嘗ての先生、其の成れ果て 作:低品質なプリン
初めてあの人を見て、強い既視感に襲われた。
知っている、小鳥遊ホシノはあの瞳や背中に纏う雰囲気を知っている。あれは――
虚しくて、死んでしまいたくて。でも、託されて残してきたものが多過ぎるから、無責任には死ねない。そんな絶望と虚無感に苛まれ、今は辛うじて義務感や使命感に突き動かされているだけの瞳だ。
セリカは先生とイツキが似ていると言っていたが、ホシノの意見は少し違った。
イツキはホシノに似ている。何かを失って、それを受け入れて立ち上がるのではなく、心の何処かでは今でも否定したい衝動を抑えながら
誰に見せつける訳でもなく、敢えて言うのであれば自分自身を騙すためだけに
少年か少女かは判らないが、その小さな身体には似合わない重荷が背負われているのだろう。灰色でバツ印の様なヘイローはまるで、自己否定と背負った罪を表している様にも思えた。
疲れ果てて曇った眼は、きっとホシノだけが理解している。理解してもなお寄り添えないのは、寄り添われるのが傷を抉る行為なのだと解っているからだ。
(難儀だね……私も、キミも)
似た者同士だから、やはり同情してしまう。きっと、もう涙も出ないのだろう。自分には涙を流す資格すらないと卑下しているのだろう。
それが酷く悲しい事であるのは察するに容易いが、残酷であるのは其れを受け入れて立ち直れるのは、本人次第でしかないのだ。
ホシノには、イツキはもう立ち上がれないように思える。寧ろ肩に手を置いて、もう座らせてあげたい。充分頑張ったから、もう休んで良いよと言ってあげたい。
でも、ホシノもまたイツキと同様だ。拭えない後悔がある故に、中途半端な優しさでイツキに手を差し伸べられない。その
(………ユメ先輩…)
彼女ならば、どう行動するのか。どのように手を差し伸べて、包み込むのか。ホシノには分からない。分からない故に歯痒くて、申し訳がないと感じてしまう。
もし生き残ったのが自分ではなく先輩だったら――そこまで考えて、思考を止める。
力の籠る眉を指で解し、また努めて朗らかに笑った。それが『先輩』の在るべき姿なのだと身を持って知っていたから。
◆◆◆
「アンタ……ホント馬鹿なの!?やり過ぎでしょうが!!」
「あ、うん…ごめんなさい。私も予想外でして…」
イツキが不良生徒を一蹴してから直ぐ、皆はその場から逃げ出した。危険地帯と名高いブラックマーケットという事もあり、多少の争い事に関しては誰もが寛大だ。そも、
然し過剰に暴れれば注目を集めてしまうのは当然の摂理であり、アスファルトを抉る轟音や十何人もの生徒が倒れている残状は、例え人通りの少ない路地だったとしても人を集めてしまう。
既に離れてはいるが、今頃は多少の騒ぎにはなっている事だろう。
「なんか凄かったね。もしかしてみんなもアレできるの?」
「…先生、そんな期待の籠った目で見ないで欲しい…同規模の攻撃は
「イツキさんは凄いですねぇ☆」
「そんな事ないよ。私達の学校には敵対者に隕石を落とす生徒とか、巡航ミサイルが直撃しても一晩で完治する生徒もいるからね。それに比べたら私なんて……ね、ヒフミ?」
「え、そんな人いるんですか!?」
ノノミから裏表のない賞賛を受けるが、イツキの表情は当初より変わらず陰鬱としている。嬉しくないとは言えないが、然しイツキが『先生』だった頃に逢って、指揮をしてきた『生徒』達はもっと強かった。
それに――今はもう手元にない『大人のカード』ならば、現状のイツキを遥かに超える力を顕現出来た。
もっと上を知っているから、自身は至らない存在。根本にある考えは容易くは覆らず、自己嫌悪を燃やす薪として在り続ける。
「…にしても、おじさん意外かなー?」
「えっと、はい…?」
「イツキちゃんもヒフミちゃんも、トリニティ生なのにブラックマーケットに詳しいんだね。偏見かもだけど、トリニティの生徒はこーゆー場所には寄り付かないイメージなんだよね」
「私はそうでもないよ。…あと、気恥しいからちゃん付けは勘弁してね」
「あ、あはは……ここは危険ですけど、かなりレアなペロロ様グッズが流れ着きますからね……今日は100体限定アイス屋コラボで売られていたペロロ様ぬいぐるみが手に入りまして!」
早口でヒフミが皆に見せ付けるのは、開かれた嘴の間に乱雑にコーン付きアイスをぶち込まれたペロロ様のぬいぐるみだ。
可愛いような、そうでもないような。イツキには判断が付かない物だ。フォルムは良いとして、別方向へ向けられる双眼とはみ出ている舌は可愛いの頭に"キモ"と付いてもおかしくはないが。
「ふむ……なるほど、ここをかなり危険な場所と認識していると」
「えっ?と、当然ですよ…連邦生徒会の手が及ばない場所の一つですから。ブラックマーケットだけでも学園数個分の規模に匹敵しますし、それに様々な
それだけではなく、ブラックマーケット専用の金融機関や治安組織までが設置されているのだ。どれも認可されていない違法な団体だが、ブラックマーケットにおいては重要な一角を担っている。
中でも治安組織は避けるのが一番だ、とヒフミはイツキを横目に呟く。取り敢えず、直ぐに身を潜めたのは正解だったようだ。
ホシノとシロコの
「なるほど、じゃあヒフミちゃん。
「へ?」
「ん、つまり
「拉致って…先輩、大袈裟でしょ」
「ふふっ、ちょっとだけお時間いただきますね〜♪」
「え、ちょっ…ええぇぇぇぇぇっ!?」
(……まあ、こうなるよね)
懐かしく、
少し離れた位置で眺めている『先生』もまた、あの時のイツキと同様の心情なのだろう。
アビドス生の対応をヒフミに丸投げし、先生とホログラムで映るアヤネの横に腰を下ろす。
「…いいのかい、イツキ。色々と巻き込んでしまっているらしいけど」
「構わないよ、先生。騒ぎに巻き込んだのは私達だし、学校をサボってブラックマーケットに来た罰とでも思うことにするよ」
『達観してますね……先輩方がご迷惑お掛けします』
「ううん、アヤネが気にすることじゃないさ。ぜんぶ『大人』が責任を負ってくれるんでしょう?」
「うぐっ……痛い所を突くね。君は本当に、不思議な生徒だ」
彼はシャーレの先生となってからまだ日が浅いが、然し少なくない数の生徒に会ってきた。最初から信頼を寄せてくれる生徒、内心では警戒を抱く生徒、『大人』に頼る生徒もいれば『シャーレの先生』だろうとお構い無しに突っかかる不良生徒もいた。
だが、イツキほど判り易く『貴方を利用する』と公言する生徒は初めてだった。それも意図して、そして此方に対しては一切の警戒心も抱かずに。
何処までも読めない。表面上の表情も、泥濘のように疲れ果てた瞳も。不気味なほど読めないが、それでも悪意は感じない。
誰よりも己を俯瞰していて、それ故に盲目的になってしまっている。だからこそ、彼は『先生』としてイツキに寄り添わなければと心に誓うのだ。
強い決意を胸に、まずはイツキについて知ろうと、イツキとアヤネの会話に耳を傾ける。
『………ところで、イツキさんの性別って――』
「ナイショ」
『でもホシノ先輩からのちゃん付けを嫌がったって事は男の子なんですかね?』
「うーん、嫌って言うよりも気恥ずかしさが先立つね。別に性別云々は私にとって関係ないしね。ほら、私だって実はこう見えて先生くらいの歳かもだよ」
『いや、それはいくらなんでも…』
「まあ、つまり見た目なんて何の当てにもならないんだよ。ホシノだって、結構小柄な私よりも小さくても立派な三年生だ」
『そう言われれば……確かにホシノ先輩は小柄ですけど……あれ?何の話してたんでしたっけ?』
「さあね。おじさん忘れちゃったよ、なんてね」
果たしてホシノの身長とイツキの性別になんの因果関係があるのか、先生は開きかけた口を閉じてツッコミを飲み込んだ。先生として生徒を知るのは大切な事なのだが、それを大義名分として根掘り葉掘り聞き出すのは彼のポリシーに反する。
本人が言う気がないのであれば追求もするべきではない。生徒同士の戯れならまだしも、そこに一線を画するのが『大人』だ。
かなり好奇心を揺さぶられる話題ではあるが、先生は口を噤んだ。
◆◆◆
結局、ヒフミが皆を案内することになった。
そして当然と言うべきか、イツキも同行する流れになっている。そも、当初からヒフミの護衛を兼ねてブラックマーケットまで来ていたのだ。今更見捨てて帰ったりはしない。
「うへぇ…疲れたよ〜」
散策を初めてから
その中から特定の銃火器のメーカーを探るのだから、運が悪ければ数日掛かってもおかしくはないのだ。
「そろそろ休憩ですかね〜。あっ、たい焼きの屋台あります!わたし買ってきますね☆」
「私も行くよ。ノノミ、割り勘にしようね」
「え、でも…」
「私が単にカッコつけたいだけだよ。だから気にしないで」
「…はい、分かりました!」
そう言いながらノノミとイツキは場を離れ、たい焼き屋の屋台に向かった。残された皆は近くのベンチに腰を下ろし、深く溜息をつく。
「…ねえ、ヒフミちゃん。イツキちゃん…じゃなくて、イツキさんっていつもあんな感じなのかな?」
「ホシノさん?……えっと、あんな感じとは…?」
「なんて言えばいいのかな。アレだよね、大人が子供に合わせている感じ?」
「あ、先輩の言ってること分かるかも。さっきのも自分が全部奢るんじゃなくて、ノノミ先輩と割り勘にしてるトコとか大人の対応だなって思った。子供の大人ぶった善意の押付けじゃない、飽くまでも補助に徹する的な?」
「…なるほど。確かに、イツキさんは普段からずっとそうです。良い事なのかは分かりませんが、イツキさんは誰に対しても
イツキは異様なほど『平等』であり、その対象は先生や連邦生徒会であっても何一つ変わらない。そして、ヒフミが不思議に思うのは、そんなイツキの対応に対して誰も『生意気だ』という印象を抱かない事だ。
先輩後輩の関係性に囚われない、まるでシャーレの先生みたいな立ち回りは人を惹きつける。そして同時に形容し難いアンバランスさ、
誰にも
そんなことを語っている内に、二人が戻ってきた。
「お待たせしました〜!」
「焼きたてのたい焼きだよ。冷めないうちに食べようね」
ノノミが抱えるのは紙袋いっぱいに詰まったたい焼きだ。目測でも一人二つは食べれるだろう。暫くは歩き続きだった為、軽い昼食としての意味もあるらしい。
各々がたい焼きを受け取り、頬を綻ばせる。ブラックマーケットにある屋台ではあるが、味も見た目も大きな問題は無いようだ。
「アヤネちゃんには帰った後にちゃんとご馳走しますね」
『いえいえ、気にしないでください。私も部室でお菓子を摘んでいるので』
アヤネに気にした様子はないが、然しオペレーターとして常に辺り一面に気を張りながら逐一情報を更新し続けるのは体を動かし続けるのと同様に疲れる筈だ。
折角のブラックマーケットなのだから、何かお土産を買って帰ろうとノノミは心に決めた。
斯くして小一時間程の休憩も終わり、再び歩き始めて間もなく。顎に手を当て、ヒフミは呟いた。
「…それにしても、おかしいですね。お探しの戦車の情報……絶対どこかにある筈なのに。販売ルート、保管記録…全てが何者かに意図的に隠されているような、そんな気がします」
「ん、そんなに異常なことなの?」
「いえ…異常というか、普通ここまで徹底的にやりますかって感じですね。どんな重火器でも、キヴォトスで使用されている限りは後暗い物であっても最終的にはブラックマーケットに流れ着きます。ここは
「その上で見つからないともなると……ブラックマーケットを牛耳る企業が徹底的に秘匿しているってコト!?」
「それがおかしい所、なんですよね……ブラックマーケットに関係する企業なら、ある意味開き直っていますので、変に隠したりしないんです。ほら、例えばあそこにある建物が――」
――
ブラックマーケットにて名を馳せる金融機関の一つだ。ブラックマーケットは無法な国と言っても過言ではない。だからこそ専用の金融機関や治安組織まである。
様々な犯罪が罷り通る地で、堂々と闇銀行を謳う機関が表立って看板を出しているのだから、ヒフミの言葉も本当なのだろう。
そもそも闇銀行では誘拐や強盗、横領等で浮いた後暗い金が流れており、キヴォトスで起きている犯罪の15%の盗品が流されていると言われている。
紛うことなき、ブラックマーケットを構成する『
それを知らずに生きてきた生徒も、キヴォトスに来たばかりの先生も。汚れきった場所を目の前にやるせない気持ちが溢れる。
清い正義心も、この場所が連邦生徒会でも手の出しようがないという現実に押し潰された。
――然し、感傷に浸っている間もなくなる。
『お取り込み中失礼します!そちらに武装した集団が接近中です…ッ!』
抑えられ、然し焦りの滲むアヤネの声が鼓膜を揺らす。その声で改めて、ブラックマーケットには平穏がないという事実にイツキは頭痛がした。
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