火の後処理を終えるなりサスケはマダラと共にうちは地区に帰った。
サスケの腕の中の芋の包みはまだ温かい。
時々すれ違う人間にサスケが進んで挨拶を交わしていく。サスケが声を掛ければ自動的に隣にいるマダラにも目が移る。住民よりも先にマダラが挨拶の言葉を発すれば、彼らはほっとしたように笑顔で返すのであった。
人気が少なくなった頃、サスケがマダラに切り出した。
「……おっさん、聞きたいことが」
マダラはそういえばと、ヒカクからサスケが何か話したがっていると聞いていたことを思い出す。黙って続きを待っていると、サスケはゆっくりと話し始めた。
「ずっと聞きたかった。アイツの、イズナの奴のことで」
「…………イズナがなんだ」
ヒカクに聞かされてから何の話だろうかと考えていたが、イズナの件だったとは。周囲に聞き耳を立てるような奴がいないことを確かめる。話したいのはこの時代では既に亡くなっている方ではなく、サスケも知っている方のイズナであることはわかっている。
「ちゃんと戻れたのか、結局俺達に確認する術なんて無いんだなと」
「それはそうだな。お前を戻す手がかりもだが」
「……おっさん」
どこか歯切れ悪そうなサスケにマダラが視線を投げる。
「……あの後、俺達はどうなったのか知ることもできない。ただ……おっさんのとこのアイツに花、添えてもいいかって……前から聞きたくて」
「……」
サスケが芋の包みを抱え直す。
「この件、ヒカクには聞くわけにはいかないだろ?」
「ああ、言わなくて正解だった」
本当にヒカクに尋ねていなくて良かった。この時代の人物から見れば、サスケとイズナに接点などあるはずがないのだ。
イズナが一族の集落から出たことはない。常にマダラや戦に出る面々の中に弟はいた。戦場に駆り出される子どもらもいたが、サスケがあの中にいた記録はなくイズナが彼らを率いたこともない。サスケと接点を持たせるにしても、いつ会ったかイズナがいた立場的に話を作るのが難しかった。仮にヒカクが聞かれていれば、イズナの名前が出ただけで下手したら腰を抜かしていたかもしれない。そんな間抜けなことは実際には無いだろうが。
(……この時代に、わざわざイズナの名を表で出すような奴はいない。余計な詮索をされるだけだ。ヒカクも聞かれたら大層驚いただろう。他所から来たはずのサスケの口から、とうに死んだ者の名が出ればな)
さて、イズナに花を添えたいとのことだがマダラは少しばかり悩んだ。サスケが出会ったイズナとは、この時代のマダラの弟のことではない可能性が高いからである。マダラ自身実際に未来に飛ばされるまでは時間というものが地続きのように繋がっている物かとも思っていたのだが、イズナがあの集落に呼び出された記憶もなければうずまき一族の子どもを捕えたという記録も知らない。この時代のイズナのことではない可能性が高く、連れて行ったところで無駄かもしれないのだ。
「……おっさん、今無駄だと思ってるだろ」
「ああ、よく分かったな」
「それでもいい。おっさんが良いなら会いたい」
「……人違いだとしてもか」
「それでもおっさんの弟だろ」
「……そうか。そうだな」
帰り道を歩きながら、マダラは自身の弟のイズナと最期に言葉を交わした時のことを思い出した。
「……」
「……おっさん?」
「……サスケ、帰ってもすぐに寝るな。部屋で待て、見せたい物がある」
「見せたい物?」
なんだそれはとサスケは尋ねるが、マダラは見てのお楽しみだと先をずんずんと歩き進めた。サスケが小走りになりながらマダラの後を追う。
「待てよ、おっさん。急ぐと安定してないせいで、包みから芋が落ちそうで」
「ちゃんと持て。ヒカクに砂だらけの芋を食わせる気がないならな」
「じゃあおっさんが持てよ。ほら」
「その芋はお前からの土産なんだろうが」
「俺からじゃなくてもいいし、おっさんからの土産ってことでもいいだろ」
「いいや、お前から渡せ」
サスケは包みを抱え直し、歩幅を大きくするとマダラの歩調に合わせた。待てと言ったのだから少しくらい遅く歩いてくれたって良いだろうに。芋も持ってくれぬマダラにサスケはむすっと表情を変えると、文句を言いながらついて行った。
「サスケの帰りが遅いかと思えば、お二人で芋を焼いていたんですか?」
マダラとサスケは帰る前にヒカクの家に寄った。
「ああ。アカデミーに通っている連中が焚き火で芋を作りたいとかでサスケに連れて行かれてな。ほらサスケ、渡せ」
「やる。火影からの土産だぜ」
「ほ、火影様から……? 火影様もいたんです?」
「焼いたのはおっさんだ」
「なんだかんだと集まってな」
「そ、そうですか? ありがたく、いただきます……?」
ヒカクはぱちくりと目を瞬かせていた。芋という言葉が出てから疑問符が浮かび続けている。なぜ忙しくしているはずのマダラが芋を焼いていたのか、そしてなぜ忙しくしているはずの火影からの土産だと言ってサスケ経由で焼き芋が手渡されているのか。状況が全く理解できていなかったが、ヒカクは少し困った表情混じりでかろうじて微笑みながら包みを受け取った。しっかりと受け取ると、包み越しにほのかに温もりを感じ取る。
「ヒカク、おっさんと今日はもう帰る。明日も適当に任務を受けてれば良いんだろ?」
「ヒカク、遅くなってすまなかったな」
「え、ええ。はい……? わざわざありがとうございました」
サスケは仕事を終えた報告をする必要があった為ヒカクに会う理由があったが、マダラに関してはただサスケと一緒に芋を届けに来ただけだ。
よくわからないまま焼き芋をもらうと、ヒカクは帰っていくマダラ達をなんとなく暫くの間見送ったのだった。
(おっさん、遅い……)
サスケは与えられた自室の明かりを点け、マダラが部屋に来るのを待っていた。帰るなり部屋に行くから待っていろと言われ、かれこれ十分以上は経っている。そろそろだろうかと外を覗いてみれば、何やら大きな筒のような箱を持って歩いてくるのが見えた。よくみれば桐箱だ。
「何を持って……」
「サスケ、座れ」
「……?」
マダラは桐箱を結んでいた紐を解きながら部屋にそれを置いた。サスケもマダラに続いてゆっくりと膝を曲げ座ると、するすると解かれていく箱の中身を覗き込んだ。現れたのは一振りの直刀に近い刀だ。
「……忍刀?」
「ああ、よくわかったな」
「見ればわかる、これくらい」
マダラは刀を手前に差し出しながら、そっと鞘から引き抜いた。すらりと伸びた刀身がサスケの顔を映す。
「これは……?」
「サスケ、お前は忍道具の扱いが上手い。刀に興味は?」
「……ある、が」
「そうか、ならまだ身体の丈には少々余るが……どうだ、まだ綺麗だろう。よく手入れがされている。俺がいない間も誰かが管理していたようだ」
「……おっさん?」
「お前は覚えが早い。道具も一つ二つでも多く扱えることに越したことはないからな。俺は忍刀は常用しない……」
そう言うとマダラは刀を納め、鞘ごとサスケに差し出した。サスケは恐る恐る受け取る。ずしりとした鉄の重さが手のひらを通して腕全体に伝わった。
サスケは戸惑いの目をマダラに向ける。
「?」
「ここにいる間も何か目標とやらがあっても良いだろう。この刀を扱えるようになれ、これは良い刀だ。刀の技術はいずれお前の助けになる」
「お、おっさん、これを……俺に?」
「ああ。仕舞われたままよりは、刀も使い手がいた方がいいだろうよ」
サスケは手元の握った刀を見下ろす。
「……俺に?」
「この刀は……イズナが、俺の弟が最後に戦場で使っていた刀だ。うちはの中でも腕のいい刀工が作った」
「さい、ご?」
「ああ……最後に出た戦で携えていた刀だ」
「おっさんの、弟が……最後に」
刀を握っていた手が微かに震える。
サスケはいつの間にか溜まっていた唾を飲み込んだ。つまりこれは遺品だ。最後に出た戦と言っているということは、戦の最中に命を落としたのだろうかとサスケは考えた。
「じゃあ、これと一緒に」
「イズナが死んだのは戦場でではない。戦いの場で負った傷が原因だ」
「……怪我で?」
弟のイズナが死んでいることは知っていても、死因までは知らなかったサスケは少しばかり動揺した。あの戦乱の時代で成人した後も戦場に立ち続ける程の強さを持ったイズナだ。相当の実力者ではあるのだ。そんな彼を倒した人間がいる。思えばサスケが辿り着いたこの時代にいる忍の大人とは、そもそも戦を繰り返してもなお生き残っている猛者が殆どだ。改めて考えると恐ろしく感じた。
「……どうして、これを俺に託す」
「どうしても何も、思い出しただけだ。使われていない刀があったとな。深い意味はない、考えるな。蔵にしまいっぱなしにして置くのもアイツに悪いと思ったまで、それだけだ」
マダラの真意を確かめようとしたが、答えてはくれなかった。
「ヒカクも刀の扱いには長けている。話は後で付けて」
「おっさん!」
「なんだ、サス」
「教えんなら、おっさんが教えてくれ。こんな大事なモン渡しておいて、見ないつもりかよ」
サスケはマダラの言葉に被せるように言った。
「そうじゃない」
「ヒカクヒカクって、わざと俺を遠ざけてるとかじゃないよな」
「遠ざける?」
「俺のことをアイツに押し付けてばっかりだろ」
「……サスケ、少し勘違いをしてるようなんだが」
「勘違い?」
「はあ……お前にとってこの時代に来たことは不運かもしれんが、この状況を利用してやろうとは思わないのか?俺にばかり構うのもいいが ……やれやれ、もっとわかりやすく言わないとわからないか?」
「利用……?」
「ここにはお前のいた所には無い物がたくさんあるだろう。見て学ぶ物がごまんとあると思うが」
サスケの時代にはなくてここにある物。マダラがサスケをヒカクに預ける理由は、ただ単に忙しいだけが理由ではなかった。
「……他の奴らから学べと?」
「そういうことだ。お前にはまだまだ経験が足りていない。圧倒的にな。そんじょそこらのガキ共に遅れを取るようならここでは生き残れないと思え。里内なら良いが、外に出ればお前などひとたまりも無いだろう」
子どもだろうが関係ない。一般人も住む里内は比較的安全ではあるが、それも確実ではない。
(まあ柱間相手に戦をふっかけるような輩は居ないだろうが)
サスケは刀を握ったまま暫く黙り込んだ。
「何も俺も見ないとは言っていない。引き続き任務はこなしてもらうが、夕方以降は見てやれんこともない」
そういうとサスケは少し顔を上げた。
「大事に扱えよ。そいつを打った刀工は引退した。同じ刀は無いと思え」
サスケは真っ直ぐにマダラの目を見ながら、その言葉にゆっくりと深く頷くのだった。