嘗ての先生、其の成れ果て 作:低品質なプリン
「痛ってて……」
後頭部を擦り、イツキは小さく呟く。
カイザーPMC基地地下研究室区間。そこを脱出する為に上階へ繋がるドアを開けた刹那、何かに突き飛ばされた。
壁にぶつかってバキッと嫌な音が響き背が冷えたが、砕けたのは骨ではなく後ろの石壁だった。自分の身体の丈夫さに感謝しつつ、立ち上がって前方を見据えると――
「い、イツキさん!?」
「………えっと、こんにちは?……ホシノ」
「…………」
「…………」
――端的に換言すると、気まずい。
ホシノは自分のせいでイツキが現状に至っていると解釈し、無力な自分が
無事に救えたら言いたいことがあった筈なのに、いざイツキを目の前にしたら言いたい事が何だったのかも分からなくなる。
対するイツキもまた、ホシノを無理やり睡眠薬で眠らせ、放ったままだったのだ。死の機会が消失して、興奮故の盲目的思考も晴れて冷静になり。
やっと自分の行動と彼女の心情を俯瞰して明確に
「……イツキ」
「なにかな、先生」
「後でお説教だよ。もちろん、何も相談しないで契約を結ぼうとしたホシノもね」
「甘んじて受け入れるよ。先生にも、各方面にも迷惑をかけたからね」
黒服の言葉を純粋に信じるなら、対策委員会だけではなくトリニティとゲヘナ風紀委員会、そして便利屋68も動いているらしい。
便利屋にはご飯を奢るとして、他にも菓子折りを持って謝罪に行かなければいけない。生き残ってしまったのであれば、死ぬまではやるべき事があるのだ。
ホシノが犠牲なく救われているのであれば、次は別の学園でまた別の誰かの為に生贄になるのみ。そう生きて、そう死ぬのだと決めたのだから。
「…あの、イツキさん」
「どうしたの?」
「今、地下フロアにドローンを飛ばして敵影の確認をしているのですが………
「アヤネちゃん?…え、どうしたの?」
「セリカちゃん……地下のオートマタ兵全機、推定…最低でも百体越えの機体全てが行動不能状態になってるの…」
「は?…えっ……素手、だよね…?」
「武器は押収されてるからね。私の場合、鉄の棒で殴るのも拳で殴るのも同じようなモノだから」
極論、生徒にとって神秘を込めれば何だって武器になり得る。銃を扱う技術においては野生の猿にも劣るイツキだが、然し身体能力と頑丈さだけは一般生徒よりも秀でているのだ。
言うなれば
真正面から相手を殴り飛ばすのが得意で、然し身軽さを活かして一対多による乱戦に持ち込むのも得意としている。
水面イツキ自身、自らの能力を俯瞰して"アレが一番得意だ"と言い切れる特技もない。全てが雑に得意で、その殆どが身体能力と神秘変質を使えば大体解決出来てしまうのだ。
「……イツキ、ボロボロだね。怪我してる?」
「無傷とは言わないけど、急いで手当するような怪我はないよ。だから屈んで背負おうとするの止めてね、シロコ。いや、その…嬉しいんだけどね?でもそこまではしなくても……」
推定百体のオートマタを相手にして、銃弾を何千と身体で受けていたのだ。体は無事でも制服はボロボロとなってしまう。
「…皆、そろそろ脱出しないと」
「先生…そうですね。再会は喜ばしいですけれども、敵地なので…爆弾で地下ごと埋められたら大変です!」
「……そうだね。イツキさん、後で時間作ってね…絶対に」
「うん、もちろん」
ホシノもイツキも、互いに気まずいながらも言わなければいけない事が多い。きっと、このまま帰ったら全てが有耶無耶のままに別れることとなる。
だからこそ、"約束"で縛る。自分自身も、相手すらも。交わした約束はもう破られないと確信しているから。
――上階から甲高い足音が聞こえる。
「さあ、もうひと頑張りしようか」
先生の声と銃弾が盾にぶつかる音が重なり、階段の上に多数のオートマタが現れる。
企業との正面衝突なのだから、敵の数もまだまだいるのだろう。イツキが飛び出してオートマタを殴り倒し、再度戦闘を開始した。
◆◆◆
「…うへ、キリがないね…」
オートマタを蹴散らしながら数十分、鉄の棒を回収しつつ外に出て皆を待ち受けていたのは改造ドローンと無数のゴリアテ、機関銃を搭載した軍事ヘリコプター等々。
トリニティやゲヘナ風紀委員会の協力がなければ、この数倍はいただろう。
辟易としながら、然しアヤネとイツキは視線を交わして頷く。
「――アヤネ、セリカ!
「はい!やろう、セリカちゃん!!」
「………え?ちょっ、アレって何!?私聞いてないんだけど…ッ!」
「作戦Ω――開始です!!」
「だから作戦Ωってなに!?わっ、え…イツキさん…?ちょっ!なんで掴ん――うぎゃぁぁぁぁああああ!!??」
「飛ばして往こうか!!」
「ホントに飛ばすなぁぁぁあ!!」
「…………ん、みんな仲良しだね」
横でわちゃわちゃとしている三人を横目に、シロコは頬を綻ばせた。
イツキが不在の間、アビドスにはかなり気まずい雰囲気が立ち込めていた。その際に市街地がカイザーに襲撃されたり等、不幸とストレスが溜まる数日間だった。
普段は大人しいアヤネが戦闘に意欲的なのだから、本人は無自覚なのだろうが、敵の殲滅はストレスの発散も兼ねているのだろう。
もしくは純粋に仲間との無事の再会に心踊っているのだろうか。物資移動能のドローンのアームでセリカを振りましているアヤネの姿は、やはりシロコには嬉しそうに見えた。
「…で、先生。こっちはどーするの?アヤネちゃん達は放っておいても大丈夫そうだし」
「そうだね……あっちは量産型ドローンと戦車を攻撃してくれてるし、私達はオートマタ兵の殲滅を指針にしようか。ノノミ、遠慮も手加減もいらない――全力でやっちゃおう」
「はーい☆お仕置の時間です〜♤」
もはや消耗具合を気にする余裕もない。
シッテムの箱の展開する防壁に甲高い音が響く。肉眼では捉えられないが、狙撃手がいるのだろう。方向をシッテムの箱で逆算し、空中に飛び出したウィンドウで俯瞰した戦場にマーキングする。
それをシロコの視界に移し、火力支援用のドローンでそこら一帯を爆撃してもらう。
正面から扇形に沿ってノノミのミニガンによる乱発が刺さり、それでも盾を展開しながら突撃してくるオートマタやゴリアテはホシノが超近距離からショットガンを撃ち込んで脚や銃を扱う腕の間接部位を破壊している。
――おおよそ順調だ。
数こそ多いが、指揮を司る機体は先生やイツキが先んじて察知して潰している。
オートマタの特性上、指揮を潰したところで烏合の衆にはならないが、それでも連携の遅延は戦場においては決定的だった。
ふと視線をイツキへ向ける。他の生徒と異なり、イツキにはシッテムの箱の支援が適応されない。故に状態を確かめるには肉眼で捉えるしかないのだ――が、先生は数秒だけ言葉を失った。
「………シロコ、私…疲れてるのかな。イツキが戦車を振り回しているように見えるけど、目の錯覚だよね」
「ん、現実だよ?」
神秘変質によって灰色の翼を背負うイツキが、革鞭で軍事戦車の主砲を縛り、ジャイアントスイングの如く振り回している。丈夫な革鞭に驚くべきか、規格外なイツキの力に声を上げまるべきか。
よく見れば、甲板に鉄の棒が刺さっている。主砲だけでなくそこにも鞭が絡んでおり、主砲が壊れて分解されても多少は持つだろう。
だが急に爆音が鳴り響き、空から軍事ヘリが落ちてきて戦車とぶつかる。爆弾でも積んでいたのか、異常なほどの爆発が起こって敵兵の三割ほどが無惨にも吹き飛んでしまった。
視界を上げれば、アヤネのドローンにしがみつくセリカの姿がある。ヘリコプターを墜落させたのは彼女達なのだろう。
そう考えれば、態々ヘリコプターに爆弾を仕込んだのも三人の作戦だったのかもしれない。
「…うん、無事に帰れそうだね。帰って風呂食って飯に入ってくる」
「あーらら、先生が現実逃避を始めちゃったね」
「……ノノミ、ノノミ。私達もアレやろう。私がドローンでホシノ先輩を飛ばすから、ノノミは戦車を振り回して」
「えっ!?……ご、ゴリアテまでならなんとか…!先生、指揮お願いします!!」
「やらせないよ!?普通に危険だから!!」
先程の光景を見るに、イツキ自身も広範囲の爆発に巻き込まれていた。怪我もなく今も暴れ回っているが、他の生徒はイツキほど頑丈ではない。
先生として、流石に許容は出来なかった。
――斯くして一時間後、カイザーPMC側を殆ど壊滅させた対策委員会とイツキは肩で息をしながら座り込んでいた。
「お、終わったぁ……死ぬかと思った!」
「お疲れ様、セリカ。凄い暴れっぷりだったね」
「この…ッ!誰のせいだと思ってんのよ!?人を投げたり振り回したり!!」
「あはは…ちなみに、振り回したのはイツキさんじゃなくて私のドローンだったかも。なんだろう…後半から楽しくなっちゃって」
「アヤネちゃん!?」
朗らかに笑うアヤネにセリカは目を見開く。普段は良心的な友人が相手なだけに、セリカも彼女の名を叫ぶしかなかった。
「イツキ、次は私とアレやろう。ううん、やるべき」
「なんでシロコ先輩は興味津々なのよ…」
「みんな元気だね〜。一応聞くけど、酷い怪我とかないかな?」
「…見た限り、出血に至る怪我はみんな無さそうですね〜」
ホシノの問いに、ノノミを皮切りとして皆が頷いて肯定を示す。キヴォトスの住民の体は頑丈で、何万と被弾しない限りは死ぬこともまずない。
普段から銃弾が飛び交うキヴォトスだが、人の死に関する倫理観は外の世界と同様かそれ以上。銃で撃っても死なず、事故にあっても無事で済むパターンが多い。
それ故に外の世界よりも人は死にづらく、だからこそ死に関する倫理観は外の世界よりも重要視されている。
重傷のないことを確認して気が抜けたのか、ホシノは体の力を抜いてノノミに撓垂掛った。
数秒だけボーッとした後に、ふと思い出したようにホシノは呟く。
「……あ、そういえば。便利屋の人たちは大丈夫かな」
「え?」
「ここに来る途中、便利屋68の人達に助けられたんです。俗に言う『ここは任せて先に行け!』的な感じで」
「あぁ…あの子達、やっぱり此処でもそうなってたんだね…」
アヤネの言葉に納得を示す。
イツキの知る限り、どの世界線でも彼女達は同じような事をしていた。そも、様々なBAD ENDの世界線を経験したイツキだが、そのいずれも便利屋は根強く生き残っていた。
全てで平和的に過ごしていたとは言わないが、誰かが死んだ等の世界線は少なくともイツキの記憶にはない。なので、今回も雰囲気に当てられてそれっぽいことをやっているのだろうし、無事に生き残っている筈だ。
後でご飯を沢山奢ろうと心に決め、イツキは軽く頬を緩ませた。
「…私としては、カイザー理事の行方が不安かな。イツキを助けに来る途中で軽くあしらったけど、よく考えたら放置しても良い案件じゃなかったよ」
「先生……カイザー理事に関しては連邦生徒会に任せては?いくら連邦生徒会でも、実害と先生の言葉は無視しないと思いますが…」
「うん、そうだね…ノノミの言う通りだ。明日にでも早速――」
「あ、理事ならさっき殴り飛ばしちゃった」
「………えっ?」
「白いゴリアテを破壊したらさ、中に居たんだよね。だから鞭で縛って、ぐるぐるって敵にぶつけた後に邪魔になったから殴り飛ばしちゃった」
「い、いつの間に……」
先生は慄くが、然し僅かに納得もする。
あの乱戦状態で彼を縛り付けたまま戦うのは無謀であり、だがそのまま放っておくのは論外。
だからこそ行動不能になる程度のダメージを与えて、適当に投げ捨てたのだろう。それが作戦として正しいのかは先生にも分からないが、しかし散々虐げられたアビドスの皆のことを考えると、そのくらいはやって然るべきだ。
「……そろそろ帰らないとだね。空も暗くなってきたし……セリカちゃん背負って〜」
「え、嫌だけど…私だって疲れてるんだから」
疲れと達成感の余韻に浸りながら、先生は今後のことに頭を回す。
今回の件でカイザーグループには連邦生徒会の調べが入る筈だ。だが無論、先生とてそれで全てが解決すると考えれるほど楽観的ではない。
カイザーが理事を尻尾切りし、彼の独断であると言い張れば手の出しようがない。だがそれでも、闇銀行の件に関しては資料を揃えているのだから不当な請求や変動金利3000%上昇は解決できるだろう。
アビドス市街地にカイザーが攻めてきた際の修繕費も、連邦生徒会を介してカイザーコーポレーションに請求するつもりだ。
いくら理事を尻尾切りするとしても、企業であるのであれば大人の責任が発生し、大手企業であるカイザーコーポレーションはその責任からは絶対に逃れられない。
(……後は私が上手く立ち回れば、アビドスの件は解決かな)
偶然が重なった結果だが、先生はやっと見えた糸口に尽力を決めた。犠牲なくアビドスを救えるのだから、対策委員会からの依頼も及第点で達成したと言える。
後は彼女達とイツキが話し合えば、万事解決だ。