第74話
マダラとサスケが姿を消して早くも三週間が過ぎた。
あの後、里に戻った後のナルトはカカシによりヒルゼンの元に連れて行かれ、その場ですぐ処分を受けることになった。
半年間はサクラ含め第七班の里外任務は禁止となり、またサクラは中忍昇格試験に関して次回の選考については参加資格を剥奪され、ナルトとサスケに至っては最低でも三年は参加を見送りをすることになった。
半年も里外任務を受けられないとなれば、下忍として取り掛かれる任務は大きく限られてしまう。卒業したばかりの頃のような猫探しや草むしりといった、子供騙しのような依頼しか受けられない。
そして向こう一ヶ月は自宅での謹慎処分を言い渡された。その間、サクラとの接触は禁止だ。
そして今回の件でカカシは一時的にだが、第七班の上忍師から離れることとなってしまった。
静かなアパートの部屋の中、ナルトは冷蔵庫の扉を開けた。
昨日の朝から作り置きしていた麦茶が入った大きなポットを取り出し、深めのコップになみなみと注ぐ。
(……全然減らねェや)
一人なのだから大容量のポットは必要ないというのに、ついつい同じものを使い続けてしまう。ナルトは少し軽くなったポットをしまった。
作り置きしていた麦茶は、マダラがよく働いていた団子屋の店主からもらったパックで作ったものだった。まだまだ沢山あり、当分使いきれそうにない。
少し前まではアパートにサスケもおり、部屋は狭いくらいであった。どうやって寝るかを話したり、風呂の順番も誰が先に入るかもはや取り合いで常に賑やかだった。
だが今は打って変わって静かで、ナルト以外に生活音を立てる者はいない。時々外から人の話し声や物音が聞こえてくる程度。まるでアカデミーに通い始めたばかりの頃を思い出す。
「……」
外から子どもの声が聞こえて来た。幼い男の子の声が二つ。アカデミー帰りだろうか。二人は遊びに行く約束を交わしている。
ナルトはコップの麦茶を口に含んだ。
アパートからの外出は必要最低限しか許されていない。出掛けられるのも生活必需品の買い物くらいだ。それも監視付き。以前マダラを監視していた忍は対象がいないことから、現在は謹慎中のナルトを見張っているようで、声を掛けてみれば話し相手になってくれた。
後一週間と少し過ぎれば謹慎も明ける。また第七班の一員として任務に励めるが、その中にサスケはいない。カカシだっていつ戻るのか。今は里にいるのだろうか。上忍師としてナルト達の班を受け持ったが、今回の件でこのまま担当を外れることもあるかもしれない。いつまでも卒業時と同じ班員で任務をこなしていくというわけではないのだから、他の班より早くカカシが離れたって別に変な話ではない。里の上忍の数も限られている。
ナルトはなんとなく、第七班の集合写真が飾られている方に目を向けた。
「……今日は何すっかな」
マダラが隠していたイチャイチャパラダイスは読み切ってしまった。音読してみようとした時もあったが、監視役の忍に止められた。修行しようにも狭い部屋では動けず、忍具の手入れくらいしかすることがない。磨き過ぎてピカピカなくらいだ。
不意に、玄関のチャイムが鳴らされた。続いて聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
「おおーい、ナルト。いるだろー」
「……え、カカシ先生?」
声の主はカカシだった。
ナルトは急いで玄関の扉を開けに行った。
「カカシ先生ェ⁈ なんで⁉︎」
「なんでって……ちゃんと家にいるか見に来たのヨ。久しぶりだな」
「え、だって俺たちの先生辞めるって」
「辞める? 別の仕事があるから離れるだけだって言ってたでショーヨ…何? あ、もしかして今取り込み中?」
「ぜ、ぜんぜん! カカシ先生、ウチ入る? 」
「そうさせてもらおうか」
ナルトは快くカカシを迎え入れた。カカシは部屋に上がると中を軽く見渡した。部屋の中は特段散らかってはいない。
「……あ、あのさカカシ先生」
「ん?なんだ、ナルト」
「あの後、おっちゃんとサスケって……べ、別に教えられないなら、いいんだけど!」
「タジマさんとサスケだが、あの後俺も何度かあの場所に派遣されたが、今のところ手がかりは掴めていない」
「そ、そォだって、教えちゃいけな……え」
ナルトは聞かなかったことにしてもらおうと頭を掻いたが、普通に答えたカカシにパチパチと目を瞬かせた。
「お、教えちゃって良いのかよ! カカシ先生⁉︎」
「ナンデ? ああナルト、お前は確かにサスケと勝手なことをしたが、それ以前にあの一件に関してはお前だって無関係じゃない。火影様もお前を第七班から除隊させた訳じゃないしな」
「カカシ先生……うん」
ナルトは頷くと、カカシに麦茶を振る舞おうと開けようとしていた冷蔵庫の扉の取手をぎゅっと握った。
「……サスケとおっちゃんて、一緒にいんのかな」
「どうだろうな。戻って来れないような事態にでも陥ったのか……今の所何も見つかってはいない」
「……どこに行っちまったんだろう」
「あの時はあの人を帰す事が目的だったからな。タジマさんもサスケも同じところにいるのか、それとももっと違うところにいるのか」
「おっちゃん達、帰って来れんのかな、カカシ先生」
「……」
カカシは答えなかった。何もない状況で、希望を持たせるのは酷だ。使用したのは過去や未来、さまざまな時代を渡る術だ。時間を自由に操る術などそう使えるものではない。カカシが簡単に答えられるものではなかった。
沈黙が少し続いた。
「……そうそう、ナルト」
「!」
俯きかけていたナルトはぴたりと固まり、カカシを慌てて見上げる。
「謹慎が明けたら、サクラと三人でいつも通りにまた任務だからな。ずっと家にいるからってサボってるんじゃないぞ?」
「エッ、でもカカシ先生てば、俺たちの班から外れるって言ってたじゃん」
「だから一時的にって言っただろ、ナルト。ついさっきも言ったよ俺。謹慎明けが明日とかならまだ戻れないけどそうじゃないだろ?」
「……ほんとに」
ナルトは深く息を吸い込んだ。久々に仲間と会話できたからだろうか、ナルトの気分が少し弾む。心が温まる感覚がした。そして同時に湧き上がる羞恥心。
「あああ……俺ってば、サクラちゃんにどんな顔で会えば良いんだろォ……」
「うーん、覚悟決めろよナルト」
カカシは真剣な目をして頷いている。見えている範囲で表情は変わらないが、真っ直ぐにナルトを見据えており言葉には重みが感じられた。
(……絶対サクラちゃん、本気で怒ってるってばよ)
どんな言い訳を並べても許されないだろう。何を言われても仕方のないことをした。どんな言葉を言われようが殴られようが、甘んじて受け止めるしかない。
「サクラに会ったが……いっぱいお前に言いたいことがあるみたいだったなぁ」
「うう……サクラちゃん」
ナルトが申し訳なさそうに目を床に泳がせ始める。カカシは悟られぬよう表情は変えずに、穏やかな思いで見つめた。
(サクラが怒っているとすれば、それはお前らが二人して置いて行ったからだ、ナルト)
二人が勝手に行動し問題を起こした事に憤りを感じているのではない。同じ七班の仲間であるのに、サクラは一人放って置かれたことにやるせなさを感じているのだ。
カカシが対面した時のサクラは、もしもあの場に自分もいればもっと違う結果があったかも知れないと心底悔やんでいた。
「ちゃんとサクラの話は聞くんだぞ、ナルト」
ナルトは何度も何度も頷いた。
しっかり反省している様子のナルトにほっとしながら、カカシはうんうんと頷きを繰り返していた。