ナルトとサスケは、サクラと合流するとカカシの見舞いに訪れた。
病室に入ったナルトからイズナについての話を聞かされたカカシは耳を疑った。
「と、いうわけで。それでさカカシ先生、あの兄ちゃんいまウチにいるんだよね」
「マッテ。何がというわけでなの」
「ですよね、カカシ先生。私も聞いた時はびっくりして聞き返しちゃいましたよ」
「うん、ホントネ」
サクラの小さなため息が漏れる。
カカシはまだ少し重い身体を起こしながら、マダラのことを考えた。
(火影様は何を考えてタジマさんに。あの人はタジマさんの身内のはずだ。タジマさんに命令を下してはいるが、ナルトのアパートで見るという事は第七班も関わりがないとはいえない、か)
マダラが見ることになっているが、そもそもマダラは監視される側だ。ヒルゼンはマダラ一人にイズナの監視を任せたわけではないのだろう。ナルトの家にいるという事はナルトと泊まっているサスケも勿論のこと、つまりは第七班にも任務が振られていると思っていいに違いない。
(もしかしたら俺に来るはずだったかもしれない任務だ)
明日退院することになっているため、ナルトのアパートに立ち寄ってみるかと考える。
外から大きな羽音が聞こえた。窓から見える木の枝に止まっていた鴉が一羽、翼を広げ飛び立ち青空を舞う。
「でさ、今日あとでサスケと布団買いに行くんだけど、聞いてくれよカカシ先生!」
「ナニヨ」
「寝る位置決まんないから、今日の夕方取り合いすんの! どう考えたっておっちゃんの一人勝ちじゃん絶対!」
「三人で床に寝るのだけは絶対に阻止するぞナルト」
ナルトは不満そうにカカシにそう言った。
サスケもそうだろうと言わんばかりに口をムッとさせて頷いている。
カカシは二人の様子に困ったように眉を下げた。
「……ねえ、当たり前のように受け入れすぎじゃないの? もしかして俺が変?」
「大丈夫です、カカシ先生。私もちょっとまだよくわかってないです」
カカシはイズナがどういう立ち位置の人物であるのかを一瞬忘れかける。
「だって悩んでも……なぁ、サスケ?」
サスケもそうだと頷く。
タイムスリップした時のナルトやサスケ達の様子もそうだが、肝がすわっていると言うべきか。カカシはなんだかこの二人の行く末が恐ろしく感じるのであった。
「……お前らタジマさんがいるからって、油断しないようにネ?」
「はい! おっちゃん! ここはチーム戦にするべきだと思いまーす!」
夕暮れの演習場に響くナルトの大声。
演習場にはナルトとサスケ、そしてマダラとイズナの四人が集まっていた。四人はただ今晩の寝床の取り合いのために演習場に来ているのであった。
「おっちゃんの一人勝ちなんてさせねェ! だからこの兄ちゃんは俺たちがもらってくってばよ!」
「ああそうか、ならば俺が勝てばお前らは三人で床で寝ると」
「ヘッ。そう簡単に勝ちは譲らないぜ! なァ、兄ちゃん!」
「え、ええー……」
嫌そうなイズナの反応に、ナルトはまあまあと両手でなだめる。そして作戦会議だと、ナルトはサスケとイズナを連れてマダラから離れた。
「おいナルト、おっさんだぞ。コイツが増えたところでどうすんだよ」
「おっちゃんの気を引くようななんかがあればワンチャンあんじゃね?」
「おっさんいつも俺たちに対して何かあると思って構えてっから、並大抵のトラップじゃ気をそらせねェぞ」
「そう、そこなんだよなァ。でもだからこそ、この兄ちゃんの出番!」
「え、何」
ナルトにビシッと指を差されたイズナは不快そうに眉間にシワを寄せる。
耳を貸して欲しいと手招きされたイズナは少し屈むとナルトの話に耳を傾けた。
「おっちゃんが思わず動きを止めちゃうような、俺のとーっておきの術を伝授するってばよ」
「……はァ?」
どんな術だろうがあのマダラに効くのだろうかと、イズナは記憶の中の兄の姿とは少しばかり歳を重ねたタジマと名を変えているマダラの方をチラリと見た。
(……こんな子どもに? そんなのあるわけ)
「ニシシッ……おいろけの「ナルト! 変なモン教えてるんじゃないだろうなァ!」 んなわけねぇーじゃん! 盗み聞きは良くねぇってばよ、おっちゃん!」
「なら横のサスケの呆れた顔はなんなんだァ!」
少し遠くから、半分呆れたようなマダラの大声がナルト達の元に届く。
ナルトは話の内容まではマダラにバレていないとわかると、再びイズナにこそこそと話し始めた。
「……おっちゃんにバレると意味ねェかんな……で、さっき言いたかったのは、おいろけの術だってばよ!」
聞き間違いであれと思ったイズナであった。
ナルトが術のイメージを伝える。イズナは本気でやるのかと問いたくなったが、実際どんな反応を示すのだろうかと若干の興味が湧き、渋々であるが『おいろけの術』とやらを覚えた。果たして今日この場面以外で使うことがあるのかと疑問ではあるが。
汗を滲ませながら、必死にマダラから降参の合図を出させようとくらいつくサスケとナルト。そんな二人とは対照的に、劣勢ではありながらも涼しげな表情でマダラと組手を交わすイズナ。
このままではマダラの一人勝ちで、三人仲良く狭い敷布団の上で眠ることとなる。
「サスケェ! やるしかねェ! せーので行くってばよ」
「ああ。おい、イズナとかなんとかかんとか」
「イズナ。そのなんとかかんとかはいらない」
「せーのだ。せーのの後にやれ」
「……なんなんだよ、はぁ」
マダラから距離を取ったイズナはサスケの方に視線を向ける。
サスケはすました顔で、ナルトと二人マダラの方に集中していた。
今は三人協力しマダラからベッドで寝る権利を奪い取ろうとしているが、そもそも元々仲間ではなかった間柄の人間に対し、どうしてこうもこのサスケは命令口調なのだろうか。
顔が似ているとナルトに言われ実際にアパートの洗面台で顔を見比べたりしたが、似てると言われてここまで嬉しくないことも珍しいとイズナは目を細めたのであった。
「……はいはい。ほんとに効くんだろうね」
「ぜってェ効くって! そんじゃ……行くぜ!」
ナルトとサスケが先にマダラに向かって走り出す。マダラはいつも通り同時に向かってきたのかと、両手を軽くはたく動作をした。ナルトとサスケの襟首を掴みその辺に投げ飛ばしておくか、そう考えた時、その奥からイズナが困った表情で走ってくるのが見えた。なんだか渋そうな表情に、マダラは何があったと眉を寄せる。
(……なんだ、イズナがあんな顔をするとは。あまり見たことが無かったような)
「今だ! 兄ちゃん! せーの!」
「……はいはい、せーの……『おいろけの術』」
「!」
ボフンと変化の術が発動すると、煙の中から黒髪ストレートロングの女性が現れた。
マダラは目を見開くと咄嗟にナルトとサスケにゲンコツを落とし、術の発動で上がった煙が晴れる前にイズナの脳天にも軽く拳を振り下ろした。
軽くとはいえ衝撃でイズナの術は解かれ、フラフラとナルトとサスケの横にゆっくりと尻もちをつく。
マダラの恐ろしく冷えた目がナルトの方を見下ろした。
「ナルトォ……お前なァ」
「……」
「よりにもよってお前は……」
「……い、いやァ……兄ちゃんがやったらおっちゃんも流石にびっくりするかなァ、ナンテ」
「過去の人間に余計なものを吹き込むな。サスケもどうして止めなかった」
「アンタの反応が見たかった」
「……まったく。はぁ、よりにもよって……よりにもよって『お色気の術』……」
マダラは眉間を抑えながら深くため息をついた。
「千年殺しにしようか悩んだけど、おっちゃんに千年殺し仕掛けるのはちょっと無理あっかなって。おっちゃんのがプロいし」
「誰がプロだ、誰が」
「何? 千年殺し?」
「兄ちゃん、興味ある? 千年殺しはスッゲェかんちょ「イズナ、興味を持つな」」
マダラが止めようとするが、残念ながらナルトはほぼ言い切ってしまっている。
「へぇー」
「……」
イズナのどこか感慨深そうな目がマダラを見上げる。マダラはついと目を逸らすと、腕を組み黙り込んだ。
ナルトがイズナの方にコッソリと耳打ちする。
「後で教えてあげるってばよ」
ナルトの頭に重い一撃が入った。
結局のところ、その日の夜はナルトとサスケが寝台を使うことになった。
ナルト達がすっかり寝静まった頃、イズナはダイニングの椅子に座るマダラの元までなるべく音を立てぬよう慎重に移動すると向かいに立った。
「……兄さん、ちょっと」
「……タジマだ。だから人違いだと言っているだろ」
「その名前、誰のだかわかって言っているよね」
イズナは静かに椅子を引くとそのままマダラと向かい合わせに腰掛ける。
「……そう、わかった。わかったよ。俺の兄さんは今頃俺がいなくなったことに大慌てで色々手についてないのが想像付くなぁ」
「……何の用だ。さっさと寝てくれた方が俺は楽なんだが」
「……タ、タジマは」
「……」
「この里で過ごして長い? あの戦いは負け「イズナ。ここに来て四年は経つ」 ……四年」
話を遮られたイズナは声を落とした。
マダラはイズナに先に起こることを伝えるつもりはない。元の時代に戻す際に記憶を消すとしてもだ。
未来から来たというボルトらにはカラスキとかいう時間移動装置の部品を探す約束をしているが、一度動いたのもあり動力源さえどうにかなればあのままでも使えるのだろうとマダラは踏んでいる。ボルトらがいる間に使い方さえ知れれば、マダラ達の方で装置を使いイズナを返すのも難しくはない。
「お前はすぐに戻れるはずだ。案ずる必要はない」
「に、タジマは……」
「さあな。お前が気にする必要はない」
「……いつになっても隠し事ばかりだなー……昔から、そこは変わらないわけか」
「……」
イズナは相変わらず答えないマダラに、寂しげに目線を下に落とす。
「ま、いいよ。今寝てるあの二人、うずまきナルトと……サスケってどういう関係? サスケっていうやつはどうしてここにいるんだい?」
「サスケは最近色々あって一緒にいるだけだ」
「家族は」
「……今は一人だ」
「今は? いや、一人って」
「今はまだな。そのうち兄の方が帰ってくる。その予定だ」
「兄弟がいるんだ。じゃあ、一人ではないんだ。でもそれはいつまで?」
「……そう遠くはないはずだ」
「……すぐには帰ってこれないと言うことか」
イズナは椅子の背にダラリともたれ掛かると軽く天井を仰いだ。
マダラは寝室にいるナルト達のようにイズナにも早く眠って欲しそうであるが、なんでも思い通りにはさせないとイズナも僅かに感じる眠気を無視しマダラとの対話を引き続き試みる。
うちはと千手の間で続いている戦いの状況は、何度戦おうと芳しくないことはイズナも承知のことだ。千手側に降った仲間も少なくない。このままではいつか一族は滅びるのではないかと、そんなことは常に危惧していた。
(里とやらを歩いてみても、サスケ以外に見当たらない)
マダラはイズナにこの時代のうちは一族についての詳細を語らない。語らないというのに、夕方演習場まで里内を歩いた際は何も隠されず堂々と通りを歩けた。知られて困るものは見える景色の中にはないのだと言わんばかりに。
(俺達のしてきたことは……あの戦いは、どう行き着くのだろう。守らなければいけないものは、本当は何なのだろうか)
イズナとしてはたとえいつかここでの記憶を消されようとも、ただあの時代を生きている己の証明として、あの戦乱を経た世の後のことを知りたかった。
(……ああでも、この兄さんに聞かなくても、少し考えればわかることじゃないか。今この里には『サスケしか』居ないのだから)
イズナは自嘲気味に笑った。マダラの目がイズナに向けられる。
「何が面白い」
「いや、なんでもない。まだ納得できないところだらけだけど、考えすぎるのも良くない。俺は部外者だ。それにしても、四年もこんなとこにいたんだなァ……肩の荷が降りたって顔してるよ。やっぱちょっと向いてなかったね、兄さんは…………ハハッ、背負わせすぎたかな」
「! そ、それは」
「ほら、やっぱり兄さんだ」
やーい引っかかったとイズナはマダラに向かいニヤリと笑みを浮かべる。
マダラは開いた口を閉ざすと、そっぽを向いた。
「そこのガキンチョ二人のおじさんやってるのも悪くないんじゃない。いつも面倒見てるんだね。すっかり懐いてる、見てて面白いくらいだ」
「はぁ。目が離せないだけだ。目を離すと何が起こるか知れたもんじゃない。どいつもこいつも……はぁ」
「…………な、なんかやけに実感こもってない?」
マダラの心の底から吐かれたため息の音に、イズナは色々あったのだと悟った。
頑なにイズナに対し兄ではないと言い続けていたマダラであるが、もはや否定する気も起きなくなっていた。これからも否定したところでイズナは兄と呼ぶのを止めないのだろう。
釘は刺しておくべきか、マダラはそう思い真剣な表情でイズナと向き合った。
「兄さ」
「イズナ」
「?」
「面倒だからもういちいち否定はしないが、サスケには話していない。だからタジマと呼べ」
「え、話してないって何を」
「俺のことだ。その辺のおっさんだと思われてる」
「え……マジで」
「マジだ」
イズナは思わず固まった。