男の指が仮面の下を掴む。食べやすいように仮面を浮かした時ーー
「あ、イズナさん」
「?」
サクラがイズナに話しかけた。イズナは視線をサクラの方に動かす。
「タレが服に」
「え、タレ? ああ、本当だ……」
サクラに言われ目線を下げたイズナは服にみたらし団子のタレが落ちているのを確認した。
サクラが紙ナプキンをイズナに差し出しているため、イズナは受け取るとタレを拭き取り、急いで男の方を見遣ると声を上げた。
「……! なんで⁉︎」
「!」
「え、イズナさんどうしたんですか⁉︎」
イズナの声に男がびくりと肩を震わす。イズナが声を出して驚いたのには訳があった。男の前にある皿の上が全て空になっていたのだ。
イズナは自身が大きな声を出したことにハッとすると、居住まいを正し頭を下げた。
「……」
「ごめん、大声出して。ちょっと……いやすごい驚いたから。すみません。あの……どうやって……その、さっきのおはぎとか団子を」
「…………」
あの量が一瞬で無くなるはずがない。イズナは決心して男に質問する。
男も尾行相手に話しかけられるとは思わなかっただろう。視線がイズナの方を向いたり湯呑みに向いたりと忙しない。
男は無言を貫いた。
そんな時。
「あらぁ……。足りなかったかしら」
店主の声がイズナの背後から聞こえた。
気配もなく背後に立つ店主に、イズナは妙な汗が背中を伝うのを感じた。
(……今気配なかったんだけど。このお婆さん、もしかして昔結構強い忍だったんじゃ)
この時代に来てからは感じていなかった緊張感をイズナは得る。
「今日は作りすぎちゃったのよねぇ。よかったわ。お兄さんたくさん食べる方で。よかったらいっぱい食べてねぇ」
追加のおはぎが男の目の前に差し出された。
「その、もう……」
「苺大福はどうだったかしら」
「……苺の酸味と白あんが良かった……」
(捨てたわけじゃないのか、食べてるんだ……一応)
「あの苺はね、私のお友達が作っているのよ。ふふ、お茶はまだ大丈夫かしら?」
「あ、ああ。結構だ」
店主はにこやかに去っていく。
男の眼の前には、先程完食したはずの物と同じおはぎが二個用意されていた。
イズナだけでなく、サスケもサクラも男のおはぎが乗った皿に注目する。
「……」
「……」
「……」
「……」
男は再び仮面をずらすと、イズナたちからは顔が見えないよう反対側を向いた。
イズナは内心舌打ちし、男にあくまでも気遣うふりをして声をかけた。
「変なとこ向きながら食べるとつまりますよ、喉」
「……平気だ」
「喉詰まったら大変ですよ、前向いたほうがいいですよ」
「……」
男はイズナの言葉に、ゆっくりと正面を向いた。若干浮いた仮面の下からは輪郭が僅かに見えるが、素顔を捉えるには程遠い。
「……食べないんですか、おはぎ。好きなんでしょう、さっき一瞬で食べてたし」
「……やめてくれ。そんなにこちらを見るな」
男がイズナの方に向かって手の平を出し、見るなと顔の前で振る。
「ならアナタも俺を見ないでくれ。ずっと……ね。俺の顔がそんなに気になる? あ、稲荷寿司いります?」
「稲荷寿司はいらん」
「……」
「……」
「イ、イズナさん……?」
「おい、おっさん同士で変なことしてないでさっさと食えよ」
イズナと男はサスケを振り向いた。
(おっさん……俺でもおっさんなんだ。いまの兄さんよりももっと若いのにな……)
(おっさん……顔は見えないはずなのに……。ジジイの演技が染み付いたせいだ……)
地味にサスケの言葉が双方の胸に突き刺さるのであった。
渋々男とイズナは各々の和菓子を食べ始める。男が静かに食べるのを、イズナは遠慮なく盗み見た。
(食べてるけど……食べるときくらい仮面を全部外せばいいのにな、まったく。あー……口元だけか。顔に傷……? 範囲が広そうだな……は? もう一個食べ終わったんだけど)
イズナは団子を口元に運ぶ途中で手を止めた。
男はおはぎを口に入れていたが、無くなる早さはイズナが団子一口を噛んで飲み込むより圧倒的に早い。ほぼ噛んでいないだろう。
(なんだその吸引力⁉)
まるで術を使いおはぎを吸い込んでいるようだ。おはぎを吸い込む術などイズナの知る限りでは存在しないが。
男は素早く一個目のおはぎを消費すると、二個目に手を伸ばしかけ止めた。なぜ手を止めたのか疑問に思ったイズナだが、ふと背中越しに店主の視線を感じた。これは食べ終わった瞬間に追加のおはぎが来ると、男は悟ったようだった。
男は一旦残りのおはぎに手をつけるのをやめると、伝票を持ちレジへと向かった。これ以上は食べない意思を表明するため、先に会計を済ませようという算段だ。
(……奴の残りはおはぎ一個。食べ終わったらすぐ店から出る、か。そのまま尾行はやめるか? 顔くらい見ておきたかったけど……仕方ない。はぁ、俺はまだ食べ終わりそうにないや)
イズナの皿にはまだ稲荷寿司も団子もサクラとサスケに分けられるほど残っている。
会計を終えた男がテーブルに戻ってくる。
厨房の奥からはガサガサとビニール袋のこすれる音と、薄いプラスチックのパックに輪ゴムがぱちんと止められる音が聞こえた。
(なんか厨房から会話が聞こえる気がする。この音……何か包んでるな)
イズナは茶で団子を流し込みながら予測する。まだ食べ終わっていない自分のことではなく、そろそろ退店する男に持たせるためのものだろう。
満腹感にイズナはもう一度茶を飲むと軽く腹をさすった。
(やっと半分……減らないなぁ。美味しいけど稲荷寿司はしばらくゴメンだ……)
当面、稲荷寿司は遠慮したいイズナであった。
木々の間を跳び先を急ぐ人影が森の中に四つ。
サスケから敵の情報を聞きながら、マダラとカカシはナルトの救出へと向かっていた。
ほぼ隣を走るマダラにサスケが敵について語る。
「奴の名は大筒木ウラシキ。俺達が前にいた時代では、そこで狙われていたナルトと三忍の自来也と共にやつを討ち果たした」
「大筒木だと? 伝承で聞いたことはあったが……そんなモノがいまだ存在していたとはな。それがお前らの敵というわけか。狙いが尾獣とは……」
「……」
「何も言わないか」
「俺やボルトの未来に関わることだ。話せる範囲で話すと言っただろ。奴の狙いはお前の想像通りナルトの中の九尾で間違いない。奴が仮に本来の俺達の相手では無かったとしても、変わらず狙われているのはナルトだ」
サスケは落ち着いた声音でマダラに答える。
マダラは真剣な表情でサスケの話に耳をすませ、呆れの混ざった目でサスケに視線を動かした。
「それで? 一度倒したのだろう? 奴との戦いに関してお前らは対策できたのではないのか。それでいてさっきのザマか」
「奴は生半可な相手じゃない。以前も倒すのには苦労したんだ。一度相手をしたとはいえ、今の俺達だけですぐに倒せる程奴の相手は簡単じゃない。団子屋……アンタでもな」
「……俺の戦いぶりを知っているようだが」
「ああ、アンタには散々な目に遭わされてきたからな」
サスケの恨みのこもった声がマダラの耳に届く。
サスケとマダラの会話を黙って聞いていたカカシは、隣を駆けるボルトをちらりと見ながら考え事をする。
(このサスケ、話してる感じだとタジマさんが団子屋で働いていたことは元々知らなかったみたいだな。あのサスケがタジマさんをおっさん以外の呼び方をするとは思えない。タジマさんが言っていたように、俺たちのこの時代とは繋がりがないところから来ているのか)
サスケのマダラを見る目は、完全には信頼しきっていない目だ。いつ裏切られるかわからないと、常に警戒している。
カカシも以前第七班の担当上忍になったばかりの頃は人柱力のナルトの側にいるマダラを疑っていたが、サスケの態度はその時のと似ている気がした。
(……俺たちは未来を知るべきじゃない。だから今の俺たちはただナルトの救出に向かうだけ。けどサスケ、お前には何があったんだ……?)
カカシはよくナルトとサクラの三人で集まるサスケの様子を思い出す。そして最近はイタチの件で苦しんでいたことも思い出す。
「……! 止まれ」
突然マダラがハッとした様子を見せると減速し、三人を立ち止まらせた。
何事だとボルトがキョロキョロしながらマダラに尋ねる。
「団子屋のおっちゃん、どうしたんだよ!」
「……ナルトのチャクラが移動している。里の方に向かっているぞ」
「なんで⁉︎ さっきそっちから来たのに、どうして里の方に移動するんだってばさ⁉︎」
「…………おい団子屋。カラスキはどこにある?」
サスケが苦い顔をすると、声を絞り出すようにしてマダラに聞いた。
マダラは瞳を伏せると、静かに答える。サスケの問いの意味に気づいたのだ。
「……ナルトの家だ」
「父ちゃんの家にあったんかよ! って師匠、急にカラスキ? なんで……あ、もしかして……ウラシキの奴がそれでタイムスリップしたら……! やばい、俺たちがこの時代の父ちゃんを追えなくなるってばさ‼︎」
そして時間移動装置のウラシキを奪われれば、元の時代に戻ることが出来なくなるーー。
カラスキの力で時代を渡ったサスケ達だが、ウラシキもまたそうなのだ。
マダラ達にとってもカラスキはイズナを元の時代に戻すための大事な手がかりであり、みすみす奪われるわけにはいかない。
(ナルトに仕掛けた他の術はまだ破られていない……よその時代になど逃がすものか)
「……フッ」
敵は大筒木。そして時空を渡る装置ーー、世の中にはまだ知らぬことが多くあるのだと、マダラは久方ぶりに感じる体の震えと高揚感を隠すように鼻で笑うのだった。