嘗ての先生、其の成れ果て   作:低品質なプリン

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背負うべき責任

 

「―――――」

 

誰かから呼ばれている。

 

聞き覚えのある声だ。大人と男性の声と、家族同然な後輩たちの声。その中にあの人の声がないことに絶望を抱きながら、それ故に胸が裂かれるような吐き気がした。

 

激しく揺さぶられ、陰鬱に目を覚ます。頭が異様に痛くて、肺が丸ごと消えてしまったような喪失感が胸を占めていた。

稀にある"嫌な予感"の平行線上にあった形容し難い、確定しなくとも胸で燻り脳を焼く直感だ。何か取り返しのつかない事態に発展しているような、でも脳が必死に思い出させるのを拒絶している。

 

でも、見て見ぬふりなんて数秒程度で終わってしまう。

 

「……い…つき……さん…?」

 

「っ!?ほ、ホシノ…!私が分かるかい!?何処か痛むところは――」

 

「………そうだ………は、やく…行かないと……止め、ないと……!」

 

私を労わって、心配して、酷く動揺した様子で顔を覗き込む先生の頭を雑に払い除ける。今は、本当に今だけは先生に構っている暇なんてない。

ぼやける意識を整えながら緩慢な動作で起き上がり、辺りを見渡す。見慣れた対策委員会の部室で、私はソファに寝かされていたらしい。皆が倒れている私を見つけてくれたか、それともイツキさんが去る前に誰かに連絡したのか。

 

(……そんな事、考えてる暇じゃない…)

 

視界をあげると対策委員の皆が集まっていた。先生も、ノノミちゃんも、シロコちゃんも、セリカちゃんも、アヤネちゃんも――殆ど全員が居るのに、イツキさんだけが居ない。…私のせいで、居なくなった。

 

「ちょっ、先輩!急に起き上がったら危ないでしょ!!」

 

「……ごめん、セリカちゃん。ちょっと急ぐから…」

 

「ま、待ってください!状況の整理を……何があったのか、ホシノ先輩しか分からないんです!」

 

「…………大丈夫。直ぐに、元通りにする…」

 

セリカちゃんもアヤネちゃんも、こんなに心配してくれる。それがどうしようもなく辛くて、また喪いそうな私には不似合いな優しさだ。

 

……優しい後輩達に報いる為に、また日常に戻らないと。イツキさんを連れ戻して、それで……………どうするべきなのだろうか。イツキさんを納得させて今度こそ私が契約を結ぶ?それともいっそカイザーや黒服と完全敵対して、力づくでイツキさんを取り戻す?

 

分からない。何が正しいのか…どうすれば、何事もない日常に戻って皆と笑い合えるのか。また私が壊して、守れない……そんなこと、認めたくない。

認めてしまったら、今度こそ私は壊れてしまう。きっとイツキさんの様に生き続けて、誰かを救う道も選べず。迷わずに自分のヘイローを破壊してしまう。

 

「……待って」

 

「…………シロコちゃん、離して」

 

「嫌。このままホシノ先輩を行かせたら、きっと後悔するから。ホシノ先輩がいなくなったら、アビドスはなくなるよ」

 

「じゃあ先生を頼って。私は、私のしでかした事の()()を取らないといけないから」

 

「ん、じゃあ協力する。何があったのかは分からないけど、先生やイツキのいる対策委員に不可能なんてないから」

 

「ッ…!……必要ないよ。私ひとりで何とかする……何とかしないと、いけないんだよ」

 

シロコちゃんは何も間違ってなんかない。対策委員の皆がいて、シャーレの先生やイツキさんが協力してくれたら何でも出来た。どんなことに挑めた。

でも、その"絶対"を崩したのは私だった。私があんな事を言わなければ、もしかしたらイツキさんは今もこの場に居たのかもしれない。私がもっと賢くて借金を返す術を持っていたら、こんな気持ちにはならなかったのに。

 

私がシロコちゃんの手を離させようとしているところで、ノノミちゃんは辺りを見渡しながら疑問を呈する。この状況を最も分かりやすく、そして確信をついた疑問だ。

 

「あの…誰か、イツキさんを見ませんでしたか?朝からずっと姿が見えなくて…」

 

「あ、そういえばイツキさんいないわね。もしかしてまだ寝てんの…?先生の方に連絡とかは?」

 

「……昨日の夜に一件だけ。ホシノが倒れていた場所を知らせてくれて以来、連絡が取れてないよ」

 

「………………」

 

どうして、とは言えない。先生の言葉は私の中にあった微かな希望も容易く擦り潰した。きっと、もう契約を結んでしまったのだろう。だからこの場に居ない、だからこそ私は何を支払ってでも契約を破棄させて再契約を結ばなければいけない。

それが叶うのか……いや、要求を()()()()。その為になら何でもする。どんな事にも手を染める。

 

「…ホシノ、何か知っているんじゃないかい?」

 

「…………」

 

「先輩、黙ってても何も解らないよ。先輩が何をしたいのか、どうして焦っているのか……ちゃんと話すべき」

 

「そうですよ……イツキさんは私達の仲間なんです。もし何かに巻き込まれているなら、助けないとですよ!」

 

シロコちゃんの言葉も、ノノミちゃんの心配も。痛いほど心に刺さって、なのに不思議と涙は出ない。泣く資格なんてないと分かっているんだ。

 

言葉を交わすと決心が軋む。だから逃げるように部室から出ようとして――戦闘装備がないことに気が付く。きっと、私は相当混乱していたんだと思う。今に至るまで銃とシールドにまで気が回っていなかった。

普段ならこんな間抜けな真似はしない。腐っても、元は攻撃的戦術を得意としていた身だ。在り方が変わったとしても銃だけは殆ど手放した事はない。

 

……自覚している以上に、私は冷静さを失っているらしい。でも、今はまだ盲目的でいたい。衝動に身を任せて成すべきことを成したい。

 

「………銃と盾は…」

 

「あるけど、渡さないわよ…!」

 

「セリカちゃん……」

 

本当に、どうして気がつけなかったのだろう。セリカちゃんはそれを持ったまま私から距離を取り、シロコちゃんやノノミちゃんが庇う。

分からない。なんで、そんなに泣きそうな目で私を見るんだろう。もう察している筈なのに。私の罪を察して、それでも何で憐憫を向けれるのか。

 

「…………」

 

「…………」

 

「い、一度…話しませんか?…状況は全然掴めませんけど……まずは話して情報をまとめないと!本当に何もかもが手遅れになっちゃいますよ!?」

 

「だからね、アヤネちゃん。本当に必要ないんだって……私一人の方が早く片付く事だから。直ぐにイツキさんを連れ戻すから…」

 

「……ホント、そればっかり!何が連れ戻すよ!?目を逸らさないで、ちゃんと事実だけを見なさいよ!!現に、イツキさんはこの場に居ない!ホシノ先輩は旧校舎で気絶させられていた!!なら…それなら、頼ってよ!もう先輩一人で背負える事じゃないでしょ!!」

 

「ッ…!」

 

「………ホシノ先輩が何を見て、どう巻き込まれたのかは分からない。でも、もう情報を出し惜しみして意固地になる時期は過ぎてるよ」

 

…………………わからない。なにが、正しいの…?最初から頼るべきだった?それとも、みんなの気持ちを裏切ってでも責任を背負うのが正解なの?

わからない。頭が痛い。泥濘に呑まれる。喪いたくない。寒い。吐き気がする。地面が揺れる。私が揺れる。回って、回って、膝が折れる。重なる…先生の声が、シロコちゃんの声が、ノノミちゃんの声が、アヤネちゃんの声が、セリカちゃんの声が、重なって、私を囲んで、回って、嗤って、怒って、泣いて、臓器が軽くて、全身が重くて、空気が苦くて、呼吸が出来なくて、わからない、分からない、解らない、判らない、ワカラナイ。

 

思考が、思考が、思考が――追い付かない。

 

 

「ホシノッ!!」

 

「っ!?」

 

先生の声が正面からぶつかる。両肩を力強く抑えられ、そんな私はいつの間にか床に座り込んでいて。何も分からないのに、両目から涙が溢れて視界が歪む。

それでも先生は真っ直ぐと私を見詰めて、絶望に慣れてしまったあの人とは逆の、希望に焦がれる瞳で告げる。

 

「君がアビドスの代表として、そして唯一の三年生として色々と抱えているのは解っているよ。でも、それを――責任を取るのは生徒(ホシノ)じゃない、大人()だ。理想があるなら…叶えたい希望があるなら、ここまで導くのが私の使命だよ」

 

「……なん、で…同じこと…言うのかなぁ…!」

 

先生の言葉は昨日のイツキさんと同じだった。似ている表情で、でも込められている感情は真逆で。先生は朗らかな笑みを浮かべて私を諭す。

…これは、卑怯だ。あの人と……イツキさんと同じ言葉で言われたら、私は何も逆らえなくなる。それが、正しいと思ってしまう。

 

「い、つき…さん……は、一人で…()()()って…!」

 

「……うん」

 

「私が……背負うつもり、だった…!でも…いつの間にか、イツキさんに話してた。私の考えも、選択も……だから、本心も見透かされてたんだと思う。……アビドスを離れたくない。ずっとみんなと居たい…そんな気持ちに気付かれて……」

 

それで、私はイツキさんを行かせてしまった。油断して、現実を受け入れられなくて。そんな隙を穿たれた。

 

「…ホシノは、イツキに助けて欲しかったんだね」

 

「……………」

 

「誰にも頼れなくて、でもイツキだけは誰にでも平等で優しい。寄り添って、重荷を共に背負ってくれる。だから、ホシノはイツキを選んだんだよ」

 

「ごめん、なさい…」

 

「謝らないで。きっと、イツキも嬉しかったんだよ。頼られて、だから何としても応えようとした。ちょっとだけ強引だったかもしれないけど、それの責任を取るのは大人()だからね。どうか、協力して欲しい。イツキを――私の右腕を助けたいんだ」

 

「ッ……!ち、違っ…頼むのはこっちだよ…!私は…絶対にイツキさんを助けないといけない……上手く説明出来ないけど、胸の奥で誰かがずっと叫んでて…あの人を助けて、あの人を絶望させないで、って……お願い、先生。私に、あの人を助けさせて…!」

 

「……もちろん。絶対に助けて、いっぱい叱ろうね」

 

「…うん。ありがとう、先生も…みんなも」

 

袖で涙を拭い、視線をあげる。みんなが怒ってないのか、少しだけ怖かった……けど、みんなは笑っていた。先生と同じくらい希望に焦がれた瞳で笑い、いつも通りの日常がそこにはあった。

 

「さあ、まずは情報整理からだ。ホシノ、説明お願いね。アヤネは出来る限りで良いからイツキの消息を辿ってくれるかな」

 

「うん、任せて」

 

「はいっ、頑張ってみます!」

 

…こうなった以上、イツキさんには私と一緒にみんなから怒られてもらう。沢山怒られて、泣いて、笑って、また一緒にノノミちゃんの膝枕で寝るんだ。

私をアビドスに残したんだから、覚悟してもらうよ?地の果てまで追い掛けて、引き摺ってでも連れ戻す。

 

 

――私は、私の大切な人が居なくなるのは絶対に嫌だから。

 

 

 





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