嘗ての先生、其の成れ果て 作:低品質なプリン
バレンタインなので、バレンタインには全く関係のない閑話です。最終的には消費されて消える記憶なので、存在しないも同義ですね。儚いって、素敵だね。
――泡沫の夢。
確かに存在して、然しこれから消える"事実"、或いは"
きっと、いつかは消費される軌跡だ。それでも、今だけはまだ――心の中で眠る"幸せ"な記憶。辛く悲しく、虚しいだけの身体に宿る希望。
謳って、潰えた其れ。そんな幸せが存在した頃の一幕、尊くも単なる日常。
◆◆◆◆◆◆
「イツキ先生!せーんーせいっ!朝だから起きてください!!」
「………う…あ、あと二時間…」
「ダメです!」
何処と無く窘めるような声に、意識が覚醒する。ボサボサな長髪を乱雑に寄せながら目を擦り、ボーッとする頭で周りを見渡した。
聞き馴染みのある声の主は、ユウカだった。
エプロンを着用して私の布団を引っ張る姿は、お嫁さんと言うよりもオカンだ。前にオカンって呼んだ時には本気で怒られたけど……まあ、ゲーム開発部のお母さんって呼ばれてるんだし、間違えてはないと思う。
格闘ゲームのやり過ぎで覇王にジョブチェンジしたアリスを抑えれるのも、ネルかユウカくらいだろう。
鼻腔にチラつく匂いは、トーストやスープの香りだ。朝ご飯を用意してくれたのだろうか?
「……うん?…なんでユウカが……あ、そっか。今日の当番だったね」
「もうっ、忘れてたんですか?」
「あはは…ごめんね。昨日は……あれ?何で私、シャーレの仮眠室で寝てるの?机で寝落ちしたハズだったんだけど…」
「…相変わらず、自分の身体には無頓着なんですね……そういう所があるから、他の女の子達も…」
「うーん……誰かが運んでくれたのかな。でも夜中のうちはシャーレの警備システムが作動してるし……」
問題なく防犯システムを突破出来そうなのも、コユキかセリナくらいだ。コユキだった場合は色々と恩着せがましいタイプの置き手紙が置いてあるだろうし、多分なんの手掛かりもないから…
うん、きっとセリナだ。倒れたりしたらいつの間にか後ろに現れるし、何度も同じ体験をしているから、もう慣れた。
いや、うん……迷惑を掛けっぱなしなのに慣れるのは駄目なんだけど…これでも改善した方だ。
色んな生徒に健康管理をされて、やっと倒れる頻度も減ったんだ。これ以上の妥協は仕事に支障が出るし……身体を鍛えるしかないのかな。
私も生徒みたいにヘイローがあって、身体もめちゃくちゃ頑丈だったら……ま、夢物語だけどね。
「よしっ、今日も一日頑張ろう!ユウカもよろしくね」
「はい、じゃあ早速朝ご飯を食べましょう。…でもその前に、髪がボサボサですね。整えるので後ろを向いてください」
「……ユウカ、私だって自分でも出来るよ?」
「でも先生、普通に下手ですし……あまり放っておいたら勝手に切ろうとするじゃないですか。いつだったか…ノアが止めなかったら、台所包丁でバッサリとしてたらしいじゃないですか…」
ユウカは呆れたように私を見る。
……あの時は普通にびっくりした。まさかノアが甲高い悲鳴をあげるんだから…たまたま当番以外の用事で来ていたツルギとかアコも集まってきて、大騒ぎになりかけた。
ノアには正座させられて怒られたし、私は悪くないのにアコが冷たい目線を向けてくるし……
「勝手にも何も、私の髪だからね?それに私自身、自分の髪には拘りもないし。面倒臭いから放っておいたら、いつの間にか凄く伸びてて、ノノミとかチナツに整えられて…私なんかの髪なんて弄って何が楽しいんだろうね」
「楽しいとか、そういう話でもないんですけどね……ほら、先生だって坊主にするのは嫌ですよね?」
「うん?いや、別に構わないけど」
「えぇ……」
何故かユウカに引かれた……解せない。
ただでさえ身長が低いから長髪が邪魔なのに、切ろうとしても止められる始末。坊主だったらもっと楽なのに。
勿体ないって言われるけど、髪に執着するような性格でもない。でも…改めて考えたら、キヴォトスには髪の長い生徒が多い。
"外"から来た私には馴染みがないけど、そーゆー文化みたいなのがあるのだろうか?
――その後、ユウカに髪を整えられた私は顔を洗って歯を磨き、ユウカの作った朝ご飯を堪能した。
◆◆◆
朝ご飯を食べてからは直ぐさま仕事の時間だ。
仕事自体は当番に来た生徒に手伝ってもらえるんだけど、一般生徒には見せられない重要書類は全て私が管理して、直接連邦生徒会に提出しないといけない。
大人としてやるべき事はやる。じゃないと先生として示しがつかないから。
本日何度目かの書類確認を終えて判子を押した瞬間、パソコンの画面に一つの通知が表示された。
「…うん?」
『――先生、ゲヘナ風紀委員の空崎ヒナさんよりメールが届きました』
「ヒナから…?珍しいね。ありがとう、A.R.O.N.A」
『いえ、先生のサポートが私の役目なので』
シッテムの箱の画面が光り、私にしか見えない『彼女』が現れる。私と同系統の髪色で、でも彼女の方が薄くて淀みない灰色。
『A.R.O.N.A』は私にしか認識出来ないけれども、確かに私の可愛い生徒。これからも大切にしたいモノだ。
少しだけ急いで目の前の書類に一区切りを付けて、ヒナからのメールを開く。
要約すると、ヘルプの要請だった。
偶然にも温泉開発部と美食研究会が離れた学園で騒動を起こしており、風紀委員も万魔殿から無理矢理受けさせられた訓練で疲弊。
動ける面々を集めたとしても片方の対処しか出来なそうだから、トリニティに行って美食研究会を抑えて欲しいとの旨。
「……あらら、ヒナも大変だね」
「先生?…何か問題でも起きましたか?」
「ちょっとね……悪いけど、お留守番をお願いしてもいいかな。仕事が終わったら、オフィスの鍵さえ閉めてくれればいつ帰っても大丈夫だから」
「…はぁ、了解しました……もう、折角の当番だったのに…」
「ごめんね、あとで埋め合わせはするから」
本当に申し訳ない。シャーレの当番は申請制だ。つまり、ユウカが自分から当番を申請して、私の手伝いをしてくれている。
一日ずっと、という訳でもないけれども…ユウカの善意を無駄にしているようで気が引ける。
だからといってシャーレへの"依頼"を断るなんてしたくないし、下手をしたら生徒が怪我をするような案件なので、出来る限り優先事項にしたい。
「……言質、取りましたからね!」
「あはは…次の休日にでもドレスとスーツでも着て、デートに洒落込むかい?」
「え、なっ…で、でででデート!?そんな、急に…!?」
「冗談だよ。普通にご飯でも奢るつもりだけど……あの、ユウカさん?顔が怖いんですけど……な、なんで怒ってるの…?」
「別に怒ってないです!………ふんっ、早く行ってきたらどうですか?」
「やっぱり怒ってるよね!?」
ユウカの冷たい声に背を押されて、苦く笑いながらシャーレを後にした。
一応ヒナからも位置情報を共有してもらっているけど、私も現状の把握する為にSNSを確認する。美食研究会は店に赴く際にSNSで告知している事が多いので、情報の足しにはなる筈。
……まあ、暴れてるってことは料理が口に合わなかったか、値段に合わなかったか…もしくは店員の態度でも悪かったのかもしれない。
何度かヴァルキューレの生徒に免許証確認をされながらバギー車を運転して、駅に着いてから端末で美食研究部のアカウントを見る。
(…トリニティの高級フレンチかぁ……双方に手厳しいところだね)
勝手なイメージだけど、トリニティのレストランは
ゲヘナの生徒がトリニティで騒ぎを起こすのは御法度だけど、相手はテロリストとして一定の地位を築いている美食研究会だ。
一種の災害みたいなモノだし、彼女達が認めた店は味も接客も一定の水準があるので、大きな広告にもなる。だから悪い事だけでもないけど……ま、色々と妥協している店にとっては本当に災害だ。
…トリニティまでは中央線を経由して半刻くらいだろうか?本当ならバギー車で直行したいけれども、私の外見が幼く見える為か、ヴァルキューレ警察学校の生徒に頻繁に止められる。
免許に関しては学生でも講習を受けたら取れるのだけれども…まさか私が高校生にすら見えない、なんて話もないだろうし。……ないよね?ないと思いたいので、毎度毎度止められて免許確認されるのは不思議だ。
斯くしてトリニティ自治区に向かうと――
「………派手にやったなぁ」
レストランから煙が上がり、その周りには正義実現委員会の生徒とヴァルキューレ警察学校の生徒が倒れている。
ハルナを初めとする美食研究会の面々は何食わぬ顔で戦闘行為を続けているし、放っておいたらすぐにでもこの場を離れるだろう。
「ハスミやツルギは居ないのかな?」
少なくとも、シャーレに所属している生徒は居ないらしい。主戦力がいないんだから、正義実現委員会の子たちが負けるのも仕方がない。
一応『A.R.O.N.A』にバリアを展開してもらい、繰り広げられる銃撃戦に割って入る。もちろん、シッテムの箱のサポートで可視化された弾丸の予測線には被らないように。
「あ…う、撃ち方やめ!シャーレの先生が居ます!!」
「えっ!?ほ、ホントだ!」
「やあ、こんにちは。ゲヘナの風紀委員から依頼を受けて、美食研究会の対処に来ました。私に任せて貰ってもいいかな?」
「はい…でも、危険では…?」
「大丈夫、彼女達は無差別な獣じゃないんだ。対話で解決することだってあるよ………多分」
「多分!?」
だって、美食が絡むと抑えが効かなくなるんだ。私に向けて撃ってくる事はないから、相手を傷つける意図はないと信じたい。
只々、美食を追い求めて無茶をし、美食に相応しくない店を燃やす。その行為が美食研究会――黒舘ハルナにとっては息をするも同義なだけだ。
私の要望が聞き届けられたらしく、一分ほどの時間を要して全体の銃撃音が鳴り止んだ。
心地好いとは言えない静寂に包まれながら、シッテムの箱を片手に持って、ストランを壁に囲まれている美食研究会の前に姿を現す。
「……あら?ふふっ、ごきげんよう。こんな所で奇遇ですね、先生」
「どーも、ハルナ。他のみんなも、元気かい?」
「うぅ…お腹が空いてるよぉ〜。先生、何か持ってない?」
「さっき食べてたでしょ!!……まあ、お腹に溜まる前にレストランが爆発したんだけど」
やっぱりと言うべきか、イズミもジュンコもいつも通りの様子だ。……うん、
一人だけ、物凄く不機嫌な生徒がいた。っていうか、アカリが目に見えて怒りを露わにしている。
「アカリ?」
「……何でしょう、先生?」
「あー、えっと…不機嫌そうだけど、どうしたの?」
「いえいえ、不機嫌だなんてとんでもない。フフッ♡私はいつも通りですよ?ただ、ちょっとだけ
「………成程…ははっ、わかんないね。ってことでジュンコ、説明お願いします」
「はぁ?何で私が……まあ、いいけど。簡単に言うとね――」
耳を傾けるが、本当に簡単…というか単純な話だった。前提として鰐渕アカリという生徒は、
――そんな潔癖症のアカリ。
微妙な味付けの料理に段々と不機嫌になる最中、店員のロボットが運んできた料理を服にかけられたらしい。それで怒りが爆発して、こうなった次第。
理解とは程遠いけれども、まあ…いつも通りのテロ行為に他ならない。相変わらずだけど、言って止まる生徒だったらヒナも苦労はしていない。
「……取り敢えず、ヒナから依頼されて君達をゲヘナまで連行しに来たんだけど…大人しく捕まってくれる?」
「えっ!?一緒にご飯食べに来たんじゃないの!?」
「いつからそーゆー話だって勘違いしてたのよ……てか、普通に嫌。結局ここでもご飯を食べ損ねたし…何か食べに行きたいもん」
「あら…ジュンコさんも同じ意見なんですね。当然、相手がシャーレのイツキ先生であろうとも、美食の道を邪魔するのであれば……いえ、ふふっ。良い事を思い付きました!」
「………あの、ハルナ?ハルナさん?目が怖いんですけど…?」
「……へぇ、成程…そうですね♪気分を晴れさせるような最高の美食には、やはり先生が不可欠。なので、ちょっと
「ひぇ……A.R.O.N.A!近くにシャーレ所属の生徒は…!?」
『…後方の電柱の影に天見ノドカさんがカメラを構えて先生をストーキング中、向かいの花屋の商品に久田イズナさんが紛れて先生をストーキング中、姿は感知出来ませんがトリニティ内なので鷲見セリナさんが先生ストーキング中、後はあっちの方に陸八魔アルさんが偶然通り掛かってます』
「ありがとう、A.R.O.N.A。助けて、A.R.O.N.A」
『……………』
…取り敢えず、偶然通り掛かってるアルを巻き込もう。そしてノドカはチェリノに報告して、イズナには言って聞かせよう。悪い子ではないから、ちゃんと説明したらストーキングは止めてくれるハズ。セリナについては完全に諦めた。
その後、(表面上は)偶然居合わせた生徒たちの力を借りて美食研究会の皆を拘束した。
◆◆◆
「疲れた……精神的に」
窓の外は夕日で染まっていて、綺麗だ。
あの後は無事に彼女達を風紀委員会まで送り届け、イオリの汗の匂いを嗅いでビンタされ、学園外の銀行周りを調査中のシロコを叱ってからシャーレに戻ってきた。
オフィスには鍵が掛かっていて、ユウカは帰ったらしい。セミナーの会計だし、シャーレだけに時間を割けないのだろう。
パソコンの前には今日の朝にした約束についての旨が書かれた付箋が貼られていた。ユウカ曰く、今日の埋め合わせには気になっていたパスタ店をご所望とのこと。パスタなんて最近は食べてなかったし、是非もない。
「………仕事は…わぉ、殆ど終わってる。今日は久々に家に帰れるかな?」
ユウカやノア、ごくごく稀にナギサが来てくれる時は仕事の進み具合がエグイ。もう私なんていなくてもシャーレが運営できるんじゃないかなって思うくらい、その日の仕事が片付いている。
生徒に頼りっぱなしで、申し訳がない。
「はぁ…」
軽く溜息をつきながら冷蔵庫を探り、妖怪MAXのブルーハワイ味を喉に流し込む。
ずっと生徒に囲まれていたからか、一人になる時間は少しだけ寂しい。いや、正確にはA.R.O.N.Aがいるので一人の時間ではないけど。
おもむろに立ち上がって窓の外を眺めると、無限に続きそうな空の端っこが紺色に染まっている。綺麗な星々が飾り、こんな綺麗な景色を独り占めしていることに苦笑してしまった。
「…………はぁ」
心の中でくらいは素直に白状する。
やはり、私は孤独が苦手で…生徒達との繋がりを求めている。理由もなく外出の準備をして、行き先を無理やりにでも決めてしまうのは私という自我の性だ。
この後は何をしようか。まだ夕飯前の時間だし、カンナを屋台にでも誘おうか。それとも弁当を買ってRABBIT小隊に差し入れでもするか。
百鬼夜行で忍者研究部とか修行部の生徒達と屋台巡りをするのもいいし、適当なボードゲームでも持ってミレニアムの反省部屋にいるコユキに会いに行くのも良さそうだ。
選択肢があるというのは幸せなことで、たまに…それが当たり前であると錯覚してしまう。そして同時に、これが夢で…現実はもっと悲惨で、虚しくて、悲しいのではないかと考えてしまう。
……目の前にあるのが現実だ、なんて言えなくなったのはいつからだっただろう?
「…ははっ、ダメだね…独りになると嫌な事ばかり考えてしまうよ」
きっと、私は
生徒との触れ合いに飢えて、独りにならないように足掻いている。大人として、みっともない……こんな姿は生徒には見せられない。
いつもの飾った愛想笑いを噛み殺して、大きく笑ってみせる。誰に見せるわけでもなく、自分がまだ笑えている事を確認するために笑う。
彼女の居ない世界で、先生で在る為に。
「……うんっ、よし!決めた!この後は――」
薄暗いオフィスで、私はモモトークを起動する。あの子は暇だろうか?暇だったとして、何を食べに行こうかな。
彼女の大好物を奢るのもいいけど、苦手な物も子供のうちに克服して欲しいなぁ。
やがて了承の返事が貰えて、私はシッテムの箱を片手にオフィスを後にした。
…大丈夫、私はまだ『
はい、もちろんこの後に無惨に死に晒します。それが嘗ての『先生』の末路で、誰よりも願って誰よりも運命に裏切られてきた人間の未来ですからね。