「……イズナさん大丈夫ですか?」
「うん……まあ、うん」
「先に食べてんなら言えよ。俺たちだって違うの勧めたのに」
「そうだね……うん。言わなかった俺も悪いよね、うん……おいしかったよ……」
イズナは重い腹を押さえながら道を歩いていた。
団子屋で尾行者とまさかの対面を果たしたイズナであるが、先に男が退店した後はゆっくりと残りの稲荷寿司と団子を片付け、後を尾ける気配はないものの念のため遠回りしながらナルトの家へと向かっていた。
(……結構団子屋に長居したな。あいつもいなくなったことだし……。兄さんの方はどうだろうか、見つかったかな)
気持ち悪さを抱えながら、イズナは無表情で道を歩く。里の外れに近いここは人通りもなく、すぐ近くには森も見える。
「……ふぅ」
こんなに食べたのはいつぶりかと思うほど詰め込んでしまった。今の状態で戦場に放り出されたらたまった物ではない。
イズナは少し深めに呼吸すると空を仰いだ。少ない雲がゆっくりと流れる空は、静かな周囲も相まって穏やかさを強調していた。
「空なんか見てどうしたんだ」
「いや、天気いいなって」
「イズナさん……」
そのうち日も暮れ長居はできないが、イズナはもうその辺でいいから横になりたい気分であった。
遠回りして余計に歩いたおかげか多少苦しさは紛れたが、それでも苦しいものは苦しい。
「はぁ……帰ったらちょっと横になっても…………ん?」
「? どうした?」
「どうしました?」
「……んんー……なんか上にいるような……」
「上? なにが……?」
「え? 上ですか……?」
イズナの声にサスケとサクラが空を見上げる。
青空の中にポツンと小さな点が見え、それはゆっくりと移動しながらも徐々にだが大きくなっていた。つまり、何かが降りてきている。
眩しい空の景色の中、微かにだが人影が二つ見えたイズナはスッと写輪眼に切り替えた。
「あれって……イズナさん⁉︎」
「おい、何して」
「二人とも、すぐに木陰に隠れるんだ……早く!」
戸惑いながらもイズナに急かされた二人は近くの森の中に身を潜めると、その背中に守られるような形で身を縮めた。
何かわからないままサクラとサスケはイズナの後ろ姿を見るが、程なくして彼らがいた場所の近くの上空に人の姿が現れた。全身を白い着物で着飾ったこれまた肌も髪の毛も色素の薄い男と、見慣れたオレンジのつなぎを着た少年が男の持つ釣り竿の糸にぐるぐる巻きで捕らわれている。
「……あれってナル、!」
捕まっているのはナルトだとサクラが小声で言葉を発するのを、イズナはサクラの方に手のひらを向け静かにするよう示した。
サクラは口を硬く結ぶと小さく頷く。
(い、いけない、私ったら。ナルトを捕まえてるあの人……なんなのあの格好)
宙に浮く見慣れぬ男の姿にサクラは不安そうにナルトを見遣る。
ぐるぐる巻きにされているナルトはもがきながら男に訴えた。
「……オメェなんかに教えるわけねぇってばよ! てかいい加減放せって!」
「デタラメ言って連れて行かないつもりですね……ふむ……まあいいでしょう。自力で探しますとも。この煩い口も、死なない程度に黙らせれば良いだけですしねぇ」
「⁉︎ クソッ、こんな縄なんて!」
ナルトは淡く光る釣り糸から逃れようと更にもがく。
だが糸は全く緩みそうにもなく無駄に体力を消耗するだけであった。
イズナは釣り竿の男の方に注視する。不気味なほど白く特徴的なその姿は、異質さをより醸し出している。
(……あいつの目の色、普通の瞳じゃないな。白眼か……? 日向一族には見えないけど……ああ、こんな時視力が落ちてなければ。あの糸もナルトがもがいてもびくともしない。そもそも釣り竿自体動いてすらいない。頑丈にも程があるだろ。武器もない中、どうやってナルトからあの釣り糸を外す……?)
火遁で焼き切ろうにもそもそも着火すらするだろうか。
男の白い手がゆらりとナルトの腹部に伸びる。ナルトは避けようと身を捩らせるが、無情にも糸は全く緩まず男の手が服越しに触れた。
「⁉︎ な、何すんだってばよ」
「解けないならば……さっきのように残りもメチャクチャに壊してしまえば良いと思いません?」
「! 残り? って……んなの、さっき出来なかったのに出来るわけ……!」
ナルトの表情に焦りが生じる。
イズナはサスケ達と団子屋へ向かう前にマダラが言っていた言葉を思い出す。
『……ナルトにかけていた術が破られた。それも強引にな』
(兄さん、ナルトに何を仕込んでたんだ……?)
人に仕込むとすれば呪印か札か。操るのが目的でなければ封印術の類か。仮に封印術だとしてなぜナルトに仕掛けられているのか。ただの子どもに何があるというのだろう。この男の狙いは、マダラが術をかけたことと何か関係があるものだとでもいうのか。
「……」
「……」
「……」
イズナの背中に隠れながらサクラもサスケも息を潜めるが。このままではナルトが危険だ。動き出したそうな二人の気配に、イズナが片手を後ろに回し大人しくしているようにと制す。
「……ッ……やめ!」
ナルトの焦った声が聞こえた瞬間、イズナは男に向かって足元にあった石を投げつけた。男の不意をつくと同時に、印を結ぶと息を大きく吸い込み間合いに飛び込む。
「……」
「……フッ、ネズミがノコノコと……無駄ですよ」
男はイズナを視認する前にニヤリと微笑んだ。
イズナが結んだのは火遁の印。男はまるでイズナがどんな術を使うのかわかっているかのように余裕の笑みを浮かべ続けた。男はねっとりとした笑みのままするりとナルトに纏わせていた釣り糸を解くとイズナに向かって素早く飛ばす。
(! 糸を解いた……! かかったな!)
写輪眼の視界は糸の動きをよく捉えた。
イズナは素早い足取りで釣り糸を避けると、宙に放り投げ出されたナルトが再び回収される前に跳躍し受け止めに行く。
ずしりとした重みがイズナの両腕に伝わった。
「うわぁっと! え、兄ちゃん⁉︎ なんでここにいんの!おっちゃん達と映画見に行ってんじゃなかったのかよ!」
「ちょっと暴れないで、出そう。あと映画は終わった……。他に変なことはされてないね?」
「変な……あ! なんかアイツが勝手にぐるぐる俺のこと巻いて連れてったかと思えば、なんか知んねぇけど俺のことベタベタ触ってからめんどくせぇって!」
「……まあ、とりあえず……そこのお前、この少年を攫ってどうするつもりだった?」
「よく糸の動きを見切りましたね。フフフ……私の目的はその少年そのものではありませんよ。彼の中にある物を返しにもらいに来ただけです。私も出来れば争いたくありませんからね……どうでしょう? その少年から私たちの物を返していただければ、今回は見逃して差し上げますよ?」
「お前らの物……?」
イズナが訝しげに眉を寄せる。
ナルトは俯くと、先程男に触れられたところに視線を移した。イズナは目を男から外すことなくナルトに問いかける。
「……ナルトは、アイツが言ってることが何かわかってる?」
「…………いや、わかんねぇ。コイツはずっと昔から、生まれた時から俺と一緒に在るってばよ。あんな奴に返すとか……借りてんのとか、んなもんねぇよ」
「……だそうだけど?」
「……フン」
ナルトの回答に満足のいかなかった男の表情が冷たく変わる。
「はっきりと言わないとわからないようだな、能無しが……」
「……口悪いなお前。それが本性だろ」
「返す気がないなら、貴方の中の狐……奪うことにしましょう」
「……キツネ?」
「だーかーらー……オメーに返すモンなんてねぇつってんだろ! 」
ナルトはイズナに抱えられた状態のまま男をびしりと指差した。
苛立ちの募った男は釣竿を強く振り翳す。鋭い鞭のようにしなった釣り糸がイズナ達に襲いかかるが、イズナは写輪眼で糸の動きを読み避けた。
(気持ちわるい……よりにもよって今こんな状態で。いつ何があるかわからないのに満腹状態になるなんて、俺も気を抜きすぎだ。動きにくいったらありゃしない……けどやるしか無いな。というか里にこんな奴が入り込んでるけど、警備とか大丈夫なのここ)
周囲の気配を探ってみれば、普段はマダラに付いている監視の男はまだ側に居るようだ。茂みにはサスケとサクラがまだ隠れている。監視役に先にあの二人を避難させた方が良さそうだ。
イズナが考えていると、腕の中のナルトがイズナの服を掴んで言った。
「イズナ兄ちゃん、俺下ろしてくれ! 今度はもう捕まんねぇから!大丈夫だから!」
「……その言葉信じるよ? わかってると思うけどアイツはただ者じゃ無い。者……いや、人間かどうかも怪しいな」
近づいた事によりはっきりと見えるようになった男の瞳は、イズナが知る瞳術の中でも特出して異様な模様をしていた。
(日向一族の白眼かと思ってたけど、よく見れば違う。まさか切り替えられるのか……? 白眼を? 聞いたことない。あの瞳はなんだ……何か特殊な能力でもあるっていうのか)
戦の落ち着いた未来に連れてこられたかと思えば、まさか敵対していた少年のことを守って戦う事になろうとは。
未来はわからないものだ。
(兄さんも探しているはずだ……そのうち来る。アイツがどんな術の使い手かわからない以上下手に術は打てない。兄さんとカカシが合流するまでの時間稼ぎなら、俺一人でも)
先程イズナが茂みから飛び出した時のことを思い出す。かなり余裕めいた男の態度に、まるでこれから起こることを予知していたかのようだった。
男は穏やかそうだった態度を完全に潜めると、宙に浮きながら面倒そうにイズナとナルトを見下ろして言った。
「……貴方を殺してから狐はいただきましょうかね」