嘗ての先生、其の成れ果て   作:低品質なプリン

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最近、懐かしい作品が複数復活しているので、ビックウェーブに攫われて初投稿。

お久しぶりです。最初から読み直して♡




わからないわからないわからないわからない

 

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――廃工場にて。

 

擲弾発射器等を構えているオートマタ集団から逃げ切り、何かを感知したアリスによって導かれ、ゲーム開発部とシャーレの先生、水面イツキが辿り着いた先にあったのは一台のコンピュータだった。

酷く怪しい其れにイツキが触れた途端、無機質な文字がコンピュータの画面に羅列されていく。淡々とした其れは何処までも機械的でしかなく、然しイツキの心中は――

 

「……………」

 

()()()()()、其れに尽きた。

 

覚えていないわけではない。忘れたわけでもない。ただただ無情にも、元『先生』としての軌跡は()()()()()()()()()だ。

鈍くも致命的な頭痛は、然し幻痛のようなものなのだろう。ある筈がないモノが無くなったわけでもないのに、"あった頃"の記憶はあるから。心当たりのない虚無感だけが証拠も現物もなくイツキの喪失を肯定する。

 

ふと、黒服の言葉が脳裏を過ぎる――

 

――神秘解放、でしたね……あまり、多用しない方が良いでしょう。ククッ…擬似的に再現する術は見事ですがね、あるのでしょう?神秘で補えきれない()()が。体力か、寿命の前借りか、もしくは存在しない筈の軌跡、なんて可能性も――――

 

(……うん、問題ない)

 

水面イツキとは、本来はキヴォトスに存在しない生徒だ。生徒が生徒たる由縁を持たない存在だ。ただ唯一言えるのは、『変質した』の一言。

キヴォトスにおいて何の意味もない命。何の役割もないゲスト。或いは侵入者。

 

だから――いつか全てを使()()()()()()問題はない。結局、ホシノとの『約束』だって()()()()()()になるのだから。イツキの痛む心だって、最初から存在しなかったことになる。それこそが世界の整合性であり、致命的なイレギュラーに対する世界の最適解だ。

 

「……キ……イツ……キ……」

 

「………ん?」

 

思考に浸っていると方を揺らさせる。

 

「イツキ?大丈夫?」

 

「……ごめん、先生。ちょっと疲れてるのかも。体感一年くらい、ボーッとしてた」

 

「体感一年くらいかぁ…」

 

自分の言葉に、自分自身で辟易とする。よりにもよって『疲れた』と、この人の前でそんな事を言ってしまうとは。シャーレの部長として、単純な労働時間はイツキの方が長いのだろう。

しかしヘイローを持ち、頑丈な身体のあるイツキと身体的には一般男性の域を出ない先生とでは比べる匙が違うだろう。

 

今も目の下に隈を浮かべる大人に対して『疲れてる』と言い訳するのは、やはり元とはいえ『先生』としては、或いは『先輩』としては恥ずかしい限りだった。

 

「それで?今、どういう状況?」

 

「色々あってモモイのゲームガールズアドバンスSPにG.Bibleのデータが転送された………って言っても端的にし過ぎかな」

 

「なるほどね。完全に理解したよ」

 

「理解力すごくない?」

 

()()覚えてるから、とは流石に言えない。皮肉にも、この世界で水面イツキという生徒は優秀であると見られがちだが。ならばその勘違いに乗っかり、多少の違和感を拭うのは悪い事でもないだろう。

 

「じゃあ帰ろっか。私は先に出てオートマタの気を引くから、みんなは裏からそっと出てね」

 

「え!?イツキ一人で行くの!?」

 

「大丈夫だよ、モモイ。一人の方が動きやすいからね」

 

「なるほど、隠密任務ですね。任せてください!アリスは知っています。まずはダンボールを見つけるのですね!」

 

「アリスちゃん、こんな所に段ボールなんてないから。早く行こうよ」

 

「……?ですが、ユズが既に見つけて隠れていますよ?」

 

「ユズちゃん!?」

 

「………先生」

 

「任せて。イツキも何かあったら連絡してね?君が強いのは知ってるし信用もしてるけど、万が一はあるから」

 

「勿論。その時は頼るよ」

 

一つ、イツキは小さな嘘をついた。先生は()()イツキを指揮出来ない。純正な生徒ではないイツキはシッテムの箱の戦闘指揮の対象となり得ないのだ。

イツキもそれを理解し、その状況で先生を頼るということは他の生徒を巻き込むか、或いは大人のカードを使わせる行為であると理解している。

 

先生が頼って欲しいのは本当でも、イツキが頼る事はない。イツキのような紛い物に割くコストは不要なのだ。

 

何千と繰り返した自罰に辟易としながら、生徒を引率する先生に背を向けて駆け出した。

 

 

 

その後、オートマタの軍勢をイツキが単身で撃破しつつミレニアムに帰り、解散となった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

――トリニティ、寮の一室。

 

相変わらず何も無い自室は、きっと明日になってイツキが消えたとしても誰にも迷惑がかからないのだろう。簡易的な備え付けベッドと、服を仕舞うタンスが一つ。

主が居なくなる前提の部屋は、やはり物悲しい。いっそ全ての家具を捨ててシャーレと適当なホテルを行き来するのも一つの手だが、時々部屋に遊びに来る生徒を想うと引け目もあった。

 

「……久し振り、かな…」

 

そも、自室に帰るのも久しい。

 

最近はゲーム開発部の依頼でミレニアムに泊まる事が多かった。この先、そんな事が多くなるのだろう。虫食いになった過去の軌跡を思い浮かべ、深い溜息を飲み込む。

どうせ、また明日もミレニアムに赴くのだ。こんな暗い感情を表に出して、あのゲーム開発部の雰囲気を悪くはしたくない。

 

取り敢えず、今日は適当な物を食べて寝たい。鬱屈とした気分に逆らうように、腰を下ろしていたベッドから立ち上がる。

そのまま冷蔵庫を開き、いつの間にか誰かが補填している食材を眺める。イツキは基本的には外で買った弁当を食べて過ごしているが、イツキの部屋には定期的にトリニティの生徒が無断で入り食材を冷蔵庫へ入れていく。

 

デザート類は放課後スイーツ部の誰かだろう。妙に高そうな果物はミカかナギサで、健康的な野菜や魚はセリナだ。そして冷蔵庫の上に置かれたクッキー缶はハナコで、その隣のビニール袋にまとめられた駄菓子はイチカだ。

 

多種多様なそれらは眩しいほどの善意と、イツキへの気遣いなのだろう。返せるモノが安い自己犠牲による無価値な命だけなのだから、感謝よりも申し訳なさが大きい。

彼女達の想いを、知らないわけでもない。もし水面イツキという一生徒が亡くなれば、悲しむ生徒だっているのだろう。

 

――故に。

 

死ぬなら、()()使()()()()()死ぬ。過去の軌跡も、自分の記憶も、この世界での痕跡も。全てを神秘として消費して、水面イツキを存在しなかった事にする。只々、最善の『結果』だけの遺して終わる。

 

また、溜息をつく。ずっと頭が痛い。ずっと吐き気がする。煙草を吸いすぎた時のような気分の悪さが恒常的に身体を巣食う。酩酊感はないのに、酒に呑まれたように頭の奥に靄がかかる。

 

独りになると途端に気分が悪くなる。誰とも話していない時間は肥大化し続ける罪悪感に押し潰されてしまう。

 

「………なんで、私は生きてるんだろう………ああ……約束、したからか……」

 

生きて、と願われた。懇願された。嘗て先生だった頃、数々の世界線で何十もの生徒から告げられた。

 

そしてこの世界でも、ホシノと約束した。

 

生きて欲しいと。死なないで欲しいと。初めて同じ目線で話して、教え導く生徒ではなく友人として、それを約束してしまった。

ならば生きて、誰かの『明日』と自分の『過去』を交換するしかない。それが水面イツキにとっての『生きる』であり、役目だから。込められた想いに見て見ぬふりをして、盲目を言い訳にして。きっと明日も明後日もイツキは同じ事をするのだろう。

 

 

「……さて、何か作ろうかな」

 

――誰に見られてるワケでもなく、平常を装う。

 

何も食べたくない。それなのに冷蔵庫を開いて、食材を吟味する。今から米を炊くのも億劫だ。どうせ自分の為に凝った料理をする気力もないのだから、手軽に作れるモノが良い――そう思考し、メニューを決めた。

 

パスタで良い。茹でて、適当に炒めた食材と敢えるだけ。自分で食べるパスタなんて、そんな程度で良いのだ。

 

戸棚から鍋を取り出し、水を沸かす。

 

次に具材を切るまな板と包丁を取り出し――気が付く。そういえばミレニアムの廃墟で戦闘をしていた際、邪魔な長髪を切ってしまおうと決めていたのだ。

 

「……忘れる前にやってしまおうかな。えーっと、ハサミ…ハサミ………いいや。面倒臭いし、包丁で切ろう」

 

雑に伸ばされた浅く黒い長髪――今にして思えば、どうして今の今まで切らなかったのだろうか。自問しても答えは()()浮かばない。

水面イツキの身は何処までも戦闘に特化させたほうが、都合が良い。ならば掴まれて邪魔になる可能性のある長髪なんて邪魔でしかないハズだ。

 

既にイツキの関心は料理よりも、邪魔なだけの髪を切る事に向けられていた。

 

誰かが置いていった全身鏡の前に立ち、首筋の髪束に包丁を当てる。『先生』であった頃よりも硬く強い身体は、包丁で髪を切るのに苦労しないだろう。

 

だから、一息に切るだけだ。自然と、何故か包丁を握る手に力が入る。しかし関係ないと言い聞かせ、うなじと髪に挟まれた包丁で一思いに――

 

「イツキさんいる〜?あのねー、ナギちゃんからね〜………………え。は、えっ……な、何やってるの!?」

 

刹那、無遠慮に部屋のドアが開かれる。

 

部屋に入ってきた少女は驚愕に目を見開き、イツキに駆け寄って拘束するように両腕を万力の握力で掴む。

 

「み、ミカ…?何度も言ってるけどね、部屋に入る時はノックを――」

 

「イツキさん……なんで、こんな事してるの?」

 

彼女らしくない、とは言えないが。あまりにも強引な行為に驚く。見開かれた瞳は妙に鬼気迫る様子であり、彼女の困惑を物語る。

そんなにおかしな事をしていただろうか、と自問するも。答えは見つからない。責められる事柄も思い付かず、無断で部屋に入った少女を叱ろうにも気を削がれる。

 

改めてミカと目を合わる。

 

然しぞくり、と背が冷えるほど据わった視線に慄き。彼女の問いに真摯に向き合わざるを得ない。

 

「何でって………いや、邪魔だから切ろうかなって。それだけだよ」

 

「……嘘つき」

 

「え?」

 

少女――聖園ミカの掴む力が強くなる。ミシリと軋み、イツキも思わず手から包丁を落としてしまった。

何故か怒りと憐憫の宿る双眸を、触れてしまいそうな距離で向けられる。その意味が分からなくて戸惑う。分からないが、既視感はあった。嘗ての記憶、イツキがまだ大人であった頃だ。

 

死にたくて、でも死ねなくて。追い詰められていたイツキに、嘗ての彼女もまた同じ顔で怒った。泣いて、でも今よりも優しく身体を包んでくれた。

 

「イツキさんの嘘つき」

 

「う、嘘なんて言ってないよ?本当に、ただ髪を切りたかっただけで……」

 

「じゃあなんで!そんなに……そんなに悲しそうなの…?泣いてる事に気づいてないの?」

 

「泣いてる……?……っ!な、なんで…?」

 

ミカに指摘されて、初めて気が付く。頬を雫が伝っていて、呼吸が浅くなっている。両腕だってミカに固定されているハズなのに、内側が震えている。

 

「誰かに虐められたの?」

 

「違う……」

 

「じゃあ悲しいことがあったの?」

 

「そうじゃ……ない、よ…」

 

「だったら…また、誰かの為に犠牲になろうとしてる?」

 

「違うんだ………本当に、そうじゃなくて……」

 

「じゃあなんで…ッ!」

 

「………分からない。本当に…ただ邪魔なだけだったんだ……なのに、どうして悲しいのか……自分でもわからないんだ…」

 

悲しい反面、嫌に冷静な部分が思考する。

 

髪に執着なんてない。ロクに手入れもされていなければ、雑に伸ばして雑に束ねた浅黒い長髪。大切にしている者の所業ではないだろう。

ならば何故、消えかけているハズの軌跡が強く反応しているのか。髪にではなく、他の何に執着してしまっているのか――

 

――誰かに褒められた気がする――

――誰かがよく梳かしてくれた気がする――

――誰かと同じだった気がする――

 

「………そっか。多分、そういう事か……」

 

記憶はない。もう存在しない。

 

だが、()()()()()。イツキの髪には生徒との思い出があった。絆があり、其れを手放す事を微かな()()が抗っていたのだろう。

まだ浸っていたい。忘れたくない。なんとも、皮肉にも子供っぽい我儘だ。その記憶もないのに、その事実に縋ろうとしているのだから、救いようがない。

 

自責に溺れていると、ミカはそっと両腕を離す。そして腕を広げ、自身よりもかなり小柄なイツキを力いっぱい抱きしめた。

 

「イツキさん」

 

「わぷっ……うぐぇ。ミカ、苦しい…」

 

「イツキさんはさ。たぶん、色々と考えすぎなんじゃないかな。責任がー、とか義務がー、とか……楽しくないよ。そーゆーのばっか抱えてるとさ…」

 

「それ、ミカが言うの?」

 

「私だから言うの。まあ、アレだね!沢山を背負ってるヒトは、それだけの我儘が許されるのです☆」

 

聖園ミカという少女は今現在、幼なじみにすら話せない謀の沼に嵌っている。彼女には彼女の葛藤があり、後悔と、後戻りが出来ないからこその強がりがある。

今も、イツキを慰めているのはイツキの中に自分の影を重ねてしまったからだ。間違い続けた末、その末路を否定したくて。敢えて場違いで楽観的な慰めを続ける。

 

そして、イツキもまた彼女の虚勢を知りながらも見て見ぬふりをした。()()を救うのは、何も守れず見捨てた自分ではない。これからキヴォトスを支え続ける『大人』でなくてはいけないのだから。

無論、彼女が助けを求めるのであればイツキ自身が必ず手を差し伸べるが。

 

そっとミカの剛腕に手を添え、骨が軋む暖かい抱擁から脱出する。

 

「……ありがとう、ミカ。でも大丈夫さ。最初から答えは識ってるんだ。私は私のやるべき事をする。やりたい事をやるよ」

 

「やりたい事をやる、かぁ……じゃあイツキさん。もしも私がやりたい放題やって、物凄く()()()()沢山の人に迷惑をかけちゃったらさ。イツキさんはどうする?」

 

「安心して。ちゃんと止めるし、怒るから。それが『大人』のやりたい事だからね」

 

「……あはっ、変なの☆イツキさんはまだまだ子供なのに。大人びてるケド、ちっちゃいじゃん。目視だと150よりも低――」

 

「150cmだよ。イツキさんは鯖読まないよ」

 

「え?でも、もうちょっと小さくない?」

 

「150cmだよ。イツキさんは鯖読まないよ」

 

「……ティーパーティーの権限で身体測定の記録を見ることだって出来るんだけど?」

 

「じゃあ連邦捜査部シャーレの部長として、或いはナギサの友人として。その記録を削除します。いやー、消えたモノは仕方がないね」

 

「お、大人げない……!」

 

「まだまだ子供なんでしょう?私は」

 

「大人げない!子供だし年下だけど大人げない!!」

 

頬を膨らませる少女の頭を撫でる。救わなければいけない。その為に、その為だけにキヴォトスに執着しているのだから。

しかし弱ければ何も救えない。イツキも、『先生』も。嘗てイツキは弱かった。だから何も救えなかった。ならばこの世界の『先生』に同じ轍は踏ませない。

 

傷心の少女を利用するようで死にたくなる。

 

だがそれでも『先生』には試練が必要なのだ。自分を魔女と卑下する生徒の心を救い、大人によって冷徹な兵士にさせられた子供達を救い。見返りを求めない献身。

 

 

いつか存在しなくなるイツキにはそれしか出来ないのだから。純粋に笑う少女を目の前にして、酷く心臓が痛い。

いつまで続けられるか、自問する。贖いを求めない贖罪行為はイツキの心を殺し続ける。全ての軌跡が消費されるその日まで。

 

(……ごめんね。ミカ、先生……)

 

また、許されたくないのに内心で謝る。

 

大丈夫だよね、と縋るような視線で訴えかけてくる生徒に大人の微笑みで返す。それしか出来ないのだから。

 

 

贖罪は果たされない。きっと、永遠に。

 





まだ覚えてるのでモーマンタイ。
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