謹慎明け一発目の仕事は、掃除の依頼だった。物置部屋として使用していたが急遽使うことになったらしく、部屋にあったものを新しく建てた倉の中に移したあと綺麗にして欲しいという内容であった。
前日にカカシに言われた通りに待ち合わせ場所に行けば、集合時刻の数十分後に華やかな髪色の少女が現れた。サクラである。ナルトはどきりと鼓動が鳴ったが、深呼吸を繰り返すとサクラの元まで早歩きで向かった。
「サ、サクラちゃん、俺……ッ」
「ナルト……こんの……しゃーんなろーがァア!」
「フガッ」
ナルトは右の頬にそこそこ重めな一撃を喰らった。
しっかりと尻餅をついてサクラを見上げる。
「サ、サクラちゃん、ごめ」
「謝んないでよ! いまさらッ!」
「……ごめん」
「なんで、相談してくれなかったの」
「……ごめん」
「……」
「……」
サクラの表情は、怒り以外にも色々と抱えた辛さが滲み出ていた。
「……殴って、悪かったわね」
「……ぜんぜん」
一体サクラはどこまで知っているだろうか。ナルトとサスケが追いかけた人物のこと、マダラの正体に、マダラがサスケと共に姿を消したこと。
「サ、サクラちゃん、あのさ」
「今度は、ちゃんと私にも話してよね。もう二度と、二人で勝手なことしないで」
「……うん」
「サスケくんも帰ってきたら容赦しないんだから」
「う、うん」
サクラは拳を握り震えている。
約一ヶ月ぶりの再会は、お互い笑顔で迎えることはできなかった。
「……イズナさんの方は、帰れたのよね?」
「! サクラちゃん、覚えて」
「サスケくんがいなくなったって、聞いた時に」
「そっか……たぶん、連れ帰ってくれたと思う。あん時いた人たちが」
イズナの名前が出た時ナルトは驚いたが、サスケに術が上手くかかっていなかったあたり、イズナが掛けたのはきっかけさえあれば思い出せるような強くない幻術であったのだろう。サクラもサスケとナルトがあんな行動に出たことを知って思い出したようだ。ナルトもサスケから説明を聞いた後に、ゆっくりとだがイズナと出会った時のことを思い出していた。
「イズナさんも勝手よ……サスケくんも、ナルトも、みんなみんな」
サクラの声に湿り気が混ざりそのまま俯いてしまった。ナルトはそれを直視する事ができず一緒に地面を見た。
重い空気感が漂う。沈黙を破ったのはサクラだった。
「……ナルト、カカシ先生が時間通りに来るわけないのに。どうして早くきたのよ」
「……遅れるわけにはいかねェと思って。そういうサクラちゃんだって、カカシ先生がこんなに早く来るわけないのわかってんのに」
「別に良いじゃない」
「……」
「……ねえナルト」
「サクラちゃん?」
「アンタまで、勝手にいなくならないでよね」
「……当たり前だってェの!」
ナルトは顔を上げてはっきりと答えた。サクラに二度とこんな顔をさせないと胸の内で誓う。
今はまだ手がかりは何もないが、初めてマダラと会った時のようにひょっこりと現れるかもしれない。
サスケがいつ帰ってきても良いように、ナルトはサクラを守ろうと強く決意した。同時にサクラもまた、二人の頼りになるような忍になることを心の中で強く誓っていた。
「やあやあ、お待たせ二人とも。待った?」
「もう、遅ーい」
「カカシ先生、遅ぇー」
「いやぁ、途中で道案内してて……あれ? 二人とも仲直りでもした?」
「仲直り? カカシ先生たらヤダァ、私たち喧嘩なんてしてないですよー!」
「ソ、ソウ? なんかナルトの顔にアザがある気がするけど」
カカシが集合場所に現れた頃には、ナルトとサクラは以前のように親しげに会話して待っていた。
カカシを出迎えたナルトの頬の辺りが変色し腫れている気がするのだが見間違いか。最近までこなしていた任務で疲労でも溜まっていたのだろうかとカカシは凝視した。ナルトも否定しないあたり本当に見間違えかもしれないが、見てると痛々しい。
(これは……やられたな。サクラもすっきりしてることだし、俺からとやかくいうことはないか)
一発喰らっているのは間違いないだろう。ナルトは怪我の回復は早いが、回復するのが早いだけだ。痛むのか時々喋りづらそうにモゴモゴしている。
ナルトが突如カカシの前に飛び出した。
「カカシ先生!」
「なんだ、ナルト」
「今日からまた、よろしく頼むってばよ!」
「ああ。ずっと休んでたせいで鈍ってたからとか、任務中に言い訳しても聞かないからな」
「わかってるってばよ!」
ナルトは深々と頭を下げた。今日からまた一からやり直すのだ。
「カカシ先生! サクラちゃん! いつかサスケが帰ってきた時のためにも、この班を守れるくらい俺は強くなるってばよ! おっちゃんにも負けないくらいに!」
「良い意気込みだ。さあナルト、サクラ。日が暮れる前に片付けに行くぞ」
「遅れてきたのはカカシ先生なのに、ねえナルト」
「ほんとだってばよ」
「お喋りしてないで行くぞー?」
「「はーい」」
カカシは二人より先に歩き出した。
ナルトの顔にアザがある以外は以前と変わらない二人の様子に安堵する。
「アイテテテテテ……」
「ごめん、ここまで腫れると思わなくて」
「良いんだってばよ。俺が避けなかっただけだから」
(ホラ、喧嘩してないはずがないじゃないの、あの腫れ具合)
カカシは背後でそんなやりとりを交わす二人の声に苦笑した。
久々の第七班での任務。また前のようにというには大きなものが欠けている。欠けたまま時間は進んで行く。
上忍師を任されてから暫く経つが、歳上の部下と仕事をする機会は多々あれども、年齢が離れた子ども達との任務はまた見る景色が違うと、カカシは責任の重さと日常の賑やかさを噛み締めるのだった。
「ナルトの様子はどうじゃった?」
夕暮れの火影室、ヒルゼンとカカシはデスク越しに向かい合っていた。
「ひどく落ち込んだ様子はなく、今日のところはサクラとも上手くやっていました」
「そうかそうか。サスケの件については、引き続きワシらも捜索を続けておる。任務続きじゃが、今以上に事が大きくならぬよう見張っておいてくれるかの」
カカシは承ったと頭を下げる。
ヒルゼンは窓の方を見ると、外を眺めた。
「……暁の姿を見たという話も聞いておる。くれぐれも里外にこの話が広まらぬよう、これまで以上に慎重にの」
「……暁、ですか」
「奴らの目的は……カカシは気づいておるかの?」
「……ええ、おおよそは。確か以前はイタチが木ノ葉に」
「そうじゃったな」
「火影様、イタチですが……その後何か変わったことは?」
「里や付近での目撃情報は上っとらん……そう警戒せずとも良いじゃろう」
「そうですか……。問題だとすれば、イタチ以外のメンバーですね」
「なぜイタチ以外だと思うのじゃ」
「あれ以来時々ナルトの家を……いえ、ナルトの家に泊まっていたサスケの様子を見ているようでしたので」
イタチの襲来は相対した時こそ脅威ではあったが、その後のマダラによる突然の腹パン事件の方がカカシの記憶には色濃い。
「……ふむ」
「推測するに、急に現れたタジマさんを警戒してのことでしょうが」
カカシはナルトの家の近くを通る度に、鴉がよくいることに気が付いていた。スズメや鳩といった野鳥もおり鴉くらいいたところで珍しくもなんともないのだが、鴉といえばイタチの口寄せ獣だ。先日カカシがイタチと相対した際、使われた幻術の中には鴉が飛んでいた。
「実際の目的はわかりませんが……この一件も知っていることでしょう。それでいて静かなのが恐ろしい」
「……ワシも今彼奴がどこにおるのかまでは把握しておらん。組織の命令とあらば彼奴も接触せねばならんじゃろうが、そうだとして動きがあるまでこちらから関わる必要はない」
「わかっております」
第七班の上忍師としてはサスケを見つける事を優先したい所ではあるが、里に属する忍として秩序を守る事の方がさらに優先すべき事項である。ナルトとサスケの一件で、第七班を見る目は厳しくなっていた。軽率な行動でこれ以上信頼を損なうことは出来ない。
サスケがいなくなってしまった原因の案件について詳細を知る者は少ないが、班に欠員が出たことを不審に思わない者はいないだろう。消えたのはよりにもよってうちはの生き残りだ。
(あの日はナルトだけじゃない。あの場で気付けず止められなかった俺の責任でもある)
この日より、第七班の信頼を回復するべく地道な活動の日々が始まった。