嘗ての先生、其の成れ果て 作:低品質なプリン
「………朝、か…」
目が覚めて、簡素な部屋を見渡す。何も無く、相変わらず変化に乏しい部屋だ。
時計に目を向けるといつもより遅い目覚めであるのが分った。昨日の疲れが出たのだろう。あの後と言えば、イツキが大きく関わるべき事柄もなかった。
どれだけ協力しようとも、イツキとヒフミは部外者だ。シャーレの部長となったイツキは例外として、少なくとも純然なトリニティ生徒であるヒフミはこれ以上関わるべきでもない。
ティーパーティーに報告して現状の打破を測ろうともしていたが、政治云々に関わるからとホシノに止められていた。
一方のイツキはシャーレの部長ということもあり、出来る限りは赤い腕章を付けて行動するように指示された。今は誰も気にしないだろうが、暫くの間先生の隣で動き続ければ部長の存在も周知させることだろう。
「……学校……は休みだった…」
本来ならば身支度をしなければいけない時間だが、休日ならばやるべき事も特にない。
つまりやる事がないのだ。シャーレの部長になったとしても、先生からの指示がなければ基本的には動けない。今更勉学に励む気もないし、二度寝をして時間を無駄にはしたくない。
「走りに……いや、買い物に行かないと…」
白黒の学園指定ジャージに着替えようとして、薄汚れてボロボロになった運動靴に気付く。"前"までは頑丈で、壊れようのない物だと認識していたが、今は定期的に買い換えなければいけない消耗品だ。
身体能力に釣り合っていないのだろう。昨日のブラックマーケットでの戦闘もあって、靴底の縫い目が裂けていた。
イツキの戦闘スタイルは絶え間なく動き回って、肉体の強度に無理を言わせている。その軸となる足は、中身が無事だったとしても強く踏みしめて荒く擦り続けている靴が持たない。
小さく溜息を零し、シャワーを浴びてから髪を雑に乾かす。まだ軽く湿っている気もするが、構わず制服に着替えてから普段は殆ど使わないローファーを履いて、竹刀袋に入れたままの鉄の棒を肩に掛けた。
憂鬱な気分で玄関ドアと開け――
「おはようございます、イツキさん♡」
水着の変態を目の前にして、一瞬でドアを閉じた。
◆◆◆
「んっ…ああんっ!い、イツキさん…っ!とても…ええ、とてもキツいです…っ///」
「艶かしい声出さないで…!」
何故か水着で部屋の前まで来ていた浦和ハナコ。いつも通りと言えばいつも通りだが、逢瀬の如く寮内にまで忍び込まれるのは堪ったものではない。
放置して問題になる可能性もある。故に、仕方なく部屋の中に入れたのだが。
「……………」
「ふふっ、あらあら♡」
無理やり着せたジャージが弾けそうになっている。ハナコの身長は161cmであり、イツキは150cmだ。身長差は言うまでもなく、更にハナコは女性的部分の発育が同年代よりも著しい。
身長や肩幅が華奢なイツキのジャージを彼女が着ればどうなるのか、想像に難くないだろう。
当然ながら胸部分は水着のまま露出され、無理に閉じようとしたファスナーによって強調されている。ズボンに関しては無理やり押し込めたのが傍からも分かりやすく、動く度に女性的なシルエットが揺れる。
大凡、背徳的と言わざるを得ない格好だ。だが伸縮性がありハナコが着用できる服はこれしかなく、イツキは久しく自分の低身長を呪った。
「……それで、どうしたの?」
「暇つぶしです♪」
「そっかぁ。正義実現委員とシスターフッド、どっちがいい?自警団でもいいけど」
「ふふっ、それは置いときまして」
「置いとくんだね…」
「お出掛けのお誘いです。見た限り、外出の準備をしていたのでちょうど良いかと♪」
「だったらせめて制服で来てよ……」
相変わらず底が見えない少女だ。外出の誘いは本当なのだろうが、それならば何故、スクール水着だったのか。それも朝早くとは言えなくともまだ昼前だ。
同じ寮の生徒に『危ない関係』と勘違いされてもおかしくない。 そも、ここに来る途中で既に誰かとすれ違い、何かしらの勘違いをされている可能性の方が高い。
一応靴と靴下は着用しているが、それが逆に背徳性を高めている。それを自覚して実行しているのが彼女なのだろう。
「…出掛けるのは構わないけど、まずは服装をどうにかして欲しいかな」
「っ!?な、なんと……イツキさんともあろう方が!マイノリティを認める寛大さはないのですか!?」
「現代社会は露出癖を認めるほど変態性を帯びてはいないから…!!」
「露出癖とは失礼な。自我の解放と言ってください♡」
「表現の自由が過労死しちゃうよ…」
「ふふっ、冗談です♪では脱衣場をお借りしますね」
「え?」
服装に似合わず優雅に微笑んだハナコは
「………え、えぇ…?着替えあるなら何で私の体育着着たの…?」
困惑を孕む呟きは虚空に消え、答えが返ってくることはなかった。
それから数分、準備が整ったイツキとハナコは寮を出てショッピングモールに向かった。
"前"から解っていたが、トリニティ自治区はかなり広い。学園都市と言えるだけはあり、中心に校舎や大聖堂があり、そこから広がるように寮や生活区域、商業機関等が展開されている。
今から向かう商業地区は寮から学校挟んで反対側にあり、端的に言って少し遠い。然し普段通りの生活をするだけならば近場の
今回のように靴や生活必需品を買う場合は遠出するが、それもイツキが利用している寮の場所が悪いだけだ。
定期券を用いて電車に乗り、半刻と経たずして目的地には到着した。
「…今更だけど、ハナコは何か用事あるのかな?」
「用事ですか……あ、では可愛い下着でも買いましょうか。イツキさんが好みの物を選んでくださっても良いんですよ♡」
「うん、遠慮するね」
「……手強いですね。因みにイツキさんはスポブラとボクサーパンツ、ショーツとブリーフ…どれを使ってます?」
「あからさまな質問で性別を暴こうとしないで?」
「つまり想像に任せると!」
「言ってない。君に餌を与えるような事、私は言ってないから」
含みのある笑みを浮かべるハナコの後ろ襟を掴み、引き摺りながら靴屋に向かう。当初の目的は新しい運動靴を買うことだ。
エスカレーターで二階に上がり、月に一~二回は来ている靴屋に入る。いつも通りの安く、頑丈な靴をレジに通し、たった五分程度で今日のイツキの目的は終わる。
このまま帰って鍛錬をするのも良いが、折角なので彼女の用事にも付き合う事にした。
「さて、私の用事は終わったけど…」
「では早速ランジェリーショップに――」
「それは却下」
「……なら、本屋にしましょう♪」
「…………一応聞くけど、何をお求めで?」
「カーマスートラを――」
「アウト。ハナコさん、アウトです」
「あらあら♡」
何となく、浮かぶ柔らかい笑みからは此方を揶揄う意図が透けて見える。こうして話していると、不思議と彼女はイツキが先生だった頃から対応が変わらない。
好意的に解釈するのであれば、心を開いてくれているのだろう。秘めた想いの多い少女だったので、変わらず話せるのはイツキも予想外だった。
「……ともすれば、何をしましょう?どうにも、休日の過ごし方に疎いものでして」
「ショッピング、とだけ言っても曖昧だからね」
「そうですね。いっそ、学生らしくモモフレンズグッズ集めに精を出して見ます?」
「…モモフレンズかぁ。……ねえ、ハナコ。なんでペロロ様ってあんなに人気なんだろうね?」
「独自性が多方面に刺さったから、なんでしょうね。いえ…まあ、きっと恐らくは」
苦笑いをしながら、取り敢えずはショッピングモール内を見て回る。用事なんてなくても、適当に周るだけでも十分楽しめる。
服屋でお試し着用したり、買いもしない伊達メガネを付けて写真を撮ったり。趣味嗜好の合う二人ではないが、お互いにストレスを感じずに話せる間柄を気に入っていた。
昼頃になったらショッピングモール内のファミレスに入り、その後は公園のベンチに座って缶コーヒーを飲む。目的もなく、然し充実した休日というのも久し振りだった。
――そして、唐突だった。
「どーも、トリニティのお嬢様ァ。ちょっとお時間貰うぜ?」
「ハハッ!金、あるんだろ?痛い思いしたくなけりゃあさっさと財布出せや!!」
イツキとハナコの座るベンチが八人の不良生徒に囲まれていた。黒い制服に、全員に共通する点は特徴的な角だ。
ゲヘナの生徒らしい。よくトリニティの生徒がゲヘナの生徒に襲われる事例があり、今回も例に漏れずそうなのだろう。
正義実現委員会に連絡すれば巡回中の生徒が数分程度で駆けつけるだろうが、完全に囲まれている現状でそんな暇はない。
「……これは…まあ、困りましたね」
「そうだね……さて、援護頼むね?」
「はい…っ!」
「はぁ?なんだァ…逆らうつも――ぐほぉっ!?」
座ったまま、横に置いていた鉄の棒を正面の不良生徒の腹部にぶつける。服の上からで、鉄の棒も竹刀袋の中に入ったままなので大したダメージにはなっていないだろう。
だが、
その隙に正面から突破し、撃たれる弾丸を鉄の棒で弾きながら距離を取る。
「八人か……ハナコ、正義実現委員に通報よろしく」
「了解です。イツキさん、気を付けてくださいね」
それだけの言葉を交わし、ハナコは後方の障害物に隠れ、イツキは愚直に真正面へ飛び出す。腐っても、嘗ては戦闘の指揮を生業としていた身だ。戦況を見渡し、己が取るべき手も分かるつもりだ。
第一に狙うのは各々が持つ銃であり、銃身を曲げれればベスト。それが出来なくとも、弾いて落とさせれば十分な隙が生まれる。
「ハハッ、一人で突っ込んで来やがったぞ!!撃て撃て撃て!!」
全てが自分に向けられた銃口。当たっても殆ど怪我はしないが、それでも痛いものは痛い。故に、被弾は出来る限り避ける所存だ。
「――手荒でごめんね」
「なっ!?ガッ…銃が――グハッ!?」
「こ、コイツ…!」
左手で持っていた鉄の棒の先端を自分で蹴り上げ、銃を弾く。唯一の武器である銃が手から離れた不良生徒は焦り、その隙に顎を斜めに突いて脳を揺らし、一人ダウンさせる。
そして――動揺は感染する。
接近戦での圧倒的不利を恐れた生徒が急に下がるが、その動きが後衛を勤めていた生徒の邪魔となる。射線を遮り、そのまま仲間同士の被弾が起こる。
その隙を突いてイツキが一人一人の意識を刈り取り、全員が片付くまで長くは掛からなかった。
「が、ハッ…!」
最後の一人が地面に倒れふす頃、黒い制服を纏う正義実現委員の面々が視界に映った。戦闘は終わったが、彼女達の連行は正義実現委員が請け負うだろう。
双方共に慣れた様子で事情聴取を終わらせ、帰路に着くことにした。
「じゃあ帰ろっか」
「ええ、そうですね。今日は暇つぶしにお付き合いいただきありがとうございました」
「ううん、こっちこそ感謝しないとね」
昨日の出来事もあり、イツキは色々と思い悩んでいた。それを解消とはいかないが、彼女のおかげで頭がスッキリとしたのは事実だ。
それの何処までが意図的だったのか、それとも本当に天然なのか。相変わらず底は見えないが、善意を持っての行動であるのは確かだった。
――こうして、キヴォトスでは日常的な休日は幕を下ろす。
ゲヘナシロモップをシナシナにした後にファウスト様とお友達ごっこした挙句、ノノミに『そろそろ狩るか…♧』と言われたい人生でした。