嘗ての先生、其の成れ果て 作:低品質なプリン
感想や評価、誤字修正、全て感謝です。特に誤字修正は本当に助かっております…!
「ククク……ようこそ、お待ちしていましたよ。暁のホル……いえ、失礼。ホシノさんでしたね」
「…………」
不気味に嗤う男は、紛うことなき
肉質の薄い皮膚は黒く、そして罅割れて。本来は右目が在るべき箇所には燃えるような、若しくは鈍く光る霏を球状にしたような、文字通り形容の及ばない何かが渦巻く。
大凡頭部から首、手袋の端から垣間見える手首もまた黒く、僅かに発光する白光によって罅割れていた。
薄暗く、然し清潔に保たれたオフィスで異形の男と小鳥遊ホシノが相対する。一方は余裕綽々に頬杖をつき、優雅に少女を薄ら笑みで眺めて。
もう一方は前髪で隠れた眉に力を込め、不機嫌で不本意な態度を隠す事無く表情で発露している。
「……黒服の人、今度は何の用なのさ?」
実の所、彼女がこの場で彼と相対するのは初めてではない。二年前から数回に渡って
ホシノより『黒服』と呼ばれる男は変わらず奇妙に嗤い、揺るがない余裕を掲げて愉快そうに話す。
「状況が変わりましてね。今回は再度、アビドス最高の神秘をお持ちのホシノさんに
「…提案?ふざけるな……ッ!それはもう……!!」
「ククク……どうか、落ち着いてください」
余裕を持つ黒服と、辟易とした怒りに語気を荒らげるホシノ。この場において『大人』と『子供』の構図は明らかだ。
後輩や先生が居ない手前、ホシノもまた
「――お気に入りの映画の台詞がありましてね。今回はそれを引用してみましょう」
「……ッ」
至極丁寧に、だが優位は決して崩さずに。黒服は両肘をデスクに乗せ、両手を組む。
「貴女に、決して拒めないであろう提案をひとつ。興味深い提案だと思いますので、どうかご清聴ください……ククッ、クックックッ……」
「な、にを……ッ!」
静かな筈なのに、喉から絞るようで心底楽しそうな軽笑はオフィスに響く。途端、ドス黒い
きっと、聞いたら戻れない。男の"提案"を聞いたら最後、自分は彼の誘惑に乗る事を
単なる予感、と断言するのは容易い。然しそれが出来ない。
それだけホシノは黒服に圧倒されていた。力では優位に立っている筈のホシノが慄き、警戒と怯えを瞳に映す
根本から自分と相手は異なる存在であると認識させられる。逃げ出したい衝動に駆られ、しかし自分が逃げれば次は後輩に手が及ぶかもしれないと予期する。故に、それが勇敢か蛮勇か。ホシノは真っ直ぐと黒服を見据えた。
そして、黒服が罅割れた口を開く刹那――
「――その話、私にも聞かせてくれるかな?」
「っ!?……え、な…なんで…ッ」
「…ほう。ククッ、ククク……お呼びではないお客様が紛れ込んでいるようですね。さて、どのようなご要件で――水面イツキさん」
乱雑に結ばれた浅黒い長髪に、男子とも女子とも解釈出来る中性的な容姿と同様のトリニティの制服。竹刀袋を片手に、シャーレ部長の証となる赤い腕章を付けた人物――水面イツキが入室する。
ホシノは驚愕に取り乱し、黒服は軽く驚きながらも冷静に。そして何よりもまず興味深く観察でもするかのように、視界を細める。
対するイツキは酷く曖昧な、読めない表情をしている。怒りか、悲しみか、ホシノには読めない故に黒服とは別の意味で不気味と思えた。
「黒服、悪巧みは順調かい?」
「ククッ、悪巧みとは心外ですね……私は観察者であり、探求者であり、研究者。ええ、追い求める結果に対して必死なだけですとも」
「物は言いようだな。嘘を語って、同時に真実を騙るのは得意なんだろうね。貴方がどんな存在であれ、生徒を平気で利用する様は心の底から軽蔑する」
「酷い言われようですね。ククッ、ククク…」
イツキの軽蔑が籠る冷たい瞳とは逆に、黒服は好奇と興奮を抑えるような熱を持っている口調だ。ホシノと接するのとは決定的に違う、何か悍ましい感情だ。
それが、イツキにとっては不愉快でしかない。何度、彼のせいで生徒が犠牲になったか。何度、勇者になる筈だった少女が魔王として目覚めたか。
数え切れない破滅の中に男は居て、奇妙に嗤っていた。
「閑話休題、と言う訳ですか。……些か不本意とは言え、仕方がないですね。話を続けましょう」
混乱して言葉を失うホシノと、らしからぬ殺気を振り撒くイツキ。まるで再度自分の領域に引き摺り込むように、黒服は話題を戻す。
「――ホシノさん。アビドス高校を退学し、私共の企業に所属する……その条件を飲んで頂ければ、あなた方の背負っている借金の半分近くを此方で負担しましょう」
「…………」
返す言葉はなかった。同じ提案、同じ言葉。ホシノは何度も聞き、何れも断り続けて来た。何を今更、と言いそうになる言葉を飲み込んで冷静に思考を回す。
本当に
最近発覚した問題もあるが、それが悪化した訳でもない。以前より存在していた問題が浮き彫りになっただけであり、大まかな状況は悪くなっていない。
だからこそ不可解なのだ。黒服の言葉には
だが然し、思考はそこで止まる。それ以上に情報がない為か、相変わらず返事は否と決まっていた。
「ククッ、ククククッ……さあ、答えを聞きましょう。もしイエスなら、コチラにサインを」
「……何回も言ってるはずだよ、断るって」
「…おや、それは残念……」
「……………」
――会話はそこで途切れた。
いつもならばこの時点でホシノは帰る。これ以上の発展を望めない交渉、それで時間を無駄にはしたくなかったのだ。
今回も同様に踵を返そうとすると――
「黒服」
「ククッ、なんでしょう?」
「それって
「…………は?イツキさん……なに、言ってるの…?」
この場で唯一、イツキだけは
実験にヘイローが耐えきれず、崩壊して失敗を迎えるのだ。故に、死なす訳にはいかないホシノの身代わりになれるのであれば、イツキは喜んで身を差し出す。
無論、
「ククッ…クククククッ……!ええ、ええ…ッ!!構いませんとも!貴方という奇妙で不可思議な神秘を得られるのであれば、文句などあるわけもないでしょう!!」
「だ、ダメに決まってるでしょう!?なんでイツキさんが……そんなの私が認めない…ッ!!そんな事になるなら…黒服、お前を殺す…!!」
「クク…怖いですね。ですが、私は何も強要などしてはいないのですよ?」
狂気、とでも言えば良いのか。
黒服の全身に渡る白罅が激しく光り、感情の荒ぶりが見て取れる。イツキの発言にも、黒服の感情の発露にも、ホシノは尋常ではない恐怖と寒気を感じた。
互いに『水面イツキ』という"命"を交渉道具や実験材料としか考えていない。
「イツキさん、帰るよ。黒服の提案なんて聞く必要ない。イツキさんが黒服の提案に乗るなら、私は絶対に…どんな手を使ってでもアイツを殺すよ」
「素晴らしき友情……いえ、同情でしょうか?ククッ…ホシノさん、貴女はイツキさんの
「うるさい…っ!そんなの、お前に関係ないでしょ!!」
握り締めた銃を黒服に向け、ホシノは叫ぶ。余裕的な思考なんてもう何処にも残ってはいない。
もうホシノにも分からない。何故、自分はイツキに対して激情を抱えているのか。同情と言うには過度である自覚もある。
分からないが、物凄く遠い記憶の中で誰かが叫んでいるのだ。その人を死なせてはいけない、また絶望させるのは駄目だ、と幼稚にも聞こえる声で訴えている。
最初は自分と似ているから、並々ならぬ苦労を抱えている生徒としか思っていなかった。だがイツキを目の前にして、死んでしまう姿が妙にハッキリと浮かんで。
感情が抑えきれなくなった。
「そっか……それがホシノの選択なんだね。……でもね、それは
「っ…!……帰ろう、イツキさん。借金の事ならみんなで解決すれば良いよ。私達は一人じゃなくて、仲間がいるんだから」
「…………」
泣きそうなホシノに手を引かれ、イツキは逆らわず入室した際のドアに向かう。まだ、
そんな薄暗い未来を考え、部屋を出る瞬間――
「イツキさん、あなたに一つだけ忠告を」
「……まだ何か?」
「神秘解放、でしたね……あまり、多用しない方が良いでしょう。ククッ…擬似的に再現する術は見事ですがね、あるのでしょう?神秘で補えきれない
「黒服、少し黙れ。………行こうか、ホシノ」
「ククッ、クククッ…」
部屋を出て外に飛び出すまで、不気味な嗤い声が脳裏に響いていた。それで酷く気分が悪く、精神的な疲労に繋がった。
◆◆◆
「………ホシノ」
「…………」
「…ホシノ、ホシノさん…?あの、そろそろ手を離してもらっても良いかな?」
「…居なくならないよね?」
「私は野生動物かな?」
外に出てから数分、アビドス高校付近まで来ても殆ど会話はなかった。あったのはたった一つ、ホシノによる強い手繋ぎだけだった。
だがずっとそうしている訳にもいかない。説得と言えるほど高尚なモノでもないが、何とか手は離してもらった。
両手が空いたホシノは自らの頬を軽く揉み、またいつも通りの戯けて飾った表情をする。
「…それで、イツキさんはどうして彼処に居たのかな?もしかしておじさんのストーカーだったり、なーんてね」
「えっ」
「えっ?」
「………あ、えっとね…決してストーキング行為ではない…とは否定しきれないんだけど、まずは話を聞いて欲しい。確かに尾行はしたけど、それもホシノが心配だったからでして…」
事実、イツキはホシノを尾行していた。訳も大義もあるのだが、精神的には大人であるイツキが女子高生をストーキングしていたという事実は限りなく黒に近いグレーだ。
何とか誤魔化そうと開いた口、然しそこから出る言葉は誰の耳にも言い訳としか聞こえないモノだった。
「……はぁ、別にいーよ?常日頃からやってるワケでもないし、心配してくれたんだよね?だったらおじさんから言うこともないかな〜。心配かけたのも事実だしね」
「…そっか」
「ねえ、イツキさん……提案なんだけどね」
「大丈夫。今日の事はお互いにナイショで…そうだね、二人で日向ぼっこでもしながらお昼寝でもしてたってことにしようね」
「うん、ありがと」
お互いに秘め事があり、暴露されたら困る事柄。だからこそ言葉で縛り、二人だけの秘密とする。黒服からの"提案"と、イツキの抱える"代償"。信頼する
それはきっと、全て自分から話さなければ意味がないのだろう。
仲間は信頼しているが、だからといって共に背負いたくはない。苦労も葛藤も自分だけで十分と決め付けている。
「さて!じゃあ疲れたし、改めてお昼寝でも……ん?……イツキさん、何かスマホに凄い量の着信履歴が…」
「…うん、私もだね。……揉め事っぽいね…少し、急ごう」
「そうだね、ちょっとばかし本気で走らないとだね」
夥しい量のメッセージと着信履歴。その殆どがアヤネからであり、明らかな緊急事態を物語っている。疲れを見て見ぬふりして、二人は全力で駆け出した。
145cm(ホシノ)に手を引かれる150cm(性別不明)は目に優しいと思いますの。所謂『目の保養』というやつでして。