「昨日から寅の印なんか結んで、何かの術か?」
「千年殺し! いつか仕返ししてやるんだってばよ!」
「せん? 千年……なんだって?」
ナルトは何もない空間向かって、結んだ寅の印を突き出した。
それぞれ任務に向かう前のアパートの一室での出来事である。
無事忍者になれたナルトは現在、担当上忍の指導のもとフォーマンセルで任務を受けるようになった。
昨日は班結成後の初任務と聞いていたのだが、何をどうしたら尻を抑えて帰ってくることになるのか。
ナルトといると想像していなかったことが日々起こり、退屈しない。
「おっちゃん! 覚悟!」
「!?」
突然ナルトがマダラに向かって低い体勢で寅の印を突き刺して来た。
普段二人きりで油断していたのもあるが、背後に回ろうとするナルトをハッとしてマダラは軽く体の向きを変えて避けるが、あまりにも唐突だったために小指をダイニングテーブルの脚にぶつけた。
ナルトは勢い余って壁にぶつかっている。
「いって〜……ててて」
「っつ……こんな狭いところでいきなりなんだ」
「おっちゃんで練習しようかなって」
「やめろ……もうやるなよ」
ナルトはやっぱりおっちゃんの背中取るのも無理だってばよと言い悔しがっているが、マダラはマダラで千年殺しの正体が知りたかった。
「俺の背中を取ろうなど百年早い」
「百年早く生まれてれば背中取れるってこと?」
「そうじゃない」
突っ込んでも無駄であることは、この二年でマダラもよく理解している。
「ナルト、今日の集合時間は何時だ。モタモタしてる場合か」
「あー……うーん、あと三十分くらいなんだけどさ……そうなんだけど」
「歯切れが悪いな」
「カカシ先生ってば、なんかさ、時間どーりに来ないんだってばよ」
担当上忍による遅刻。
初対面の日から遅刻をかまされたとナルトから聞いており、昨日も担当上忍のはたけカカシはかなり遅れて登場したと聞いた。
仮にも上忍であればそれなりの実力者であるのは確かなのだろうが、遅刻をしても悪びれる様子もないそうで、まだ会ったこともない男にマダラは少し顔を顰める。
「まあ、なんだ……たまたまかもしれないだろ」
「そうだと良いんだけどさー」
ナルトはあまり乗り気でない様子で支度を始めると、ゆっくりと家を出て行ったのだった。
「今日もありがとうね〜。またよろしくね〜。はい、コレ今日の分よ」
マダラは今日の任務の依頼主である団子屋の店主からずっしりと重みを感じる包みを受け取ると、店を後にした。
マダラがこの団子屋の任務を受けるのも、片手では数えきれないほどにはなってきただろうか。
以前からマダラの監視に付いている忍二人と共に任務に当たり、新作和菓子の宣伝のためのビラ配りや明日の材料の調達やらを分担して行なっていた。
一応監視役らしい忍の二人は先に任務の報告を済ませてくると言って班は解散しており、今日の任務は終了した。
家に戻り貰った団子でも冷蔵庫にしまうかと思いマダラは家路に就こうとするが、通りの奥から聞き覚えのある声が聞こえ目を凝らして見ると、ナルトが上を見上げながらこちらに向かって走ってきていた。
向かう先にマダラがいることに気づいていないのだろう、走る勢いは落ちそうにない。
「サスケェ!! あっち行ったってばよ!」
「言われなくても見えてる!」
「ナルトォ! あんた前見なさい!前! 危ない!」
「サクラちゃん? んぇ、前!? うわああ!っいててて……だ、大丈夫だってばよ!?」
「コラ! 言わんこっちゃない……すみません!! 大丈夫ですか?」
「ああ。ぶつかったのが俺で良かったなァ、ナルト?」
「ヒッ。お、おっちゃん」
前を見ずに走り続けたナルトはマダラに正面からぶつかった。
ナルトの班員である赤い服を着た少女と、屋根の上にいる少年がやってしまったと苦い顔をしている。
ナルトはというとマダラにぶつかった衝撃で尻餅をついており、マダラの圧に少し震えていた。
「おっちゃんて……この人がナルトと暮らしてる人?」
「そ、そそそうだってばよ」
「タジマだ。ナルトが世話になってる」
「はい。あ、い、いえ、こちらこそお世話になってます。私班員の春野サクラです」
少女、サクラはマダラに頭を下げる。
任務の途中なのだろうが、続行できないと判断したのか上にいた少年も降りてきた。
「サスケくん、この方がナルトのおじさんなんですって」
「コイツの?」
マダラとサスケの目がかち合う。
マダラはじっとサスケを見つめた後、視線を逸らし足元でまだ尻餅をついているナルトを立たせた。
「おっちゃん、ごめん」
「気をつけろ。で、何か追いかけてたのか?」
「今日の任務は猫探しなんだってばよ! さっき見つけて追っかけてたんだけど……どっか行っちまった」
「お前がちゃんと前を見てれば今頃見失ってなかったけどな、このウスラトンカチ」
「なんだとー!」
ナルトとサスケの言い合いが始まる。
元々の語彙力の差だろうか、ナルトの方が負けているが。
「もうナルト黙んなさい! すみません、どこかに行く途中でしたよね」
「いや、もう家に帰るところだった」
「……おっさん」
「なんだ砂利」
「じゃ、り!? ……うちはサスケだ。なあアンタ、どこから来た。里で見たことがない」
「サスケ? 多分俺んちだってばよ?」
「違う。あんた、俺と同じ一族」
「さあな、どこだろうが砂利のお前には関係ない」
「おっちゃんなんか拗ねてる?」
サスケはマダラの見た目が気になるのだろう。
確かにマダラの顔つきは、うちは一族の特徴によく当てはまる。
マダラもサスケを見て亡き弟の面影をほんの僅かの間重ねたが、言葉の悪さに気のせいだったと頭を振った。
サスケはマダラにうちは一族の人間かと問いたかったのだろうが、マダラは肯定も否定もしなかった。
一族の人間ではあるが、それはこの木の葉の里ではなく、柱間がいる時代の里でのことだ。今はただのマダラであって、里にいるおじさんのタジマである。
「サスケ、おめーがおっちゃんのことおっさんて言うから怒ってるってばよ!」
「ナルト、大体タジマさんはそんなおじさんじゃないでしょ。多分カカシ先生とそんなに変わらないわよ」
目の前で繰り広げられるやり取りに、マダラは任務のこと忘れてないかと聞きたくなるが、ふと手元に下げたままの団子の存在を思い出し、ナルトにそれを差し出した。
「団子だ。貰った。後でお前らで分けろ」
「あ! いつものやつだ! うししっ、そうなったら早く見つけるぞ! 行くぞ、サクラちゃん! サスケ!」
ナルトはマダラから団子の入った包みを受け取ると、猫が走って行ったと思われる先へと再び走り出した。
先を行くナルトを追いかける前にサクラとサスケがマダラを振り返り、小さく頭を下げる。
マダラはそれに片手を軽く上げ応えると、小さくなっていく背中を三つ見送った。
(あれが、うちはサスケか……)
うちは一族の生き残り。
なぜ彼だけが生かされたのかマダラにはわからないことだが、首謀者が身内かそれなりに親しかった者であった可能性が高いだろう。
親か、兄弟かーーそれとも友か。
サスケ以外の一族の人間の全てを手にかけることができる忍など、そうゴロゴロとはいるまい。
一族の滅亡は既に過ぎたこと、マダラはそう思い、手持ち無沙汰な状態で家路に就くのだった。
マダラが数歩歩き始めた時、建物の影から一人の銀髪の男が本を片手に現れる。
上忍ベストを着た男はゆっくりとした歩調でマダラとは反対の方へと歩き出す。
すれ違うほんの僅かな瞬間、二人の視線が交差した。
マダラと男はそれぞれ背中合わせに、どんどんと離れていく。
(……! この男!?)
すれ違う時、マダラは男の手元にある本に気付くと、目を見開きそうになったのを堪えていた。
男の手元にあったのは、エロ本だったのだ。
これがマダラと男ーー、ナルト達の担当上忍であるはたけカカシとの初邂逅の瞬間であった。
夜マダラはナルトに日中堂々とエロ本を読みながら歩く上忍の姿を見かけたと伝えると、間違いなくカカシ先生だってばよと言われ、頭痛がしたのだった。
そろそろ頭痛薬でも買い足した方が良さそうだ。
(木の葉にまともな大人はいないのか)