嘗ての先生、其の成れ果て   作:低品質なプリン

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アビドス生徒

 

――息が詰まった。

 

驚嘆、そして罪悪感。嘗て救えなかった『生徒』と、自分が投げ出した役割を全うする『先生』。彼女達が彼と共に在る姿を目にして、心臓が鈍く痛みを発する。

その立場に、その信頼に、誇りを持っていた時期があった。重いだなんて感じなくて、『大人』だから応えるのが当たり前で。

正義の味方なんかではなかった。世の中の平和や世界の危機になんて目を向けず、只々ずっと『生徒』の味方だった。

 

目の前の彼――『先生』は何を抱き、何を成そうとしているのか。自分と同じ信念か、もしくはもっと崇高なモノなのかもしれない。

ただ、願うのは。『先生』が自分なんかよりも余っ程優秀で、生徒達を導ける者であって欲しい。

 

◆◆◆

 

「…………シャーレの、先生…」

 

もう解っている筈なのに、然し心の何処かで自分ではない『先生』に思う事もあった。故に呟き、言葉にして確認してしまった。

先生は少しだけ眉を上げた。当然だろう、『先生』と水面イツキは初対面であり、まだ名乗ってもいない。先生もまたキヴォトスに来てから日も浅く、『シャーレの先生』の存在は認知していても彼自身を知らない生徒が多数だ。

 

「あ、うん。こんにちは、シャーレの先生です。えっと、何処かであった事あったかな?」

 

「いや……ない、です。…先生は何故ここに…?」

 

「うーん、それは……」

 

「――先生は私たちのお手伝いをしてくれてるんです☆」

 

嘗て同じ立場で同じ行動をしたのだから、分かっていたのに。それでも言葉を漏らし、つい問い掛けてしまう。

 

ぎこちなく、とてもじゃないが楽しい会話とは言い難い雰囲気が立ち込める。故に空気を読み、敢えて割り込んで来たのはアビドス生徒の一人、十六夜ノノミだ。浅栗色の長髪を靡かせ、ゆったりとした口調で二人の間に入る。

 

「言っても良いのかい?」

 

「別に重大情報ってワケでもないからねー。言い回られて嬉しいモノでもなくけど……まー、アレだね。おじさんの目が腐ってなければ、二人は口が堅い方かなってね〜」

 

「……うん、安心して。どちらかと言えば、私とヒフミの方が言いふらされたら困る立場だよ。学校サボってブラックマーケットに来てるんだからね」

 

「うぐっ…!……で、でも…ペロロ様の為ですし…」

 

「君は本当にブレないね」

 

「ん、なら安心。お互いに秘密を握ってるなら、変に心配しなくてもいいし、対等」

 

「いや先輩も仰々し過ぎでしょ」

 

打ち解けた――とは言い難いが、互いに敵意もなく話をする気もある事を確認する。軽く自己紹介を交わし、元より隠す必要もない今日の目的を話した。

 

アビドス廃校対策委員会。委員長の小鳥遊ホシノ、二年生の砂狼シロコと十六夜ノノミ、一年生の黒見セリカと、今はこの場に居ないがアビドス高校校舎から通信による支援を行っている奥空アヤネ。

たった五名だけのアビドス生徒であり、学校の借金を追い込まれているが故にシャーレの先生に頼っているとの事。

 

だが、それを良しとしない者もいる。借金の返済を邪魔したいのか、もしくは『先生』の介入を嫌っているのか。いずれにせよ、規則に則った彼女達の誠意を快く思わない者が存在するのは確かだ。

それが関係しているのか、先日、アビドス高校が襲撃された。

 

「……えっと、つまり…その襲撃犯の正体と目的を探るためにブラックマーケットに来たと…?」

 

「んー、大体そーかなー。正体は何となく分かってるんだけどね〜。えーっと、セリカちゃん何だっけ?おじさん、もう歳だから忘れっぽくてねぇ」

 

「だから先輩も同年代でしょ!…襲撃犯は便利屋68と、多分ヤツらに雇われた傭兵……ッ!!」

 

「便利屋68か……じゃあ探ってるのは雇い主だよね?彼女達に武器を斡旋した人物、もしくは機関。ブラックマーケットに来てるって事は残骸もすべて正規の物じゃなかったってことだよね」

 

「……正解、だけど……理解っていうか推理?が早いね。イツキはもしかして探偵とか?」

 

「ううん…違うよ、シロコ。私は単に彼女達の――便利屋68のモットーを知っていたからだよ」

 

――金を貰えればなんでもする。

 

便利屋の名に相応しく裏稼業にも手を出す、アウトロー()()()()()()、その実は依頼の失敗と無理をして借りた事務所家賃で切羽詰まっている焦りの表れだ。

彼女達を知っているイツキには、残念ながら今に至った背景が濃く浮かぶ。

今回の件も、金を払って動かし、不利益があれば直ぐに尻尾切りの出来る都合の良さで雇われたのだろう。利益を上げれば万々歳、そうでなくともアビドス生徒に圧さえ掛けれれば十分だったのだ。

 

「うーん、悪い子達には見えないんですけどねぇ。本当に"仕事だから"ってだけで、特に裏は無いようにも思えます」

 

「うへ〜、ノノミちゃんが言うならそうなんだろうね〜。で、先生はどう思う?」

 

「………特に現状には変わりないかな。彼女達が利用されているなら、やっぱり雇い主を探る必要がある。イツキとヒフミはどうかな、第三者として」

 

「私も先生と同意見だよ。元より行動指針が定まっているから、難しく考えることでもないと思うよ」

 

「わ、私はよく分かりませんけど……イツキさんと先生が同意してるなら、それが正しいかと…」

 

彼女達にとって便利屋68が云々よりも、彼女達を利用している雇い主に用があるのだ。態々再確認するのも時間の無駄だったのだろう。

どうなっても良いと言える程無情でもないが、昨日の敵である便利屋68を今日の友と言えるだけの図太さもない。結局、なるようになれというのが総意だった。

 

 

取り敢えずはブラックマーケットに慣れているヒフミに案内され、銃火器のある店を回る事にした。便利屋や傭兵の使用していた銃弾は市場に出回っている物ではなく、製造場所が不明だ。故にこそブラックマーケットなのだ。

 

「……?…セリカ、どうかしたのかい?」

 

ふと、先生は視線を感じた。セリカは不思議そうに先生とイツキの顔を交互に見て、首を傾げる。

 

「…なんか思ったんだけどさ。先生と…イツキさん、だっけ?…って何か似てない?顔とかそーゆーのじゃなくて、雰囲気とか性格とか」

 

「そ、そうかな。私とイツキが…?」

 

「………そんな事ないよ。先生が私なんかと似ているワケがないからね………似てて良い、ワケがない」

 

「イツキ?…それはどう言う――」

 

含みのある言い方に、先生の頭には疑問符を浮かぶ。しかしその言葉が最後まで通る事はなく、一人の少女の声に遮られた。

 

『――緊急です!皆さんの周辺に不良生徒が多数!!恐らく、先程二人が気絶させた不良生徒の仲間かと!!』

 

いつの間にか展開された3Dホログラム。小さなノイズのかかる少女の姿もイツキには見覚えがあり、記憶に刻み込まれていた。

赤い縁の眼鏡に、艶のある黒くショートボブ。奥空アヤネだ。

 

「アヤネちゃん?」

 

『ホシノ先輩、後方より多数接近中です…ッ!今すぐ交戦準備を……』

 

慌てた様子からして、此方より人数が多いというのとは読み取れる。ついさっき気絶させた二人のチンピラの関係者だろう。

 

やがて姿が見えると、イツキとヒフミを指差して叫んでいる。罵倒や仲間の仇など、少なくともアビドス生が関係していないのだけは確かだ。

 

「私達の責任か……仕方ないね。時間もないし、手早く終わらせるよ」

 

「え、イツキさん!?どうして前に出てるんですか!?」

 

「ちょっと待っててね、ヒフミ」

 

イツキは鉄の棒を半身で左下に構えると、目を瞑る。『生徒』となって得た力は単純な筋力と防御力ではない。寧ろ、内に秘める『其れ』が武器を振るい弾丸を弾く『特別』を与えてくれているのだと、イツキは考える。

ある生徒は反動を気にせずにスナイパーライフルを片手で撃っていた。ある生徒は素手で壁を破壊した。ある生徒は垂直な壁を足場に高く飛んだ。

それが秘める力、体を強く頑丈にする未知こそ『神秘』。ヘイローを持つ誰もが有していて、無論、()()()()()()()()()

 

「――神秘解放」

 

頭上に在る灰色のヘイローが鈍く発光する。

 

意識下で掛けていた枷を一つ、解く。鈍い灰色の光は徐々に身体に流れ、腕を伝い、無骨な鉄の棒に移る。生徒達が銃に神秘を込めるのと同じ感覚で、イツキもまた鉄の棒に神秘を流す。

 

「い、イツキ…?一体何を――」

 

「下がって、先生……私達はともかく、先生はちょっと危ないかもだよ」

 

困惑する先生をホシノは下がらせる。心做しか声質は硬く、普段の様子からは外れていた。

 

戦闘能力を持たない『先生』にも分かる、力の奔流。十何人と集まった不良生徒もざわめき、然し退散する様子もない。所詮は近接武器、遠くから撃てば良い、と考えているのだろう。

それは他の誰でもなくイツキ自身がよく分かっている。銃の才能がないから選んだ武器だが、銃に対して有利が取れる物ではない。

 

()()()()()()()()

 

「――穿刃」

 

「なっ!?」

 

「ちょっ、待っ――」

 

刹那、不良生徒達の声はアスファルトを削る轟音に掻き消される。

 

左に傾けた身体は右に捻られ、力任せに振り抜かれた鉄の棒からは()()()()()()灰色の衝撃波が放たれた。

アスファルトを穿ち、抉りながら進む其れは不良生徒をまとめて吹き飛ばし、意識を刈り取った。たった一振で地面は砕け、ヘイローを持つ生徒を無力化する神秘。

 

才能はなくとも、特殊な記憶と努力によって構成された未完成な者。自身を卑下するイツキもまた、キヴォトスにおける()()()()『生徒』の一人だ。

 

生徒の神秘に疎い先生は物珍しさに驚嘆するが、然しそれ以上に表情を動かさない。だが彼とは対照的に少女達は言葉を無くした。

銃で同様の事をする生徒は、酷く限られはするが存在するだろう。しかし元より近接武器を扱う生徒はイツキ以外に基本的にはいなく、更に可視化された斬撃を飛ばす者なんて創作物の中にしかいない。

 

誰も喋り出さない中、イツキは気まずそうに振り向き――

 

 

「……よし、逃げよう。荒らしたのがバレる前に…!」

 

 

――予想以上の被害に慄き、足早に踵を返そうとしていた。

 





"元"でも『先生』だから知り得る『神秘解放』。その欠片は後悔と共に小さな身体の中へ――そして、もう存在しない固有武器。イツキの知るシッテムの箱は、もう何処にも存在しない。

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