「ナルト、うそ……タジマさんて、そんな」
「それが嘘じゃないんだってばよ、サクラちゃん。……サスケ? おーい、サスケ? 動かねぇけど、大丈夫?」
「……」
「サ、サスケくん……こんな身近にいたんだものね……まさかタジマさんが町内会の人だったなんて」
「サクラちゃん⁉︎ ちょっと違うってばよ⁉︎」
「わ、わかってるわよ」
サスケにとっては余程衝撃の事実だったのだろう。マダラの正体に気づいてからというもの、ナルトが揺さぶってもサスケは黙ったままだった。
あの夜、確かにイズナはサスケに兄の名前を教えていた。それなのになぜピンと来なかったのだろうか。
「そ、そういうこともあるわよね?だって昔の人だもん。ね、ねぇ、ナルト?」
「うんうんうん、俺もおっちゃんいなかったら誰かわかんなかったし」
「それはもう少し勉強しなさいよ」
「……おっさんが」
「ん? うん、おっちゃんが?」
「タジマさんが?」
「うちはマダラだと……?」
「う、うん。まあ、おっちゃんがそうなんだけど」
「サスケくんは流石に知ってるわよね」
「……」
「サスケくん?」
サクラの問いかけにサスケは答えなかった。
「タ、タジマさんのことなのに何でサスケくんに聞くのかわからなかったけど、そういうことね。でも昔の人だし残ってるのかしら。調べるとしたら里ができる前の事よね?」
「……里がほとんど押収したはずだ。戻って探したとこで、んな重要そうな物残してるわけが……」
サスケは考えるようにして瞼を伏せた。
大まかな出来事の記録はあれど、イズナの死に関する記録などあるだろうか。過去でマダラが日記をつけているとも思えず、ナルトたちは頭を悩ませた。
不意にナルトが遠くを見据える。
「……どうしたの、ナルト?」
「もしかしたら……」
「「もしかしたら?」」
「じーちゃんとこならなんかあるかもしんねェ」
「火影様の?」
サクラはまさか忍び込むつもりかと尋ね、ナルトはゆっくりと頷いた。
「そんなの無理よ。火影様のところにあったとして、どこに何の資料があるかわからないのに」
「俺昔忍び込んでるから行けると思う」
「何してんのよ⁉︎ ていうかいつ⁉︎」
「卒業する時。じーちゃん家けっこうチョロいぜ?」
「アンタねぇ……」
火影様になんてことをと呆れるサクラであった。
考え込んでいたサスケが口を開く。
「火影のとこに行くかはさておき……記録を残しているとも限らない。探せばあるんだろうけどな。ただ俺たちが知りたいのは木ノ葉の里が出来る前のことだ」
サスケはこの間里に帰ってきたイタチのことを思い出す。イタチなら何かしら知っていそうだが都合よくその辺を歩いているわけもなく、すぐに頭の中からかき消した。
「んー、まっ! とりあえず、イチャパラは取りに行った方がいっか」
「すっかり忘れてた。まさかイズナさんもハマるなんて。みんなで映画も行っちゃって……」
「おっさんが読んでるくらいだしな、その弟なら同じ趣味持っててもおかしくない。合点がいく」
ひとまずナルトたちはイズナに頼まれた本を取りに向かうことにした。
ところ変わって病院では、マダラがイズナに今後のことについて話していた。
「上の方針では、お前が動けるようになり次第元の時代に帰すつもりでいる」
「……で、動けたら明日にでもって?」
「まあそうだが、無理だろ」
「……兄さん」
天井のシミを眺めながらイズナはマダラの話を聞いていた。話の内容の殆どは、先程訪れていたナルト達から聞いたものと大差ない。
イズナに呼ばれたマダラがイズナの顔を見る。
「なんだ、イズナ」
「戻るなら、なるべく早くがいい。それなら今夜でも」
「今夜だと? その状態で戻って向こうの人間にどう説明するつもりだ」
「今夜って言ったのは例えだって。でも、本当に早い方が良い」
「……」
「兄さん?」
マダラは黙るとイズナを見下ろす。その目の色は明るいものとは言えない。
「……兄さん、言いたいことがあるなら言いなよ。どうせ俺は忘れる」
「……」
「じゃあ俺から。この後ナルト達が兄さんのイチャパラを持ってくると思うけど」
「俺のじゃない、元々カカシのだ」
「貰ったのなら兄さんのだよ。じゃなくて、あの三人が戻って来たらだけど」
記憶を消そうと思うーー。
イズナはそう言った。マダラは特に驚かず、イズナに理由を尋ねた。
「元の時代に戻れば二度と会う事はない。さっきちょっと引き止められたんだ、無駄なのに。忘れてれば辛い思いをすることもない」
「それで良いのか」
「ああ、それで良い……というか、その方が良い。それが彼らにとっても俺にとっても最善の選択だろう」
「……」
「自分でやるからいいよ、気にしないで。何、まさか兄さんも俺を引き止めたい側? 嫌だなァ、寂しい?」
「……イズナ」
「寂しいよね、そりゃ。寂しく思ってもらえなきゃ、虚しいや」
「イズナ」
「大丈夫だ兄さん、安心して。過去は変わらないから」
「お前……まさか」
そう言った後、イズナはマダラから目を背けた。
窓の外、空の上の雲が日の光を遮る。陰った部屋は、まるで二人の心情を表しているかのようであった。
日が傾き夕日が部屋を照らす頃、ナルト達はイズナの病室に戻ってきた。ナルトが手に提げている紙袋いっぱいに詰められた本は、持ってくると言ったイチャイチャパラダイスだ。
「兄ちゃーん、持ってきたぜ」
「ああ、三人ともありがとう」
ナルトがイズナのそばの小さな棚に本を置く。痛みを堪えながらイズナが起きようとすると、慌ててサクラが止めようと駆け寄ってくるが大丈夫だと言ってそのまま起き上がった。
「三人ともどこか行ってきた? 思ったより時間かかってたね」
「えっと私たち」
「おっちゃん来てたし、話長そうだと思って里の中回ってた」
「おっさんは?」
「あの人なら少し前にカカシが呼びに来てどこかに行ったよ。用事でもあった? すぐ戻ると思うよ」
「カカシ先生も来てんだ」
ナルトはカカシが来た痕跡がないか病室内を見渡した。先程来た時と同じ殺風景な部屋は、イチャパラが増えた以外変わり無さそうである。
イズナがベッドの端を軽く叩くと、ナルトがそこに腰掛けサスケとサクラは囲むように近づいた。
「それで、里回って何してた?」
「えっとー……」
ナルトの目がサスケとサクラの方に泳いだ。
里の中を歩いていたそうだが、果たしてそうだろうか。
サスケが鞄の中を漁ると、イズナの布団の上に一つの冊子を落とした。経年でシミのある焼けた表紙は、よく見れば日付が記されており日記のようだった。
「見つけた。たった一冊」
「見つけた? 何、コレ」
「俺の旧い家に残されていた」
「サスケの古い家……て、里回ってたんじゃなくてわざわざ昔の記録を漁りに行ってたのか。はぁ……余計なことはするもんじゃないよ。コレは持って帰るんだ」
「帰らない。時間もない。手掛かりはこれだけだ。なんでこれが漬物石と一緒にあったのか知らない。が、この手記にはアンタの名前が載っていた」
(漬物石……俺じゃなくて、ちがうどこかのイズナって人のレシピ本か何かなんじゃ)
サスケの話を聞いたイズナはそんなことを思った。
イズナの名前自体は女性に使われることも多い。年代からして、サスケの曾祖母くらいの年齢の人間ならば名前くらい知っている者がいてもおかしくは無いが、そうではなくとも同名の人物がいたことも考えられる。
人の日記に名前を書かれるような出来事が思い出せないイズナは、きっと同名の別人のことだろうと踏んでいる。
「に、兄ちゃん、俺たちは」
「ナルト。サスケが持って帰らないなら君が持って行って」
「け、けど」
「……戻ったら、といってもすぐにどうこうなるわけじゃないだろ? どこで死ぬのかなんてわからない」
「それはそうだけど!」
「この手記が何かは知らない。俺は開くつもりもないし、これに頼る気はないよ。悪いけど、君達の中では戦は終わった事なのだろうけれど、俺の方は終わってないんだ。仲間に示しもつかない。だからやるべき事はやらないと」
「イ、イズナさ」
「だから……」
「え」
「あ」
「!」
イズナは言葉を切ると写輪眼を見せた。
驚く三人が動く前に、記憶を操作するための幻術を仕掛ける。
イズナとは出会っていなかったことに、そしてこの病室に来たのはマダラからこの部屋の人物に本を届ける遣いがあったからだということに記憶を書き換えるのだ。
(強い幻術では無いから、任務に支障は無いはずだ。ごめんね)
程なくして書き換えが済んだのだろう、ぼうっとした表情になった三人にイズナは笑顔を見せると口を開いた。
「……ありがとう! 急いで届けてくれて」
「え……あれ、私達」
「んえ⁉︎ あ、あれ、俺なんで座って、あ、本……あれ?」
「……?」
依頼人との距離が近いことに気付いたナルトがベッドの端から飛び降りるとイズナから距離を取る。
「後でタジマからお礼はもらってね?」
「おっちゃんから? えっと兄ちゃんって」
「団子屋の客の一人だよ。怪我して入院してるんだ。さ、お疲れ様」
「に、兄ちゃんって」
「さあさあ、忙しいだろ? 俺のことはいいから」
「で、でも」
「何? 俺に用事でもあった?」
「あった……気がしたんだけど、なんだっけ」
「ごめんなさい。ナルト、行きましょう? 長居するのも失礼よ……」
「……」
サクラに促されナルトは後ろ髪引かれる思いで病室を後にした。
病院を出てからというもの、ナルトは何かしようとしていたのではないかと妙な不安に駆られ難しい顔をしながら歩いていた。サクラも何か気になることがあるのか、時々顎に手を当てながら歩いていた。
そんな二人と同じようにサスケも違和感を感じているのか、病室を出てから妙に静かであった。
「なんかあの兄ちゃんに言いたいことあったような……なんだっけ」
「私も何かあったような気がするのだけど……サスケくん?」
「サスケ? そういやさっきから全然喋ってねぇけど?」
「……」
二人がサスケを振り向くが、サスケは何も喋らなかった。サスケの中でも妙な違和感が渦巻いており、必死にそれがなんなのかを頭の中で整理していた。
サスケの背中を嫌な汗が伝った感覚がした時、頭上を一羽のカラスが飛び去った。
その羽音に反応したサスケがカラスを見上げる。カラスから抜け落ちた羽がサスケの視界で舞い足元に落ちた。それをそっと拾い上げると、不思議と違和感が和らいだ。
「……」
「サスケ?」
「サスケくん?」
こてりと首を傾げる二人を他所に、サスケはぎゅっと両手の拳を握りしめた。