嘗ての先生、其の成れ果て   作:低品質なプリン

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腕の骨をヤッてまして、かなり遅くなりました……全ては陸八魔アルのせいですね。


前回までは水面イツキさんがホシノの代わりに黒服と契約を結び、アビドスとトリニティのナギサ様がブチギレ案件だった模様。
その後に先生がイヨリの足を舐め散らかしたのかは想像に任せます。絵面が酷いので…ええ、お任せします。



赦せないこと

 

「みんな、準備はいいかしら」

 

アビドス自治区の裏路地。砂と物悲しさにまみれたそこで、少女――陸八魔アルは便利屋68の仲間へ"覚悟"を問う。

 

決して視線は向けず、誰の目にもアルの表情は映らない。だが然し、その雰囲気はとてもじゃないが彼女らしくないと言えた。

声質には明確な()()が込められている。毎回の依頼失敗による派手な怒りではなく、彼女自身も形容し難いやるせなさ。

彼女特有のバラエティ的ウィットに富んだ雰囲気も今ばかりはなりを潜める。悪意に敵意を向け、大切な友人であり()()()()を想う。

 

「は、はいっ!アル様のご命令であれば……!!…そ、それに…イツキさん、にも……お、おお恩返ししないと……!」

 

伊草ハルカは従順に、そして自我の発令する使命感を倣う。自分を認めて、褒めて、失敗も不器用に笑って許してくれた恩人の助けになりたい。

叶うのであれば――陰鬱な自分(ハルカ)以上に自らを嫌い、戒めようとしているあの人の隣りに在りたい。だから、身が朽ちてでも取り戻したいと心が叫んでいる。

 

いつか、全てを諦めたような目をしたあの人に、心の底から笑って欲しい。ハルカの目的はそれだけだ。

 

「……はぁ、聞くまでもないでしょ。あの人を見捨てる人なんて便利屋にはいないから」

 

溜息を零しながら、鬼方カヨコは冷静に俯瞰する。あの死にたがりを助けるには、どうするべきなのだろうか。初めて邂逅してからずっと一方的に助けられてきた。

食事に困ったら、依頼と銘打って何度もご飯を奢ってくれた。定期的に謎の"ツテ"を使って単発即金アルバイトを紹介してくれた。

 

そんな偽善に報いようとは思わない。カヨコはただ、意趣返しをしたいだけだ。散々世話を焼いて、便利屋68の日常の中にまで溶け込んで。そのクセ、簡単に居なくなるだなんて絶対に許さないのだ。

 

「アハッ!カイザーとかクロフクとか、ど〜でもいいさぁ…くふふ、私たちのイツキさんを奪うならさ――皆殺しにするしかないよねぇ!!」

 

静かに憤怒するアルとは対照的に、浅黄ムツキは純粋な苛立ちと殺意で笑みを歪める。彼女は単純に、()()()()()()が奪われ、傷付けられている現状に腹が立っているのだ。

独占欲なんて自覚しているし、隠す気もない。ムツキは何かを致し方なしと諦めるのが嫌いで、大切な人を汚されるのは絶対に嫌で我慢ならない。

 

――事前に情報は先生から貰った。

 

彼らしくない、冷静を装っても言葉の端に焦りが浮かぶ姿。未だ先生と関係性の薄い便利屋68にとっても、現状が芳しくないのは察するに容易く、そして心を掻き乱した。

 

カイザー、黒服――大人の陰謀。聞いて、理解した上でムツキは断言する。()()()()()()()()()()()、と。

例え連邦生徒会や学園都市一つが相手であったとしても、便利屋68の皆が足を止める理由にはなり得ないのだ。それほどまでの恩義、執着、愛――抱える感情がある。

 

「で、社長。結局どうすんの?」

 

「先生の依頼……いえ、()()()に乗っかるつもりよ。つまりアビドスの援護に徹するわ!……風紀委員も作戦に乗るだろうし…」

 

「あ、アル様のご命令とあれば…風紀委員に奇襲を仕掛けます…ッ!!」

 

「アハハッ、ハルカちゃんったら面白〜い♪」

 

「だ、ダメよ!?一応は味方陣営だし…何よりもそんな事したら先生とかイツキさんに怒られるわよ!?」

 

「や、別に怒りはしなそうだけど。そこら辺までは介入してこないし……まっ、知らないけど」

 

「うんうん、殴り込みはやる事が終わってからね〜。ねっ、アルちゃん」

 

「うえっ!?…………ひ、ヒナが不在のときなら…」

 

「さ…さすがアル様!協力すると見せかけて油断したところで後ろから――」

 

「…ハルカ、気が立ってんのは分かるけど落ち着きなって」

 

 

――やがて、端末に連絡が入る。

 

先生からだ。作戦開始時刻と、ゲヘナ風紀委員会の協力を得られた旨を簡素なメッセージにて伝えられた。

アルは敢えて不敵に笑い、ワインレッド・アドマイアー(愛銃)を肩に担ぐ。緊張も不安も()()()()()()()()()()()()()()()。その強がりは弱気な自分への鼓舞であり、小さな嘘だ。

 

でも、嘘だって良い。

 

大切な人を救って、仲間を護りきれるのであれば自分自身なんて容易く騙しきってやる。社長として皆の前に立った時からその覚悟は何一つ変わらない。例え、大好きなモノが増えたとしても。

 

 

「――やるわよ、みんな」

 

アビドス自治区の裏路地にアルの声が響き、対する返事もまたそれ以上に響き渡った。

 

 

◆◆◆

 

 

――囚われている。

 

目が覚めて、最初に判る事実が其れだった。幸いと言うべきか()()実験は開始されていない。水面(みなも)イツキが黒服と契約を結んでから数日は経つが、未だアビドス砂漠のPCM基地中央実験室での監禁に留まっている。

 

嘗ての記憶――イツキが間に合わなかった世界線でのホシノは、黒服がミメシスで観測した神秘の裏側、"恐怖"を適用させる実験をされ、失敗した。

イツキもそうなるのだろうと思案していたのだ。そも、イツキには恐怖(テラー)が適用されない。先生で在るという(ことわり)が変貌し、神秘を宿す生徒となった。

そして本質が歪曲し、根源が反転した者は()()()()()()()。故に、水面イツキが再度変質する事は有り得なく、無理矢理にでも適用を促せばヘイローが崩壊する。

 

だからこそ、死ねる。やっとイツキの待ち望んだ、誰にも看取られずに無惨に、残酷に、贖いだけを胸にこの世界から姿を消せる。

これで小鳥遊ホシノを救えたのだから――無論、それは救いようのない、盲目的な願望でしかない。イツキには救われてしまった者の"後"を気にする余裕もないのだ。

 

先生ならばどうにかする。そんな他人任せの思考はいつから存在するのか。きっと、嘗ては先生であった頃から無力で、だからこそ頼ってしまうのに慣れてしまっていたのだ。

 

 

「……………」

 

両手を縛る手錠に目を向けた。

 

カイザーグループで製造された物なのだろう。非常に硬く、強固な電子ロックを施されている為に一般的な生徒では為す術もない。無論イツキであれば神秘解放と変質を使用して無理矢理破壊する事も可能なのだが、そうしない理由は言わずもがな。

 

「……喉、乾いた…」

 

薄汚れたトリニティの制服姿で立ち上がり、脚に付けられた鎖を引き摺りながら数歩進む。そして蛇口を捻り、横に置いてあるステンレス製のコップ並々に注ぐ。

 

いつの間にか相当喉が渇いていたのだろう。並々の水を一気に飲み干し、もう一度同様の動作をする。それでも乾ききった喉に辟易とした刹那――

 

「っ!…ゲホッ!ウッ…ゥオェ…!!ゲボッ、ゲボッ!!」

 

――耐え難い吐き気に襲われて嘔吐した。

 

水と胃液だけが吐き出され、何度も嘔吐く。水面イツキの身体は数日の断食程度で弱るほど軟弱ではないが、然し精神は別だ。

死にたいのに、生物としての本能に従って水を飲み、オートマタが運んでくる簡素な料理を食べる。そして、まだ己が生きようとしている事実に気がついて全てを吐き出す。

 

単純な話、死にたいのであれば何も食べず何も飲まずで過ごせば良いだけだ。なのに、イツキは気がついたら喉を潤わせようとしていた。そんな生存本能が酷く、耐え難い。

 

一通り吐き終え、ヒリヒリと傷む喉に不快感を抱く。自分は何をしているのだろう。なんで、まだ死ねていないのだろう。

生じるのは不可視の疑問符であり、同様の疑問は全てを見捨てて生徒と成り果ててから毎日胸の中で行われている。

 

「――大丈夫ですか?」

 

「…なんの用かな、黒服」

 

唐突に現れた気配。不愉快な声質に従って監房の外を見ると、黒いスーツを纏う異形が立っていた。

 

「なんだ、随分とノロマじゃないか。私をモルモットにするんじゃなかったのかい?あんまり焦らすから、ストレスで吐いちゃったよ」

 

「おや…ククッ、直接的な嫌味とは貴方らしくもない。物事には順序がありましてね、当初は小鳥遊ホシノを()()()()()()()準備をしていたのですが…イツキさん、貴方が手に入ったともなれば()()()やるべき事があるんですよ」

 

「……なら、もう準備は整ったと?」

 

「ええ、はい。ですが今回は大変残念ながら、当朗報とは別に悲報もありましてね」

 

「……………」

 

イツキには到底、黒服の感情なんて読めない。だが異変程度であれば察する事も容易い。イツキの知る彼は、酷く不気味ながらも信念、もしくは筋とも言える指針があった。

言うなれば、焦りや後悔はあれども決して何事にも躊躇しない。故に、紳士的に振る舞いながらも不平を滲ませる男の在り方には違和感が生じるのだ。

 

「先日、シャーレの先生と邂逅しまして」

 

「………っ」

 

心做しか細められた伽藍堂の瞳。愉快、と断言するにはあまりにも歪み、好奇故の執着心が滲んでいる。イツキが彼に対して幾度となく感じていた寒気の一旦だ。

 

「彼もまた大変興味深い存在ですね。クッ、クク…穢れなき聖人とは、斯くも美しく残酷だ。あまりにも愚直が過ぎる。先生ならば真に至り、全てを得る資格――いえ、鍵があるのだと言うのに…その全てを放棄して、『先生』で在ろうとする。生徒に固着する。ええ、まるで理解が及びませんとも。ククッ、クククッ…!」

 

「……黒服、お前の偏った価値観は聞き飽きたよ。端的に換言してよ、悲報とやらを」

 

「…端的に換言、と…ええ、でしたら結論から。イツキさん、私と貴方の契約は()()()()()()()()。カイザーは引き続き貴方を利用するでしょうが、私はもう関与出来ません」

 

「……………は?なにを、言ってるの…?」

 

黒服から一方的に話される内容は、イツキの想像が及ばない――否、目の前の死に盲目的になっていたからこそ気付かないフリをしていた事実だった。

 

イツキと黒服の契約は、イツキが退学した()()()()()()、水面イツキという生徒のありとあらゆる全てを黒服へ譲渡するとの事だった。

その為にイツキは、確かに退学届けを寮長へ預けてきた。今頃は既に桐藤ナギサの手に渡り、退学を承諾されている筈だ。ナギサは私情に惑わされず、不正も許さず、認める。

そう確信していた――そう、盲信していた。

 

「イツキさん、貴方の所属は以前から変わらずトリニティ総合学園であり、連邦捜査部シャーレの部長です。ゲマトリア(私共)はまだ、トリニティとシャーレを敵に回す訳にはいかないのですよ…クックック。それに、私が"契約"を重んじるのはご存知でしょう?」

 

「…………」

 

「ククッ…失望しましたか?」

 

「…落胆、と言って欲しいね。私はお前に対して希望なんて抱いていないから、失望もしないよ。………それで、先生やアビドスの皆は?」

 

酷く残念だが、しかしイツキにとっては死ぬ為のチャンスが()()()()()()()喪失した程度だ。死ねるなら死にたいが、無駄死にだけはしたくない。

イツキは楽になんてなりたくないのだ。死ぬまで苦しんで、死に体になっても生徒を救い続けて。それが唯一の懺悔で、それしかイツキには出来ない。

 

「此方に向かっているでしょうね。彼女達だけでなく…ゲヘナの風紀委員に便利屋68、()()()()トリニティの屋外授業も重なり、カイザーPMCの戦力が尽きるのも時間の問題かと。不幸にも、幸運の偶然は続きますね。ククッ…」

 

「…白々しいよ、黒服」

 

現状の全て、嘗ては先生であったイツキがホシノを救うために繰り返して辿りついた最適解と重なっている。ホシノの代わりに自分が、その対象となってるだけだ。自身の至らなさに呆れる一方で、先生となった男の有能さに驚嘆する。

 

自分もそう在れたら、この虚しい胸中も少しはマシになっていたのだろうか。そう考えて、やはり死にたくなる。いっそ何も出来ない無能であったら、諦めもついたのだろう。

ほんの少しだけ、戦闘指揮の才能があって。自分しか扱えないオーパーツが手元にあって、何度も生徒を護れる切り札もあって。

 

ちゃんと持っていた筈なのに、取りこぼし続けた。得る以上に失って、いつの間にか戻れない場所にまで来ていたのだ。故に、有能である先生を尊敬すると同時に醜い嫉妬をしてしまう。

 

「――さて、私はそろそろ身を隠しますが……貴方はどうしますか。逃げようと思えば逃げれるのでしょう?その程度の拘束で貴方を縛れるとも思えない」

 

「……今回は諦めるよ。まだ死ねないなら、別に命の使いどころがあるってこと。その贖罪に身を委ねるとしよう」

 

「…その判断が賢明か愚かしいか、私には何とも言えませんが……願わくば、幸のある余生を」

 

「皮肉とは意外だね」

 

「ククッ、本心ですとも」

 

薄気味悪い声は徐々に遠ざかり、やがて革靴が床を叩く音も消えた。黒服は去り、次に聞こえるのは金属音にも似た無数の足音だ。

 

偶然が必然か、彼と入れ替わるように現れるのはカイザーPMCのオートマタ達だった。此方へ銃口を向け、然し今この場で害するつもりはないらしい。

 

「水面イツキ、ご同行願おうか」

 

「…何か用かな?生憎と、君たちと戯れるほど愉快な心情ではないんだけどね」

 

「貴様の意志など聞いてない!」

 

中心に立つオートマタは軍帽を指でなぞり、苛立たしげに語彙を荒らげる。黒服の言葉を信じるのであれば、今からアビドスの皆と先生が此処に向かっているらしい。

彼らはイツキを人質にでもするつもりなのだろう。黒服が実質的にイツキの保有権を放棄したのだから、後は武器を持たない無力な一生徒の使い道なんて交渉の材料にするか、もしくは文字通り矢面に立たせる程度だ。

 

無論、既に無抵抗で好き勝手にさせるつもりもないのだが。

 

「さあ、大人しく――グゥッ!き、貴様……何のつもりだ!?」

 

伸ばされた銃口を手で掴み、一瞬だけ引いてからオートマタの顔部分を叩き突く。

 

「私はね、絶対に許せないことがあるんだ」

 

「何を……く、来るな!撃つぞ!?」

 

「どんなに無惨に死んでも文句は言わないし、悪意を込めて利用されたとしても赦せる。まあ、許す許さないで語れるほど出来た人間でもないけど」

 

「くっ…う、撃て!相手は武器のないガキだ!!」

 

先頭のオートマタが号令と共に銃を構え直し、計五体のオートマタによる集中砲火がイツキに突き刺さる。薄暗い牢獄の中でマズルフラッシュが何重にも重なって、イツキは軽く目を細めた。

だが然し、それ以外は気にする様子もなく前進し続ける。何十、何百と弾丸が体を打つが、オートマタにはイツキが無傷であるようにしか見えない。

 

「――私は、私が赦せない。無力で、救いきれなくて……でも、だからこそ決めてるんだ。何があったとしても、生徒の足を引っ張らないってね。例え足は舐めても、引っ張りはしない!!」

 

「クソっ!ば、化け物め…!!」

 

「化け物で結構だよ。じゃあ――少しだけ乱暴にするよ」

 

「ひっ…!」

 

イツキが駆け出してから数秒後。マズルフラッシュは完全に止んで、足元には無数のオートマタが倒れていた。

 





死にたいけど、命を無駄に投げ出すのは()()()()行為に等しい。だから、次に死ぬチャンスを求めて()()()
生きて、生徒の為に命を差し出さなければ――贖罪にならない。きっと死ぬまで苦しんでも、贖罪は果たされないのだろう。それでも、絶望しながら生き続けて、衝動的に死を望み続ける。

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