嘗ての先生、其の成れ果て   作:低品質なプリン

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退学届け

 

白を基調とした豪奢な扉。

 

トリニティ総合学園でも極端に入室する者が限られる一線だ。其れを画するドアは今、強かにコンコンと叩かれて何者かの訪れを無機質に告げていた。

扉の前にはトリニティにおいて無派閥の生徒が緊張に肩を震わせ、然し誠実故の義務感によって突き動かされてその場に来ている。

 

「ナギサ様、宜しいでしょうか…?」

 

少女が呼ぶのはトリニティ生徒会――通称ティーパーティーの現ホスト、桐藤ナギサの名だ。三人のティーパーティーの中でも『知』に長け、三大分派の一つフィリウス分派のリーダーでもある。

ノックしてから数秒が経ち留守かと思った刹那、静かな空間に『どうぞ』とのみ声が響く。

 

返事に従って重い両扉の片方を両手で押し、ナギサの姿が見えてから深く辞儀をして、緊張しながらも物音を立てず入室する。

 

「こんにちは、珍しいお客様ですね」

 

「し、失礼いたします!お、お忙しいところ恐縮ですが…」

 

「ええ、大丈夫です。ですが貴女も多忙でしょうし、私も予定が控えています。なので、()()()しましょう」

 

柔らかな微笑みを浮かべているが、暗に『私は忙しいです』と細められた目が語っている。相対する少女もそれを察せれないほど鈍感ではない。

再び失礼しますと告げてから足早にナギサへ近付き、一通の白い封筒を手渡してから再度距離をとる。

トリニティ総合学園に通ってるとは言え、少女は高貴な身分ではない。一般家庭で育ち、平凡な人生を歩んでいる。礼儀作法は学んでいるが、然し何がナギサの気に触るのかが分からないのだ。

 

ナギサは椅子に座ったままに受け取った封筒の裏表を流し見て、疑問符を生じさせる。

 

「……これは?」

 

「わ、私が管理する寮の生徒……水面イツキさんより、ナギサ様へ手渡して欲しいと言われた物です。本来でしたら明日に渡して欲しいとの事でしたが……私用により明日は来れない為、その…遅くなるよりは早い方が良いかと思いまして…!」

 

「…なるほど、ありがとうございます。確かに受け取りました」

 

反応から察するに、少女もまた託された封筒の中身は見ていないのだろう。厳重な封は施されていない為、盗み見ることも可能である筈なのだが。

ナギサはそれを少女の誠実さの表れであると解釈する。好奇心に振り回されない誠実な人間はやはり、ナギサにとっても好ましい部類だ。

 

それ以上は言葉を交わす事もなく、少女はまた深く辞儀をしてからゆっくりと扉を閉じた。

 

 

 

 

 

「…さて、イツキさんからですか」

 

白い封筒は紐綴じとなっていて、ナギサは不似合いにもほんの少しだけ頬を自然に緩ませながら封を解く。

 

水面イツキ――同じトリニティ総合学園の後輩でありナギサの数少ない友人だ。年下の第二学年でありながら、自分だけでなくミカやセイアとも()()に接する不思議な生徒。それを不敬と感じさせず親しみと捉えさせるのが得意なのだろう。

意図せず生徒に畏怖を与えてしまうナギサやシスターフッドの長にとっては羨ましい限りだ。尤も、ナギサはその畏怖さえも政治の糧として扱ってしまうのだが。

 

イツキとは稀に阿慈谷ヒフミを交えた三人で茶会に興じる事もあり、掴みどころはないが共に過して心安らぐ友人なのだ。

 

そんな友人からの送物。珍しく、故にナギサの好奇心を刺激する物だった。中身は幾ら想像しても思い当たる節もないが、あのイツキが悪辣な意の篭った物を他人越しに渡すとは思えない。

何かのサプライズ的な物か、もしくはティーパーティーにとって意義のある情報でも掴んだのか。何れにしても好奇の念はあったのだが、然しそんな心意気も一瞬で崩れる。

 

「………っ!?………これは…な、ん…です…?」

 

彼女らしくなく、取り乱した言葉が零れた。然しナギサでなければ戸惑いに溺れて思考を回すことも儘ならなかっただろう。

 

――退学届。

 

たった複数枚の紙にそんな意味が含まれるという事実。とてもじゃないが、脳が追い付かなかった。

最初は見間違いを疑ったが、何度確認してもイツキの名前が記された正式な書類であり、後は捺印をするだけで水面イツキはトリニティ所属の生徒ではなくなる。たかが紙程度、されど其の紙がイツキをトリニティの生徒として認めるか否かの最重要書類となる。

 

「……………」

 

そんな事を易々と認められる筈がない。犯罪を犯す問題生徒や明確な転校希望のある者ならば兎も角、イツキの場合は退学となる理由がないのだ。

これまでもトリニティを去った生徒は何人もいた。他校への転校や問題行動の積み重ねでの退学。事例は少ないが、やはりナギサは特に思うこともなく淡々と処理した。

 

理由や大義さえあれば、ナギサが態々行く末に思い馳せる事もなかった。()()()()ナギサは目の前にある退学届に何一つとして納得は出来ていない。

 

モモトークを起動し、イツキにメッセージを送る。十数分が経ち、既読がつかない事に焦燥を覚えながら何回も通話を試みて、しかし繋がらない。

電波の届かない場所に居るのか、それとも意図的に拒否しているのか。先程の少女――寮を管理する生徒の言葉から推理するに今はトリニティ自治区にはいないのだろう。それが今日からなのか、それとも数日前、もしくはもっと前からなのか。

 

ナギサはティーパーティーのホストで、イツキは連邦捜査部シャーレの部長。互いに忙しい身なので、最後に茶会をしたのは一週間前だ。なのでイツキの事情についてナギサは詳しいとは言い難い。

 

「……すみません、イツキさん」

 

故に――ナギサは退学届けを()()()()()()

 

ティーパーティーとして、私情に左右されて生徒の意志を無下にするのは最低な行為だ。許されざる所業であるのは理解している。だが同時に、例えこの書類を受け取ったのが自分でなくミカやセイアだったとしても、同じように退学届を処分していただろう。

ならば、いっそのこと最初から水面イツキの退学届けなど誰も見ていない事にする。封筒は最初から空だった、と。

 

文句があるのであれば、直接説明しに来たら良い。もし事情があるのであれば、相談して欲しい。

 

どんなに私情が混じっていたとしても、ナギサはイツキが直接会いに来て納得のできる説明をするまでは認めるつもりもない。

これは、きっと醜い私欲でしかない。大切な友人を失いたくない、信用出来る人と共に在りたい。

 

(……捜索を……いえ、後々を考えれば大事にするのは好ましくないですね。ティーパーティーとしての権威は使えない。でしたら個人的な繋がりを利用するしか…)

 

そう考え、思考が行き場を無くす。

 

ティーパーティーの権力を使用しない。幼馴染のミカにも今ばかりは頼れず、シスターフッドや救護騎士団は私情どころか権威を使っても動かない。

正義実現委員にもイツキの友人はいる筈なので個人的に捜索してもらうという点では選択肢の一つには入るが、トリニティ外での捜索となれば易々と許可も出来ない。

 

自身も同様であり、そも、トリニティ校舎から出るだけでも敏い者ならば何かを察するだろう。

 

「せめて、行き先さえ分かれば……」

 

あと一つ、何かが足りない。いっそのこと寮の部屋まで出向いて情報を探るか。それともシャーレの先生と接触して事のあらましの説明を願うか。

後者が確実であるのは解るが、そうともなれば自分が先程処分した退学届についても話さなければいけない。先生の性格や在り方は分からないが、公平を司るシャーレの先生が不正を見て見ぬふりしてくれる保証はない。

 

慎重に進めるべきだ。そう自分に言い聞かせて、だが自覚している以上に水面イツキの存在はナギサにとっても大きいらしい。焦りで盲目的になっている事にも気付けないのだ。

 

悩んだ末、シャーレへ連絡を試みようと決心した刹那――

 

「な、ナギサ様…お時間よろしいでしょうか?」

 

「っ!……ヒフミさん…」

 

慣れた手つきでドアを開けて現れたのは阿慈谷ヒフミだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なるほど、ご説明ありがとうございます。ヒフミさんの仰ってる事はよく分かりました。ヒフミさんや先生、そしてイツキさんの言葉が本当であれば……ええ、このまま聞き流すわけにもいきません」

 

ヒフミからカイザーPMCやその被害者であるアビドス高校について聞き、ナギサは内心で小さく微笑む。情報を整理すればカイザーがイツキの退学に関わっている可能性は大きく、少なくともシャーレの部長であるイツキがアビドス自治区に居るのは確実だ。

 

ナギサにとって、結局のところアビドスもカイザーPMCも体の良い理由でしかない。エデン条約が目前に迫っている故に自身が大胆な動きを見る訳にはいかない、と考えていたが。

大義名分があるのであれば話は別だ。カイザーPMCがトリニティ生に及ぼす悪影響も無視できない。そしてシャーレの先生に恩も売れる。

それだけの()()があればナギサも大手を振ってアビドスに関わり、同時にイツキの捜索も可能だ。

 

「PMCという企業の存在が我が校の生徒達に良くない影響を及ぼしているのは確かですね。ええ、ええ…今回は例外ということで、何か考えた方が良さそうですね」

 

「あ…ありがとうございます、ナギサ様…!」

 

「そうですね……確かちょうど、牽引式榴弾砲を扱う屋外授業の予定があったはずです。ふふっ、折角ですしちょっとした()()()()()などでもいかがでしょう?」

 

「えっ……えっと、牽引式榴弾砲ということは…L118の……?」

 

「はい。他ならないヒフミさんですので、全てお任せします。勿論、細かい事は私の方で処理しますので存分に」

 

「は、はい…!」

 

画して、ナギサとヒフミは()()()()()()()を進める。思惑はある、本命の目的もある。だが表向きは学びを本懐とした生徒に学びの場を用意しているだけだ。

それで連邦生徒会から目を付けられることもないだろう。むしろ連邦生徒会の手が届かない所へ自主的に手を伸ばしているのだから、やはり大義名分は此方にあるのだと確信する。

 

交戦は刻々と迫っていた。

 

◆◆◆

 

薄暗いオフィスで異形の男が嗤う。

 

黒いスーツに黒い手袋。肌はそれ以上に黒く、薄白く光る亀裂が走っている。男――黒服と呼ばれる者は愉快そうに声を漏らし、自分の眼前に経つ小柄な生徒と()()()に視線を向けた。

 

「……ククッ、契約書へのサインは確かに頂きました。これで、イツキさんの全権利は私の元に移譲されました」

 

「勘違いするな、それが有効になるのは明日からだよ」

 

「ええ、解っていますとも。ですが契約が交わされたのも事実、故に学園からの接触はあっても、イツキさんが抵抗するのは許されない事も事実ですよ。クク、クククッ……」

 

「…………」

 

アビドスの件、イツキには自身が介入したことによってどのように変化するのかが分からなかった。だからこそ退学届がナギサに届くまで一定の猶予を設けたのだが、それも今日までだ。

今のイツキの全権利は黒服にあり、明日にはナギサに退学届が届いて所属校であるトリニティもイツキに手を出せなくなる。

 

イツキは思う。桐藤ナギサは遠くない未来でそうで在った様に、私情に駆られず、決断を下せる生徒だ。感情で動くミカとは違い、退学も受け入れてくれるだろう。

 

(……やれるべき事は、やったよね……これが、私の精一杯だよ…)

 

もう眠りたかった。寝てしまって、明日なんて来て欲しくなかった。自分の選択で何度生徒が死に、キヴォトスが崩壊したか。

これ以上動けば、また何かを壊してしまう。だからこそ無価値な筈の命でアビドスの借金を緩和させられるのであれば、もう十分だ。

 

利子については先生が何とかするだろう。自分よりも優秀で、自分よりも行動力のある先生ならばアビドスに寄り添い続けれる筈だ。きっと、イツキが見れなかったアビドスの未来も先生ならば築ける。

 

「…さて、私をどうするのかな」

 

「あなたを実験体として研究し、分析し、理解する。ククッ…小鳥遊ホシノへ施す筈だった実験と同様ですが……ええ、私達は渇望してました。…あなたという()()()を分解して、知見を得てさらに昇華……いえ、別物へと至らせるという二度と得られない()()に。……ククッ、『ミメシス』で観測された神秘の裏側――恐怖を生きている生徒……否、生徒となって神秘を()()()()()あなたに適用することが出来るのか……ええ、ええ…!非常に興味深い!!ククッ、クククク……!!」

 

「……狂ってるね」

 

「心外ですね……私達(ゲマトリア)は観測者であり、探求者であり、研究者です。あなたや先生と同じ『不可解な存在』……故に、互いの理解など求めるべきではないのでしょうね」

 

「よく言うよ。私を分解して理解しようとしている研究者(マッドサイエンティスト)が、上っ面の一般常識なんて説くべきじゃないよ」

 

「おやおや、ククッ…随分と嫌われているようで。私はあなたを好ましくおもっているのですがね……どうでしょう?ゲマトリアと協力関係を結ぶ気は――」

 

「黒服、お前を無惨に殺してもいいんだよ」

 

「……失礼。どうにも、水面イツキさん。私はあなたという存在が()()()()と感じているようです。嗚呼……あなたがまた別の形で完成していたら――いえ、止めましょう。イツキさん、あなたの到達点を理解するのにはどれだけの時間がかかるのでしょうね」

 

残念そうに、そして同時に隠しきれない興奮が黒服を支配する。温泉を掘ろうとして金銀財宝を得たように、譲り受けた宝クジが一等だった時のように。

 

――黒服は嗤う。理解出来ない化け物を目の前にして、興味と狂気の渦巻く黒服もまた異色同様の化け物だった。

 





AL-1Sに格ゲーをやらせて覇王アリスにしたい人生でした。シリアスなシーンで『…それは、(アリス)が覇王だからですか…?』と言わせたいですね。
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