嘗ての先生、其の成れ果て   作:低品質なプリン

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実はアリス(152cm)よりもチビな主人公さん(150cm)。ユズと同じ身長ですね。ゲーム部先生と比べるとあまりにも小さい……



単なる口約束

 

「……あ、見つけた」

 

肩で息をしながら、シロコは道路沿いでボーッと空を眺めているイツキを見止めた。先日から新調された白と青のシャーレ所属制服は心做しか乱れ、ギリギリ引き摺っているズボンの裾には大量の砂が付着している。

 

暫くの間アビドスで彷徨っていたのは想像に難くないが、何度も来ていた割には今更ながら迷うのも、不思議な話だ。

 

「…………」

 

「イツキ」

 

「あ、シロコ。迎えに来てくれてありがとうね」

 

「ううん、大丈夫だけど……いつ目を覚ましたの?」

 

「今日の早朝」

 

「……あまり医療に詳しくないけど、それってまだ安静にしないといけない期間だと…思う。多分、絶対」

 

どんなに無知だとしても、10日間の意識不明だった相手が目覚めて即日に学園外に出掛けるのは異常だというのは理解出来る。

一応、先生から経過観察を聞き精密検査も重ね、身体に問題がある訳では無いと知っていたが、そもそも原因が不明であること自体が大問題なのだ。

 

シロコは小さく息を吐き、道路脇にロードバイクを寄せ、イツキの前で背を向けてしゃがみ込む。

 

「イツキ、乗って。おんぶするから」

 

「えっ?…あの、本当に大丈夫だよ?退院も一応はもぎ取って来たし、身体に不調もないから…」

 

「乗って。乗らないと、縛って部室まで拉致する」

 

「アッハイ」

 

有無を言わせぬ迫力に慄くが、それだけ彼女がイツキを心配していたのだろう。軽く砂を払い、渋々ながらシロコの背に身体を預けた。

刹那的に既視感が過ぎり、然し次の瞬間には霧散する。()()()シロコに背負われるが、"やはり"安心する。

 

ロードバイクはロックを掛けて一旦置いて行き、シロコは軽く走り出そうとして――

 

「あっ………」

 

「…ん?どうしたの、シロコ」

 

「………あまり、汗だくってわけじゃないけど……ちょっと急いでたから…」

 

「大丈夫だよ、いい匂いだからね」

 

「っ!……よ、よく分かんないけど…イツキ、先生と同じこと言うんだね。……まあ、気にならないならいいけど…」

 

やはり理解し難い感性ではあったが、それも多様性だと割り切る。シロコとて何十人と背負ってきた訳でもなく、精々数人程度の中で二人が同じ感想を零すのだから、もしかすれば一般的な感性だったのかもしれない。

 

それでも何となく気恥ずかしさを感じ、シロコは後でボディシートを買おうと検討した。

 

 

 

――移動してから数十分、アビドス高校の校舎が見えてきた。

 

記憶にない道筋だったから迷ったが、想像していたよりもずっと近辺に来ていたらしい。アビドスは年々砂によって通行可能な道路が変化し、ただでさえゴーストタウンになってきているのだから地図アプリも更新されていない。

そも、イツキの携帯端末には通話アプリとモモトークしかインストールしていない。例え地図アプリのアビドス区域まで更新されていたとしてもイツキは迷っていただろう。

 

こうして誰かに頼っていると、過去を懐古してしまう。

 

嘗て、水面イツキがまだ先生だった世界線。イツキは誰よりも無力で、非力だった。ヘイローを持たない一般市民でも銃弾を弾ける身体があり、たった一発の銃弾で死んでしまう自分はキヴォトスにおいて誰よりも弱かった。

だから、生徒を頼るしかなかった。生徒を頼り、その気持ちに応える為にシッテムの箱メインOS『A.R.O.N.A』を頼る。

 

戦闘指揮には自信があったが、そも、先生(イツキ)が本当の意味で身体を張ったのは『大人のカード』を使ったときで、そんな『大人のカード』すら生徒の力を借りているのだ。

 

そんな無力だった反動か、生半可に戦えるようになった今では逆に誰も頼っていない。皆が頼りないのではなく、イツキが人を頼れないだけだ。

 

「…ん、そろそろ着く」

 

「………じゃあそろそろ降ろしてくれても良いんだよ?」

 

「ダメ。病人は安静にしないといけないってノノミが言ってたから」

 

「病人ではないんだけどね……」

 

「……じゃあ怪我人?」

 

「見ての通り、怪我もしてないね。一応、救護院からは健康だって診断されてるよ」

 

「…とにかく、イツキはちょっとアレだから要介護」

 

「……………」

 

低身長故の子供扱いはされたくないが、然れども老人扱いは少しばかり不満だ。年上のお兄さんお姉さん的なポジションが理想なのだが、思うようにいかないモノだ。

 

やがて校舎に入り、要介護と言われた通り靴を脱ぐところまでシロコに世話をされ。何が彼女を動かすのかはイツキには理解出来なかったが、断固として背負っているイツキを降ろす気はないらしい。

まだ砂の侵入していない廊下をコツコツと歩き、背負われたまま部室のドアが開けられた。

 

「ただいま、イツキを拾ってきた」

 

「あっ、シロコちゃん有難うございます〜☆イツキさんも………えっと、どうしておんぶされてるんでしょう…?も、もしかしてまだ体調が…っ!?」

 

「違う。イツキは私の匂いを堪能しているんだって」

 

「待って、違う。その言い方だと色々と誤解を招くから……私を無理やり背負っているのはシロコだったよね?いや、まあ…体調を気にしてくれたのは嬉しいんだけど…ちゃんと元気いっぱいです」

 

「…ねえ、セリカちゃん。凄く既視感があるような気が…」

 

「……うん、私も同じこと考えてたかも」

 

軽く部室内を見渡し、全員が居ることを確認する。ホシノとは一瞬だけ目が合い、薄く笑いながらも気まずそうに目を逸らされる。

アビドス関連の依頼も大体の区切りはついたが、ホシノとイツキの関係性についてはその限りでない。

 

月光に照らされた夜、旧校舎の一教室にて。イツキはホシノを強制的に睡眠薬で眠らせ、彼女の代わりに黒服と契約を結んだ。

その変えようのない事実が楔となる。その次に会ったのは契約が無効となった後の戦場で、帰り次第話そうと思っていた所でイツキが倒れて10日間の意識不明だ。

 

現状、二人の気まずさだけが唯一の痼となっているのだ。

 

やっとシロコから解放されたイツキは、リュックサックに詰め込んでいた菓子折りを取り出してセリカに手渡す。

 

「え、何これ」

 

「えっと……はい、先日はご迷惑をお掛けしました。物で解決する問題だとは思わないけど、一応は形にしないといけないからって…」

 

「そ、そんな…本当に迷惑を掛けたのは私たちですよ!元々は私たちの問題を…イツキさんに背負わせてしまったんです…!」

 

深々と頭を下げるイツキに動揺したのか、アヤネは大袈裟にも見える動作でイツキの謝罪を否定する。

頼りっぱなしで、背負わせて、頭まで下げさせている。事実の解釈はどうであれ、少なくともアビドスの皆はそう捉えているのだ。故に、アヤネの言葉に皆も追随した。

 

「……一応、ナギサ……ティーパーティーの友人から紹介された店で買ったクッキーだよ。味は保証するけど…」

 

「うわっ…絶対美味しいやつじゃん…」

 

「……わぁ、すっごく良いブランドです♪予約数カ月待ちとかって聞いた事も……さすがティーパーティーの人ですね〜」

 

「ノノミがそう言うなら、美味しい店のクッキーなのかも」

 

もっと上質な物もあったが、それこそ賞味期限が数分で切れるタイプのスイーツが殆どだ。気候や温度の違いもあり、トリニティからアビドスまで来る間に確実に傷んでしまう。

アビドスの皆で食べれるように多少は大きいサイズの缶クッキーを買ってきたので、保存状態さえ気を付ければ一週間ほどは持つ筈だ。

 

誰も受け取ることに意欲的ではないが、然しセリカの口端には涎が垂れている。見兼ねたホシノは小さく溜息をつき、やっと口を開いた。

 

「……うん、じゃあ折角たしクッキーは頂こうかな。セリカちゃん、た〜んとお食べ」

 

「え、でも…」

 

「受け取らないのは逆に不誠実だよ?……これで、恩とかそーゆーのはなしにしたいってことなんだよね、イツキさん」

 

「そんなつもりはないよ。単に、私の自己満足でしかない。押し付ける気もないし、要らないなら捨てても構わないよ。クッキーも、私の謝罪も」

 

「ううん、ちゃんと受け取るよ。それが私たちに出来る、イツキさんへの贖い――そう()()()からね」

 

ホシノは水面イツキという人物の内面を理解しているつもりだ。イツキは決して自分自身を許さず、自罰的な行いを生徒達に対する贖罪としている。

いっそ頑固とも捉えれるが、然れどもイツキは決して生徒を否定しない。対策委員会の皆が謝罪とクッキー、そして罪悪感を受け取る事を『贖い』と定めたのであれば、イツキは否定して拒む事はしない。

 

――諦めたように、力無く頷くイツキを見てホシノは確信する。

 

流石はアビドスの代表と言うべきか、ホシノの言葉に不満を示す者はいなかった。然程空気が張り詰めていたわけでもないが、イツキも含めて皆が納得する結論に落ち着いた。

 

 

 

「さて!じゃあ皆はクッキーでも摘んでてね〜。私はイツキさんと()()()()()があるから」

 

「……ホシノサン?どうして私の襟首を掴むんだい?」

 

「イツキさんは別室でおじさんとお話しようね」

 

「うん、でも逃げないから襟首は離して?」

 

思えば今日は早朝からハナコに捕まり、アビドスに到着してからもシロコに無理やり背負われ、今はホシノに襟首を掴まれている。

嘗て先生だった頃も生徒やら企業やらに捕らえられたり幽閉される経験はあったが、慣れる感覚ではない。慣れてしまったら、色々と終わりな気がした。

 

 

◆◆◆

 

ホシノに引き摺られること数分、廊下の端にある教室に入った。

 

記憶を辿っても入ったことの無い教室だったが、安価な防音設備に多少は整備されているピアノを見て、今はもう使われていない音楽室であることは察しがついた。

防音に拘るのだから、あまりノノミやシロコ達には聞かせたくない話なのだろう。もしくは、ホシノがイツキを気遣った結果なのがしれない。

 

「………イツキさん」

 

「何かな?」

 

「イツキさんは…どうして()()()()()()()?絶望した目をしているのに、世の中に…キヴォトスには希望を抱いている。正直ね……怖い。歪で、矛盾しているよ」

 

「……前にも否定したけど、私は死のうとしている訳ではないよ。尽力して、誰かの盾になって……その末に死んだとしても構わない…いや、それが本懐だって思ってるだけさ。もう、()()()命を使う気はないよ」

 

命を捨てる()()なら簡単だ。頑丈さに自信のあるイツキでも、サンクトゥムタワーの上から身を投げ捨てたら流石にヘイローが耐えきれない。

――死ぬだけなら簡単。生徒になってから、その言葉を心の中で反芻し続けている。イツキは楽になりたくないのだ。

 

命を簡単に捨てて、楽になるのは贖罪に値しない。価値のない自分の命を使って、誰か一人でも救ってキヴォトスの未来を切り開く。

その末に死ぬのであれば、無意味で無価値なこの命でも上等な使い道と言えるだろう。

 

「それってさ、イツキさんが有用だって思ったら迷わずに命を投げ捨てるってことだよね。……残された人の気持ち、考えたことある?」

 

「……理解しているつもりだよ、死にたくなるくらいね」

 

――イツキは幾人もの生徒が辿る残酷な終着点を識っている。

 

何度も、何百回も、水面イツキは()()()()。目の前で生徒が絶望し、散る。きっと心のどこかでは、もう残される側になりたくないと無意識に考えているのだ。

生徒である自分がどんな末路を辿るとしても、嘗ての生徒を庇い続ける。もう生徒が死ぬ姿を見たくないから、もう絶望する彼女達なんてみたくないから。

 

自己中心的で我儘であるのは自覚してるが、然し水面イツキは既に()()()()()。破綻して、壊れてしまっている。それこそがホシノの指摘する矛盾なのだろう。

 

「…こんなこと…まだ続ける気なの…ッ?」

 

「………ごめんね」

 

「謝って欲しいんじゃない!私は……私たちは!!あなたに生きて欲しいだけなのに……ッ」

 

ずっと感情を押さえ込んでいたのだろう。

 

慟哭と呼ぶにはあまりにもか細く、流れる涙も儚い。皆の前で示す『ホシノ先輩』とは明らかに異なり、何処か達観していた内面に隠れていた幼い部分の発露だ。

 

イツキには、そんな彼女を抱き締めて慰める資格はない。今も尚、彼女を目の前にしても死への渇望は消えない。己の喉を掻き裂いて、死にたい。

その衝動を抑えているだけでもイツキにとっては必死だった。

 

「……ホシノ、アビドスの皆は好き?」

 

「…当たり前でしょ…大切な後輩で、心の底から信用できる仲間だよ」

 

「そんな彼女たちを、君は命に替えてでも守ろうとした。黒服との契約に応えて、救おうとしたよね」

 

「そ、れは……」

 

「同じだよ。ホシノにとってのアビドスが、私にとってはキヴォトス全体なんだ。命に替えても、なんて言うけどね…事実、もう()()を放棄した私の命は誰よりも安い。だから私は私の成すべきことを成すんだ」

 

イツキは『先生』で在ることを諦めた。この世界には明確な一本線があり、『先生』が死亡、若しくは挫けることによって一本線は破綻する。

単純な話し、命を懸けて生徒を導くには『先生』で在ることが枷となっていた。きっと、『先生』の役目を一瞬でも()()と感じた時点でイツキは『先生』に相応しくなかったのだ。

 

「……命の価値?そんなの、何処の誰が決めたの…?何の基準があって人の命を握れるの?」

 

「命の価値は平等なんだろうね。でも、私は大罪人だ。だから――」

 

「勝手に決めないで。イツキさんの自己評価なんか、塵ぐらいの役にも立たない!あなたが自分を卑下するなら、それ以上に私がイツキさんを認める!!後悔があっても、死にたくても――私の為に生きてよ…ッ!!」

 

「……………なんでそこまで…」

 

――困惑が生じた。

 

イツキにとってはホシノもアビドスの面々も、嘗ての生徒で無条件に信用して護る対象だ。だがホシノにとって、イツキは出会って一ヶ月もない存在だ。

人間は多少の恩義だけで、彼女のように叫べるだろうか。普通は無理で、イツキの識る小鳥遊ホシノという少女は他人を心の底から信用するには時間が掛かる生徒だった。

 

なのに――今の彼女は本心から叫び、泣いている。彼女を疑ったりはしないが、不可解ではある。

 

「…ねえ、イツキさん。大切な人に生きて欲しいって思うのって、崇高な理由が必要なの?私はそう思わない。…たとえ、どんなに嫌いな人だったとしても――死ななければいけない理由にはなり得ないでしょう?」

 

「……違うよ、ホシノ。私が疑問視しているのは…君が、どうして私なんかを大切な仲間として見れるのかだよ」

 

「……………さあ?気付いた時には、水面イツキさんは私の大切な人になってたんだから。理由なんてきっと…自覚しているよりもずっとくだらない事で、でも何だって構わないんだと思う」

 

――最初は、自分に似た不思議な人だったからだ。

 

ホシノにとって、瞳に絶望を映しながらも前に進むしか出来ないイツキは同類だった。だから気にかけて、支えようと思って。

いつの間にか、アビドスの一員になっていた。先生(大人)と似ていて、子供ながらも大人びた思考の人。だから不思議と、ホシノはイツキを信用して契約について相談してしまった。

 

「……大切な人が死んじゃうのは、とっても悲しいよ。イツキさんもきっと、その痛みを知っているんだよね」

 

「…………………」

 

「だから…約束して。たとえいつか死ぬとしても、最期まで()()()。今回みたいに、全てを諦めて命を差し出すのだけは止めて」

 

「…それでも、きっと私は死ぬよ?抗って戦い抜いたとしても、酷く呆気なく」

 

「それでも。誰かを庇うとしても、死ぬ為じゃなくて生きる為に戦い抜いて」

 

真っ直ぐと目を見据えて、ホシノは堂々と懇願するように言い放つ。

 

ホシノがイツキを内面を知ると同時に、もう一つの()()が生まれた。水面イツキは、きっと生まれながらの"人誑し"だ。

これから先、イツキと関わる者は簡単にはイツキを死なせてはくれないだろう。現にアビドス生徒も、ヒフミやティーパーティーの人も、イツキを救う為に――決して死なせない為に、死力を尽くした。

 

後はイツキの意識のみだ。

 

救いを求めない者は、救われない。イツキが死のうとし続ける限りは恒久的に死が降り掛かる。ならばせめて、死ぬ為だけの行動は止めさせるべきだ。

義理堅いイツキなのだから、口約束でもある程度は縛れると踏んでいた。

 

「――約束してよ、イツキさん」

 

「…………………わかった。今回みたいに、敢えて死ぬことだけを選んだりはしないよ」

 

「…約束だよ。破ったら、イツキさんを拉致してアビドス所属にさせるからね。そうしたらずっと見張ってれるし」

 

「そ、それは困るかな…」

 

イツキは軽いジョークを笑おうとしたが、ホシノの目は本気だった。下手をすればイツキはアビドス生徒達に拉致され、転校届を否応なく書く羽目になるだろう。

 

乾いた笑みを口から零し、これから先の出来事に想いを馳せた。取り敢えず、割と本気で転校する羽目になりそうなので、アビドスの皆には『何でも言うこと聞く券』は渡さないことにした。

 





先生は今頃、百鬼夜行で狐の主殿になっております。忙しいから仕方ないですよね。



次回からは『時計じかけの花のパヴァーヌ』編に首を突っ込みます。多分。
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