「今からこれでお前がいた時代まで遡る。合図があったら俺の術でお前はこれまでのことを忘れる。異論はないな」
「……勿論」
「イズナさん……」
周囲には光が舞い、そして宇宙を思わせるような景色が広がる。
その中でイズナ達は大きな円盤の様な床の上に立っていた。サスケとボルトが、カラスキを間に挟みイズナと向かい合う。
だが突如聞こえたどさりと人が転がる音。カラスキの術式が動く中、聞こえるはずのない物音に一同は振り返った。
「ーーッ、ここは」
「誰だってばさ! ……って、ええええ、なんでサスケさんがいんだってばさァ⁉︎」
皆が振り返った先には、ナルトと共にイズナを追いかけて来た少年のサスケがいた。
イズナは目を見開き驚いた。
「サスケェ⁉︎ なんでここに」
「! 見つけた、うちはイズナ‼︎」
「ええ⁉︎ サスケなんで覚えてるのか⁉︎」
皆反応はそれぞれである。
イズナは驚愕すると同時に、今にも殴りかかってきそうな勢いでこちらに向かってくるサスケに後退りした。
「テメェ、俺に幻術をかけやがったな!」
「やっぱり覚えてる⁉︎ なんで知ってるのさ、それを!」
サスケが掴みかかろうとするのをイズナはサッと避けると、何を思ったのか逃げた。走り出そうとしたところで脇腹に引き攣った痛みを感じたため小走り程度だが。
イズナとサスケは床の端の方まで走って行った。
「逃げるなァ! この!」
「……はぁ、捕まった。そりゃそうだ、俺怪我人だし」
イズナは負傷中だ。逃げ切れるわけもなく、あっさりとサスケに追い付かれた。
「なんでッ、アンタはこれでいいのかよ!」
「……」
「勝手にナルトやサクラまで記憶を消しやがって……っ! 勝手にいなくなろうとしてんじゃねェよ!」
「それは……悪いと思ってる」
「サ、サスケさん、落ち着けってばさ」
「お前、この前いたやつだな。だいたいお前は……お前らもなんなんだよ!」
「サスケ、落ち着け。ほら、一回深呼吸でも」
イズナには色々と言いたいことがあるのだろう。サスケは興奮状態のようで、離れた場所にいるボルトから制止する声が届いても聞こうとしない。
「どうにか、どうにかなるかもしんねェだろ。なんで最初から諦めてんだよ!」
サスケは荒い呼吸を繰り返す。
感情が昂り熱がこもったサスケに、イズナの声が優しく落とされる。
「……サスケ」
「……ッ」
イズナはサスケの両肩に手を置くとそっとなだめた。
サスケは怒鳴りたかったが、唇を噛み怒りを抑えると少し俯いたイズナの表情を見て息を呑んだ。イズナの表情は過去の時代でマダラと出くわしてしまった時と同じ顔をしていると、何故かそうサスケは思った。その顔にある色は、未来を憂う感情だけでは無いのだろう。
程なくして、イズナの口がゆっくりと開き言葉を紡いだ。
「……サスケ?」
「……」
「サスケ、聞くんだ。俺はね……言ったけど死にに行くわけじゃないんだ」
「……そ、れは」
「死にに行くわけじゃない。けれど戦がある。君に大事な仲間がいるように、俺にだっている。わかるね?」
「……んなの、わかって」
「だから、サスケ達とはこれでお別れだ。俺達が別れたからってそれで終わりになるわけじゃない。俺が生きた先、未来にはサスケが……サスケ達がいるだろ? 終わりじゃないんだ、俺達は繋がったままだ。この縁は途切れない」
「……」
イズナの言葉を聞いたサスケの心が落ち着いていく。
サスケは唇を痛いほど結び、悲痛な面持ちでイズナを見つめた。これ以上何を言っても、イズナの意思が変わることはないのだろう。
イズナは静かになったサスケの様子にコクリと頷くと、宙に浮くカラスキの側に立つボルト達を振り返った。
「……すまない、このサスケを元いたところに戻してくれるかな」
「ああ」
答えたのは大人のサスケだった。
突然の幼い頃の自身の乱入には驚いたが、このまま少年時代のサスケもイズナも元の時代に戻せば全ては丸く収まるというもの。
だがカラスキの術の外に放り出そうと大人のサスケが動こうとした時、グラリと大きく足元が揺れた。そしてこの空間では生じるはずのない大きな風が吹き荒れた。
『警告、警告。時空間に何らかの接触アリーー。皆様方、どこかにお掴まりください』
「ちょ、カラスキ!掴まるって、どこにだってばさァ!」
なかなか止まぬ強風に、吹き飛ばされまいと皆堪える。
イズナはサスケが飛ばされないようにと腕を伸ばし側に引き寄せよう試みるが、突如サスケの位置だけ風の流れが変わった。
「⁉︎」
「!」
イズナの前で、サスケが足場の無い方へと放り出される。
イズナは咄嗟に掴もうと急いで手を伸ばすが、怪我の痛みのせいで動きが遅れた。
「サスケッ! グッ……」
「ハッ⁉︎ サスケさん⁉︎」
「くそ、間に合うか!」
ボルト達の方からも焦りの声が聞こえるが、吹き荒れる風のせいで間に合いそうに無い。
落ちるーー、そう少年のサスケは思いながら遠くへと引き寄せられていく。遠くへと引きずられるそんな感覚の中、星が瞬く夜空のような景色の中から黒い影が目の前に降った。
サスケの、イズナに向かって伸ばしていた腕を空から落ちた何者かが力強く掴む。
夜空から落ちてきたのはーーマダラだった。
「お、おっさん⁉︎」
「兄さん⁉︎」
足場の淵から顔を覗かせるイズナとボルト達の顔を見ながら、サスケとマダラは風に流されて行った。
サスケ達の姿が見えなくなった後、円盤の床の上でイズナは膝をつくと呆然と無限に広がる星空の足元を見下ろし続けた。
ボルトと大人のサスケも、イズナと同じように見下ろし続けている。
「サスケ……兄さん……」
「お、落ち……落ちて……」
「……」
二人が落ちて行った後、気付けば風は止んでいた。
暗い夜の中を落ちていたかと思えば、サスケはマダラと共に青空の下に放り出された。
地面までは少し遠い。このままでは打ち付けられる。
サスケは身を捻り、チャクラを練り着地の衝撃を和らげようと試みた。
勢いは殺しきれないだろう、来る衝撃に備えサスケが歯を食いしばった時、共に落下しているマダラが動いた。
淡い光がサスケ達を包みこむと、二人の足がつくよりも前にそれが地面を強く蹴り大きな音を立てながら着地する。
「……お、っさ」
「サスケ」
光の中で二人はゆっくりと地面に足を付ける。
二人を囲っていた光が消えると、サスケはマダラを見上げた。普段からマダラは機嫌の良さそうな顔はしていないが、いつも以上に険しい表情と声音にサスケは肩を震わせる。これは完全に怒っている。確かめる必要がないほど一瞬で分かった。
何年か一緒にいたナルトですら味わったことがあっただろうかと思うくらいには、サスケは身がすくむ思いがした。
「いつからあの場所にいた」
「……き、昨日の夜」
「つまりお前ら二人は火影の目をも掻い潜って里の外に出たわけだ。それも一晩……そうだな?」
「あ、おっ、さん」
「何故あの場所に来た」
「そ、それは、あいつが」
「ナルトか?」
「違う、ナルトじゃない。イズナ……うちはイズナだ! おっさん、俺たちはただアイツと話がしたくて、それで」
「……」
マダラは冷ややかにサスケを見下ろす。
サスケは口の中にどんどん溜まっていく唾を飲み込むと、必死に目を逸らすまいとマダラを見上げ続けた。ここで目を逸らせば後ろめたいことをしたのだと認めることとなる。そんなやわな意思で、サスケもナルトもイズナを追いかけに来たわけではないのだ。
「言い訳はそれで十分か?」
「……」
「お前らは班に所属している今、カカシの保護管理下にある。監督責任のあるカカシの許しなしに独断で里を出たとなれば、カカシや今回は付いてこなかったサクラにどんな罰則があるか考え付かなかったか?」
「! んなのは」
「サスケ」
マダラの声が低く落とされる。
「たった一つの行動がお前らの今後を左右することになる。良かれと思った事も、それが功をなすとも限らん。良くも悪くも、所詮結果は結果だ。今回のお前達の行動でカカシとサクラが里から爪弾きにされることになるかもしれないこともな」
「ア、アイツらは関係ねぇだろ」
「どうだかな。お前とナルトはそうは思わなくとも、里の他の連中はどうかは知らんぞ」
「……」
「……」
忍の里抜けは重罪だ。だがサスケもナルトも木ノ葉隠れの忍を辞めるために里を出たのではない。里に帰った後でお咎めがあろうとも、カカシやサクラにまでは及ばないだろうと考えていた。
しばらくマダラと睨み合っていたサスケだが、カカシとサクラの名前が出てからは手が震え出していた。
マダラはカラスキの術から外れていることを周囲の景色で判断すると、いるであろうカカシとナルトを目で探す。
(このくらい言っておけばもう勝手なことはすまい……はぁ)
周囲は特に変わった様子はなかったが、ナルトとカカシの姿は見えなかった。
だがマダラは木陰に何者かが潜む気配を察知した。その人物は大きな地図のようなものを広げながら、唖然と立ち尽くしマダラ達の方を見ていた。
サスケもマダラの視線の先を振り返る。その先には長髪の男がじっと固まっており、
「……おっさん、アイツは」
「……は」
「……マ……マ……マ」
男の服はヒルゼンがよく着ている装束に似ているだろうか。
男が言葉を話すよりも前に、マダラはサスケの襟首を掴むとこの場から離れようと動いた。姿をくらませるべく午の印を結び術を放とうとした時、男が全力で腕を振りながら叫んだ。
「待っ、待つんぞ! マダラ!」
「……柱間か?」
「お前、四年もどこに行っていた! 皆が探していたんだぞ!」
「……どういうことだ」
「おっさん……?」
男は柱間であった。
また穢土転生の術かと警戒したマダラだったが、冷静に柱間のチャクラを分析してみればそれが死者のものではないとすぐにわかった。
サスケはマダラの正体を知っているが、そんなことは知らないマダラは柱間が名を呼ぶ度に眉間に皺を寄せる。
「ところでマダラ、この少年は……」
穢土転生ではないことがわかってもマダラの警戒は緩まない。
マダラの厳しい視線を受けながらも、柱間の視線はサスケの方へと動いた。柱間の片手が口元に添えられ、マダラに囁くように言葉が呟かれる。
「まさか……隠し子か?」
「ッ、んなわけがあるか!」
警戒するのがアホらしいと、マダラは声を張り上げ鋭く柱間にツッコンだ。