サスケが一人別室に押し込められて一時間程経過した後、マダラが布団を小脇に抱えながら部屋に来た。いない間は周囲のうちはの人間らと会っていたのだろうか。そんなに早く戻ってきて良かったのかとサスケは尋ねた。
「終わってはいないが、それはまた後で済ませる。誰もが皆都合がつくもんでもない。サスケ、今日はこのままこの部屋を使え」
「……」
「……いいか、今日一日は部屋を出るな。今晩中にはお前をどうするか話も終わる。それまでウロウロするな、わかったな。厠はいいが部屋から離れるな。……もしもどうしても出るというなら誰かに一声かけろ」
そんなに言われずとも勝手にどこかにはいかないとサスケは顔を顰める。
マダラは念には念を押してサスケに伝えたのだった。
「……おっさん」
「なんだ、今晩は一緒には寝ないからな」
「ちげェよ。じゃなくて、これから……どうなるんだ、俺……」
「……なるようにしかならんだろうよ」
「じゃあ諦めろってことかよ」
「ほう、諦めるのか?」
「諦めるわけねぇだろ! ぜってェ帰ってやる……つか、後でおっさんの状況教えてくれ。別に大人しくしてんのはいいけど、こんなとこ閉じ込められてちゃ何にもわかんねぇよ。ここって……どこなんだよ」
聞いたところでマダラから返ってくる答えなど分かりきっているだろうに。サスケの懇願する瞳は真っ直ぐマダラを見据えた。マダラは抱えていた布団をサスケの前で落とすように置くと、今しがた入るのに開けていた部屋の障子を閉め切った。
「……誰かに何を聞かれても、お前は何も話すなよサスケ。どんな些細な情報も、ここでは将来どう転ぶかわからん」
「じゃあ……つまりここは」
サスケは唇を結んだ。
「無事でいたければ俺やヒカクの指示に黙って従っていろ。今この屋敷にいる奴らにはお前のことは伝えてある。あまり詮索はしてこないはずだ」
「俺のこと、なんて?」
「ヒカクの親類の子だという扱いにした。昔、一族から離反した親族がいたらしくてな、それを利用させてもらう。孤児になったお前は老夫婦に引き取られたが亡くなったために身寄りが無くなり、その話を聞きつけたヒカクが引き取ったという流れだな」
「じゃあ……」
「ああ、お前は堂々とうちはサスケを名乗って問題ない」
「アイツが……俺の」
「別に何か取り繕わなければならない物でもない。出自を探らせないためだ。何食わぬ顔で過ごしていればいちいち突っ込まれることもない。頭のお前の態度なら時間が経てば誰も気にしなくなるだろうよ。お前は堂々とうちはを名乗ってただ過ごしていれば良い」
「ここでの父親ってわけかよ……」
「まあ表面上はそういう扱いになるが……なんだ? 不満そうだな」
「嫌だぜ」
サスケはハッキリと答えた。
今のをヒカクが聞いたら喧嘩になりそうだとうっすら思う。何となくだが、初対面の印象はお互いにあまり良くなさそうなのが窺えた。
「そんなにヒカクが嫌いか?」
「嫌いも何も、俺はアイツを知らない。なんでおっさんじゃダメだったんだよ」
「……俺の方が厄介だからだ」
「なんで」
ぽっと出のサスケが一族内で疑われないようにするには、リーダー格の一人でもあるヒカクの身内にしておく方がどちらかといえば都合はいい。ヒカクは周囲からの信頼もある。この時代でも孤児は多く、身寄りが無いと聞いて引き取ったといえば大体の人間はそうかと納得する。失踪していた族長のマダラの身内にするよりは目立たない。
「決定事項だ。諦めろ」
「……」
サスケはあまり納得していないのだろう、返事はなかった。
「一族の代表は俺のいない間に代わったようだが正式に継いだわけでは無い。俺としては変わったのならそれで問題ないが、この狭い一族という括りの中でも派閥というものがある……それにお前が巻き込まれると面倒だ」
「派閥? んなの……」
「目に見えないだけで、誰が何を思っているかはわからんさ。お前のとこだって……いや、ところでサスケお前、座学の成績なんだが……」
「? 急に俺の座学の成績がなんだよ?」
サスケが少し不機嫌そうな表情で首を傾げた。
マダラはサスケを見つめ返し、長めの息を吐いてから話した。
「歴史のおさらいをするとしよう。時間が来るまでな。里が出来る前のことについても触れてはいるはずだが、お前はどこまで覚えてる。成績は良かったんだろう?」
「……」
「……」
「……一応」
「よし、ゼロだな。わかった」
「なっ、ゼロじゃない。大体は覚えてるっつーの」
「はぁ……」
誤魔化す必要はないぞとマダラは首を振る。これはどこから状況のすり合わせをするべきだろうか。
マダラも自身がいなくなってから四年が経過していることと、未だ柱間が火影を務めているという状況しかわかっていないのだが、この時代でいつまで過ごすかもわからない状況だ。もし面倒な輩に目をつけられた際に何も知らないのでは未来の情報を漏らす危険もある。はてさてサスケの理解度はどれほどのものか。
「……もしその辺の奴らに聞かれでもしたら、その歳で一族に合流した為に何も知らなかったと言っておく事だ。とりあえずサスケ、そこに座れ。時間が許すまで説明する。ナルトよりは理解度は高いだろ……何度も繰り返しはしないからな」
「し、知ってるっての。決めつけんなよ」
「はぁ……どうだかな」
マダラはサスケに仮とはいえヒカクの養子になったからにはと、この時代で必要な基礎知識を叩き込んだ。うちは一族内でのマダラやその周囲の人間の立ち位置、そして先程会った柱間の役回りに里創設前後の話も含め大まかに説明する。
「で、この辺は習っただろ」
「……まあ」
「……続けるぞ」
「……」
サスケの返事は少し曖昧だが、気にせずマダラは続きを話した。
どこまでサスケの頭に入っていることやら。人の名前が出る時はそれは誰なのかと質問が出るが、あまりマダラの話を遮らずに一通りの説明を終えることができた。
「……その後のことは俺もよくわからん。俺の状況については、あとはお前が知るところだ」
「で、団子屋にいると」
「団子だけじゃないがな」
「おっさんは……、その、おっさんは…………」
「なんだサスケ」
「元の役回りにでも戻るのかって。四年も離れてて上も変わってんなら、わざわざ戻らなくてもいいんじゃないのか? 四年もアイツんとこにいてずっと下忍だったわけだし、いきなり戻ってもブランクありすぎるだろ」
「サスケ、俺が下忍なのはここ一年くらいだ。遠回しに四年間俺が何もしてなかったとでも言ってるのか、フッ」
要らぬ心配だとマダラは鼻で笑った。
「まあ……」
「お前の心配は無用だ。大体の周囲の情報を得た後は新しい長とやらに全て任せるつもりだ。今更俺が戻ったところでな……」
「おっさん、向いてなさそうだもんな」
「……そうだな」
サスケの言葉を否定するでもなく、マダラは
向いていない、その言葉はナルトのアパートでイズナにも言われた言葉である。久々に再会したヒカクとて思っていることだろう。たまたま親が一族を率いる長だっただけのこと。亡くなった後に長子だったマダラが継いだだけにすぎない。あとは戦乱の世では力を持つものが必要とされたといったところか。
「おっさん、あと聞きたいことが」
サスケが更に問いかけようとした時、人の気配を感じた。
「? ……誰か来たな」
「……マダラ様、こちらにおいででしたか」
「ヒカクか。もう来たのか」
障子を開け、現れたのはヒカクであった。
真剣な表情のヒカクと、怪訝そうなサスケの視線がかち合う。ヒカクのサスケを見る目は優しい物ではないが、会ったばかりの頃よりは柔らかい。
「……もう少しここで大人しくしていなさい。マダラ様、先代の相談役がいらしております」
「先代の? 生き残ってるのはあの爺さんくらいだが……顔を合わせないわけにはいかないか。サスケ、絶対に部屋を出るな。いいな、フリじゃないぞ。絶対に、出るなよ。わかってるな?」
「何回も言うな。つか爺? ……誰なんだよ」
「口うるさいジジイだ。柱間と同盟を結ぶ時もうるさかった……まだ生きていたか」
「マダラ様、今のは何も耳にしていなかったと流しておきますが……概ね同意しておきます」
眉間に皺を寄せ顔を顰める二人。その反応からして会いたくはなさそうである。
先程マダラから聞かされた里の成り立ちの話から今いる一族の人間の殆どが厭戦派らしいが、一部でも特に古い人間の中には千手と同盟を結んだことに関していまだに反対感情を抱く者も残っているらしい。マダラとヒカクが顔を顰めているあたり、今訪れているのは相当面倒な人物なのだろう。
「マダラ様、お急ぎを」
「サスケ、わかってるな?」
「さっさと行けって」
マダラは再度念を押すとヒカクと共に部屋を出て行った。
その途端静かになる部屋。サスケは長く息を吐くと立ち上がり、縁側に少し顔を出した。来訪者とヒカク以外に他の人も屋敷内には居そうなのだが、近くに気配は感じない。二人が人払いを済ませたからだろうか。
サスケは空を見上げた。高く青い空に浮かぶ雲が少しずつ形を崩して流れていく。
(おっさんに聞きそびれた……)
ヒカクが呼びにこなければ、サスケはマダラにあることを尋ねようとしていた。
イズナのことだ。かつてマダラから聞いた話で亡くなっていることは知っているが、それでも確かめたかったことがあった。
(うちはイズナはどうしてる……なんて聞けない。もうおっさんのとこじゃ……ここじゃもう死んでるんだしな。それでも)
生きているのかを確かめる必要はない。どうして死んだのか、それがいつだったのか、あとは墓の場所くらいは聞いてもいいだろう。
そしてサスケとマダラがこの時代に降りてから、あのイズナの方はどうしているだろうと考える。元の場所に帰れただろうか。
因みに、先程のマダラの説明では一度もイズナの名前は出てこなかった。
不意にサスケの耳に小刻みな鳥の鳴き声が聞こえ、庭に植えられている木の枝に雀が留まったのが見えた。雀はサスケのことを何度も首を傾げ眺めた後、程なくして飛び立った。
(……また静かになった)
やる事もないサスケはマダラかヒカクのどちらかが戻るまで、どうすれば元の時代へ戻れるのか考えながら空と庭の景色を眺め続けた。