嘗ての先生、其の成れ果て 作:低品質なプリン
――なんて、残酷な世界なのだろう。
いつだったか。私が…生徒を導く『先生』が弱音を零したのは。別に強くなくても良いし、高潔で在ろうとも思わなかった。
けれども、心だけは強くて正しく在りたかった。世界は残酷であると、認めたくなかった……けど、今はもう過去でしかない――いや、過去ですらない軌跡の中で、私の弱音は毒にしかならない。
何度も…何度も、何度も何度も……私は間に合わなかった。
アビドス、ミレミアム、トリニティ、ゲヘナ、SRT特殊学園――幾つ、取りこぼして来たか。何度、同じ後悔を背負ったか。
気が遠くなるほど、私は決定的な失敗を経験した。なのに、その致命傷だけは次に持ち越せない。嗚呼、あまりにも残酷で救いがない…違う、救うのは私なのに。救いを求めるのは、違うと分かっているのに…世界を理不尽であると考えてしまった。責任逃れを…しようとしてしまった。
何度も死を体験したが、毎回同じだ。
私の『後悔』が回帰するのは、いつだって死んだ後だった。死んで、全てがリセットされるまでの――一巡するまでの間、私は失敗の軌跡を思い出していた。
死んでいる状態でしか、私は『先生』の葛藤と失敗を知らない。だから、次も同じ失敗をする可能性が生まれてしまう。
――ふと、生徒になってから考えた事がある。
嘗ての失敗は、
これは責任逃れではない。単なる探求心の導き出した、一つの可能性だ。果たして私は『先生』と同一なのか、それとも異なるモノに『先生』の
『私』=『先生』だが、『先生』=『私』ではない。どう足掻いても、私が『先生』で在った軌跡は私の中に存在して、まだ無かった事にはならない。
それでも、『先生』という存在は私でないのかもしれない。現に、私が生徒となってからは新たな『先生』が現れて、嘗ての私と似た言動で着実に生徒を救い続けている。
もしかしたら、今の『先生』が死んだら嘗ての私の失敗も
先生は無数に存在して、キヴォトスでは唯一無二であっても、『全て』を俯瞰して観れば無限に存在するのでは――と愚考してしまう。
結局、『先生』とは何なのか……きっと、『先生』で在る枷が外れた
あの子…連邦生徒会長の彼女ならば何かを知っているのだろうが……私は、もうその記憶を持っていない。幾度となく使用した神秘解放にて、既に消費されて、もう二度と戻らない。
記憶が、軌跡が――答えが消失している。
世界を構築するシステムが、
『先生』という存在の真実も、嘗ての『先生』が本当に『
――結局、誰にも解らない話だ。
それに、もしも全ての『先生』の失敗が『水面イツキ』の軌跡ではないとしても、投げ出すつもりはない。この考察が正しければ、次に負債を背負うのは今の『
ならば、彼の先輩として……救おう。もう先生ではないから、生徒だけではなくて…先生も救う。この命が果てるまで、全てを救い続ける。せめて、彼の負担が少しでも減って…より多くの生徒に手が届くように、身を犠牲にし続けよう。
もう『先生』ではなくとも、私も嘗ては『先生』に選ばれた存在なのだから。
◆◆◆
「ふぎゃ!?」
「きゃっ!い、イツキさん…!?」
刹那的な浮遊感に包まれ、然しすぐに地面へ落ちる。
機械音声が響いてからすぐの事だった。踏み締めていた筈の金属床が、まるで隠しダンジョンへの入口のように開き、当然ながら上に居た四人は為す術なく下部の部屋へと落ちた。
その間際でミドリを上手く、俗に言うお姫様抱っこの形で抱える事が出来る。そしてモモイは先生が庇って下敷きになっているので、手を出す必要も無かった。
斯くして不明点こそ多いが、無事に"彼女"に会える事へ安堵した。もう微かにしか憶えていないが、思い出の厚さは心が記憶している。
「うぐぉっ!?………痛た…みんな、怪我はない?」
「は、はい…私はイツキさんに抱えられてますし……お姉ちゃんは先生が下敷きになっているので」
「わっ、先生なんで下に居るの!?って言うか大丈夫…?」
「は、はは…あまり高くなくて助かったよ。うん、うん……怪我もなさそうだ。イツキ程じゃないけど、私も少しは丈夫なのかな」
戯ける様に笑う先生。キヴォトスで生きてきたモモイとミドリはあまり理解出来ていないが、キヴォトス外の人間である先生にとっては子供を上の乗せての、階一つ分高低差がある落下は十二分に危険だった。
もっと深ければイツキが無理やり何とかするが、あまり無茶はして欲しくないとも思う――が、思えば嘗ての自分も同じことをしていた。
存外、先生の自認するように彼は頑丈らしい。
「庇ってくれてありがと、先生!」
「どういたしまして。モモイも怪我がなくて何よりだよ」
「イツキさんも…その…お、お姫様抱っこしてくれて、ありがとうございます…」
「気にしないで。私には、これくらいしか出来ないからね」
「え?……えっと」
「――それよりも。先生、ちょっと私達は後ろを向こう。モモイ、ミドリ。
「うん?あっちって……何あれ…っ!?」
イツキの自傷気味な発言に戸惑い、言葉を返そうとするミドリを遮り、イツキは視線とは逆の方向を指差す。
モモイとミドリは釣られて指し示された方角を見て、絶句する。薄暗い地下区画の中で、
円型に象られた微かな段差、その上は淡い微光で幻想的に照らされている。まるでステージの様で、その主役とも言える
病的なまでに白い肌に、イツキの髪よりも長く深い灰黒髪。朽ち果てた空間で、彼女だけが別存在であるかのように錯覚させる。
性別は関係なく、単に精神的には大人であるが故に年下少女の裸は目に毒だ。彼女の存在を横目で確認したイツキは淡く溜息をつき、先生の首を曲げながら自身も別方向に目を逸らす。
そんな二人とは逆に、双子は眠る少女へ興味深げに近寄り、警戒心を抱きながら観察する。
「お、女の子…?」
「……この子、眠っているのかな?」
「返事がない、ただの死体のようだ」
「お姉ちゃん!不謹慎なネタ言わないでよ!!…それに、死体っていうか……ねえ、見て。この子、怪我とかじゃなくて……
ミドリの指摘に、モモイは角度を変えて少女を観察した。息はしていないが、見た目は完全に人間。巧妙な人形とは違い、目には見えない肉感がある。
それをモモイはマネキンと称したが、然し言った本人も懐疑的だ。モモイの知る限りでは目の前の少女と同一の存在は知らないのだが、やはりミドリの言った例えがしっくりと来るのは事実だ。
「イツキ、先生!この子誰なのかな?」
「…さあね。きっと、誰にも分からないんじゃないかな?この部屋自体が隠されてたんだし」
「あ、確かに!」
「……イツキに目隠しされて見えない……結局、そこに何があるの?っていうか誰か居るの?」
「裸の女の子、ですね……先生は絶対に見たらダメですよ」
「え゙…?は、裸の女の子…!?」
目の前の不思議な光景を見ていない分、端的に換言したとしても先生には状況が把握出来ないだろう。
兎も角、このまま放っておくのは精神衛生上宜しくない。少女の裸に関してもそうなのだが、この場所は未知の技術が扱われている。
モモイがまた変なボタンを押して状況をややこしくしてしまう可能性が多少――大いに有り得てしまう。
「取り敢えず、服を着せてあげるのはどうかな。じゃないと私と先生が動けないからね」
「そうだね!………で、誰か予備の服って持ってる?」
「あ、私が持って来てるよ。確かカバンの中に……あった」
「へぇー、よく持ってきてるね……って、それ私のパンツじゃん!?」
「違うよ、これは私の。猫ちゃんの表情が違うでしょ」
レディとしては些か羞恥に欠ける発言だが、それを彼女たちに求めるのはまだ早計だろう。この場には彼女達を除いて、中年一歩手前の男と性別不明な学生のみ。
まだ幼く、腕白な少女達にとっては敢えて気にするようなモノでもなかった。そして、先生とイツキもまた指摘したり、そもそも気まずさを覚えたりもしない。一重に大人の余裕のようなモノなのだろう。
双子は存外苦戦しながら、眠る少女へ服を着せる。
「……おお、凄い…肌がしっとりしてて柔らかい!本当に人間みたいだね……あれ?ねえ、ミドリ。ここに何か、文字が書かれてるよ」
「えっ、文字?」
――AL-IS――
「……アル、イズ……エー、エル、アイ、エス?どう読むのか分かんないけど、この子の名前?………《アリス》?」
「ちょっと待って、これよく見ると全部ローマ字なわけじゃなくて……『
少女――《AL-1S》の名前を手早くメモ書きに残し、不審点がないことを確認しながら服を着せ終わる。意識のない人間に服を着せるのは、軽い人形とは異なり中々の重労働だ。
漸く人前に出しても良い格好になった少女を改めて眺め、問題がないことを確認してからモモイは先生とイツキに声を掛けた。
「よし、これでいいかな」
「終わったよー。もう見てもモーマンタイ!」
「うん、ありがとう。それで……この子が、《AL-1S》……不思議な子だね」
「先生もそう思いますよね……この子も、この場所も…いったい何だろう…?」
未だに廃墟の概要は分かっていない。その上で謎の空間や《AL-1S》を発見したのだから、順応できる訳もない。
困惑気味の先生とは対照的に、焦る様子もなくイツキは力無く眠る少女の傍らへ寄る。相変わらず、息もしていない。眠っている、というよりは機能が停止しているのだろう。
そんな《AL-1S》の頬を、イツキは軽く撫でる。その刹那――
――ビピッ、ピピピッ――
「な、何この音!?」
周辺を探索してたモモイが飛び上がり、駆け足で戻って来る。警報音にも似た音は、見回すまでもなく眠る少女――《AL-1S》の躰から鳴っていた。
「――状態の変化、及び接触許可対象を感知。休眠状態を解除します」
「え?え?どーゆーコト!?」
「め、目を覚ました…?」
「……………」
《AL-1S》は静かに身を起こし、双眸を開く。
蒼く透き通る瞳には、なんの感情も映らない。硝子玉の様に焦る双子と先生、そして妙に落ち着いているイツキの姿だけが反射するのみ。
少女は伽藍堂な瞳を数回瞬かせ、やはり機械的に周辺を見渡す。
「状態把握、難航。会話を試みます……説明をお願いできますか」
「え、えっ!?せ、説明!?そんなこと言われても…!」
「説明が欲しいのはこっちの方!あなたは何者?ここは一体何なの!?」
「……二人とも、落ち着いて。彼女も困惑しているんだ。…改めて、《AL-1S》。君は何者なのかな」
先生は彼女へ視線を合わせるように腰を落とし、柔らかい微笑みで問い掛ける。
対する《AL-1S》は数秒だけ目を瞑り、自身の状態を確認、整理してから再度機械的に口を開く。
「――本機の自我、記憶、目的は
「……?…今、なんて?」
イツキは思わず聞き返した。
彼女の口から出た言葉には、僅かながらもイツキには無視出来ない言葉が混ざっていた。イツキの経験した
それが、妙に気になった。自分が干渉したせいで、《AL-1S》に『名もなき神々の王女』としての使命が欠片でも存在するのであれば、キヴォトスは危険に晒される。
冷汗が背を伝う。場合によっては、今この場でイツキには選択が待っている。
「本機に唯一残るデータ、『後悔』…?不明、解析不可能。
「ッ…!?」
「えっ」
無表情な《AL-1S》は首を傾げ、
イツキは目を見開き、先生は短く声を漏らす。当然だが、今この場において『先生』とはイツキではなく彼を差す言葉だ。
「……私は『先生』じゃないよ。私は水面イツキ、先生はこっちの大人…彼だよ」
「えっと…先生です」
「…………然し…いえ、情報を修正します」
「ありがとう。ところで、君に攻撃の意思はあるのかな」
「水面イツキの問いを否定。接触許可対象への遭遇時、本機の敵対意思は発動しません」
「うわー、すごい!ロボットの市民ならキヴォトスによくいるけど、こんなに私達に似てるロボットなんて初めてだね」
楽観的な言葉だが、現状を再確認するには十分だった。
彼女は造られた存在だ。然し先程の問答で一瞬だけ、人間らしさも垣間見えた。それが先生とイツキには酷く不明瞭で、不安定であるように思えた。
だからこそ、この場でハッキリとさせておかなければいけない事柄もある。
「質問、良いかな。接触許可対象について教えてくれる?」
「回答不可、本機の深層意識における第一反応が発生したものと推定されます」
「深層意識……つまり?」
「つまり…分からないって事だよ、モモイ。言葉よりも心が先に動く事ってあるでしょ?それみたいな感じだよ」
「ふむふむ、にゃるほどね〜」
「なんだか、イツキさんの説明って分かりやすいよね」
本来は異なるものなのだろうが、今の彼女達の認識では大差ないだろう。きっと、最初から全てを知る必要なんてない。
知るべきことは、その時になると自然と知れるものだ。だから、今この場でイツキが説明するまでもない。
「――工場の地下、ほぼ全裸の女の子、オマケに記憶喪失………よっし、良いこと思い付いちゃった!」
「いや……今の言葉の羅列からは、嫌な事しか思い当たらないんだけど…」
「???」
「ほらほら、イツキも手伝って!」
「……やっぱり、こうなるよね」
―― 一時間後、少女はゲーム開発部の部室に居た。