嘗ての先生、其の成れ果て 作:低品質なプリン
生徒には幸せになって欲しいけど、その前に死ぬほど曇って欲しい。でもミチルだけは永遠にヘラヘラと笑ってて欲しいです。みんなが曇って、目の前で死んで、それでも過去の思い出に浸って、また日常が帰ってくると盲目的に信じ続けながら笑ってて欲しいです。
「…それで、何があったんだい?」
「…………」
ベッドで上半身のみを起こすイツキに先生は問う。
心配を孕む瞳をする先生の問い掛けに、イツキは言葉に詰まった。辛うじての無表情は彼にどんな印象を与えてしまったのだろうか。
狐坂ワカモに襲われた、と言うのは簡単だ。嘘偽りのない真実でしかなく、当本人も先生に詰め寄られれば容易く吐くだろう。
だが、イツキとしては心の内に収めておきたい事柄だ。荒々しい戦闘痕こそ残ってはいるが、その全てを廃墟や空き地に留めており、日々銃撃戦が交わされるキヴォトスでは比較的マシな被害しかない。
きっと彼女がその気になれば、不良生徒を何十人と扇動して大規模な襲撃を仕掛けることだって出来た筈だ。それなのに単体で、しかも態々
故に、イツキの返答もまた気を失う前と変わらない。
「…はは、ちょっとだけ派手に転んじゃって…-」
「幾ら私でも、それが嘘だってことは分かるよ?」
「そうだよね。でも、目を逸らしてくれると嬉しいかな。これは私の自業自得で、私の罪で、私が最期まで背負うべき業だから……突き放す様で悪いとは思うけど、
「…………そっか。君は……ううん、今はやめておこう。…イツキ、私はいつだって構わないよ。だから…本当に困って、足が止まってしまったら相談して。頼りないとは思うけど、君の力になる。私は
「…うん、ありがとう」
真っ直ぐと視線を合わせられ、思わず目を逸らす。
彼が生徒を想う先生であるからこそ罪悪感が掻き立てられた。もしもイツキが純然たる生徒であり、抱えるモノもずっと軽ければ、迷いながらも先生に相談していたのだろう。
先生はそれだけ信用に足る者だ。"前"の自分とは別人だとしても、生徒の味方で在り続ける姿は過去を映す鏡を前にしているような錯覚に陥る。
だからこそ
先生が自分と同じ"失敗"を犯すのではないか。そう考えただけで自身が酷く穢れていて、同じ感性である先生に不相応な同情を寄せてしまう。
「…そんな事より、先生。アビドスの件は進んでいる?」
「なんとも、だね……難しいところだよ。…こう聞くのもアレだけど、イツキは協力してくれるのかい?一応言っておくけど、これは強制じゃないんだ。君は部長だけど、同時に生徒。やらなければいけない、なんて事はないんだよ?」
「お気遣いは有難いけど、私がやりたいんだ。たとえシャーレ所属じゃなくてもね」
「……不思議だね、君は。あ、そうだ!丁度、今日はアビドスに向かおうと思ってたんだ。一緒についてきてくれるかい?」
「もちろん」
ベッドから降りて身体の調子を確かめる。鈍い痛みは残っているが、この体であれば半日もすれば完全に回復しているだろう。
イツキの身体は正義実現委員会の委員長程ではないが、他の生徒よりも回復が早い。それにゲヘナ風紀委員の委員長みたいにスナイパーライフルのヘッドショットを弾く事も出来ないが、痛みさえ我慢すれば直接的な怪我に繋がることもない。
C&Cリーダーほど素早く身軽には動けないが、準ずる身体能力は持ち合わせている。
各校の最高戦力の様な突出した能力こそないが、殆ど全てにおいて高水準の能力がある。故に、ワカモから受け続けたダメージも既に活動や戦闘が可能な程度には治癒していた。
「……あ、先生。私の武器って…?」
「あー、うん……鉄の棒ね。………一応聞くけど、アレって何キロあるの?重くて持てなかったからオフィスに置きっ放しだけど…」
「うーん…5~60kgくらい?……もしかしたら、もっと重いかもね」
「よ、よく扱えるね…材質、本当に鉄なの?」
「どうなんだろう?手触りは鉄っぽいんだけどね」
斯くして、シャワーを浴びて身なりを整えたイツキは洗濯を終えた制服を再度着て、アビドスへ向かう準備を進める。最後にシャーレ部長の証である赤い腕章を安全ピンで固定して、準備が整った。
「――さあ、行こうか」
「了解、先生」
互いに肩を並べて歩くのは、形容し難い不思議な感覚があった。
◆◆◆
――アビドス高等学校、廃校対策委員部室。
アビドス高校の衰退が始まってから生徒の活動区域が転々と移り、現在は旧校舎まで追い詰められていた。対策委員の部室は旧校舎の中でも比較的綺麗に残り、アビドスの皆が集まれる程度の教室を利用している。
先生とイツキが到着して早々、部室の中には微笑ましい光景があった。
「お、先生かぁ。それに珍しくイツキさんもいるね。おはよ〜」
「お二人ともおはようございます☆」
部室に居たのは小鳥遊ホシノと十六夜ノノミの二人だけだった。故に、こそなのか。いつも以上にだらけてマットレスに寝転ぶホシノと、そんな彼女に膝枕をしながら微笑むノノミ。
互いにリラックスしている姿からは二人の深い信頼関係が窺えた。
そんな光景にだらしなく頬を緩ませる成人男性に白い目を向けながら、イツキもまた挨拶を返す。
「おはよう。一応先日からシャーレの部長になったから、微力だけど私もアビドスに協力する事になったよ。宜しくね」
「うへ〜、そりゃあ忙しくなりそうだねぇ。どれどれ、近う寄れー。イツキさんには特別に、おじさんと一緒の時に限ってノノミちゃんの膝枕を分けてしんぜよ〜!柔らかくてサイコーだよ?」
「ふふっ、どうぞです♪」
「……え、良いの?てっきりホシノは独占するモノかと思ってたけど…」
事実、イツキが『先生』だった頃の記憶では彼女はノノミの膝を独占して、自分の特等席だから先生は駄目だよ、と返していた。
もしかしたら、彼女が内心では
無論、それと頼られているのかは別の話だが。
羨む先生を横目に、イツキは構わずホシノの横に寝転んでノノミの膝に頭を乗せる。優しく頭を撫でられる感覚は、あの頃の労るような感覚とは異なり、暖かい庇護欲の様なものを感じた。
「……因みに私は?」
「先生はダメ。イツキさんは……アレだからね。そうだなぁ…うん、おじさんに似ているからだね。まあ、何となくだけどね〜」
「おお、なるほどね」
先生は並んで横たわる二人を眺め、直ぐに納得した。その納得は大凡低身長故に、なのだろう。その判断にイツキは遺憾の意を示す。
「…先生、一応言っておくと私はホシノより身長が高いからね。ホシノが目測145cmくらいだけど、私は150cm……いや、成長を考慮すればももっと伸びる可能性だってあるんだ。人を身長のみで測るのは褒められたモノでもないけど、しかし私だって人間だ。勘違いされたままというのも嬉しくはない訳でして。つまり、だよ。140族と150族には大きな差があって――」
「でもたった5cmの差だよね」
「うぐっ………私、先生嫌いだよ…」
「よしよし、イツキさんはこれから大きくなるんですよね〜♪」
「……ノノミ、子供扱いしないで。こんな見た目だけど肉体的にはノノミと同じ年だからね」
"前"も"今"も、イツキは身長に対してコンプレックスを抱えていた。『先生』だった頃は少しでも自分の身長を大きく見せようと、明らかにオーバーな成人男性LLサイズの黒スーツを無数の安全ピンで無理やり止め、それでもズボンの裾を引き摺りながら歩いていたが。
今は校則や風紀を重んじるトリニティに在籍している身であり、制服は身長ピッタリなモノとなっている。
イツキとしては、またオーバーサイズな制服に身を包むのも吝かではないのだが。
ホシノと共に頭を撫でられる感覚に気持ちよさと不満を抱えながら、然し抗えない
「ところで、他のみんなはどうしたんだい?」
「えっと、確か…シロコちゃんはいつも通りトレーニングで、アヤネちゃんとセリカちゃんは多分勉強しに図書館でしょうか?」
「うへ〜、みんな真面目だねぇ。ノノミちゃんもお掃除してくれてたし、イツキさんは先生のお手伝いね。おじさん、若人にはついていけないよ〜」
戯けるような言い訳をするホシノ。彼女も夜中の見回り等で貢献している筈なのだが、謙虚と言うよりも己の無力を認めているような在り方は、先程ホシノ本人が言っていたようにイツキと似通った部分なのだろう。
だが然し、決定的に異なるのはイツキとは違い、小鳥遊ホシノという生徒は皆から必要とされている事だ。アビドスの象徴で、リーダーで、アビドスを狙う者の前に立ち塞がる最大で最初の防壁だ。
小規模な学園であるアビドスが存続出来ているのは彼女の存在があるからこそ。故に、彼女の居ないアビドス高校に未来はない。
それに比べ、水面イツキは存在しなくとも問題のない生徒だ。『先生』だったイツキはキヴォトスに必要だったが、『生徒』であるイツキは小さな一個人に過ぎない。
大きな使命もなく。破壊や救世の象徴にもなれず。
ホシノと違い、
――それが、どうしようもなく
死んでも問題がないから、無責任に命を投げ出せる。"前"は立場上、最終手段となっていた行為にも誰にも止められず、駆け出して命を賭せる。
それで誰かの命が救われて、皆を救う事へと礎となれるのであれば。これ以上に嬉しいことはない。
「――さて!おじさん、そろそろ出掛けようかな〜」
「先輩、何か用事でも?」
「うんにゃ、テキトーにぶらついてテキトーにお昼寝でもしようかなってね。じゃ、何かあったら連絡してねー」
「……行ってらっしゃい、ホシノ。気を付けてね」
「…大丈夫だって、イツキさん。アビドスじゃあ車も殆ど通らないし、私は何処かの大人さんみたいに遭難したりもしないからね〜?」
「て、手厳しい…」
「…………」
今から彼女が何処に向かうのか、それを知っているから。それが酷く心配で、止められない自分がもどかしい。
ヘラヘラとした崩れない表情のまま彼女は教室を出て行き、ノノミの膝に残されたイツキはそっと立ち上がり椅子に腰を下ろした。
「あら、イツキさん。膝枕はもういいんですか?」
「…残念ながら、ホシノが居る時に限ってのことらしいからね。またホシノが居る時に頼もうかな」
「ふふっ、了解しました☆」
先生の眼鏡の奥で羨ましそうな瞳が此方を見ているが、イツキは無視した。流石に中年一歩手前の成人男性が女子高生に膝枕をしてもらうのは犯罪ではないだろうか。
そんな疑問を孕む怪訝な視線が刺さったのか、ノノミに誘われた先生は苦々しい表情で断っていた。
数分が経ち、そろそろホシノが校舎から出て
「……さて、じゃあ先生。私も外出してくるね」
「因みに行先は?」
「ないしょ」
「だろうね……ホシノのこと、宜しくね。きっと彼女に寄り添えるのは私じゃなくて君だ。本当の意味で、護るべき対象じゃないイツキだからこそ等身大で寄り添えると思うから」
「…うん、この
「そうじゃなくて……いや、君はそうなんだよね。わかったよ、責任は全て『大人』が取るから。…頼んだよ、私の右腕」
「っ!………安心して任せてよ」
心做しか、シャーレの腕章が重く感じる。それでもイツキは止まれず、駆けるのだろう。今の先生にはイツキを止める力も、理由もない。
だからせめて、全責任を取ると言っているのだ。全信頼を乗せて、一心同体であると言葉の呪いをかける。
――そうでもしないと、イツキが死んでしまいそうな気がしたから。
先生には、
どんなに曇っていてもイツキは先生です。イオリの足は舐めたいですし、ヒナ吸いだってします。チナツと混浴もしますしアコと
だって透き通るような世界の