嘗ての先生、其の成れ果て   作:低品質なプリン

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出会いは再会に非ず

 

腰まで伸ばされた浅黒い長髪を雑に梳かす。

 

これから登校だ。トリニティ総合学園は俗に言うお嬢様学校としての側面が印象深く、服や髪型に無頓着なイツキもせめて学園の箔は落とすまいと、最低限の身嗜みは整えている。

最初から寮に置いてあった古い鏡の前で髪をまとめた。いっそ苦労しないくらい短く切っても問題はないのだが、切ろうとする手前、あの頃に生徒から言われた言葉が頭を過ぎるのだ。

先生の髪は綺麗だから切るなんて勿体ない、と。何人かに言われ、先生だった自分は少し照れていて、でも嬉しかった。

 

そんな言葉(繋がり)にみっともなくしがみついている。挫けて見捨てたのに、もう存在しない過去に縋り付いてしまうのだ。鏡に映る曇った瞳は幾度とイツキを憂鬱にさせて、それでも尚、生徒から褒められていた髪だけはあの頃と同じだった。

 

「……さて、行かないと…」

 

声には出して見るものの、気分は乗らない。もっとも、『生徒』となってから学園生活に――更に言うなら生きる事に関しても一度だって前向きにはなった事がないのだが。

 

ドアに鍵を掛け、軋む廊下を踏み締め一階に降りる。

 

登校やそれ以外の外出にしても、寮から出る際には玄関のホワイトボードに貼ってある自分の名前が記されたネームプレートを"外出中"の欄に移動させなればいけない。

元より古くて住んでいる人数の少ない寮な為に、その管理方法もそれと朝夜の点呼くらいなものだ。他の寮よりも手間ではあるが、規則違反をしなければ縛られたりもしていない。

 

学校へと続く道をゆっくりと歩く。過去にも通った事のある道の筈だが、記憶に薄い。

この道でなくともそうだ。キヴォトスでは常日頃から銃火器や戦車、中には素手や盾で壁や床を破壊する生徒もいる為、頻繁に舗装されている。建物の崩壊も珍しくないので、建て直しの際に道路幅が若干異なって、それ故に既視感が刺さりにくい。

 

相変わらず舗装され、新しい道にコツコツと靴音を鳴らす。静かで、よく響くものだ。

 

「…少し早かったかな」

 

早く起きてしまい、そのままトレーニングをしていて。その後は軽く準備をしてから直ぐにに寮を出たので、まだ人影がない。この時間ともなると学校は既に解錠されているので大きな問題もないが、自分を除く生徒が登校して来るのかは別だ。

 

 

暫く進むと、一つの人影が見えた。

 

淡いクリーム色の髪を二つに束ね、特徴の薄い雰囲気を引き上げるように、モモフレンズのペロロ様リュックサックを背負う少女だ。自分が言えた事でもないが、朝早くから家を出る生徒がいることに少々驚く。

遠目で見えただけなのでまだ彼女はイツキの存在には気が付いていないらしい。挨拶でもしようかと足を早めて、小さな違和感に気付いた。

 

(……ん?……私の勘違いじゃなければ、あの道って…)

 

今しがた彼女が素通りした道だが、あれは真っ直ぐと学園へ続く道の筈だ。

 

それ以上の近道もなく、然し敢えて遠回りする意味もイツキには解らない。彼女が方向音痴という訳でもないし、一時限目から学校外授業をするクラスなんてない。

思えば、彼女――阿慈谷ヒフミは稀におかしな行動に出る。その大半に『ペロロ様』というモモフレンズのキャラクターが関係しており、本人が自称するほど『普通』の感性はしていない。

 

嘗てが『先生』だった性か、思わず駆け寄って声を掛けてしまう。

 

「おはよう、ヒフミ」

 

「ひゃっ!?え、あ……イツキさん…?」

 

「何処へ行こうとしているのかな?もう学校の通路は過ぎてるよ」

 

「えっと、その……あ、あはは…道を間違えちゃいました………な、なんちゃって?」

 

「その言い訳は無理があるよ…」

 

目を泳がせ、ヒフミは何とか誤魔化そうと試みるが。そも、善性の含まない嘘や建前を軽く吐けるような人柄でもない。『先生』だった頃の感性も相まって明確な隠し事をしている事だけは理解出来た。

 

「……………」

 

「……もしかしてブラックマーケットかな」

 

「えっ!?そ、そそそんなわけがないですよ!?そんなペロロ様限定グッズの情報を聞き付けて朝イチにブラックマーケットに赴こうとなんてしてないですよ!!」

 

「そっか、自白ありがとうね?」

 

確信があった訳でもないが、彼女がブラックマーケットに通い慣れているのは"前"から知っていた。それを口にすると案の定だ。

 

「う、うぅ〜…不思議とイツキさんの前では嘘を付けないんです……大人に怒られているような感覚がして…」

 

「ッ…!」

 

いつの間にか、嘗てと同じように――イツキが『先生』だった頃と同じように接していた。彼女だけではなく、ハナコや他の皆にも同様だ。

『先生』出会った頃から変に自分を偽って大人ぶっていた訳でもなく、全部素で接しているのだ。それが自分にとってどうであれ、彼女達には大人として伝わっていたのだろう。昔も、今も。

 

「……さて」

 

「あ、あの…?」

 

「それで学校をサボってブラックマーケットに行こうと?……あのね、私が君に言えた事でもないとは思うけど…あまりナギサを心配させたらダメだよ?彼女、ヒフミを日頃から気にかけているんだから」

 

「はい……ごめんなさい。……でもっ!本当に今日のはレア物でして!!今日という機を逃せば次はいつ御目にかかれるか…ナギサ様に御心配を掛けてしまうのは心が痛みますが!私はペロロ様を蔑ろになんか出来ません!!」

 

「ひえっ…」

 

完全に気圧された。サラッと友人よりもペロロ様グッズを優先しているが、イツキはそっと目を逸らす事にした。彼女達には彼女達なりの友人関係があり、そこに深入りするつもりもない。

 

どうやら、止めても無駄らしい。何となく分かってはいたが、幾度となくテストを投げ出してでもペロロ様ライブに行って補習部送りにされた少女なのだ。

早口で語るほどのレア物が在るのだから、彼女も絶対に譲らない。

 

「……仕方がないね」

 

「っ!じゃ、じゃあ…!」

 

「うん、私も同行するよ」

 

「え?……あの、学校をサボるのは流石に…」

 

「どの口が言うか。ヒフミを危険地帯に行かせるのは忍びないけど、君は止まらない。なら私が同行して見張り、危険があったら守る他ないでしょう?」

 

「そ、そうでしょうか…?」

 

釈然としないヒフミだったが、今優先すべきはペロロ様グッズであり、深くは考えない事にした。

 

 

◆◆◆

 

――数時間後。

 

二人はブラックマーケットの路地を駆け回っていた――()()()()()()()

 

「アハハッ、待てよ!トリニティのお嬢様方よォ!!」

 

「拉致って交渉!身代金たんまり……くくっ、中々の財テクだろ!?」

 

「ひいぃぃぃ!」

 

「……ほら、言わんこっちゃない…!」

 

各学区に必ずと言っても良いほどいる存在――チンピラ。キヴォトスは銃火器が容易く交わされ、そこに関する法律もかなり緩い。

故に、その力を用いて好き勝手にする生徒が一定数いるのだ。今、二人を追っている二人組の少女達は数いるチンピラの中でも犯罪に躊躇しないタイプであり、容赦なく銃弾を乱射しながら言葉通り拉致を企てている。

 

ブラックマーケットに到着してから数時間かけて目的を果たし、その帰り道。トリニティの制服を着ていた為か、二人のチンピラに絡まれて今に至る。

 

「……迎え撃つしかないかな」

 

「え、ええっ!?危ないですよ!!」

 

「私もヒフミを危険に巻き込むのは嫌だけど……こうなれば腹を括ろう。大丈夫だよ、ヒフミには指一本触れさせない。この命に賭けても」

 

「話が壮大で重過ぎますよ!?」

 

「――戦闘開始」

 

「うぅ…!どうしてこんなコトに……」

 

キヴォトスにおいて、命の重さは外の世界と同様だ。日常的に弾丸が飛び交う世界だが、()()()()()命を落とす者はまず居ない。

ヘイローを有する生徒は勿論、機械や二足歩行の動物のような見た目をした大人も数発被弾しただけでは死なない。例外は外の世界から来た『シャーレの先生』だが彼、もしくは彼女にはシッテムの箱があり、絶対的ではないが安全だ。

ヘイローを持つ生徒は更に頑丈で、ヘイロー破壊爆弾でも使わない限りは生半可な攻撃で死ぬことはない。

 

故に――

 

「ごめんね、ちょっとお痛が過ぎるよ」

 

「はやっ… カハッ…!」

 

急速に接近し、腰に携えていた鉄の棒で銃を弾き落とす。そのまま右足でチンピラ少女の左足を踏み付け、下がり損ねた所で顎を鉄の棒で打ち抜き、意識を刈り取る。

イツキとて少女達を無闇に傷付けるのは好かないが、然し穏便に済ませる手段を持たないものまた事実。ならば、脳を揺らして意識を手放させるのが一番確実で、傷や後遺症も残らない手段だ。

 

「なっ!?こ、この…!!」

 

「危なっ…!」

 

「は、はあぁぁ!?」

 

近距離でアサルトライフルの乱射。本来なら何十発と被弾するか、上手く避けれたとしても後方のヒフミに当たってしまっていただろう。

ならば身を挺するのも吝かではないが、だがイツキも好き好んで銃弾を浴びる趣味はない。トリガーが引かれる刹那、銃口に鉄の棒の先をあてがい、連続で射出された銃弾と鉄の棒が鈍い金属音を響かせ、双方の手から衝撃で吹っ飛んだ。

 

「ヒフミ!」

 

「は、はい!!」

 

「うぎゃあぁぁ!?」

 

防御もせずにヒフミの銃撃を何度も浴びた少女は、倒れてヘイローが消えた。意識が消失した証だ。注意深く二人が立ち上がって来ない事を確認すると、イツキは小さく溜息をついた。

 

「――戦闘終了、怪我はない?」

 

「わ、私よりもイツキさんは!?」

 

「大丈夫だよ。これでも鍛えてるから、そこらの生徒には負けないよ」

 

目標にしている生徒は各校の代表戦力の皆だ。強く、硬く、素早く、賢く。一般生徒を容易く鎮圧出来たとしても、イツキには()()()()()()

この程度の力で物事が解決するなら、幾度となく最悪の結末を迎えていない。どうせ死ぬのであれば、誰かの為に死ぬ。『先生』とは違い、滅亡の鍵とならない『生徒』としての命を使って、最期の贖罪とする。

 

正しくはなくとも、もう()()()()事しかイツキには出来ないのだから。

 

 

 

精神的な疲れもあってか、早く帰りたくなった。踵を返して帰ろうとすると――

 

「うへ〜、アグレッシブな動きだねー」

 

「ん、珍しい戦い方」

 

「……ブラックマーケットって変なヤツしかいないの?」

 

「うんうん、元気いっぱいな生徒さんですねぇ☆」

 

()()()()()()生徒が居た。ピンク髪で双眸の瞳が異なる色の少女、銀の狼耳が特徴的な少女、黒いツインテールと耳で猫を連想させる少女、ふわふわとした言葉遣いで柔らかい雰囲気の少女。

 

アビドス高等学校のアビドス廃校対策委員会――そして、その後ろに立つ()()()()()。男性特有の髪質に、軽く隈の残る青年。メガネを通して通う視線は、イツキには読めなかった。

 

聞くまでもなく、察した。

 

彼が、自分が投げ出した『役目』を背負う『シャーレの先生』だ。"前"の自分とは姿が異なるが、手に持っているタブレット端末――シッテムの箱が全てを物語っている。

 

 

「……………ウソ、まさか今日だったの…?」

 

即ち、バッドエンドが近付いていた。

 





"今"の『シャーレの先生』は漫画版先生の見た目です。疲れ目の眼鏡さんです。
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