映画の後、そのままぶらりと里の中を歩いていたマダラたちは一楽の前で立ち止まった。暖簾の奥から聞き覚えのある声が聞こえたからだ。
「うんうん、アイツら集まってる」
「サクラと合流して一楽か」
「声掛けていきますか?」
「いや、放っておいた方がいい。何やら俺たちを尾けている気配があるしな」
「⁉︎ それって……」
「劇場からだ。何のつもりか知らんが、適当にやり過ごすぞ」
「もしかしたら俺のことを狙って……なわけないか。ここに良い方にも悪い方にも知り合いなんていないし」
「今のところ接近する気配はない。こちらを見ているだけのようだが……まあとりあえず腹ごしらえでもしに行くとするか」
「ですね、一旦気付かないふりをしていた方がいい。で、どこに行きます?」
「俺手持ちないから兄さんの奢りでいいよね」
「タジマさんご馳走になります」
「お前は自分で払え。大体お前の方が稼ぎがいいだろうが。……そういえばいつもの奴が言っていたな。焼き魚の定食が美味い店があるんだとか」
「焼き魚ですか。じゃあそこにしましょう」
「話してたらお腹空いて来たな」
尾行されていることに三人の間に一瞬緊張が走るが、何もして来ないのであればあえてこちらから接触する必要もない。無用な争いは避けるべきだ。
三人は妙な気配を気にしつつも、定食屋へと向かった。
店に着き、先に案内されたマダラは隣席の客に目を見開いた。
定食屋の隣の席がまさかのうずまきボルトとその連れであったのだ。
予期せぬマダラたちの来訪にボルトが思わず立ち上がる。
「えー! 団子屋で働いてるおっちゃん⁉︎ と六だ「ボルト、とあとは連れか。お前らもここで昼飯か」」
「ああ。座れボルト。ご飯が冷める」
ボルトと違い連れのサスケの方は冷静だ。
マダラ達も席に着くとメニュー表を広げる。マダラの隣にイズナが、その向かいにカカシが座る。カカシ側には、隣席のサスケが腰掛けている。
カカシは見慣れない連中だと隣席の方を見遣ると、目が合ったボルトに適当に目を細めて微笑み返した。目が合ったことに驚いたボルトは残っていたご飯をかき込むと、喉に詰まりかけたのか胸を叩きながら水を飲み流し込んだ。そして先ほどの隣席のボルト達を知らないカカシは、訝しげにマダラに尋ねた。
「タジマさんのお知り合いですか?」
「まあな。最近よく会う」
「……へえ、珍しいですね」
「何がだ?」
「ほら、タジマさんてあまり俺たち以外に関わりがないというか。意外で」
「つまり兄さん友達少ない」
「イズナ」
イズナの鋭い言葉が飛ぶ。
「俺の交友関係はどうでもいい。だいたい、お前ら頼む物は決まったのか?」
カカシとイズナが頷く。
それぞれメニューを指差し、決まっていないのはマダラだけのようであった。
そんなやりとりを食べ終えた隣のサスケは静かに見守っていた。テーブルに置かれたグラスには水が入っているが、どうしてか飲めそうにない。この時代に来てからというもの、何度かマダラとは接触しているが未だに違和感は拭えないでいる。
「し、師匠。そろそろ行く?」
「……そうだな」
ボルトの声掛けで席を立とうとした二人を、メニュー表から目線を上げないままマダラが呼び止める。びくりとボルトはマダラの方を振り返った。
「今晩話がある。いつものあの場所に来い」
「!」
「……ああ」
マダラはボルトらに約束を取り付ける。
二人が会計を済ませ退店した後、店員を呼び注文を伝えたマダラにカカシが静かな調子で話しかけた。
「……まさかタジマさんが、俺が休んでいる間にそんな密会なんて」
「変な言い方をするな」
イズナの目がカカシとマダラの間を泳ぐ。
「……かわいそうなカカシ。置いてけぼりで」
「デショ?」
「乗るなイズナ、カカシのノリに」
いつの間に意気投合したのか、マダラは二人に頭を抱えた。ナルトにサスケといい、カカシやイズナまで。人を揶揄うのもその辺にして欲しいものだと。
「そういえばカカシと兄さんてどういう付き合い? いや、アイツらの先生なのはわかるけど。あとイチャパラ仲間なのもわかってるんだけどさ」
「うーん言われてみれば……俺たちってイチャパラ抜きにしたらどういう関係なんでしょう。ねえ、タジマさん」
「俺に聞くな。お前がアイツらの担当上忍だからだろうが。ああそういえば、いつの日だったか家の前に新刊が下げられてたな……」
「いち早く読んでもらいたかったので」
「わざわざ俺の分まで用意してな」
「よかった兄さん、友達ができて。ずっと心配だったんだ……これで心残りはないかな」
ホロリと流れてもいない涙を拭うふりをイズナがする。
もう突っ込まないぞとマダラは軽く咳払いした。
カカシがイズナの言葉に顎に手を当て感慨深そうな表情を浮かべる。
「俺とタジマさんが友達、か……そうだなぁ、うん。いきなり人の鳩尾にグーパンしてくるくらいには仲はいいカナ?」
「兄さんのグーパンを⁉︎」
「そうそう。いきなり、こう……ドスッと。こうね? いきなり近付いてきてここにドスッと。あれは痛かったなーなんてね」
「誤解が生まれる言い方をやめろ」
「酷いのヨ? なんの打ち合わせもなしにいきなり人のこと殴ってきたわけ、この人」
「うっわ、最低だ」
「おかげであの時は上手くいっただろうが」
「俺の鳩尾は犠牲になりましたけどね」
「悪かったと言っただろ……」
マダラは引き攣りそうになる顔を、冷たい水を飲むことで誤魔化した。傾けたことでコップの中の氷がガラリと音を立てて揺れる。
暫くして料理が運ばれると、三人はそれぞれ静かに食べ始めるのだった。
「いやぁ、ご馳走様でした」
「ありがとう兄さん、ご馳走様でした」
食事を済ませ店の外に出たマダラに、先に退店していた二人が揃って礼を述べた。マダラは軽くなった財布を懐に仕舞う。ほぼ団子屋の仕事しかしていないマダラの懐事情はそこまでよろしくない。たまにヒルゼンからの依頼はあるが現状請け負っている状態であり、報酬が出るにはまだ先の事だ。
「イズナはいい。カカシ……記憶違いじゃなければお前は上忍のはずだったと思うんだがなぁ。降格でもしたか?」
「嫌だなタジマさん、ここは俺より歳上のタジマさんを立てたんですよ」
「生憎だがお前が払った記憶が全くないな」
「ま! そこは可愛い後輩ができたと思ってくださいヨ」
「ここじゃ俺の方が後輩なんだが?」
生まれた年代だけで考えれば圧倒的にマダラの方が先であるが、この里で先に忍として働いているのはカカシである。一応マダラは立場だけで言えばカカシの後輩に当たる。カカシは上忍でマダラは下忍。正式に里の忍になったのはナルトとほぼ同じ時期である。
「……兄さんはカカシにたかられている、と」
(イズナが余計な事まで覚え始めた)
回復したばかりで映画も楽しんだ後の機嫌の良さそうなカカシから取り立てるのも哀れに思い、マダラは今度は払ってもらうからなと胸の内で思いながら場所を移動しようとした。そんな時だ、通りの先から見覚えのある男がマダラ達を見てあっと声を上げると、目があった状態のまま側まで歩いてきた。遠目でもわかる髭の濃い男だ。カカシと同じ格好をしており、よく見ずとも以前焼肉屋で会った猿飛アスマであることがわかった。
「カカシと団子屋の旦那じゃないか! あと……ど、どうも。団子屋の旦那、ちょうどよかった! すまん、遅くなっちまった。渡したいものがあんだが」
アスマはマダラの隣に立つと頭を下げ、小さなカバンの中から封筒を出すとマダラの手を取りそれを握らせた。
「先日は大変助かったッ。先に代金だけ受け取ってくれないか。改めてあの時の礼はさせてくれ」
「……? 先日? ああ……アレか。受け取ろう。返しに来なければお前の父親に取り立てに行くところだった」
「何アスマ、タジマさんからお金借りたの?」
「あ、ああ、その時持ち合わせが無くて」
「タジマさん俺たちよりウンと新人よ? カツアゲしたらダメでしょーヨ」
「お前が言えた口かカカシ」
「……上忍になっても稼げないんだな」
イズナが小声で呟く。
マダラは軽く中身を確かめると財布が入ってるところに封筒をしまった。カカシがアスマを哀れんだ目で見ているが、自分もついさっき下忍に昼飯を奢ってもらったばかりである事をすっかり忘れているようだ。
「それじゃ旦那、俺はこれで。待たせてるヤツらがいるからな」
「焼肉屋にいたガキどもか。ああ、あの時の分はしっかり受け取った。じゃあな」
去っていくアスマを三人で見送る。
マダラが受け取った封筒の厚さはつまめる程度であるが薄くはない。マダラに借金を返済したアスマの今の懐はあまり豊かとはいえないかもしれない。受け持った班の任務以外にも個人でもいくつか受けていた方が急な出費があっても安心だろう。備えあれば憂いなしだ。
マダラ達がアスマを見送るその少し離れた場所では、仮面の男が影から静かに様子を窺っていた。時々頭が痛そうに額を抑えたり腕を組み直したりしながら。
「……。……?………………は?」