外の明かりがわずかに入るばかりの暗いリビングの中で、マダラはダイニングテーブルの椅子に座りながら顎を手に乗せあることを考えていた。
隣の寝室からはナルトの寝息が聞こえてきている。
テーブルの上には夜のカカシとの修行で持ち出しているイチャパラ特装版を置いており、その表紙に目を落としながらマダラは深く息を吸うと本を裏返す。
(……里の外では何やら動き出してるようだな)
普段の任務を終えた後、マダラはヒルゼンに呼ばれ火影室を訪れた。なんという事のない連絡であれば監視役を通して言われる事が多いが、呼び出される時はそれなりに重要度の高い内容である事が多かった。
『里外で人柱力を狙う集団がおる。里内にいる限りナルトの周囲はワシも見張ってはおるが、お主にもナルトの周囲は今まで以上に警戒をしてもらいたい。頼めるかの』
里外任務に当たっている忍からの情報だろうか。
ヒルゼンが珍しくマダラに里の外の情報を伝えた。
出会った当初はマダラのことを過去の人間だということもあり里外のことについては余計な情報を与えないようにして来ていたが、過去に戻ることなく現代で忍として登録されたこともあり、ヒルゼンもマダラについては使える者は使っておこうという方針に変わっていた。
マダラとしても、低ランク任務しか受けていないこともあり(里内での任務のみだと依頼も限られているため)飽きてきていた頃であった。
「……えへへ、サクラちゃァ〜ん……へへ」
「……寝言か、やけに嬉しそうだな」
寝室からとろけたような声が聞こえてくる。班員のサクラと出掛けている夢でも見ているのだろうか、嬉しそうな声だ。
(……暁、か。あのうちはイタチがいるとはな。尾獣を狩っているか……いや、襲われているのは人柱力の方か? とはいえ、ただの犯罪者集団でもなさそうだ)
尾獣とは一尾から九尾までおり、現在では各里でそれぞれ管理されている。ナルトに封印されている九尾は特にだが、尾が増えるほどに尾獣のチャクラを有する量は大きい。尾獣は里の強大な兵力として重宝されるが、その一方で扱いは難しかった。
ヒルゼンから聞いた話では暁という集団は人柱力を狙い尾獣を集めているらしいのだが、集めて何を企てているというのか。並大抵の忍では、尾獣など一匹ですら捕らえることは困難であろうに。聞いた限りでは一部の尾獣ではなく、全てをかき集めているような印象であった。
(集団……指揮を取っている人間がいるはずだ。奴らは尾獣を集めた後は、どこへやっている……?)
ヒルゼンからマダラに与えられた情報は多くはない。今回マダラに伝えたのもナルトの身を案じてのことであろう。今後暁の連中が里内に忍び込みナルトを狙うことがあるとすれば、ナルトの側にいるマダラに護衛ではないが協力を仰いでおいたほうがいいと思ったのだろう。大蛇丸による里襲撃時は、マダラが現場にいた事で大蛇丸の早期捕縛も出来た。
日中はカカシが、家にいる間はマダラと監視役の忍の目が周囲を捉えている。
現在の木ノ葉の里では、マダラの右に出る者はいない。もしサスケの兄のイタチが現れたとして、マダラであればイタチの写輪眼にも対処できる。
カカシもマダラとのイチャパラ争奪戦で着々とまた強くなっており、里内の忍の中では彼の実力は申し分ないだろう。
(サスケの兄か……まあ、向こうから来るなら俺としては楽でいい。奴らも里の地理に詳しくない人間を送るくらいなら、イタチを送った方が探りやすいだろう。こちらも探す手間が省けるというものだ)
マダラは本を棚の引き出しにしまうと、軽く伸びをして寝室に向かった。
全く警戒心を抱いていないナルトは、心地よさそうに夢を見続けている。
(呑気な寝顔だな)
直に次の火影も決まる。ヒルゼンの退任も近い。
木ノ葉にはまもなく新たな風が吹くだろう、それも千手の血筋のものだ。
時の流れは過去から来たマダラを容赦なく置いていく。弟も、一族も、守ろうとしたものは何一つ残らなかったが、今はーー。
マダラが団子屋の店仕舞いをしていると、ヒルゼンから至急火影室に来るよう招集命令が下った。最近もヒルゼンによる呼び出しが多いせいで、団子屋の店主にはまた心配そうな表情で見送られた。
(今度は何なんだ)
そう思いながらマダラは長い廊下を歩く。ちょうどアカデミーの終わる時間なのか、子ども達の元気な声が外から聞こえてくる。
これからの里を担う子ども達だ、忍になる者もいれば別の道を進む者もおり、その未来は忍の家系であったとしても様々なのだろう。
マダラは一族の長の家系であったために忍になる以外の道はなかったが、今の子どもらは違う。やっと戦のない時代が訪れたのだ、忍という職がなくなる事はないだろうが、戦に無理やり投入させられることはないのだろう。平和を築くのは一代では成せぬ事なのかもしれないと、未来の里を見てつくづく思うのだった。
火影室に近づくにつれ、聞き覚えのある女の声が聞こえて来た。女湯の覗きの犯人である自来也を捕まえた際、里の門前で会った柱間の孫だ。
(柱間の孫がいるのか、他にもいるな……あの覗き爺もいるようだな)
奥からは自来也の気配も感じる。マダラの中で自来也は伝説の三忍というよりも、ただのエロ親爺という印象が強い。自来也絡みでマダラが関わり知っていることといえば、先日の覗きの件以外では中忍試験が行われていた頃にナルトが自来也に師事し、その際にナルトがお色気の術を披露したとかでそれをえらく気に入ったらしい事や、官能小説のイチャイチャパラダイスの作者である事くらいだ。伝説と謳われるような自来也の活躍をマダラはよく知らない。
火影室に入るとマダラは一斉に中にいる人物らから視線を浴びた。
「! お前は、あの時自来也を捕まえてた」
「人を呼ぶとは言ってたが、タジマかの? なぜタジマが?」
中にいた綱手と自来也は何故マダラが現れたのかわからぬといった表情を浮かべている。ヒルゼンがマダラを部屋の奥に来るよう呼び寄せたためそれに従うと、釣られて彼らの視線はマダラを追った。
「この面子の中でする様な話とはなんだ。この後はカカシと用事があるんでな、長居はしないぞ」
「そんなに時間は食わん。タジマ、お前には一度話しておるがここの二人がワシの後任の候補じゃ」
「ちょっと、私はまだ認めちゃいないわよ。火影なら自来也にでもやらせれば良いじゃない」
「ワシには他にやる事があるんでの。お前になら任せられると思っとるんだがのォ」
「なら私にだってやりたい事の一つや二つくらいある。火影になりたい奴なんて他に居るんじゃないの? 何だったらそこの男にでも任せてみれば良いでしょう、案外適任だったりするかも知れないわよ」
「ブッ」
「ブッ、ゴホゴホッ、これ綱手、適当なことを言うでない」
マダラとヒルゼンは同時に吹き出した。
頷くつもりは一切ないが、マダラに火影役を振ったのが柱間の孫であるのはたまたまだろうか。正体を知っていたのなら、そんな事は言わなかったのだろうが。
すぐ里に呼び寄せる事ができたあたりあっさり新任の火影が決まると思っていたが、綱手にはやる気がないらしい。話し方からしても、火影という物にあまり好印象は抱いていない様である。
「フンッ。私も断らせてもらうよ! 上の決定だ何だと言っても、火影なんてそんなモノどうにでもなればいいわ」
「……?」
綱手はそう吐き捨てるように言うと、火影室から出ていった。自来也が後を追いかけようとするが、ヒルゼンがそれを呼び止める。
「自来也、よい……ふぅ、うまく行かぬものじゃな」
頭を抱えるように、ヒルゼンは視線を下に落としうなだれる。
ヒルゼンとしては今日ここで後任を決めてしまいマダラのことを早めに引き継ごうと考えていたのだが、推薦された綱手に引き受ける気がなくなかなか退任の手続きを進める事ができないでいた。
マダラはヒルゼンを見下ろした後、綱手が去っていった入口のほうを流し見ると、腕を組み独り言のように言葉をこぼす。
「……あいつが選ばれたのは、柱間の孫だからか? 押し付けたところで里の行く末など見えているだろうに」
「押し付け、のォ。あいつを選んだのはワシだが、推薦したのは初代火影の孫だからという事だけじゃない」
「なら柱間の孫じゃなかったとしても、お前はあの女を選んだとでも言うのか?」
「ああ、勿論。タジマ、お前は知らん様だが、綱手は里随一の医療忍術の腕前を持ち、そして今のスリーマンセルの体制を整えたかつてない程の貢献者だ。チームに一人くノ一を、医療忍者を入れる。それを提案したのがあの綱手よ、そのおかげでどれだけの殉職者が減ったか」
「なるほど。お前はあの女をどうしても火影に据えたいようだな」
「フッ、綱手の実力はワシが認めておる」
「そこにワシも入れてくれんか? あの子の実力はワシもよく知っておる。あんなことがあったのでは、火影になれと言われてそう簡単には受けてくれんことは想像はしておった。自来也、無理強いは良くないがの……どうしても綱手に次代を任せたいと言うのであれば、きちんと説得するのじゃ。綱手の納得する方法での。心配じゃからタジマ、一緒に頼んでよいか」
「何で俺が」
「ううーむ、このままではナルトが大人になるまでに火影という職がなくなってしまうかもしれんのう……? 火影ではない新しい役職が生まれるのなら、それもまた新たな時代の始まり。ワシは新たな試みも悪くはないとは思うが、ナルトの夢じゃからのう……?」
「……ここでナルトの名前を出すとはお前もいい性格してるな、猿飛のガキが」
「フッ、お主の倍以上は生きてるでの。三年近くもお主を見ておったら大体わかるもんじゃ」
「はあ……」
ナルトの名前を引き合いに出されてしまったマダラは、出会った頃から耳が痛くなるほど火影になりたいと語られていたのもあり、仕方なく綱手の説得が上手くいくよう自来也のサポートに付くことに頷いた。ヒルゼンは満足した様に少しばかり口角を上げる。
その間自来也は、ヒルゼンとマダラのやり取りが火影と里に従属している忍の関係のやり取りには見えず、元々マダラに抱いていた違和感を更に大きくさせると二人の間柄について尋ねた。
「ん? んん? 今更だが、タジマはどういう関係なんかのォ?」
マダラとヒルゼンは顔を見合わせると、同時に自来也の方を振り返る。ヒルゼンが少しばかり遠い目をしながら自来也の問に答えた。
「…………目の離せない息子が増えたようなものかのぅ」
「おい」
次の火影がすんなりと決まらない中、里の外ではある組織が動いていた。
木ノ葉隠れの里に続く道を、赤い雲の模様を纏った黒の外套を来た二人組が歩いている。魚の様な見た目をした大きな太刀の様なものを背負った男と、その彼と比べると少しばかり小柄に見えるが黒髪の落ち着いた雰囲気を持った青年が一人。
上背のある方の男が、青年に語りかける。
「木ノ葉隠れの里ですか、イタチさんにとっては里帰りになりますかね。楽しみですか」
「そうでもない」
「まあまあ、そうおっしゃらずに。それにしてもあの大蛇丸が……木ノ葉崩しを図ってすぐに捕まったとは。噂によると団子屋の人が倒したとか何とか、噂ですけどね。ですがその大蛇丸も逃げてしまったそうですがね」
「団子か」
「イタチさん、気になりますか」
「……」
海の様な色を持った男が、側を歩く青年をイタチと呼んだ。
イタチのその無言は、肯定と捉えても良いだろう。
ただ団子屋が気になるのかと聞かれれば否定はしないが、イタチには気掛かりな噂が他にもあった。これもまた妙な噂で、うちはマダラが存在し里内にいるのではないかという話だ。
火影のヒルゼンが、わざとうちはマダラの噂を流し里中の不安を煽る様なことをするとは考えにくい。何故そんな噂が流れる事になったというのか。よりにもよって何故うちはマダラなのか。
里内では次の肝試しのテーマだとか、祭りの出し物で里の創設に関するものを考えているだけだとか様々な話が出ているそうだが、なぜ今になりマダラの名が噂されているのか。それも大蛇丸が里を襲撃した頃と同じ時期に。
(あの男は知らない様だが……何者だ。里で何が起きればあの名前が出てくる。サスケ、無事でいるだろうか)
イタチの胸中にあるのは、里に残している弟のことばかりであった。