嘗ての先生、其の成れ果て 作:低品質なプリン
ブルアカ初投稿。
性別不明、年齢不詳。
150cmの身長に童顔、柔らく浅い黒髪は腰まで伸ばされ。然しキリッとした目付きや引き締まった口元は妙に大人びていて。
低身長に対して明らかにオーバーな成人男性LLサイズの黒スーツを無数の安全ピンで無理やり止め、それでもズボンの裾を引き摺って歩く姿がよく見られる。
本人曰く、成人は迎えているとの事。だがそれを証明するモノもなく、それを証明出来る書類等も一般生徒が見ることはまず不可能だ。
其れは連邦生徒会長が設立した連邦捜査部"シャーレの先生"と呼ばれる存在――
――だった
嘗ての『先生』。
だが、失敗した。何も護れず、覆う手の隙間から全てが零れ落ちた。だからこそ、それに耐えられなくて
"前"は、頭上にヘイローなんて付いてはいなかった。"前"は、弾丸に耐えられる体ではなかった。"前"は、自他ともに認める『大人』だった。
幾度と迎える破滅を聞き、抗っても、抵抗しても、全てが無駄に終わり。挫けて、投げ出してしまった。
後任――否、自分とは異なる『先生』に全てを放り投げて。『先生』ではない自分なら、『生徒』ではない『友達』の為に命を投げ捨てられるから。一生徒の死は、残酷にもキヴォトス破滅の鍵と成り得ないから。
そう考えてしまうのは、既に『先生』ではないからなのだろう。
――これは『先生』ではなくなった、一人の『生徒』が死ぬ迄の物語。罪悪感と義務感に押し流され、全てを救う『先生』の礎となるだけの、『生徒』の物語。
◆◆◆
「………朝…」
酷く懐かしく、そして虚しい夢を見た気分だ。意識の覚醒と同時に、ヘイローが起動して罪を象徴する灰のバツ印が頭上に浮かぶ。
ベッドから起き上がり、カーテンを開けて陽の光を浴びた。時計を見ると、まだ五時前。精神に染み付いた社畜魂とでも言うべきか、どうにも長時間睡眠は身に付かない。
憂鬱な気分で部屋を見渡す。相変わらず、あの頃とは違い面白味のない部屋だった。趣味だったフィギュアや雑誌、使えもしない銃のコレクションなんてのは存在せず、在るのはベッドとクローゼット程度だ。
寮暮らし故に最初から揃っていた物ばかりで、その寮自体も嫌に古臭いので清潔感の薄い部屋という印象を抱いてしまう。
「……走りに行こう」
少年とも少女とも思える『生徒』は己に課した役割を全うする為に、貪欲に力を欲している。自分を魔女と卑下する彼女のような剛力を、ゲヘナの象徴である彼女のような耐久を、メイド服と横須賀ジャンパーを着る少女のように荒々しく。
せめて、平和への礎となれるだけの力を。『生徒』となり銃を容易く扱える力と弾丸に耐えれる身体を手に入れて、己の至らなさに気が付いた。
撃たれたら痛い。もうシッテムの箱が――A.R.O.N.A が銃弾から護ってくれることもない。大規模な攻撃の予測地点も分からず、戦闘開始から終了までを全て自分自身で判断しなければいけない。
自分がどれだけ彼女に頼りっきりだったのか。こんな痛みに生徒達は耐えて、『先生』だった自分を信じて戦ってくれていたのか。
(……そんな彼女達を見捨てたんだから、私は正真正銘の屑でしかない…)
いつの間にか伸びていた浅黒い髪を乱雑に結び、白黒の学園指定ジャージに着替える。
時間規律の厳しい寮ではあるが、例え問題児として退学になったとしても問題はない。精々身体を鍛える設備に困る程度であり、そうなれば次はゲヘナにでも転校するつもりだ。元先生としては言葉に詰まるが、ゲヘナ学園は不良や問題児が多い。
この学園――トリニティから追い出された自分でも一般生徒に素性を隠せば日常生活に支障はない筈だ。
物音を立てないよう、三階の窓から飛び降りる。廊下は歩くだけで軋むので他の生徒に迷惑がかかるからだ。
着地と同時に、背負っていた武器を腰に携える。
――鉄の棒だ。
ただひたすらに硬いだけの棒。刀っぽい造形はしているが、木刀をそのまま鋼鉄にしたのと同じで、何も切れない。素材は自分でも分からないが、スナイパーライフルによる狙撃も傷一つ付かずに弾ける代物だ。欠点は酷く重い事くらいである。
元が銃を扱わない『先生』だった弊害か、周りに呆れられるほど銃の才能がなかった。狙撃なんて論外、一応、超近距離でゆっくりと狙いを定めれば七割の確率で当たるが、ならば殴った方が速いし確実だった。
決まったルートもなく、ただ一時間でセットされた携帯端末のタイマーが鳴るまで走り、その後に愚直にも素振りをする。
不思議と目立った筋肉は付かないが、思えば、明らかに重い筈の銃を軽々と扱っている生徒はいても筋骨隆々な者はいなかった。
キヴォトスの生徒は筋肉が肥大化しづらいのか、それとも自分がそうなだけなのか。
低身長で中性的な見た目である自分が軽々と鉄の塊を振り回せるのだから、前の身体とは根本的に何かが異なるらしい。
そんな事に思考を回しながら鉄の棒を振るい、低い姿勢で振り下ろして地面スレスレでピタリと止める。そのまま後ろへ振り返り、寄せられていた
「あら、あらあら。朝から精が出ますね♡」
「……おはよう、ハナコ。……一応聞くけど、どうして水着なのかな?」
鮮やかな薄桃色の長髪に、知的な面影のある瞳。自分よりも明らかに高い身長を見上げて少女――浦和ハナコに問いかける。此処はグラウンドで、近くにプールなんて存在しない。
「何故、と……ふむ、哲学的な問いですね。芸術、美学…どう表現しようものでしょうか。ロボット物で言う所の
「そっか。うん、分からないね」
「あらあら、ふふっ♡例えば、です。汗とは本来、余分な水分や老廃物ですよね。端的に申しまして、放っておくには衛生的に問題があります。ですか、その汗が美少女のモノでしたら?………ね?」
「………やめよう。ちょっとだけ背徳感とか矛盾から生じる美学ってのが解ったけど、それ以上はやめようね?」
「ふふっ、残念です♡」
揶揄うように笑い、ハナコは素振りの観察を続ける。何が面白いのか、それは彼女にしか分からないのだろう。このキヴォトスで鉄の棒を振ってる変人が面白いのか、それとも単に暇なだけなのか。
結局、『生徒』である自分にはハナコも内面を曝け出さないのだろう。その鍵となる『先生』はまだいない。彼女の居場所となる補習部もまだ設立されてすらいない。
今はまだ、何故か水着で徘徊して授業まで受ける変人という側面しか見えない。
「……聞いても良いですか?」
「良いよ。答えれるのかは置いといて」
「ずっと、私だけではなくトリニティ生の皆さんが気になっているのですが。……貴方、性別はどちらです?男装の麗人にも、背伸びした中性的な男の子にも見えますので……そろそろトリニティ七不思議の一つになりますよ?」
「ないしょ。楽園の証明、悪魔の証明…好きなように解釈して?」
「狡いんですね」
「『大人』は時に狡猾なんでね」
「でも貴方は子供でしょう?」
「………うん、そうだね。そうだった、私は子供でしかないんだよね。じゃあ子供の我儘ってことにしよう」
人間である以上、性別が無いということもないが。少なくとも其れは性別というモノに拘ってはいない。そもそも着飾らないし、多方面への配慮か、トリニティ学園の制服には着ている人物こそ少数だがズボンとネクタイの物がある。
完全な男子制服ということでもなく、しかし女子制服でもない。レッドウィンターの事務局所属の少女が着用している制服に近い。
「……不思議な人ですね、
「何も見えてないよ。盲目的で、目に見えない危険を恐れているだけの『生徒』だよ…私は。だから抗いたくて、与えられた道に依存しているだけ」
「抗って前に進めるのは、素晴らしい事だと思いますよ?全てを諦めて、迷走しているお馬鹿さんだっているんです。そんな変人に比べたら、イツキさんは立派ですよ」
彼女の目には、清廉潔白な者として映っているのだろうか。誰よりも罪深くて、贖罪の為に生きて大罪を抱えて死のうとしている自分は、やはり薄汚れたナニカだ。
"前"も、こんな期待を寄せられていた。そして答えようとして、失敗して逃げた。だから綺麗に見えるのは、優雅に浮いていても水面の下でみっともなく足掻く白鳥と同じだ。
結局の所、これ以上の罪を重ねまいと取り繕っている姿が好印象を与えているだけだ。そんなのは、偽物でしかない。周りに流されず、清廉な彼女の方が綺麗で尊敬に値する。
「…キミが思うほど、私は潔白な人間ではないよ。まあ、そう言うのは『大人』の役割さ。あのシャーレの先生とかね」
「シャーレの先生……話題の、所謂便利屋さんみたいな人の事ですか?噂は聞いていますけど…」
「私も詳しくはないけどね。アレだよ、もし関わる機会があればじっくりと観察してご覧。ハナコの悩みも解決してくれるかもね」
「………そんな『大人』がいれば、きっとトリニティ学園も今よりずっと……はっ!つまりシャーレの先生に協力して頂ければトリニティ生全裸登校の夢も…!!」
「…そうだね、しっかりと叱られて来ると良いよ」
「あらあら♡」
薄く笑う少女に呆れながら、素振りを終えて鉄の棒を竹刀袋にしまう。そろそろ寮の点呼の時間であり、規則は出来るだけ守りたい。
「じゃあ私は戻るよ。ハナコも、遅刻しないようにね」
「ふふっ、それではまた後ほど」
まだ人気のない道を駆け抜け、やはり古臭い寮に着く。水面イツキの部屋は三階であり、飛び降りるのは容易くとも入るのは多少の手間だ。
壁も古い為、走って登るには耐久性が不安だ。だからこそ近くの木に登り、そのまま空いている窓に飛び込む。床は下の階に振動を伝えるので、なんとか窓枠に足を着き、ワンテンポ踏んでから床に着地した。
"前"であれは不可能だった動きも、今ならば出来る。然しその代わりに失った物が多過ぎた。イツキは自身の並々ならぬ身体性能を発揮する度に、罪悪感に苛まれる。
全てを捨てた筈なのに、中途半端な責任感だけが残り。だから死ぬ迄悩み続け、届かない懺悔をする。
「………シャワー浴びて、着替えないと」
こんな古い寮でも、部屋にシャワー程度はある。浴槽はないが。
また憂鬱な一日が始まって、一時の平和を過ごす。
――vanitas vanitatum, et omnia vanitas.
今ならば、彼女達の気持ちが痛いほど分かってしまう。この虚無感も、嘗ての自分の代わりである『シャーレの先生』に託せなければどうしようもなくなっていただろう。自死を選ぶか、いっそ狂ってしまうか。
そうなっていたと断言出来る。虚しくて、泥濘に飲み込まれて。ふと我に返って、自分が何をしているのかを忘れてしまう。
もしも自分が色彩すら打ち砕けるくらい強ければ。そんな子供じみた妄想をして、鉄の棒に頭を打ち付ける。そんな絵空事にうつつを抜かすほどの余裕が何処にあるのか。
少しでも強く。肉盾でも良い、最期は誰かの為に使いたい。そんな我儘、その程度の希望足り得ない望み。狂えないから、意思にしたがって礎になりたいだけだった。
(…でも、きっと…『生徒』としてでもキヴォトスにしがみついているのは、私が弱くて、誰にも知られずに無駄に死ぬのが怖いからなんだろうね……)
――これは、水面イツキが死ぬ迄の物語。