ナルトが帰って来ない。
今日は卒業試験のあった日だ。
合格していれば嬉々として家に帰りマダラにそのことを報告するだろう。
だがいくら待てどもナルトは帰って来なかった。
マダラも昼は留守にしていたこともあり、ナルトが友人らと遊びに行った線も考え待っていたのだが、日が暮れても帰ってくる気配がない。
一度家の周りを捜索してみたが、見当たらなかった。
(どこに行った。火影のところか?)
ナルトが一人で修行しに行った日などは帰りが遅くなることはあったが、最近は夕飯時には家に帰ってきていたため、試験のあった日でもあり心配になってきた。
ナルトが一人で里をうろつくことを周囲の人間は良しとしない。
何かに巻き込まれていたとしても、助けの手を差し伸べる奴はいないだろう。
(いや、一人はいるか。たまにナルトの後ろにいる日向一族の女がいたな)
少女は白眼を持っていた。日向一族の人間だろう。
校庭の掃除を任されアカデミーに班員と行った際、遠くから見かけたことがあった。
あの少女の目には、里の人間がナルトに向けるような悪意の色はなかった。ナルトとは親しいのかよくわからないが、悪い仲ではないのだろう。
あとは担任のうみのイルカくらいだろうか。
火影のヒルゼンは、里とナルトを天秤にかければ里を選ぶに違いない。火影とはそういう立場である。
色々とマダラは考えるが、行方を知っていそうなヒルゼンの元に向かおうとアパートを出たのだった。
マダラはヒルゼンがいそうな火影室のある塔に忍び込むと、倒れている人影を見つけた。
その人影はまさに探し人のヒルゼンであった。
ヒルゼンの顔には鼻血と思われる物が垂れ、周囲にも飛び散っている。
(奇襲か!)
マダラは自身が忍び込んでいることについては棚に上げ、ヒルゼンに駆け寄ると老体を抱き起こした。
「おい! 誰にやられた」
「……む、むむ、ん? お主なぜここにおる?」
「いいから答えろ」
「…………ナルトじゃ」
「は?」
「ナルトじゃよ。あやつめ、また精度を上げおって……あれは危険じゃのう」
「……は?」
「だからナルトだと言うておるじゃろうが」
「……ナルト?」
マダラはヒルゼンが言ったことが理解できず何度も瞬きした。
ナルトが何かしたせいでヒルゼンが倒れていたことになるのだが、いったい何をしたのか。
こんなに鼻血を撒き垂らすような事態を引き起こすなど、ヒルゼンの着物は大惨事な状態である。
ヒルゼンはマダラが驚きに顔を引き攣らせているのを見ながら気まずそうな、そして悩んだ表情を見せると、苦々しく言葉を絞り出した。
「ナルトがここから禁術を封印した巻物を持ち出してしもうた」
「禁、術……だと?」
マダラはピクリと片眉を上げる。
「巻物が他の者の手に渡る前に、ナルトを見つけ出さねばならん。タジマよ、探してくれるか」
「……ったく、巻物の管理状況はどうなってんだ。それで、ナルトの行った先に心当たりは?」
どんな禁術かは知らないが、封印してあるのであれば使用者にとって危険な術であるか、周囲へ甚大な被害をもたらす様な術なのだろう。
ナルトが盗み出した巻物を誰かに奪われれば、下手すれば里の危機を招きかねない。
「そう遠くへは行っておらんはずじゃ。お主の方がよくわかっておるのではないか」
「……いつもの修行場あたり、か」
「とにかく、里の外に持ち出されるわけにはいかん。これから他の者たちに招集をかけるが……、誰よりも早くナルトを見つけ出すのじゃ」
「はぁ……里の危機管理体制について話をする必要がありそうだな」
「……」
マダラはこの里に来てからというもの、ヒルゼンに言いたかったことが山の様に積もっていた。
木の葉の里にとっての脅威であるはずの自身を里の一員として受け入れ、加えて人柱力の側に置くなど、正気だと思えない。
マダラが未来の情報を調べようとしたところで監視の目もあり多くは得られないのだが、一般の里の者が知れる程度のものであれば簡単に情報が手に入るのもかなりゆるい監視体制であった。
今回についてはそれらの積み重ねもあり、幼い子どもに巻物を簡単に盗まれる様な状態で管理していることにも腹が立ってきたのだった。
(どいつもこいつも、柱間か! 周りの人間を信用しすぎだ)
マダラは堂々と廊下を歩いて外に向かった。
ヒルゼンも人を呼び始めたのか、夜の里を駆ける忍の姿がちらほらと見える。
(今回ばかりは悪戯じゃすまねぇぞ、ナルト)
正直マダラからすると、里がどうなろうがどうでもいい……とは思いつつもなんだかんだ二年過ごした中で、族長だった頃には経験しえなかったことも多々あり、思い入れが全くないわけでもなくなってきていた。
面を割った監視役の忍ともずっとの付き合いとなり、下忍になってからというもの、必ず任務の際は班員には彼らがいた。
そこにはヒルゼンの采配もあるが、近頃は趣味がどうとかの話もされる様になり、里に来たばかりの頃と比べると、それは監視者と対象者の関係ではなくなっていた。
マダラは律儀に二年もの間大人しく過ごしていたおかげで、緩い監視体制の下、過ごすことが出来ているのだった。
夜の里の中を、足音を立てずにマダラは走る。
さっさとナルトを捕まえて巻物を返し、さっさと家に帰るのだ。
目立つようなことはしたくない。
そして家に帰ったあとは、ナルトにはきつく言い聞かせるのだ。
禁術の持ち出しについては、どんな危険が伴うのか理解してもらわなければ。
手の焼ける弟がいるみたいだと、マダラは走りながらまたため息を吐いた。まだうんと実の兄弟たちの方が大人しく、騒ぎを起こす様なタイプではなかったとは思っているが。
禁術を覚えたからといって、万人が使いこなせるものでもない。
習得したところで、それが命取りになることもある。
そもそも何故ナルトは巻物を盗もうと思ったのか。
よく修行場として使っている森に、マダラは急ぎ足で向かう。
(大体、巻物の存在なんて知っていたのか……あのナルトだぞ)
もしや誰かにそそのかされたのではと気づいた時、マダラの心に焦りが生じた。
ナルトを使って禁術を盗もうとした奴が、この里にいる。
マダラは修行場にたどり着くと、辺りをよく見渡した。
だがナルトの姿は見当たらない。
足元をよく見れば足跡があり、来てはいたものの場所を変えたようだ。
マダラは森の中を移動した。
木の葉で月明かりが遮断され、視界は良いとは言えない。
この里では一族が滅んでいる今、無闇矢鱈と使うべきではないと分かってはいるものの、マダラは久方ぶりに写輪眼に切り替えた。
ふと足元に血痕があるのを見つけた。
乾いていないことから、近くに誰かいるようだ。
気取られない様に慎重に辺りに目を凝らせば、少し離れたところにチャクラの反応が見えた。
ナルトがいる。
だが他にも人がいた。
マダラはそこへ駆け出していく。
がさりと草をかき分け飛び出ると、大量の術の発動音を聞いた。
視界が辺り一面オレンジに染まり、それがナルトの分身、否、影分身であると気付くと、同時に目の前で一人の男がぼこぼこに殴られていくのが視界に映った。
視界の端に見覚えのある男の姿が見え、マダラはそちらを向く。
イルカであった。
戦闘があったのか、彼の身体は傷だらけである。
程なくしてナルトの影分身は解かれ、中からばたりと男が倒れて現れた。
殴られていた男はアカデミー教師の一人、ミズキという男である。
ナルトはミズキが大人しくなったのを確認すると、イルカの元に駆け寄った。
朝日が上り始め視界が良くなると、ナルトはイルカの側にマダラがいるのに気がついた。
「あれ!? マダラのおっちゃん!? なんでこんなところにいるんだってばよ!?」
「え、マ、マダラ?」
「タジマだ。……ナルト、後で話がある。イルカだったか、その怪我はどうした」
「タ、タジマさん、ですよね、はは……大丈夫です。大した怪我じゃないですから」
マダラはナルトに目だけで気をつけろと訴えた。
イルカの話はよくナルトから聞かされていた。
アカデミーの中では一番ナルトに親身になってくれている教師である。
マダラはアカデミーから帰ったナルトに、イルカ先生がー、イルカ先生にーとよく話を聞かされていた。
顔岩に落書きをしたナルトのことを、真剣に叱ってくれた男でもある。
マダラから見てイルカは強者の部類ではないが、教え導く者としてイルカ程の適任者はいないだろうとは思っている。
イルカはゆっくりと立ち上がると、ナルトの背丈に屈んだ。
そしてナルトの頭にあるものをくくりつけると、にかりと笑った。
「今日からお前も一人前の忍だ。卒業おめでとう、ナルト」
思わず目を見開いたのは、ナルトに黙っておこうと思ったマダラであった。
(タジマさんが現れた時、瞳が赤く見えたのは気のせいか……?)
イルカは喜ぶナルトを見つめた後、タジマの方を見遣り胸の内でつぶやいた。