも今まで堪えしのんできたものだと、感情を表に出さぬ様深く息を吸い込み気を落ち着かせながらマダラは話を聞き続けた。
「あの時、俺はすぐ意識を失ってしまったんですが……目に違和感があったかも知れません」
「違和感か」
「はい。ただあの時は目の事どころじゃ無かったので。あと気になることが……」
「気になること?」
「俺はリンを手に掛けた後、すぐに倒れました。まだ敵が周囲にいる中で。それなのに救援が来た頃には敵は全滅していたんです」
「ほう、いつのまにか敵が全員死んでいたと」
「ええ。今でもよく、わからないんですが……」
最も親しい者にリンが当てはまるかと言えばカカシは断定する事は出来ないが、当時の中で親しい人物という括りで見れば彼女は当たらずとも遠からずの存在であっただろう。
マダラは腕を組むと、カカシの部屋の隅に視線を向け考え込む。
(カカシも運のない……よりにもよって亡き友の想い人を手に掛けることになるとは)
マダラから色々と質問したのもあるが、律儀に答えるカカシもマダラを信用していなければここまで答えないだろう。ヒルゼンにマダラを頼るよう言われているのはあるだろうが。
外の空に浮かぶ太陽が流れる雲に隠され、部屋の中が薄暗さに包まれる。
カカシは左目に手を添えると、両目を閉じオビトの顔を思い浮かべた。そんなカカシをマダラは静かに眺めていた。
日が落ち暗くなった演習場を、冷たい風が落ち葉を飛ばしながら吹いていった。
カカシの左目の一件から少し経ったある日のこと、ナルトとサスケ、そして近頃はサクラも付いてくるようになった修行の相手をマダラは日が暮れるまでしていた。
まだ三人とも満足いく結果を得られていないのか、マダラが今日はここまでだと切り上げようとすると不満そうな表情を浮かべたが、次の日に差し障るからと適当な理由を言い三人を家に帰すと、今度は違う人物が演習場に現れた。
ナルト達と入れ違う様にして現れたのは、彼らの担当上忍のカカシである。カカシだが日中は個人的な仕事の依頼が入っていたそうで、今日はナルト達とは別行動をしていた。
「こんばんは、タジマさん」
「遅い。どこで道草を食っていた?」
「ちょっと通りすがりのお婆さんを助けてまして」
「見え透いた嘘をつくな。どうせまた墓参りだろうが」
「あはは……」
マダラが腕を組みながらそう言えば、カカシは困ったように笑った。
カカシを演習場に呼んだのは、ナルト達の相手をする予定が元々あったのもそうだが、今後カカシが左目を活用していくにあたり実際どこまで動けるのかを試してみたかったのもあった。
チャクラの個人の含有量をいきなり増やす事は出来ないが、肉体と精神エネルギーを鍛え上げる事で徐々に高めていくことは可能だ。マダラとしても、カカシに左目の万華鏡写輪眼を使わせる前に、ある程度カカシの身体の状態を整えておきたかった。
サスケを除き、表向きでは里内で写輪眼を持っているのはカカシだけである。ナルトの中の九尾がもし操られ暴走する事があれば、カカシは真っ先に駆り出される事だろう。その時に使い物にならなければ意味がない。
万華鏡写輪眼についての説明は一度カカシの家で軽く話してはいるが、一度使って倒れましたではどうしようもないため、ある程度カカシに耐性をつけさせる必要がある。
マダラは監視役を除き周囲に他の人間の気配がないのを確認すると、カカシの方に一歩近付いた。
「よし、周囲には余計なのはいない。今日はこのままここでやるとしよう。月明かりもあるしな、足元は見えるだろう。カカシ」
「はい」
「前にその目についての話をしたが、その目を使おうとするのならそれなりの負担がかかると思え。左目について色々と試したいところだろうが、それはお前の下地が整ってから取り掛かる」
「えっと、下地って……まさか、俺とタジマさんで?」
「察しがいいな。今日から毎晩体力の限界まで付き合ってやる。とりあえず始めはお前がアイツらにやった様に鈴取りでもするとしようか? 目を変化させなければ、写輪眼でも忍術でも好きに使うといい。一人が嫌ならそこの茂みに隠れてる奴でも呼ぶが」
「え! 俺⁉︎」
マダラがチラリと後ろの木の方を見ながら言うと、監視役がひょっこりと顔を出しカカシの方を向きながら激しく首を横に振った。今日の監視役だが、主にマダラと任務をする面子の中では一番若い方だ。
どうぞどうぞカカシさんだけでと両手を前に差し出す動作をする監視役の男に、カカシは呆れた様な目を向ける。
カカシも幼くして上忍になるほどの実力者であるが、昨今の木の葉の様子からしてマダラの元いた時代と比べれば皆力不足感は否めない。これまであった忍界大戦についても、聞いた限りでは正直マダラが期待するほどの逸材はいなかった様に思える。先日の木ノ葉崩しもだが、あの結界を突破する忍がいなかったことからも、里の忍の弱体化は否定できないだろう。
忍自体は溢れる程居るが、まともに戦える様な人材が居ない。
「一人でも二人でもどちらでも良いが」
「なんかすごい嫌がってるんで、俺だけで良いですか」
カカシがそう言うと監視役は安心した様な表情を見せ茂みに隠れた。
これからやるのがただの鈴取りになるのかは分からないが、全力で嫌がるほど目の前の男に何かされたのかとカカシは困った表情を浮かべながら考えるのだった。
「あの、本当に毎日やるんですね」
「ああ、火影にも言われてるのでな。お前の事情を話したら頼まれることになった。任務が入ればそっちを優先して構わんが、俺の方でもお前が何をしているのかくらいは把握している、遅刻だけはしようと考えるなよ」
「頑張れカカシさん! カカシさんなら行ける気がする!」
「隠れるのか隠れないのかどっちかにしろお前は」
また監視役は今度は茂みからひょっこり顔を出すと、片腕を上げカカシを応援し始めた。
マダラがこの未来の里に来たばかりの頃、暇で監視役達を相手に軽く仕掛けたことはあったがその頃のことをまだ覚えているのだろうか。当時のマダラも彼らの任務に支障が出ない程度に加減はしていたが、火影直属に命令を下されそれなりにプライドもあったのだろう彼らの自尊心が折れるくらいには何度も地面に這いつくばらせたため、マダラが正式に里の忍になるまでは暫く根に持たれていたことを思い出す。
さすがにマダラも下忍として任務をこなすようになったため暇つぶしで相手をすることはなくなったが、ナルト達の修行の際にも監視役は常に側に控えており、彼らが毎回子ども達の方を応援しているのをマダラは知っている。
ガサガサと監視役が隠れる音を聞きながら、マダラはそろそろ始めようかと思い腰に下げていたポーチに手を突っ込んだ。
「さて。鈴はないが、確かお前にぴったりなものならここにあるぞ」
ポーチの中を弄ると、ある物を取り出しカカシに見せつける。カカシはそれが何かわかるなり、ハッと目を見張ると体の前で手を震わせた。
「そ、それは!」
「特装版だ。お前が読んでる本のな」
「特・装・版。タ、タジマさん、それを、どこで」
マダラの手にある物、それはイチャイチャパラダイスであった。だがしかしただのイチャパラではなく、数量限定で販売された特装版である。出版されて時間が経っているはずだが状態は良く、未開封なのか透明のビニールも剥がされていない。
少しすると落ち着いたのか、震えの止まったカカシはキリッと真面目な顔つきになると、鋭い眼差しでマダラの手元にある本を見据えた。
「この本が欲しければ、俺から奪」
「早くやりましょう。鈴の代わりによかったらこれ使ってください」
「あ、ああ」
突如やる気に満ち溢れたカカシに、マダラは手に持つイチャパラを一度だけ見ると、素早くカバンの中にしまい込んだ。
鈴の代わりにと、カカシから竹のパーツがぶら下がった根付を渡される。竹の部分には犬のイラストが描かれていた。里の雑貨屋に売っていそうなものだが、どこで手に入れたのだろうか。
マダラは根付を受け取り腰の位置にそれを付けると、やる気満々なカカシから距離を取り気を引きしめた。
(コイツのイチャパラに対する執念は何なんだ……)
ちなみにこの特装版のイチャパラだが、任務で大掃除の手伝いに行った際に、棚の上に埃をかぶった状態で置かれていたのを見つけ眺めていたら、そんなに気になるならあげると依頼主から貰った物であった。知り合いが読んでいるだけの為いらないと言い断ろうとしたのだが、予備もあるやら手伝いのお礼だと言われ仕方なく受け取ったのだった。
マダラは負ける気はしないが、カカシのイチャパラに対する執念だけは本物であると彼の纏う雰囲気から感じ取る。殺気とは違う、必ずイチャパラを手に入れるのだと言う強いやる気だけはひしひしと伝わってくる。
マダラはイチャパラを前にしたカカシがどう仕掛けて来るのか想像ができず、少しばかり身構えるのだった。
「……はあ、はぁ」
「カカシ、そろそろ止めに」
「いいえ、まだ、まだ俺は動ける!」
「とはいえだな、そろそろ帰った方が」
「あの時買えなかった特装版が目の前にあるんだ、諦めるわけには」
カカシが首を横に振った衝撃で、地面にぱたぱたと汗が落ちる。
マダラから根付けを奪うという課題だが、カカシはそれを達成できないでいた。
殺す気で掛かってこいとマダラに言われ、カカシもイチャパラのためにそれはもう全力で立ち向かったのだが、どんな術を使おうともそのどれも打ち消されてしまった。だがそれでもカカシは諦めなかった。かつて発売日に任務が入ったが為に手にすることが叶わなかった特装版が目の前にあるのだ。何としても手に入れたかった。
「……別に俺は捨てたりはしないんだが」
ボロボロになりながらも立ち続けるカカシに、イチャパラを持ってくるのは失敗だったかとマダラはうなだれる。
いざ戦ってみた所の感想だが、マダラの思っていた通りカカシは写輪眼を上手く使ってはいた。マダラが印を結ぼうとすれば使う術を瞬時に見極め、対抗できる術を放った。
一晩だけであるが、大体のカカシの実力というものは測れただろう。
頭の回転の良さや、マダラの攻めの術も土遁の壁を使いながら、そして写輪眼を活かしながら躱し隙を見て攻撃側に転じたりと空間を読む能力にも長けている。
写輪眼のカカシと他里に名を轟かせるだけの実力はある様だ。
「今晩は止めだ、止め。これ以上続けたら寝込むぞまた。限界までやるとは言ったが、家に帰る体力くらいは残して置くんだな」
「…………はい」
このまま続けていれば、そのうち意地を張っているカカシのチャクラが枯渇しかねない。別にマダラもチャクラ切れを起こさせたいわけではないのだ。
マダラの止めの言葉に、カカシはゆっくりと息を吐くと緊張の糸を緩めた。一旦冷静になると膝下から脱力していく感覚がし、だいぶ体力もチャクラも消耗していることを自覚する。確かに今日のところはこれで切り上げたほうが良さそうである。
「ははは……、つい夢中になってました。そういえばタジマさんは余裕そうですね」
「フン。仮にも面倒見るっつった側がバテる訳には行かないだろうが」
そう余裕そうに言うマダラではあるが、戦闘中はカカシの鬼気迫る勢いにかなり驚いていた。実力の差は歴然であったろうに。カカシにとってマダラが持っている特装版のイチャパラはかなり特別な物らしい。
(あとはコイツを鍛えると同時に、そもそも一族でもない人間が開眼できるのかを調べてみても良さそうだな)
写輪眼についてマダラの他に詳しそうな人物と言えば、里内ではヒルゼン以外に居ないだろう。唯一里に残っているうちは一族と言えばサスケだが、サスケの歳からして身内からまだ詳しくは聞かされていないはずだ。ましてや一部しか知る者のいない万華鏡写輪眼などもっての外である。
(カカシが気付くのがもう少し早ければな。忌々しいが、扉間ならうちは一族について色々と調べていたはずだ)
ここで扉間の知識を頼るのも癪に思うが、戦の時代、千手の中では対うちはとの戦闘において腐るほど対策と研究をして来た男だ。一族外で深くまで理解しているのは、マダラの知る限りでは扉間の他にはいないだろう。
だが扉間に尋ねようにも、既に穢土転生の術は解かれている可能性が高い。直接聞くことが叶わぬのであればあの扉間のこと、里のどこかにまとめた資料を残している可能性がある。それを漁れば良い。
フラフラと疲れを隠しきれない様子のカカシの隣を、マダラは思考しながら歩く。
夜空は白み始め、間もなく朝を迎えようとしていた。