嘗ての先生、其の成れ果て 作:低品質なプリン
「……ん、気付かれてはないっぽい」
接近する武装集団を陰から眺め、シロコは小さく呟いた。先程の戦闘が関係しているかとも考えたが、然しあれから数時間は経過している。治安組織が動くとしても時間が掛かり過ぎだ。
故に彼等の目的は此方ではないのだろう。飽くまでも"その可能性が大きい"と言えるだけで、断言が出来ないもの事実なのだが。
先程のヒフミの言葉を信じるなら、ブラックマーケットの治安組織とはどんな理由であれ、関わるべきではない。
「あれは……マーケットガードです…っ!」
「マーケットガード?」
「さ、先程お話した…ここの治安機関でも最上位の組織です!」
ヒフミはノノミの疑問に対して端的に答え、だが視線はマーケットガードに釘付けだ。マーケットガードは何かを護衛、護送中の様子。
護衛対象は見る限り、現金輸送のトラックだ。皆の前を通り過ぎて数秒、現金輸送車は徐行を始めて
また横領や犯罪に関係する金が闇銀行に流れているのだろう。そんな想像に顔を顰める暇もなく、アビドス生は目を見開く。
「っ!?……ノノミちゃん、あの人って」
視線を集めるのは、輸送車から降りてきた者だ。印象に残る容姿ではないものの、それでもアビドスの生徒にとっては嫌でも覚えてしまった人だ。
「はい…あれは、毎月学校に利息を受け取りに来ている銀行員です。なんで、こんな所に…?」
「……どういうこと?」
ホシノとノノミに続き、シロコも確信と疑問を呈する。目の前で起きている出来事に理解が追いついていない様だ。
やがて銀行員として覚えられている彼は裏口で警備を務めている闇銀行の行員と会話を始める。若干距離は離れているが、然し周りは嫌に静かだ。なんとか耳を澄ませば会話も聞こえる。
見覚えのある銀行員は畏まった様子で闇銀行の行員に礼をした。前者の銀行員がアンドロイドの様な、キヴォトスの大人としては珍しくもない外見なのに対して、闇銀行の行員はヘルメットに学生服を纏う。
頭上にはヘイローも浮いており、まだ学生であるのは見て取れる。
異様であるのは、まだ学生であるはずの彼女が闇銀行に所属しており、立場も輸送車から降りてきた大人よりも上である事だ。恐らく、何処かの学校を退学した生徒がブラックマーケットに行き着き、ヘイローを持つ『生徒』として成り上がった成れ果てなのだろう。
『――今月の集金です』
『ご苦労様、早かったな。では此方の集金確認書類にサインを』
『ええ、はい』
『……良いだろう、確認した』
『では、失礼します……さあ、開けてくれ。今月分の現金だ』
男は部下に命令し、現金を下ろしてから直ぐさま、トラックに乗り込んでその場を去った。残された行員もまた手慣れた様子で裏口のロックを解除し、銀行内に姿を消す。
迅速に行われた
「…アヤネちゃん、あのトラックってもしかして」
『………はい、車はカイザーローンのモノです!今日の午前中に利息を支払った時と同じ車のようですが……何故それがブラックマーケットに!?』
「か、カイザーローン!?」
「ありゃ?ヒフミちゃん知ってるの?」
カイザーローンについてはトリニティ生徒であるヒフミも多少は知っていた。所謂有名企業――カイザーコーポレーションの運営する
カイザーはキヴォトス全体に進出しており、生徒達の悪影響も考慮したトリニティ生徒会――通称ティーパーティーも目を光らせているのだ。ティーパーティーの一人と友人関係を築いているヒフミには、カイザーグループの悪辣さも情報として与えられていた。
そんなカイザーローンから借金しているのがアビドスだ。
「そう言えば、いつも返済は現金だけでしたね。それはつまり……」
「うん、ノノミの考えは当たってると思うよ。アビドスで支払った現金はカイザーローンを通して、闇銀行に流れているらしいね…」
つまり、アビドスは闇銀行へ犯罪資金を提供していたに等しいのだろう。否定するだけなら簡単だが、イツキの断言が否応にも真実に向き合わせる。
借金を返済し続けている自分達の思考ではなく、明確な第三者が確信を持って断言したのだ。傍から見ても
『ま、まだそうハッキリとは……証拠も足りませんし。少なくとも、あの輸送車の動線を把握するまでは…』
「証拠………あっ、さっき現金を手渡す際にサインしていた集金確認の書類…アレが証拠になりませんか?」
「っ!…ん、さすが」
「おおー、そりゃナイスアイデアだね、ヒフミちゃん」
「あはは……でも、普通に考えたら書類ももう銀行の中ですし、やっぱり無理ですよね…」
ブラックマーケットでも最も強固なセキュリティを誇る銀行の中で、相当数のマーケットガードが目を光らせている現状。
危険の有無は考えるまでもなく、然しそれ以外の証拠ともなれば現金輸送車の集金ルートを探る必要がある。それもまた、アヤネが調べた限りでも全てのデータがオフラインで管理されており、手元に残る確実なデータは無いに等しい。
ただでさえ廃校の危機に晒されているのに、その為の借金返済が直接的に犯罪援助へと繋がっている。紛うことなき絶望的な状況だ。
覆すのも難しい状況――の、筈なのに。砂狼シロコは
「うん、他に方法はないね」
「え?」
自信満々なシロコの言葉。ヒフミの頭には疑問符と形容し難い"嫌な予感"が巡った。そして奇しくも彼女の予感は的中してしまう。
「ホシノ先輩、ここは例の方法で」
「ふむ、なるほどねー。あれかー、例のアレなのかー」
「あっ!そうですね、あの方法なら☆」
「えっ、なに?まさか……アレのこと!?……本気で?…嘘でしょ!?」
「…あ、あの……全然話が見えていなくて。『あの方法』って何ですか?」
(……アレ、かな……まあ、ここまで来たらアレしかないよね。ヒフミ、頑張って…)
戸惑うヒフミとは逆に、イツキは諦めた表情で後ろに下がり、先生と肩を並べた。
一方で、『あの方法』を提案したシロコは心做しか頬を綻ばせ、鞄の中を漁る。やがて目的の物が見つかったらしく、其れを――額部に『2』と刺繍され、目と口の部分に穴を開けた青いニット帽で顔全体を覆う。
それは俗にいう『犯罪マスク』と呼ばれる代物であり、ヒフミは一瞬、思考が停止する。危険地帯と呼ばれるブラックマーケットでも見た覚えすらないそれを、何故シロコが被っているのか。
胸内で燻っていた嫌な予感は気の所為ではなかった。
「そ、それは…?」
「――
「はいっ!?」
「だよねー、そういう展開になるよねー」
「ホシノさんも!?て言うかいつの間にマスク被ったんですか!?」
いつの間にか、アビドスの皆はシロコと同様に手作りっぽい造形の犯罪マスクを被っている。シロコは青、ホシノはピンク、ノノミは緑で、意外にもノリノリなセリカは赤だ。
穏やかな雰囲気の集団だと思っていたが、蓋を開けたら
『はぁ…了解です。こうなったら止めても聞く耳を持たないでしょうし……どうにかなる、はず…』
「え、あっ……えっ、ええぇぇぇぇっ!?」
「ごめん、ヒフミ。あなたの分の覆面は用意して無い」
「うへー、じゃあバレたら全部トリニティのせいって言うしかないね〜」
「わ、私もやるんですか!?」
「もう、それは可哀想ですよ?じゃあ取り敢えず、これでもどうぞ☆」
「ちょ、ま、待って下さ――ひゃっ!?」
後退るヒフミだったが、ノノミは気にする様子もなく、視界確保のために二つだけ穴を開けた
額部分にはペンで大きく『5』と書かれており、完全に共犯者にする気だった。
「ん、完璧」
「あーらら、見た目はラスボス級だね。よっ、悪の根源!親分だねぇ」
「そ、そんなぁ……い、イツキさん!どうにか皆さんを説得を!!」
「ヒフミ、頑張ってね。きっと今日の経験が君を更に成長させるんだ……私の手が届かないくらい、大きく羽ばたいてね。今は、もう応援しか出来ないから…」
「その感傷いまこの場でやらないでくださいよぉ!?」
「…うーん、たい焼きの紙袋は使っちゃいましたし、イツキさんの分がありませんね」
「あ、お気になさらず。私は外で先生の護衛をしてるから。どうか、ヒフミをお願いね?」
「うん、任せて」
先生に視線を向けると、小さく頷く。先生の分の覆面もなかったので外で待機するのも承知の上だったらしい。この頃の自分は、まだキヴォトスの常識に慣れていない時期だったと懐かしく思う。
今でこそ銀行強盗について端的に換言して"ヤバい"と思うが、何せ、日常的に銃撃戦や破壊活動が行われているキヴォトスだ。当時は目の前の先生と同様に、日常の一幕と程度に思っていた節がある。
キヴォトスでも銀行強盗は普通に犯罪だが、然しアビドスを取り巻く問題の解決を測るのでまあれば殆ど必須事項といっても過言ではない。
巻き込まれているヒフミに小さく合掌して、先生と共に入口から少し離れた位置に隠れた。下手をしたら逃げる段階で戦闘になり、その際に先生の指揮とイツキの力はあって困るものではない。故に逃走路だけは前もって確認していた。
「うぅ……もう生徒会の人達に合わせる顔がありません…」
「問題ないって!私らは悪くないし、悪いのはあっち!だから襲うの!!」
「おじさんが言うのもアレだけど、セリカちゃんって意外と過激派だね〜。じゃあ、往こう!!」
ホシノを先頭に、皆が銀行へ飛び込んで行った。
◆◆◆
残された先生とイツキはボーッと空を眺め、今頃は嬉々として銀行強盗に手を染めている『生徒』達に思いを馳せていた。
「……イツキ、聞いてもいいかな」
「うん、どうぞ?」
「私のことは
「っ!」
先生は少しだけ疲れた瞳で、然し薄く光る眼鏡を通して此方を見る。優しい目だが心強さもある。果たして、"前"の自分は同じように生徒と接しられていたのだろうか。
目の前の先生は前のイツキと同じ立場だが、決して同じ存在ではない。何処かに明確な違いは存在して、それが残酷な運命を回避出来ると信じたいところだ。
「…ストレートに聞いてくるんだね。貴方なら、もっと気を使って遠回しに…それこそアビドスの皆と打ち解けた様なコミュニケーション能力で徐々に近付くと思ってたよ」
「うーん…それも考えたし、ちょっとだけ得意ではあったんだけどね?……何でだろうね、私は君から
「そっか」
「……………」
「…嫌い……なのかな?理由も根源も理解しているけど、全部が全部
「一概には言えない、か。そんな事を言えるだけでも、君は立派だよ。…不思議だよね。人間関係ってのは『好き』と『嫌い』だけでは言い表せないんだから」
嫌いか――そう問われても、明確な答えは出せない。"今"の先生には罪悪感と申し訳なさが先立つが、"前"の
イツキは自分が嫌いだ。理想を語って、生徒に希望を持たせて。それなのに何も成せていない。幾度と破滅を迎えて、その度に全てを思い出す。また失敗した事を脳に焼き付けられ、無力感に苛まれる。
だから『先生』が嫌いだ。
目の前の大人ではなく、『先生』そのものが嫌いなのだ。無力なのに希望を謳うから嫌いだ。与えられた機会に気付けないから嫌いだ。託されたのに応えられないから嫌いだ。
嫌いだ、大嫌いだ、死んでしまいたいくらい嫌いだ。そんな捉えようのない嫌悪感が先生に伝わったのだろう。
「私に出来ることは?」
「ううん、気にしないで。私なんかよりも目先の生徒について考えてあげて欲しいな。アビドスの生徒とか、他の学校の生徒だって悩みを抱えている。だから先生は先生の責務を全うしてね」
「……私にとっては、イツキだって大切な生徒だよ。護るべき子供さ」
「そっか。でも、私は先生に守られるほど弱くはないよ。これでも一応はキヴォトスの住民だからね」
「うぐっ…!」
先生にあるのは連邦捜査部シャーレの権限と『大人のカード』であり、後者は乱用すべき物ではない。故に武力的な面で言えば先生がイツキを守るのは不適だ。
無論、先生の真価は単純な戦力ではないのだが。然しそれを全面的に出されれば先生とて言葉につまる。
先生は顎に手を当て、うーんと声を上げて悩むこと数秒。唐突に何かを思い付いたらしく、大きく頷いた。
「じゃあ、イツキ――
「………えっ、本気?」
「もちろん。私は君を迎えて、君と共に歩みたいと思っているんだ。弱くて頼りない私だから、支えて欲しいんだよ」
「……………」
完全に予想外だった。前回までのイツキは生徒達と平等に接する為、シャーレ所属部員は増やしても明確な立場の割り振りはしなかった。
中には経済関連を受け持ってくれていた生徒もいたが、それも自分が至らない点を支えてもらっていたのであって、全てを放り投げて任せていた訳でもない。
だからこそ先生の選択は異様だった。
本当ならば断るべきなのだろう。これは彼のポリシーを多少なりとも曲げて、一人の生徒を救おうとしている行為だ。
そんな温情、イツキには不要だった。馬車馬の如くこき使われるなら良いが、彼が自分をそう扱ってくれる可能性も低い。
(断るべき、なんだろうけど……)
――だが、
これから先生は災禍の中心に巻き込まれ、多くを救い、逆に選択を誤ればキヴォトスの破滅を招く。イツキが把握しているモノも、理解を超えるそれ以外の出来事も。
そんな運命が待ち受ける先生に、どう報いるべきか。嘗ては守れなかった生徒をどのように護るか。
それらを踏まえて『シャーレ』は都合が良く、その部長ともなれば先生の右腕として深く関われる。今回の騒動の様にイツキの把握漏れがある事にも対応が効く。
「…ひとつ、条件が」
「なんだい?」
「シャーレに要請された依頼内容、その全てを私に教えてくれるなら。もちろん、情報漏洩した際には相応の責任を取るから」
「うん、いいよ。それで君が力を貸してくれるなら願った叶ったりだ」
「――じゃあ契約成立だね。これから宜しくね、先生」
「こちらこそよろしく、部長さん?」
先生は朗らかに笑い、イツキより差し出された手を握る。これが正しい接し方かは解らないが、予感と言うべきか。双方共に、短くない付き合いになる気がした。
その後と言えば、モモトークの連絡先を交換しながら覆面水着団(制服)の動きを待つばかりだ。彼女達なので万が一もないだろうし、何かあったとしても先生の端末に連絡が来て、イツキが第七のメンバーとして暴れ回る算段だ。
だが幸いと言うべきか、闇銀行の出入口から高速で飛び出して此方に向かってくる覆面達が視界に映り、ノノミやシロコの楽しそうな笑顔から作戦の成功が窺えた。
しかし後ろには武装したマーケットガードが追い掛けて来ている。ゆっくりと会話をする時間もないらしい。
「おまたせ!早くずらかるわよ!!」
後方に銃を乱射しながら走り抜けるセリカに促され、イツキと先生も彷徨いていたヘルメット団から奪ったヘルメットで頭を隠しながら後に続く。
(……少しずつ、話してくれると嬉しいな)
皆に合わせて駆け出す背中を追いかけ、先生は心の中で小さく呟く。
不思議で、陰鬱な雰囲気を纏う生徒。とても小さな背には似合わない重荷を背負っている生徒。そしてシッテムの箱――アロナが
何も解らないが、寄り添わなければいけないと感じた。どんなに嫌われていようとも、失望だけはさせてはいけないと頭の何処かで叫んでいる。
だから、先生は『大人』としての責務を全うする。
その本質は変わらず。
次回はトリニティに戻ります。そして食後にプリンを二つも食べます。