嘗ての先生、其の成れ果て 作:低品質なプリン
正実モブが欲しいです。……とても欲しいです。
飛び交う銃弾によって舞う砂に紛れ、元より小柄な体を更に縮める。
相手はカイザーコーポレーションに与する兵士だ。オートマタとは言え、アビドス砂漠を彷徨う暴走機体とは決定的に異なる点がある。
それは"自我"だ。もはやキヴォトスにおけるオートマタは一つの種族とも捉えれる存在であり、人間と同様の思考行動を取り、こと戦闘においての連携は訓練された兵士よりも緻密で効率的。
一体の力はキヴォトスの一般生徒よりも劣るが、真骨頂は数の有利を最大に活かせる連携力だった。
だが、先生を背にした生徒も連携では負けない。
『――イツキ、相手のレーダーに捉えられてるよ』
「了解。じゃあ
『うん。無理はしないでね』
先生からの通信が鼓膜を揺らし、イツキは全身を覆う砂を振り払って自分に向けられた複数の銃口へ駆け出す。オートマタの目部分は攻撃的な赤に点滅し、イツキの突貫に向けて叫ぶ。
その刹那、前衛でホシノ達と交戦している機体以外は流れるようにイツキをロックオンして、目の眩むノズルフラッシュが砂漠を照らした。
「ッ…!……私だって、撃たれたら多少は痛いんだけどね……ッ」
「っ!?敵が仕掛けてくるぞ!さ、下がれぇぇ!!」
身に何十もの銃弾が刺さり、然し多少眉を顰めながらもイツキは地面ギリギリまで姿勢を低くして
雑に白布を巻かれた持ち手部分に、そこから連なるのはしなやかに編まれる茶色の革。数メートルに及ぶ身の途中から先端まで無数に分かれた武器――『革鞭』だ。
イツキが自分用に調節し、利用している唯一の武器とも言える。普段使いしている鉄の棒は調節は以ての外、そもそも加工すら業者に頼んでも無理だった。
「これ、使い慣れてないんだけどね…」
「ガッ!?や、止め――うわあぁぁぁぁあ!?」
「ふっ……りゃあっ!!」
革鞭の先端をオートマタの脚部に巻き付け、そのまま
銃であれ鞭であれ、挙句は只の拳であったとしても神秘が籠るそれはキヴォトスの住民に大打撃を与えるには十分だ。
流石に全軍とは言えないが、幾つかの部隊が数秒程度でも止まれば満足のいく結果となる。
『イツキ、ありがとうね!』
「構わないよ。…後は適当に掻き乱すから、何かあったら連絡してね」
『うん。もちろん、君もね?』
「心得ているよ」
オートマタの銃撃音と重なるように鳴り響いた無数の銃撃音と複数の爆音は、アビドスの生徒が先生の指揮で攻めへと回った合図だ。
基本的に、今回の交戦ではアビドスの攻撃タイミングを先生が指示している。イツキは兎も角として銃を用いる彼女達は敵の本拠地にて、銃弾が限られる。
ならば無駄撃ちをするよりもイツキの作る決定的な隙を突く方が理に叶っている。
無論、そんな作戦も二度は通じないのだろうが。オートマタは同胞が倒れると同時に学習する。故に、イツキと先生の作戦ももう通用しない。
(……さて)
――現状、イツキの手札は鉄の棒と革鞭による攻撃程度だ。後は神秘解放か変質だが、この場で頼る切り札ではない。
適当に掻き乱すとは言ったものの、彼女達の元に直ぐさま駆け付けられる距離には留まるつもりだ。ならば取れる手段も限られるが、そも、元から多くない手札だ。大して困る事もない。
「はっ!」
突出していたオートマタの膝関節部分を鉄の棒で打ち、体勢が崩れて倒れる瞬間に顔面を蹴り上げる。
そのまま一時的にでも機能停止したオートマタを盾に前進し、一体一体を確実に沈めた。案外、愚直な行動の繰り返しが有効な瞬間もあるのだろう。
同様の戦法を用いてから暫く経ち――
――ヴイィィィィィーーンッ!!
「っ!………タイムアップだね」
騒々しいサイレンがアビドス砂漠に響き、それが警告音であるのは察するに難しくない。イツキの記憶が正しいのであれば、この後に
ヘリコプターによる独特なプロペラの音と、キヴォトスでは頻繁に聞こえる戦車の低く揺れ動くような音。大規模な兵力が建物ごとアビドス生徒を包囲しているらしい。
後々の事を考えて出来る限り兵力は減らしたかったが、それも莫大な兵を持つ企業――カイザーグループにとっては微々たるモノなのだろう。その微々たる違いが結果に大きく影響する世界な為に一重に無駄だったとも言えないが。
『――イツキさん!今すぐみんなと合流してください!!装甲車や戦車…ヘリまで、諸々の大規模な兵力が接近中です……ッ!』
「アヤネ……うん、了解したよ」
アヤネとほぼ同時に先生からも連絡が入り、イツキは力ずくで包囲を突破して合流を図る。だが然し、想像以上の軍勢を相手にいつの間にか距離が離れていたらしく、指示通りの合流をするには多少時間が掛かりそうだった。
「……先生、聞こえてる?」
『イツキ…?何か問題でも?』
「うん。やっぱり少しだけ時間掛かりそうだから、先に進んでてくれる?すぐに追い付くから」
『……分かったよ。でも、本当に危なかったら私を呼んでね。絶対に
「…うん」
――"どうにかする"。
その手段も、確実性もイツキは知っている。知っている故にこんな場所で使わせる訳にはいかない。イツキの扱う擬似的な神秘解放と同様に、先生の持つ切り札にも
故にイツキが取るべき手段も自ずと戦闘から逃走へと切り替わる。複数の機体に姿を捉えられ、イツキが身を隠す遮蔽物からは鈍く被弾音が鳴る。
被弾を気にせずに走り去る事も可能だが、恐らくは何処かにスナイパーもいる。数も場所も分からない以上はやはり愚直に逃げる事も叶わない。
「…仕方ない、か」
この際、もう被弾は諦める事にした。
遮蔽物から飛び出したイツキを無数の銃弾が狙い撃ち、鈍い痛みが走った。だが苦痛に見て見ぬふりをして、鉄の棒の半ば迄砂に差し込み、柄を強く握ったまま前斜めに
「「「っ!?」」」
イツキの見た目に見合わない筋力で掬い上げられた砂は扇状に広がり、砂埃も相まって完全にイツキの身体を隠し、周辺の視界も通さなくなった。
それに紛れてイツキも駆け、少しづつ先生達の居る方向へと向かった。
十分か、半刻か。やけに長く感じる時間を経て見付けたのは、何かを包囲するオートマタと、逃げ道を塞ぐように止められた無数の装甲車と戦車だ。
円を描いての包囲であり、真上には重機関銃を構えるヘリコプター。あの中心にアビドスの生徒が居るのであれば、逃げるのは絶望的だった。
唾を飲んでから助走をつけ、出来る限り高く飛んでから革鞭の先端をヘリコプターのスキッドに絡ませて、空中を滑空するように包囲網の中へと飛び込んだ。
「っと…!」
「っ!?い、イツキ!?」
「どうも、先生。上から失礼するね。みんな、怪我はない?」
「は、はい……一応、大丈夫です…」
イツキの声にノノミが答えるが、表情は薄暗い。何かに対する不安と恐怖心が見て取れるが、しかし好戦的なアビドス生徒が戦力の差に震える、だなんてことは考えられない。改めて記憶を掘り起こし、思い出した。
「……何があったの?」
「借金……の…利子が……」
「…………」
セリカの声が震えていた。彼女の辿々しい説明を整理すると、先程、カイザーローンより唐突にアビドスの信用評価を最低ランクに下げると連絡があり、従って変動金利3000%上昇という巫山戯た利子金額となったらしい。
諸々適用された結果、来月以降の利子は9130万円だ。払わせる気がないと言うよりも、悪辣な意思が戦意すら焼き払ってしまう。
その様子を見て嘲笑う男に視線を移すと、その男――カイザーPMC理事は軽く鼻息を鳴らす。
「ほう、まだ鼠が紛れ込んでいたか。その制服……トリニティか?くくっ、あのトリニティ生が盗人の真似事など堕ちたモノだな。今回の件、どう責任を取る?学園に泣きついても良いのだぞ?」
「…どうも、理事。トリニティ総合学園二年生で、
「うん、イツキは私の要請でこの場にいるんだよ。だからトリニティは関係ないよ、カイザーPMC理事」
「ふん、だからどうした。ならばシャーレが被害額を支払うか?まず、君達は企業が合法的に事業を営んでいる地に不法侵入し、仕事に務める職員へ無情にも攻撃したという事実を理解したまえ」
「……攻撃してきたのは、そっちから」
睨むシロコを無視し、理事は被害者である立場を崩そうとしない。
赤い目部分を悪辣に光らせ、カイザーPMC理事はイツキと先生を見下す。だが今更彼ごときに動じる様では更なる巨敵には立ち向かえない。
現状、イツキは何が出来るか。この場でカイザーPMCの軍隊を壊滅させても解決には至らない。寧ろ事態は悪化するだろう。相手は生半可な交渉にも屈せず、意味を持たない。
ならば、今のイツキが行使できるのは
「……先生、使うね」
「…仕方ないよね。何かあっても、責任は私が取るよ」
「その時は共に背負うよ。……ありがとうね」
改めて大柄な男へ向き直り、イツキは腕章を広げるように前に掲げて声を張り上げる。
「――私は連邦捜査部シャーレの部長、水面イツキだ!本日は連邦生徒会長によって付与された権限の元、アビドス砂漠及びカイザーPMCの視察をしに来た!!」
シャーレはあらゆる規約や法律による規制や罰則を免除される超法的機関だ。連邦生徒会の名義での介入が困難な諸問題にも積極的に介入することが可能であり、活動範囲も余程の事が無い限りは縛られない。
カイザー系列の企業はブラックマーケットにも組みしており、グレーな存在として認知されている。連邦生徒会の手が届かないブラックマーケットでは完全な犯罪にも手を染めており、十二分に
「まったく覚えがない、だなんて言わせないよ」
「……その権限が企業にまで通用するとでも思っているのか?」
「寧ろ、通用しないとでも?連邦捜査部シャーレは
「ぐっ…!……ならば、そこのアビドス生徒はどう説明する?確かに貴様がシャーレの部長だと、その腕章が証明している。嗚呼、認めよう。
「…………」
互いの鋭い視線が交差する。
ここでイツキと先生が、彼女達はシャーレ所属の生徒だと言い切ることは可能だ。単なる言葉には確証がないが、シャーレの先生の言葉ともなれば話は別だろう。
それを解っているからこそカイザー理事は先生ではなくイツキを問い詰め、同時に言葉を縛った。代表として声を上げたなら、それを突き通せと。
「……理事、下がるのが賢明だと思うよ?」
「……貴様こそ。チッ、借金の件…忘れるな。尤も、アビドス高校を捨てるのであれば貴様らには関係のない話になるのだがな」
それだけを言い残し、カイザー理事とイツキは互いに背を向けて撤退する。事態は硬直して、無理にズラせば自分達の方が不利になる可能性がある。
カイザー理事は上に立つ者として、イツキは過去の経験から。感じるものがあり、下がるタイミングもまた今しかないと読んだ。
「じゃあ、帰ろっか」
硬い表情のアビドス生徒と、意味の籠った瞳でイツキを見詰める先生。イツキ自身も酷い表情であったことを自覚しながら、それでも気付かないフリをして踵をかえした。
◆◆◆
アビドス高校に到着するまで、誰かが口を開く事はなかった。だが着いた途端、セリカは怒りが再加熱したかのように叫んだ。
「ああぁ!もうっ!!一体何なのよッ!?」
「……カイザーコーポレーションは、あそこで何を企んで…?」
「『宝物を探している』、と言っていましたが…」
シロコの疑問にノノミが答えるが、しかし答えた本人でも殆ど意味がわかっていない。本当に、アビドス砂漠には何もないとアビドス生徒は認識している。
石油も、金になりそうな地下資源すら残っていないと遥か昔に捜査結果が出ているのだ。カイザー理事の出鱈目であると考えるのが妥当だが――
「そんな事よりも、今は借金の方でしょ!?3000%とか言ってなかった!?」
「……保証金も要求してきましたし、あと一週間で……3億円、だなんて……」
部室に居たはずのアヤネだが、皆と同様かそれ以上の疲れを表情に滲ませている。きっと、色々と調べていたのだろう。事の解決法や契約書の不備、愚直に3億円を稼ぐ方法。
無論、芳しい結果が出ていないのは察するに難くない。
やがて騒々しく、喧嘩のように議論は嫌に白熱する。もう真っ当な方法ではどうしようもない、と主張するシロコとセリカ。それを止めようとして、然し倫理の面でしか訴えれないノノミとアヤネ。
そんな生徒達を目の前に、イツキは背を向けて顔を歪める。
何故、自分はこうなると解っていても上手く動けなかったのか。
酷く、頭が痛い。
ずっと、疑問に思っているのだ。生徒の意思決定を尊重すると自らが決めた指針が、間違っているのではないかと感じてしまう。
だがそれを縛ってはベアトリーチェと同じだ。目指すべき楽園があったとしても、生徒の気持ちを蔑ろにして良い道理にはならない。
強固な意志を疑い、しかしそれを崩せなくて。だからこそ自分は何も成し得ないのではとまた疑って、思考はループする。
残るのは、自分が何処までも無力であるという結論だけ。最初はそれでも良かった。無力でも、生徒と共に歩んで、困っていたら導く。そんな先生で在りたかった。
だが、今は無力で無価値で無意味な、虚しいだけの自分が大嫌いだ。いっそ、死にたい。命を持って全てに謝罪しながら後悔に溺れ、死んでしまいたい。
「…………」
「……イツキ、思い詰めないで」
「先生……」
「カイザー理事を引かせたんだから、君はよくやってくれたよ。それが何の意味も孕まない行為だったとしても、関係がない。だって私が――私達が
「………?」
「ホント、先生と同じくらいおじさんもスッキリしたよ?カイザー理事のニヤけ面を崩せたんだもの、目の前で大笑いして写真でも撮りたかったね〜」
振り返ると、先生とホシノが笑っていた。絶望的な状況に似合わず、今にも大笑いしそうなほど満面の笑みを浮かべていた。
「ありがとうね、イツキさん。きっと、イツキさんがいなかったら私達は泣きながら逃げ帰ることしか出来なかった。でも、思い出してよ?ニチャアって嗤ってたカイザー理事の焦り顔……最っ高だったでしょ?」
「ホシノ、実は私ね……写真撮ってあるんだ!」
「おぉ!先生さすがだね〜!ほらほら、イツキさんも一緒に見ようよ」
「え、あっ…」
きっと先生とホシノの発言は慰めであり、本心でもある。イツキと同様に、二人も自身の無力を嘆いていた。先生として最善を選べずイツキに背負わせた、対策委員会の部長として果たすべき事が未だに見えていない。
だから、せめて三人で背負いたかった。重荷を他人に明け渡してくれない頑固者を前にして、先生とホシノは共に背負う選択肢を選んだ。
シッテムの箱のカメラ機能で連写された写真の中には嘲笑から動揺へと変化する絶妙な瞬間が写り、鋼鉄とは思えない間抜けさが滲み出るモノもあった。
ホシノは写真の共有を頼んだ後、対策委員の皆の方に歩き机をバンっと叩く。
「みんなー、ちょっと熱くなり過ぎだよ〜?」
「………ごめん、私…」
「よしよし、シロコちゃんは悪くないよー。あ、セリカちゃん泣かないで!?」
「いや、まったく泣いてないんだけど…何なの、ホシノ先輩の中では私って相当な泣き虫なの?」
「あ、あはは……」
「みんな、喧嘩はダメですよ☆」
ホシノが冗談交じりに場を鎮め、本人達も議論が熱くなりすぎていた事を自覚していたのか。張り詰めた雰囲気は多少緩和された。
だが相変わらず優れない皆の表情を、察してホシノはパンと手を叩いて提案する。
「――さて、じゃあ疲れたし解散しようか。明日、ちゃんと話し合おうね?」
それに皆も渋々ながら了承し、傷の手当を終えた後に各々帰って行った。
そしてイツキが帰る間際、モモトークにホシノからメッセージが届いていた。『夜に学校来て』とだけ、簡素で熱を感じない一文。
「…………」
――既に、正念場の最中だ。
◆◆◆オマケ◆◆◆
『革鞭』
・イツキのもう一つの武器。鉄の棒ほど使い慣れていないため、普段使いはしない。また、鞭打は銃弾を耐えるキヴォトスの生徒であっても異様な痛みを伴う為、生徒にも使用しない。某マイスターによりBluetooth機能付き。
感想や評価、誤字報告諸々感謝です。感謝の証として鼓膜大破裂間違いないの剣先ツルギASMRをあげます。はい、嘘です。