サスケに誘導されるがままついて行くと、たどり着いた場所は南賀ノ神社であった。
マダラは先日カカシと訪れた事を思い出し、サスケがナルトたちといる日で良かったと胸を撫で下ろす。タイミングが悪ければ鉢合わせする可能性もあっただろう。カカシは適当に任務だなんだと理由付けすれば良いだろうが、マダラに関してはただおっさんだと思っているサスケだ、なぜ無関係なはずのマダラがいるのだと疑いの種を蒔くだけであろう。
(サスケもこの場所を知っていて当然か。カカシと来た時にサスケが別行動していて良かったな)
イタチを引き摺らないよう慎重に階段を降り、篝火を灯した部屋の石碑の近くにイタチをそっと座らせる。マダラは念のためイタチの身体をサスケが道中見つけた紐で縛ると、しゃがんだ姿勢でイタチが倒れぬよう肩を支えながらサスケの方を振り返った。
「サスケ、二人で話したいだろうが一応イタチは里の敵だ。同席するがいいな」
「……別に」
マダラはサスケを無言で見つめると、程なくしてサスケが頷いたのを合図にイタチにかけていた幻術を解いた。
ゆっくりとイタチのまぶたが上がっていく。
イタチは特に慌てる様子もなく自身がどこにいるのか、そして目の前にサスケがいることを認識すると硬い表情のまま床の方へ視線を落とした。
サスケは口の中に溜まったつばを飲み込む。殺したいほど憎かった男が目の前にいる。両親の、一族の敵だとずっと思い込んでいた心の底から憎かった男が。だが考えれば考えるほどあの日の出来事とイタチの行動がわからなくなった。あんなに憎んでいたはずが、今はただ真相を知りたいと思う。そんな今、イタチに直接尋ねることができる場所にサスケは立っている。
震えそうになる声を、サスケは気合いで抑える。
「……イタチ、あんたにずっと聞きたかったことがある」
「……」
「どうして、一族を皆殺しにした」
「……」
サスケの苦しそうな問いかけに、イタチはすぐには答えなかった。
篝火で三人の影が揺れる。
口を結んだままのイタチに、サスケが詰め寄った。
「いい加減なにか答えろよ! イタチ!」
「……イタチ。部外者がとやかく言う物でもないが、サスケにも知る権利はあるだろう。言えない理由でもあるのか」
伏せられていたイタチの目が動く。イタチの黒い瞳は、隣に片膝を立てしゃがんでいるマダラの着ているエプロンの胸元にある名前を捉えていた。『タジマ』という名前は珍しいものでもないが、うちは一族にとってその名前は、ただの人名だと片付けるには少しばかり存在が大きかった。わざわざ『マダラ』に関わる者の名前を好んでつける親はいない。サスケはなぜこの男といるのか。かなり心を開いているのは川でのやり取りから間違いはないのだが。
「……サスケ、今のお前に話すことはない」
「イタチッ!」
「お前はただ俺を恨めば良い。恨んで憎んで、いつか殺しに来い。それでいい」
「恨め憎めって、なんなんだよあんたは! 俺だってちゃんと強くなった!あの大蛇丸だってな、どうにかできるくらいにはな!」
「大蛇丸、お前と接触していたか」
イタチは里に来る前に同僚の男、鬼鮫と話をしていたことを思い出す。
うちはマダラが里にいる噂――。所詮いいところ怪談話だろうとそう思っていたかったのだが、サスケは噂を知っているだろうか。外にいる人間のほうが詳しいのはなくはない話だ。サスケとてマダラの名前くらいはアカデミーで聞いていそうだが、里の中では本当にただの噂話になっているとでもいうのか。
一族に関する資料は殆ど里が押収しているだろうが、それでも探ろうと思えばいくらでも情報は集められる。
(サスケはこの男が一族の人間だと知っているのか?)
イタチの視線が胸元に向いていることに気付いたマダラが、イタチの方に向いていた体をサスケの方へと向け直す。見えにくくなった名前に、イタチは床の方へ視線を戻した。
「イタチ、あんたの中じゃ俺はいつまでも弱い子どものままなんだろうな。あんたがいなくなってから俺がどんな思いで毎日過ごしてたかも知らないで。ふざけんなよ。いいかイタチ、あんたは今俺たちに捕まってる。何も言わずに逃げられると思うなよ」
サスケの怒りの滲んだ声がイタチに降り注ぐ。
「話せよイタチ。俺はあんたの口から聞きたい……」
「…………サスケ、俺からは何も」
「いつもいつもまた今度だって言って後回しにするのがあんただったよな。父さんと母さんを殺した時に、俺を殺さなかった理由は何だ。何であんたはあの時泣いてたんだ……なぁ、イタチ答えろよッ」
サスケの握っている拳が震えている。
暫く沈黙が続いた後、深く息を吸う音が部屋の中で聞こえた。
そしてここでイタチが顔を上げサスケを見つめた。厳しかった目つきはなく、目尻が和らげに緩んでおりどこか悲しげだ。
「……サスケ、里は好きか」
「は? 何でそんなこと」
「サスケ、この人のことをお前は信用しているか?」
「え、は? 里がとか、おっさんがなんだよ」
サスケがわけが分からないという表情を浮かべイタチを見る。
イタチの声音もどこか優しげでありマダラはもうイタチが抵抗もしないことを悟ると、まだ理解していないサスケに向かって話しかけた。
「サスケ、おそらくだがイタチは任務中だ」
「は? 任務って」
「敵組織の任務じゃない。イタチは里からの任務を受けている最中だ」
「……え」
「そうだろう、うちはイタチ? サスケから聞いた話から思ってはいたが、事件のこともお前の独断ではあるまい」
「な、んで」
サスケに任せていたら話が進まないと、イタチが答えやすいようにマダラが誘導する。
任務のことを話すなど本来あってはならないことだが、言わずにいてサスケが納得するとも思えずイタチは頷いた。
「サスケ、団子屋さんの話は間違いじゃない。俺は任務を受けている」
「どう……いう、ことだ」
「サスケ、イタチは優秀な忍だそうだな。同じ一族である弟のお前から見ても。幼くして暗部にも入っていたとか。なら一つ考えられることはないか」
「おっさん……里が、うちは一族の何に関係あんだよ」
「はあ、サスケ。アカデミーでは優秀だとは聞いていたが、そういえばお前もアイツと似て馬鹿だったな」
「な! なんなんだよ、里が俺たちに何の関係があるんだ。おっさんが何を知ってんだよ」
「さあな、俺は現代の里のことなどさして知らんが。里との確執ならあったんだろう、昔からな」
マダラの後に、イタチが重い口を開く。
「……この人の言うとおりだ、サスケ。お前も違和感を感じたことはなかったか」
「違和感……」
父フガクが統率していた木ノ葉警務部隊。里内の犯罪を取り締まるのが仕事であったが、その本部はやけに里の中心から外れていなかっただろうか。思えばアカデミーにも、火影の側近やその周辺の地位に就く忍に一族の人間はいなかったように思える。うちは一族の人間は皆、警務部隊に配属になるのが当たり前であるかのように。サスケもかつては、将来は父の下で働くのだと思っていた時期があった。
マダラがイタチの後に話を続ける。
「元々うちは一族といえばその強い瞳力から、昔から他族には警戒されていた。どの一族も写輪眼に対抗するべく策を講じるほどには。里を二代に渡って統治した千手は特にだった。幻術にも長けているからな、恐れるのも無理はないだろう。そんな目を持った人間が里にいる、それも里に対しなにか燻ぶらせているとなれば、里としてどうするべきかわかるか」
「なん……それじゃ、俺たちは……みんな……」
サスケの声が震える。
マダラは話しながら、頭が痛そうに険しい表情を浮かべた。
警務部隊を立ち上げたのはあの千手扉間である。当時の扉間の考えでは、うちは一族にもある一定の地位は持たせようと思っての配慮ではあったのだろうがそれが裏目に出た。
(柱間、お前の里作りは失敗したのかもな。お前一人が良くても、他の人間がどう思っているかまでは考えが至らなかったか。『俺』が里を出たのもさしずめこの辺りも理由にあったのかもな。薄々感じてはいたがこの時代でついに……随分と脆い平和だ)
全員を納得させることは難しい、それはマダラもよく知っている。最終的に千手と手を取り里を起こしたが、同盟を結ぶに当たって賛成派が多くいたとはいえ、賛成派である人間の思いとしては勝ち目のない戦いに嫌気が差していたということが大半を占めていた。
平穏を求めた女や子どもはともかく、同盟を結ぶ頃には減ってはいたが好戦派の人間もおり千手の手に落ちたと思う者は少なくなかった。そう不満を感じていた者達の声は現代に向かうにつれ大きくなっていったのだろう。族長であったサスケの父親はヒルゼンの父親の名を子につけるくらいであった事から、初めから謀反側にいたとは考えられ難い。だが大きくなる一族の中での里に対する不信感に、サスケの両親は族長としての務めを果たしたのだろう。
マダラは眉間に皺を寄せながら話し続けた。
「うちはが反乱を起こせば、いくらあの火影でもどうなるかわからんな。不穏分子は疑いの時点で摘み取ってしまう方がいい、それが写輪眼持ちならなおのことだ。上からの命令で殺せと命じられでもしたか……何のための里だったんだか」
「じゃあ、里に、殺された……? 全員……? そう、なの、か……イタ……兄さん」
「……」
イタチは肯定も否定もしなかった。
「……でも、なんで俺は。なんで俺だけが」
「……」
答えないイタチにマダラが口を開く。
イタチの弟であるサスケだけが唯一生き残った。サスケだけが何故か見逃された。そこから導き出せるのは一つだろう。
なんとも卑劣な選択をイタチは迫られたというのか。
「里か一族、どちらにつくか選ぶ時がその時だったのだろうな。サスケだけでも見逃してやると良い交渉材料にでもされたか。言ったのは三代目……いや、持ち掛けるとは思い難いな。他の相談役にでも言われたか。まあ、だれでもいいが」
「……俺は、あの時に取れる最善の選択をしただけだ。サスケ、これだけは覚えていてほしい」
ほとんど黙ってばかりいたイタチだが、サスケの目をまっすぐに見つめると言葉を紡いだ。
「父さんは最後まで一族を守ろうとしていた。里と一族にとって、良い形で収めようと最後まで」
「……なんで、なんで、兄さんは里を選んだんだよ」
「武力による抑制は長くは続かない。その時は良くても、きっとすぐにまた争いが生まれる」
「……そんな、ことッ」
「サスケ、俺のことは恨んだままでいい。俺は任務中だから、仕事に戻るとするよ」
「ッ! まてよ、その任務が終わればあんたは里に戻ってくるのか! その格好と何か関係があるのかよ!」
「サスケ」
「いつもいつも俺のこと後回しにするのやめろよ! 俺の気持ちなんか考えたこともないくせに!」
「サスケ」
「俺の言葉も聞けよ! ……はぁ……はぁ……ッ」
目のフチを赤くさせながら、じわりと滲んだ涙を乱雑に拭うとサスケは外へと駆け出した。
マダラが呼び止めようとするが、走るサスケの足は止まらない。
「あ、おい、サスケ! ……たく、一人で出ていきやがって。イタチ、他にサスケに言うことはないのか。呼び戻すが」
「今はいい。団子屋さん、サスケはあなたのことをどこまで」
「同期のガキと一緒に住んでるおっさんだ」
「……なるほど。どうして俺に写輪眼を」
「……フッ、死んだはずの同朋が里にいればお前でも動揺するかと思っただけだ。深い意味はない」
「そうですか」
マダラはイタチの拘束を解いた。
任務の詳細は知らないが、イタチが里からの命令で暁という組織にいるということは確かなのだろう。ヒルゼンならばイタチが里に入った時点で気付いていてもおかしくないが、カカシ達に見つかるまで騒がれなかったのは、あえて見逃されていたとかであろう。
体が自由になったイタチは立ち上がり、軽く腕を回すと足元にある石碑を眺めた。イタチも万華鏡写輪眼の開眼者だ、より深く読み解けるようになっている。
だが単純に眺めていただけなのか、イタチはすぐにマダラを振り返った。
「あなたはこの噂をご存知で?」
「噂?」
「ええ、『うちはマダラ』が生きていると」
「……ああ確か……町内会の肝試しの……」
噂のことなどどうでも良くなっていたマダラは、イタチに掘り返され団子屋で聞いた自身の噂話を思い出し顔を顰めた。柱間が口を滑らせ噂が広まった頃はどうなるものかと少しは気になったものだが、今ではたまに耳にはすれどもただの世間話の話のネタ程度に落ち着いている。
「……団子屋さん、俺から一つだけ忠告を」
イタチがそう言葉を発する前、不自然に篝火の揺れがなくなった。イタチがマダラを幻術にかけたようだ。特に敵意は感じられず、マダラは解かずに幻術の中のイタチが何を伝えようとしているのか耳を傾ける。
「『うちはマダラ』は生きている。仮面の男には気をつけてください」
その言葉にマダラの片眉がぴくりと上がるが、ふと肌に感じた冷えた空気に幻術が解かれたのだと気付くと、変わらず見据えてくるイタチを見つめ返した。
わざわざ幻術の中でそう告げたイタチの真意は何だとマダラは考える。イタチはうちはマダラを騙る人物を知っているのだろう。
(仮面の男か……何故俺の名前を騙る必要がある。あと俺の名前は団子屋じゃないんだが)
わざわざ里に謀反を成した男の名を騙る人間だ、碌なやつではないのだろう。ヒルゼンはこの事を知っているのか。
イタチがマダラに忠告したのは同じ写輪眼を持つ者同士、利用されないようにするためか。
(俺が里にいるという謎の現象は起こっているが、それと話は別だろう。時代が時代だ。俺が仮に死んでいなかったとしても老いぼれも良いところだ。それに柱間に殺された後、遺体は扉間が厳重に管理したはずだ。誰かが生き返らせたとも考えられ難い……)
里の中にいては気付かないが、マダラの知らぬ間に里外では何か動いているようだ。
うちはマダラの名を騙る男に、尾獣を集める組織。彼らの関係性は何なのか。
「イタチ、そういえば木ノ葉に来た目的を聞いていなかったな」
「そういえば」
マダラが尋ねると、イタチはあたかも今気づいたかのように答えた。
「……四代目の忘れ形見、九尾の狐の在り処を探りに来た――そういう名目で里に来ただけですよ」
マダラとイタチが地下から出ると、外ではサスケが俯きながら立っているのが見えた。
イタチはサスケから数歩離れた位置で静止したが、マダラはサスケの正面まで回ると俯いたままのサスケを見下ろす。顔を見られたくないのか、サスケが顔を上げる様子はない。
静かな境内に小鳥の鳴き声がこだました。
イタチの静かな声がサスケの背中に向かって投げかけられる。
「サスケ、俺は任務に戻る。今日ここで聞いたことは、他言はするな」
「ッ……、またそう言ってどっかに行きやがって。ちゃんとあんたから話をッ」
かけられた声にサスケが振り返った時、イタチは足を踏み出しサスケの方へと近づいた。
そして人差し指と中指をサスケの前に掲げると、指の先にある額を軽く小突いた。
「許せサスケ、それはまた今度な」
イタチは力の抜けた笑顔をサスケに向けると、神社から去っていった。
太陽を隠した雲の影が、サスケとマダラに覆い被さる。
「また……ッ……それかよッ……」
サスケの声が静寂の中に落ちていった。
里の中でも人気のない路地裏に、火影の傘を被ったヒルゼンは佇んでいた。
里の様子については、いつもナルトやマダラ達の様子を伺う際に覗いている水晶玉である程度のことは把握している。
ヒルゼンはここに現れるであろう人物を今か今かと待ち構えていた。
待つこと暫くのこと、目の前に見える二つに分かれた道から馴染みのあるチャクラを感じ取ったヒルゼンはやっと来たかと小さくおっと口を開いた。
ヒルゼンから見て左の道からは先程まで神社にいたイタチが、そして反対の右側からは団子屋のエプロンを着たマダラが現れる。
「あ」
「あ」
ヒルゼンを見つけるよりも先に二人の目が合い、そして二人とも片足を前に出したままピタリと固まった。
先に口を開いたのはイタチであった。
「……方向が、同じでしたね」
「あ、ああ。そう……だな」
どうやら二人は神社で別れた後、影分身を作りヒルゼンの元へと向かわせていたようだ。互いに確かめたいことがあったのはそうだが、こうも同じタイミングで集まるとは。
気まずい雰囲気が路地裏に漂うのであった。