嘗ての先生、其の成れ果て 作:低品質なプリン
「………うーん、これは…イツキには見せられないかな」
デスク画面に表示された"依頼"を見据えて、先生は溜息混じりに呟く。
――ミレニアムから戻って直ぐの出来事だった。
日に日に増える依頼とは別に、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eには常日頃から仕事が溜まっている。
元は連邦生徒会長が割り振りして連邦生徒会や各機関で消化していた仕事なのだが、生徒会長の失踪からなし崩し的にD.U区内を初めとする各地が荒れ果て、先生の就任によって粗方は整備された今であっても、管理体制は先生を軸として回っている。
連邦生徒会も連邦生徒会長より権利を付与された先生の扱いには多少なりとも困惑の色があるらしく、直々の補助も少ない現状。
ならば当然、生徒からの依頼の有無に関せず仕事は毎日ある。なので、ゲーム開発部と共に『廃墟』へ赴いた後も当たり前のように仕事が待ち構えていた。
「……って言っても、仕事自体は粗方終わってるんだけどね。朝のうちにイツキとセリカが片付けてくれたし…」
シャーレの部長として任命した水面イツキと、本日のシャーレ当番であった黒見セリカは根が真面目な働き者だ。
書類を慣れた手付きで処理するイツキと、不慣れながらもイツキの指示で動き回っていたセリカ。無論先生は機密書類全般を受け持っていたのだが、それ以外は二人が終わらせていた。
イツキの働きを見て、先生はいつも疑問を持つ。仕事が早いのは今更なのだが、それは決して効率的な手際ではない。
暗記した答えを解答用紙に書き込んでいるかのように、手順は先生と同じハズなのだが、思考から行動までが早い。まるで、最初から知っているかのような動きであると感じるのだ。
――
「…アロナ、このメールは?」
『トリニティ総合学園の一年生、宇沢レイサさんからです!所属は非公式ですが自警団で……えっと、守月スズミさんと同じ部活ですね!』
「トリニティかぁ……確か、イツキとかハスミが所属している学園だね。なんだかんだで行ったことは無かったけど…お上品な学校なんだよね」
『らしいですね〜。きっと、挨拶は『ごきげんよう〜!』なんですよね!!』
「そ、そうなのかな…?イツキが『御機嫌よう』って言いながら茶をしばく姿なんて想像できないけど」
代わりにエナジードリンク缶にストローを刺して、死んだ目でカタカタとキーボードを叩く姿はよく見る光景だ。
尚、そんなイツキの横で鏡写しのようにコーヒーをがぶ飲みして仕事をしている自分の姿は、度々シャーレ当番の生徒にも指摘される。
「さて、依頼内容は……」
《初めまして、シャーレの先生。シャーレでは生徒の相談にも乗ってもらえるとお聞きして、メッセージを送らせて頂きました。その…ぜんぜん暇なときで構いませんので!もし御忙しかったら、無視しても大丈夫ですので!!》
「……なんだろう。消極的というか、遠慮がちな感じだ…」
《つきましては…もし相談に乗ってもらえるのでしたら、何卒、水面イツキさんには
「…………困った。イツキとの"約束"があるんだけどね」
ブラックマーケットでイツキをシャーレに誘った際、一つだけ約束をした。それはシャーレの依頼については全てイツキに教えると言ったモノだ。
先生はイツキの真意を知らないが、イツキの信用には応えたい。応えなければいけないと、他でもない先生自身が思っていた。
然し、もしも宇沢レイサの依頼を受けるのだとしたら、どちらかには嘘をつかなければいけない。嘘を毛嫌いするほど潔白な人間ではないが、人を裏切るのだけは絶対に嫌だった。
「…………」
『…あの、先生?一応最後まで読んでから決めるのはどうですか?イツキさんに秘密にしたい理由とか、そーゆーのもあると思いますし!』
「…それもそっか。ありがとう、アロナ」
『いえいえ、私は先生を完璧にサポートするスーパーアロナちゃんですので!!』
「ははっ、頼もしい限りだよ」
本当に、アロナには頼りっぱなしだ。管理AIとはいえ、彼女は先生にとっては喜怒哀楽のある一人の生徒だ。いつかは心の底からの恩返しでもしたいものだ。
彼女に感謝をしつつ、先生はメッセージを読み進める。
《……相談内容は、一言で表すのは難しいですが…一重に、イツキさんについての"情報共有"をしたいです。きっと、先生の知っているイツキさんと私の知っているイツキさんには
「…認識のズレ…?」
《勿論、私の主観的な部分もあるとは思います。ですが、それを差し引いても今のイツキさんと過去のイツキさんは、
「……………」
思えば、先生はイツキについて何も知らない。
探ろうと思えばいつでも知れた。シャーレの超法的権限を用いれば、イツキの出で立ちについては直ぐに見つかるだろう。
それでも先生が黙っていたのは、勝手に調べる事に罪悪感があったからだ。
銃を使えず、シッテムの箱の指揮対象にも選べず、『神秘解放』という不可思議な技術を使い、時々未来でも識っているかのように動き、いつも死にそうな目をしていて、大人のように振る舞い、生徒を守護対象として扱い、
「………最低だね、私は」
水面イツキの正体に、目を背けていた。本人が話してくれるのを待っている、との
「…アロナ、まだイツキを『先生』だって認識しているかい?」
『…………それが、変なんです……イツキさんが少しづつ、
「…そっか、ありがとう。いつもアロナには助けられてばかりだね」
――知らなければいけない。
明日はまたゲーム開発部に赴いて、アリスについても調べる必要がある。時計を見ると、午後6時を過ぎたばかりだった。
「さて、今日は徹夜になりそうだ」
彼女には悪いが、予定がないのであれば依頼達成に向けて時間を貰うことになる。
メッセージに追記されていたモモトークのIDを打ち込み、通話を試みた。そして運も良く、今ならトリニティ自治区で会える事となった。
◆◆◆
「……あ、あの…シャーレの先生ですか!?」
「こんばんは、君がレイサだよね。依頼について、話を聞きたくて」
待ち合わせ場所に向かうと、既に少女が待っていた。スズミと同じ青灰色の制服に、紺色のパーカーを羽織り。ぬいぐるみで飾ったピンクのリュックサックからは元気な印象を受けるが、不安そうな表情とはアンバランスか少女だ。
薄桃色と薄紫色の入り交じる髪は全体のファッションを通してポップとも受け取れる。
「こんばんは!自警団所属のスーパースター、宇沢レイサです!!」
「あはは、元気良いね。うーん、ここで話すのもアレだし、場所を移してもいいかな?」
「あ、はい。その…あまり人の目がない場所がいいので、公園のベンチとか…いかがでしょう?」
「うん、私は構わないよ」
「ありがとうございます!」
きっと無意識なのだろうが、テンションの高低差が激しい少女だ。元気で無遠慮に感じ、然し次の瞬間には文面でも感じ取れたように、何処と無く消極的だ。
アンバランスで、少しばかり不安を覚えてしまう。彼女にも彼女なりの悩みがあるのだとしたら、いつかはそれも解決したいと思う。
そのまま先生はレイサに先導され、近くの公園に到着した。『廃墟』の探索での疲れもあるので遠慮なくベンチに腰をかけるが、レイサは立ちっぱなしだった。
さすがに、まだ先生の横は慣れないらしい。立ったままで先生へ視線を寄越し、会話を切り出そうと試みている。
「……それで、メッセージでも送ったのですが」
「うん、イツキについてだね?勿論、イツキには内緒にするよ。私だけだと力不足かもだけど、出来る限りの協力も約束するね」
「ほ、本当ですか!?……では、最初に見てもらいたい動画がありまして…」
「動画?」
先生の疑問に答えるように、レイサは携帯端末を操作して一つの動画を再生する。
有り体に言えば、複数の不良生徒と一人の生徒の戦闘だった。不良生徒は全員、黒いマスクや特攻服を着込んだ少女達で、高校生くらいだろうか。人数こそ把握出来ないが、画面を埋め尽くすほどはいるらしい。
対して、戦っているのは小さな影だった。ヘルメットを被り、白銀のアサルトライフルを巧みに扱って不良達を圧倒している。
《な、なんだよ!チビのクセによぉ!!》
《畳み掛けろ!相手は一人なんだ、人数差で押し切ってやれ!!》
不良生徒の中には防弾盾を構えている者も居て、その光景はアビドス砂漠でカイザーPMCのオートマタに囲まれた時を連想させる。
画面越しでも分かる通り、絶体絶命なのだろう。然し、先生の想像と画面内の結果は異なった。
《あぁ゛?オイオイ…ご立派なブツを持ってんじゃんよォ!ま、使うヤツが雑魚だから宝の持ち腐れなんだけどなァァァッッ!!》
《ひ、ヒィッ!コイツ…止まらねぇ!?》
《このっ!あ、やっ…止め――ぐふぉっ!?》
《ケッ、ヒャッハァァ!暇潰しにもなンねェぞ蛆虫共ォ!!もっと気張れってんだよォ!!》
中性的で荒々しい声は銃音にも負けず、端末のスピーカーから鳴り響いている。
小さな影は、よく目を凝らせば黒いヘルメットにオーバーサイズの黒いジャケットを羽織っていた。そんな小さな影は俊敏に動き回り、連射されるアサルトライフルの弾はフェイク動画を疑うほどに全て不良生徒の頭部へ命中し、撃った先から波のように倒れていく。
「……これは?」
「一年前、私が不良生徒の集団に襲われかけた時のモノです。裏路地で猫ちゃんの動画を撮っていたら、その前の日に成敗した不良が仲間を呼んで復讐しに来まして…」
「でも、戦闘に参加しているのはレイサじゃないよね?」
「…そう、なんです……私は不覚にも銃を奪われてしまいまして。素手でも抵抗しようとしたところで、偶然にも助けられたので」
「それは……えっと、この小さな子に?」
「はい、見ての通りです……でも、この人が水面イツキさんなんです!」
「えっ!?ちょっ、ちょっと待って…この口汚く相手を罵りながら高笑いしてる子がイツキ!?いやいやいや、何かの間違いじゃない!?」
「間違いじゃないです!動画には映ってませんが、この後にヘルメットを外した素顔もちゃんと見ました!!私、これでも助けられた恩は忘れないんです!!」
信じられなくてもう一度動画を見るが、確かに同一点は多い。身長に、中性的な声。体型も似ていて、この人物が水面イツキであると言い切られたら信じられない事もない。
だが、それにしてもおかしい。この動画がたった一年前で、それなのに今のイツキは温厚で真面目。暴言は吐かないし、例え不良生徒だろうと無闇矢鱈に傷付けたりはしない性格だ。
「……なるほど、だから私に相談したってことか…」
「ええ、はいっ。私も私で情報を集めたのですが…誰も、一年前のイツキさんについて知っている人は居ませんでした。きっと、あのとき私の前でヘルメットを外したのも偶然でして…いつも、暴れるときは素顔を隠していたんだと思います」
「…その言い方だと、イツキらしき人物が他の場所でも暴れていた情報はあったんだね」
「……恥ずかしながら、この時は怖くてお礼も言えてなかったので……必死に探した結果、痕跡の情報だけは集まったんです」
――不思議な話だ。
厨二病的な症状ということは簡単だが、まるで人格が変わったかのような言動は多重人格を疑ってしまう程だ。
このヤンチャな振る舞いから、今の落ち着いた大人のような雰囲気になるには少なくとも五年以上は掛かるだろう。なので、性格が改まったとは考えずらい。
それに加え、
動画内では恰も当然のように、水面イツキが
先生も実際に見たことがあるが、今のイツキの、銃の腕前は野生のボノボにも劣る。故に動画のような芸当、イツキには不可能であると断言出来る。
「…それで、です。私、トリニティに入学してから二年生だったイツキさんと再会したんです。それで当時の礼を言ったんですが……その時は既に、今のイツキさんになっていて…人違いだって言われました」
「この動画は見せなかったの?」
「見せました!見せて、説明したんですが……心の底から困惑したみたいに、謝られました。本当に心当たりがなくて、記憶違いなんじゃないかって…」
「そっか……イツキに双子はいない筈だし、嘘をつける性格でもないから…因みに、今のイツキについておかしな点とかはないかな?トリニティでのイツキについては、私はあまり知らないからね」
自分とイツキが似ているからか、知った気になっていたが。先生はシャーレ部長としてのイツキしか知らない。他の学園にも友人が多いことは共に行動して察しがつくが、その経路も先生にはわからない。
そも、トリニティとゲヘナの関係性を知った上で、ゲヘナのトップ層に友人が多いイツキの異常性は明らかだ。
「トリニティでのイツキさん……精々、影で裏生徒会長って呼ばれてるくらいでしょうか?」
「えっ、裏生徒会長!?」
「お茶目な噂程度の話なんですけれども…ティーパーティー、シスターフッド、救護騎士団のトップと対等で、勢力ってワケでもないんですが、要するに学友が非常に多くて。学園外の偉い人達とも仲が良くて、遂には連邦捜査部の部長にまでなったので…それで『裏生徒会長』ってなったんです。恐らくはイツキさん自身は知らないとは思いますけど…」
色々と恐れられているシスターフッドの長と、白昼堂々とティータイムに洒落込んでいる姿を見られ、陰謀論を囁かれる程度には有名な噂だ。
本人の性格もあり、イツキを尊敬している生徒も多いとのこと。
「…そうだね、やっぱり私の方でも調べてみるよ。イツキには何かがありそうだからね」
「お、お願いします!もしも別人だったしたら、私はその人にお礼を言わないといけないので……その、私に出来ることがあれば全力で協力するので!後でシャーレ加入の書類も提出します!!」
「ありがとう、レイサ。君の期待に応えれるように、頑張るね」
――何となく、分かっている。
ここまでの情報を与えられて、何も分からないほど先生も鈍くはないつもりだ。だが、理解しているのは"今の"イツキの経歴だ。
見て見ぬふりこそしていたが、それ自体はもっと前から判っていた。問題は、一年前のイツキだ。乱暴で、口調も荒々しく、戦闘スタイルも別人。
一年前から今に至るまでの何処かで大きく何かが変化して、今も尚変化を続けている。
(……君は、一体…)
成れ果て、なのだろう。だがアロナの言っていた『少しづつ先生じゃなくなっている』とはどの様な意味を孕むのか。
レイサの期待にも応える為、今夜は長くなりそうだ。イツキに悟られず、イツキの情報を探るのは至難の業だろう。
取り敢えずは中学生時代の水面イツキについて調べるため、先生は古書館へ向かった。
尚、調べ始めてから半刻で寝落ちした。